騎士の城塞
「やつら、誘いに乗ってくれたようだな」
作戦司令室に入ってくるなり、ヴィクトールは言った。
正面の巨大なモニタースクリーンを腕組みしたまま見つめているジェラールは、無言でヴィクトールを迎えた。
「………面白くなさそうだな」
不機嫌そうなジェラールの顔を横目で見ながら、ヴィクトールはその横に並んだ。
「やつがいない」
ぽつりとジェラールは言った。
「やつ? 誰のことだ?」
「白い鎧の剣士だ。大聖堂でお前も会ったと言ったろう?」
ジェラールの言う白い鎧の剣士とは、アルテミスのことだった。スクリーンの映っている映像の中に、アルテミスの姿がないことが、ジェラールには腑に落ちないようだ。
「ああ、あいつか………。だが、何故気になる? 前の対戦ではお前が勝ったのだろう?」
ジェラールとアルテミスは、モンマルトルの丘にあるサクレ・クール聖堂上にて一度対戦していた。その時は、ジェラールの圧勝だったのだ。白い鎧の剣士は、ジェラールの前に愛用の剣を破壊されたばかりか、深手を負わされたと聞いている。
もちろん、その時はセーラーヴィーナスへ変身できない美奈子の影響を受け、アルテミスは本来の調子ではなかった。当然、そんな理由があるとは知らないが、彼が不調であったことは、ジェラールは気付いていた。
「先の戦いでは、やつは本調子ではなかった。それに、あのお嬢さんを救いに来るのは、やつ以外いないと思っていた」
自分の予想に反して、城塞の外で騎士団と戦闘を繰り広げているのが、知らない戦士ばかりだというのが気に入らなかった。だから、ジェラールは不機嫌なのだ。
「連中は囮か?」
ヴィクトールは訊いてみた。戦力の中心であろう白い鎧の騎士の姿が見当たらないとすると、その可能性もあった。実際に手合わせをしていないヴィクトールは、アルテミスの力量を知らないから半信半疑ではある。
「まだ分からん。囮にしては動きがおかしい」
「囮部隊を使えるほど、連中に組織力があるとも思えんしな」
外で交戦しているクンツァイトたちは、もちろん囮などではない。囮部隊と本隊では、戦い方が微妙に違うのだ。
「囮かどうか、仕掛けてみれば分かる。俺が出撃( よう」)
ヴィクトールは言うと、ジェラールの返事を待たずに作戦司令室を出ていった。
クンツァイトたちは苦戦していた。戦力の差がありすぎるのだ。力量ではない。数の問題だった。クンツァイトたちは知る由もないが、ジェラールの配下の騎士団は、総勢二百人の部隊である。力量に勝ってはいても、この戦力比は如何ともしがたく、消耗戦に持ち込まれれば絶対的に不利な状況なのだ。
実際、倒しても倒しても、あとからあとから騎士たちが出現してくる。せっかく倒した騎士たちも仲間に回収されて、しばらくすれば回復して再び襲ってくる。このままでは悪戯に体力を消耗するだけだった。
「キリがない!」
何十人めかの騎士を薙ぎ倒した後、クンツァイトは吐き捨てるように言った。クンツァイトたちにとって一番厄介だったのは、騎士たちが普通の人間( だと言うことである。ドロイドの類であれば相手を完全に破壊することができるのだが、相手が人間ともなるとそうはいかない。殺してしまうわけにはいかないからだ。彼らはただ長である者に従っているにすぎない。命令されて行動しているにすぎないからだ。死なない程度に攻撃をしているわけだから、回復すればまた戦線に戻ってくるのは当たり前である。敵の数が一向に減らないわけである。)
「作戦を変更するしかないようね」
ヒメロスが応じた。
クンツァイトもヒメロスも、格闘戦を得意としている。剣を持つ相手に素手で戦いを挑めるのは、彼らぐらいだろう。
アンテロスとマクスウェルは、光線技を主流に応戦している。戦いにおいて、長期戦となった場合、光線技を主流に戦っていると不利なのである。それは通常の格闘技より、光線技の方がより体力面での消費が激しいからである。ロボットであるならば、エネルギーさえ補充してやればほぼ無限に光線を放つことはできるだろうが、生身の人間はそうはいかない。光線技の多くは、自らの“気”や精神力を消費することで技を放つわけで、それらは補充することができない。一端消耗してしまった“気”や精神力は、時間を掛けて回復するのを待つしかないのである。そう言った意味で、アンテロスとマクスウェルは、そろそろ限界に近かった。
