ホーゼンの驚き
ファティマはベッドの上で目を覚ました。
体が異常に怠かった。妙に熱も帯びている。
ゆっくりと上体を起こしてみた。充分に体に力を入れることができないため、上半身を起こすだけだと言うのに、かなり苦労することになった。
自分がベッドに横たわっていた理由が分からなかった。そもそも、何故自分はこの場所にいるのか?
必死に記憶を手繰り寄せた。自分は確か、〈カテドラル〉の内部を探索していたはずだった。
そして………。
「うっ」
頭が割れそうなほど痛んだ。思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われる。
「なんで、あたしはここにいる………」
考えても答えが導き出せないので、口に出してみる。
「俺が運んだ」
「!?」
突然投げ掛けられた声に、ファティマはビクリとする。声が聞こえてきた方向に顔を向けると、更なる驚きが彼女を待っていた。
「ディ、ディール!? なんで、あなたが〈カテドラル〉にいるの!?」
薄暗い部屋の隅にその者は佇んでいた。顔がよく見えないが、気配で誰なのかが分かった。そこにいたのは、ブラッディ・クルセイダースの元十三人衆のひとりディールだった。
「追放されたはずのあなたが何故………」
「話せば長くなるがね。おっと、嬢ちゃんの言葉にひとつだけ間違いがある」
ファティマは眉根を寄せた。嬢ちゃん―――自分のことをこう呼ぶのはこの男くらいのものだ。この男は、女性を名前で呼ぶことをしない。一種のクセのようなものである。どこか柄の悪いその言葉遣いが、ファティマは好きになれなかった。だが、ディールと言うこの男自身は、嫌いではなかった。
「追放されたんじゃないって言いたいの?」
「残念でした、そっちじゃぁない。まぁ、それも合ってるとは言い難いがね」
言いながら、ディールは肩を竦める。
「場所についてだよ。ここは、〈カテドラル〉じゃない。“ラピュタ”だよ」
「聖地に到着していたの!? あたしは、どのくらい眠っていたの!?」
ファティマは驚きの声を上げた。“ラピュタ”は〈カテドラル〉の向かっていた場所なのだ。
「正確には分からんな。俺が発見したときは、嬢ちゃんは既に倒れていたからな」
「倒れていた………」
もう一度ファティマは、記憶を辿った。自分は何故倒れていたのだろうか。
「!?」
激しい頭痛の中、脳裏に一瞬ある場面が閃光のように煌めいた。
「ホーゼン………! あいつはどこ!? あいつは、何かをしようとしているわ! 得体の知れない仲間も組織に引き込んでいる! うっ………」
起き上がろうと試みたが、激しい目眩に襲われた。
「まだ、まともに動けないはずだ。嬢ちゃんは………」
ディールは言い掛けて、口を閉ざした。そこから先は言ってはいけないことなのだと言う風に、首を左右に振る。
目眩に襲われていたファティマは、そのディールの苦悩には気付かなかった。
「………何故、また舞い戻って来たの?」
ファティマは尋ねた。ディールが組織に戻ってくる理由などは、ないはずだからだ。
「帰ってくる気はなかったんだかね。ま、成り行きってやつだな。俺の意志じゃぁない」
そう言うと、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「ホーゼンはどこ?」
「たぶん、聖櫃のところだ。さっき、スプリガンのやつが最後の指輪を持って来たからな。聖櫃( が収められている部屋の扉は、それで開く」)
「ホーゼンの思い通りになってしまうと言うことなのね」
「そうでもないさ」
語尾に笑いを含ませて、ディールは言った。
「どういうこと?」
「なまじ意味ありげな扉なんぞあって封印なんかされていると、そっちばかりに気を取られがちだが、部屋に入るには、なにも扉からじゃなくてもいいってことだよ」
「?」
ファティマにはその意味は分からなかった。もっとも、深く考えようにも頭痛が邪魔をしているので、それも容易ではない。
「聖櫃( に封印されている者の正体を、あなたは知っているの?」)
「嬢ちゃんは知らないのかい?」
「あたしは、『破壊をもたらす者』が眠っているとしか知らないわ。それが何であるか知っているのは、恐らくホーゼンだけ………」
「………俺も詳しくは知らない。ただ、最近知り合った仲間たちのお陰で、それが何であるかだいたいの想像が付いた。俺たちの懸念通り、あれの封印を解いてはいけない」
「俺たち………?」
「俺とセントルイス、ジェラールの三人だ」
ディールはそこで言葉を切ると、ふた呼吸ほどの間を置いた。
「………少し、おしゃべりがすぎたようだ。質素なパンで悪いが、少しばかり都合してきた。ニ‐三日は保つだろう」
ディールは言いながら、部屋の中央に置かれているテーブルを示した。大きめのバスケットに、山のように様々な種類のパンが積まれている。ディールは自分の感覚でニ‐三日と言ったようだが、あの量ならば一週間分はありそうである。
「食事を取らなければ体力は回復しない。無理してでも食べるんだな。あと、この場所は俺しか知らない。とにかく今は、ゆっくりと休め」
「どこへ行くの?」
立ち去る気配を見せたディールを、ファティマは呼び止めた。まだ、いろいろと聞きたいことがあるのだ。
「向こうをあんまり離れているわけにはいかないんでね。様子を見にまた来るさ。そん時に、いろいろと質問に答えてやる。それに、そろそろホーゼンのやつが騒ぎ出す頃だ」
「向こう? 仲間が一緒なのね? それに、ホーゼンが騒ぐってどう言うこと?」
「次ぎに来たときに教えてやるよ。んじゃな、アデュー!」
キザったらしく投げキッスをすると、ディールの姿はその場から消えてしまった。
「あの人は、何もかも知っている………?」
確信は持てなかったが、たぶんそうではないかと思えてならなかった。
眼前に広がる平原を眺めていると、ここが地上ではない( と言うことを忘れてしまう。それ程雄大な自然が広がっているのである。)
「大司教は、封印の神殿に行ったのか?」
左斜め後ろに気配を感じたスプリガンは、瞳だけを動かした。
「はい。先程おひとりで向かわれました」
報告するワルキューレは、片膝を付いて畏まっている。彼女の背後には、更に複数の影が同じように畏まっていた。
「ひとりだと? マザーは一緒ではないのか?」
「ファティマ殿が行方不明故、気を病んでおられるようです」
「マザーも人の子だと言うわけか」
少しばかり蔑んだような笑みを、スプリガンは浮かべる。
「タンクレードはどうしたか?」
「間もなく到着なさることと思います。少し前に、念波が送られて参りました」
「………最早( 頼りは、腹心のワルキューレと