「こちらの状態を、よく分かっているよ。やつらは………」
クンツァイトは鼻を鳴らした。確かに光線技を使えば、一度に多くの相手を戦闘不能にすることができる。しかし、これ程までまばらに出現されては、大規模な攻撃技を使うことができない。広範囲に効果のある攻撃技を使えば、一度に大量の相手を葬ることができるのだが、二‐三人の相手が散発に現れるようでは、広範囲に効果のある技を使用しても意味がない。
「手強そうなのが現れたわよ」
ヒメロスは前方を顎で示した。
黒色の甲冑に身を包んだ体格のいい騎士が、鋭い視線でこちらを見据えていた。見覚えるある騎士だ。
「大聖堂で遭った奴だな………。お出迎えってやつだな」
名を確かヴィクトールと言っていたことを、クンツァイトは思い出した。ヴィクトールの背後には、十数人の騎士が控えている。
アンテロスとマクスウェルが、じりっと間合いを詰める。ふたりの息は上がっていた。かなり疲れているだろうことは、一見して分かる。
「例の作戦でいくぞ」
クンツァイトはヒメロスを見た。ふたりはあらかじめ、幾つかの作戦を立てていた。力押しで勝てない場合は、この作戦を取るしかなかった。
ヒメロスは覚悟を決めた。アルテミスたちが合流していない今、これ以上長期戦になること、人数の少ない分、こちらは不利でしかない。
「たった四人で、この騎士の城塞( へ来るとは関心だな………。いや、無謀なだけか………」)
ヴィクトールは言った。彼は剣を抜いてはいなかった。
「フランスで遭ってからしばらく時間があったが、メンバーを補強しなかったのか?」
ヴィクトールは言葉を続けた。
「白い鎧の男はどうした?」
アルテミスのことを言っているのだと思えた。この場にいないことが気になるのだろう。しかし、クンツァイトはその問いに答える気などなかった。
「よくしゃべるやつだな………」
クンツァイトが口を開いた。と、同時だった。
アンテロスとマクスウェルが、いきなり仕掛けた。アンテロスがクレッセント・ビームを、マクスウェルは巨大な火炎弾を放った。正に不意打ちだった。ふたりはこのタイミングを見計らっていたのだ。
狙いはヴィクトールだった。しかし………。
バチッ!
ヴィクトールの周囲に火花が走った。強力なシールドが張られていたのだ。最低限の防御は行っていたのだ。
「馬鹿がっ!」
クンツァイトが舌打ちをする。戦士としての経験が浅いふたりは、このシールドを見抜けなかったのだ。必殺技の不意打ちを食らわせたと思っていたふたりは、技を放った直後は無防備だった。そこをヴィクトールの背後に控えていた騎士に狙われた。
真紅の甲冑を身に着けた細身の騎士が、猛然とマクスウェルに向かって突進した。
「待て! オーギュスト!」
ヴィクトールがその騎士を制したが、彼は聞かなかった。剣を一閃する。血飛沫が舞った。
「!?」
自らの死を覚悟したマクスウェルだったが、彼が目にした光景は違っていた。
「ヒメロス!」
マクスウェルを救おうと、ヒメロスが身を挺( した。真紅の騎士とマクスウェルの間に、自分の身を投げ出したのだ。)
オーギュストがそのことに気付かなければ、ヒメロスの胴は真っ二つに切り裂かれていたに違いなかった。
突然視界に飛び込んできたヒメロスだったが、オーギュストの訓練された瞳は、的確にその存在を捉えていた。だから、途中で剣を止めることができた。止めることはできたが、完全ではなかった。オーギュストの剣は、ヒメロスの脇腹に僅かに食い込んだ。
マクスウェルの目の前に、苦痛に歪んだヒメロスの顔があった。
「馬鹿野郎! 自分たちの力量を考えろ!」
クンツァイトが一喝した。オーギュストが気付いてくれなければ、ヒメロスは命を落としていたところだった。いや、それ以前に、ヒメロスが身を挺してくれなければ、マクスウェルが命を落としていたことだろう。
「俺たちの負けだ。彼女を治療したい。投降しよう」
いささか成り行きは違ってしまったが、クンツァイトは当初の目的通り、投降することを決めた。投降した後は、運を天に任せるしかない。
(アルテミス。貴様は今、どこで何をしている!?)
未だに現れないアルテミスに、クンツァイトは心の中で罵声を浴びせていた。
ヒメロスはジェラールの指示によって、丁寧な治療を受けることができた。出血はひどかったが、命に別状はなかった。彼女の訓練された腹筋は、屈強の男のものと比べれば多少劣るものの、それでもかなり強固な筋肉だった。その筋肉によって、致命傷を免れたのである。
真紅の騎士オーギュストは、ヴィクトールの言葉で寸止めを行った。本来なら成功していた寸止めだったが、ヒメロスは敢えてその剣を受けたのだ。自分の腹筋の強固さに自信を持っていたのと同時に、クンツァイトが「投降」しやすいように自分の身を挺したのである。ある種の賭けであったが、それは見事に成功した。敵ばかりか、味方をも欺くことができたのである。
麻酔によって眠ったままのヒメロスの青い顔を見つめた後、クンツァイトは体を巡らした。五分ほど前に看護婦らしい女性が部屋を訪れ、ヒメロスの傷の具合を確かめていった。何やら首を傾げていたようだが、心配することでもないようだった。傷の回復は思ったより早いようだった。
彼らには、広さにして十畳程の部屋が用意された。窓際にヒメロスが寝かされているベッドがある。その他には、ふわりとして座り心地のいい椅子が人数分と、丸い小さなテーブルが置かれているだけだった。
部屋の隅に置かれている椅子に、項垂れたマクスウェルが腰を下ろしていた。アンテロスはベッドのすぐ横で、ヒメロスの看病をしていた。
ヒメロスの手術には、三十分程しか時間を要さなかった。この城塞に連れてこられてから、小一時間程しか経過していないことになる。
窓が大きく、そのためか部屋の中は明るかった。恐らく、かなりの衝撃に耐える特殊硝子だと思えた。窓を破って脱出することは不可能だと感じた。
天井に豪華なシャンデリアがあったが、灯は入っていないようだった。
ドアには鍵が掛けられていた。特殊な材質ではないようだったから、脱出するならばこのドアを破壊する方が正解のように思えた。だが、今は脱出する気はなかった。ヒメロスの回復を待たなければならない。彼女の回復を待ってから、これからのことを考える。
(まずは、美奈子がどこにいるか見極めなければならないな)
項垂れたままのマクスウェルを一瞥し、クンツァイトは窓際に移動した。地面がかなり下に見える。ビルで言えば、十階くらいの位置から下を覗いているような感じだった。
(俺たちが捕まったことを、美奈子も知っているはずだ)
ジェラールか、もしくはヴィクトールの口から、自分たちが投降したことを聞かされているに違いなかった。無事でいるとヴィクトールから聞かされてはいるが、この城塞に来てからまだ一度も美奈子の顔を見ていない。
(エロスがこちらの切り札だが………)
“毛むくじゃら”に紛れてこの城塞に潜入しているであろうエロスが、行動を開始するのを待つしかないようだった。あとは、アルテミスさえ来てくれれば、脱出するだけなら容易い。もっとも、クンツァイトはエロスの顔を知らない。エロスもクンツァイトのことを知らないだろうから、お互いのことを知るまでは行動を制限しなければならない。
現在囚われの身となっている美奈子も、救出に来た仲間の中に、クンツァイトが含まれているなどとは、夢にも思わないだろう。
廊下側で人の気配がした。ドアの鍵が開けられる音が聞こえた。
ドアがゆっくりと開けられた。美しいドレスを着込んだ美奈子が、ゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。
美奈子の顔を見定めたクンツァイトは、僅かに顔を綻ばせた。
「よう! 元気そうだな」
「え!?」
親しげに声を掛けてきたクンツァイトのことを、美奈子は一瞬分からなかった。驚いたようにクンツァイトの顔を見つめている。
「アルテミスでなくて悪かったな。やつは、どこかに雲隠れしてしまったよ」
美奈子のすぐ後ろに、ヴィクトールが待機していた。迂闊なことはしゃべれない。
「何だ? 俺の顔を忘れたのか?」
びっくりした表情のままの美奈子を見て、クンツァイトは白い歯を見せた。
「ク、クンツァイト!? 何故あなたが………!?」
美奈子はようやくこの人物が何者なのか思い出した。だが、彼女はまだクンツァイトが、自分が中学生の頃恋をした斉藤であることを知らない。美奈子にしてみれば、まるで幽霊にでも会ったような気分だった。
「ここを無事脱出できたら説明してやるよ」
美奈子の背後のヴィクトールをちらりと見る。ヴィクトールは苦笑している。
「仕方ないわね………」
納得いかないといった風の表情を見せたが、美奈子はそれ以上クンツァイトには問い質さずに、質問を変えた。美奈子にしてみれば、クンツァイトがこの場にいることを納得いくまで説明してほしいところなのだが、今はその時ではないことも分かってはいた。だから、それ以上質問をしなかったのである。ヒメロスが行動を共にし、尚かつアルテミスのことを知っているとなると、今のクンツァイトは味方である証だと理解もした。それにしても、何故自分をああも親しげに呼ぶのかが分からなかった。前世の記憶のクンツァイトとは、少しばかり印象が違った。
「知らない顔もあるわね………」
美奈子はマクスウェルとアンテロスに順を向けた見た。マゼラン・キャッスルの戦士であろうことは、その雰囲気で分かったが知らない戦士だった。
「マクスウェルとアンテロスだ」
クンツァイトはふたりを紹介する。部屋の隅で項垂れていたマクスウェルも、美奈子の前ではしっかりと顔を上げ、自分の顔を彼女に見せた。いささか緊張した表情だった。本来なら美奈子はプリンセスである。下級兵士のマクスウェルが、おいそれと謁見の叶う相手ではない。緊張するのも当然と言えるだろう。
ベッドの横で会釈をしてきたアンテロスは、雰囲気がどことなくエロスに似ていた。彼女がエロスの妹であることを美奈子が知るのは、もう少し後のことである。前世での美奈子=プリンセス・アフロディアは、そのことを知らなかった。
美奈子は長いドレスを引きずるようにしてベッドへと移動した。血の気のないヒメロスの顔を覗き込む。彼女はまだ麻酔による眠りの中だった。
「彼女は大丈夫なの?」
「傷もそれ程深くない。直に目が覚める。さすがにお前の部下だ。咄嗟にガードしたらしい」
窓に背をもれたまま、クンツァイトは答えた。
「そう、よかった………」
安堵の息を、美奈子は漏らした。
「礼なら、後ろにいるヴィクトールとかいうやつに言うんだな」
クンツァイトは部屋の入り口に立つヴィクトールを、顎をしゃくって示した。
「ところで………」
しばし美奈子の姿を愛でた後、クンツァイトは視線をヴィクトールに移した。
「美奈子のこの意味もなく豪華なドレスは、ジェラールとかいうここの大将の趣味か?」
美奈子はとびきり上等のドレスを身に纏っていた。社交界にあまり縁のないクンツァイトは、そのドレスの価値などは分からなかったが、かなり上質の素材でできていることは想像に難しくない。大きく空いた胸元に、これ見よがしに飾られている巨大な宝石も気になった。恐らくダイアモンドではあろうが、宝石の鑑定などできないクンツァイトには区別の付けようがない。それよりも、宝石を見ようとすると、どうしても胸の谷間が見えてしまうことが気になった。胸の谷間が強調されるようなデザインのドレスのため、本来のサイズよりもボリュームがあるように見える。見た目に誤魔化されてはいけない。
「いや、彼女の趣味だ」
苦笑を浮かべながら、ヴィクトールは答えた。敵に捕らわれてはいるものの、美奈子はそれなりの待遇を受けていたようだ。これ程のドレスを敵に要求するとは、この状況にあってさすがと言わざるを得ない。
美奈子はちろりと舌を出して見せた。
雲を抜けた。
眼下には美しい地中海の景色が望める。
大型飛空艇〈レコンキスタ〉のブリッジで、イズラエルは腕組みしたまま微動だにしなかった。
〈レコンキスタ〉の全長は百五十メートル。ブラッディ・クルセイダースが有する五隻の飛空艇の中では、飛び抜けて巨大なものだった。巨大であるが故に、高速での飛行はできなかったが、その戦闘能力は高かった。
「ジェラールとは連絡が取れたのか?」
イズラエルは自分のすぐ脇のシートに腰を下ろしている通信士に訊いた。
「はい」
十代らしい女性の通信士は、短く答えただけだった。
「何者かと交戦中のようです」
言葉少ない通信士の返事を、その通信士の真横に立っている女性が補足するように言った。巫女の姿をしたその女性は、美人ではなかったが、清楚な美しさを兼ね備えていた。〈レコンキスタ〉の副官カーヒンである。その落ち着いた物腰から、イズラエルより年上であろうと感じ取れた。
「交戦中? 例の誘き出すと言っていたセーラー戦士の仲間とか?」
「そこまでは分かりません。ですが、作戦室にジェラール殿がいるということは、それ程苦戦する相手ではないということかと推測できます」
「うむ。そうだな………」
強敵には率先して戦いを挑む癖のあるジェラールが、交戦中だというのに作戦室で待機していると言うことは、それ程の相手ではないということを意味していた。もっとも、ブラッディ・クルセイダースで随一の騎士団を誇るジェラールの部隊が、そうそう苦戦するような相手はいないと思えた。ミサイル兵器を要する軍隊と戦争でもやっているのなら話は別であるが、レーダーを見る限りではそのような部隊がいる様子はない。
「あと五分で到着します」
「うむ」
カーヒンの報告に、イズラエルは満足そうに頷いた。
バベルの塔の地下深くに、ギルガメシュのアジトはあった。現在では殆ど人の寄りつかないバベルの塔は、アジトにするには絶好の場所でもあった。
周囲の砂漠には幾重にも罠が仕掛けてあり、巧妙に仕掛けられた無数のテレビカメラが、四六時中周囲を監視していた。
「イズラエルが動いた」
石のベッドで仮眠を取っていたギルガメシュのもとに、遠慮もなく現れたのは、部下でもあり親友でもあるエンキドゥだった。
「そうか………」
ギルガメシュはこの無遠慮な部下を咎めるわけでもなく、ゆっくりとした動作で上体を起こした。
「サラディアも〈カテドラル〉と接触をしたようだ」
「そうか。女狐め、いよいよ動き出すか………」
ギルガメシュは考えるような仕草をする。サラディアは大司教ホーゼンの懐刀とも言われている女戦士だ。もちろん、十三人衆のひとりである。
間があった。時間にして二分。ややあって、ギルガメシュは顔を上げた。
「エンキドゥ。『連絡』は来たのか?」
全く別の質問だった。ギルガメシュは敢えて話題を変えたようだった。
「いや。あの状態では無理だろう。我々の存在が、“やつら”に知られてしまう」
エンキドゥは首を横に振った。主語のない言葉だったが、何を差しているのかは分かっている。
「今は、“やつら”に我々の存在を知られるわけにはいかない」
「そうだな………」
ギルガメシュは顎を引いた。
「どうする?」
再び考え込んだギルガメシュに、エンキドゥは問うた。再び間があった。今度の間は先程より少しばかり長い。思案するギルガメシュの顔を見つめたまま、エンキドゥは微動だにせず彼が口を開くのを待った。
「………もうしばらくは静観しよう」
沈黙は五分ほどだった。ギルガメシュは顔を上げ、親友の顔を真っ直ぐに見つめた。
「状況を見て、彼女たちに接触する」
ギルガメシュには、もちろん深い考えがある。しかし、今の段階でそのことを知っているのは、ギルガメシュ本人と、エンキドゥのふたりだけだった。
ヴィクトールは作戦司令室に戻ってきた。
ジェラールの渋い顔が見えた。
「どうした?」
珍しい表情だったので、ヴィクトールは不思議に思った。滅多にジェラールがこのような表情を見せることはない。
「厄介なやつが、騎士の城塞( に向かっているらしい」)
「厄介なやつ?」
ヴィクトールは聞き返していた。ジェラールが厄介と呼ぶ人物は、それ程多くはない。
「イズラエルだよ」
ジェラールは言った。
ヴィクトールは驚きもしなかった。「厄介なやつ」とジェラールが言ったことで、ある程度予測していた名前だったからだ。
「タイミングが悪すぎるな」
「ああ。その通りだ」
ヴィクトールの言葉に、ジェラールは顎を引いてみせた。再び渋い表情を作る。
「最悪の事態を考えねばならんな」
「そうだな………。地下を見てくる」
ヴィクトールは踵を返した。地下には格納庫があり、飛空艇が整備されていた。
「案ずるな。いざとなれば、彼女たちが協力してくれよう。その為に、やつらをここに招き入れたのだろう?」
ヴィクトールは足を止め、ジェラールに背を向けたまま言った。不安げな表情のジェラールは、フッと小さい笑みを零す。
「全てお見通しってわけか………」
「付き合いが長いからな」
ヴィクトールは肩を竦めてみせると、大股で司令室を出ていった。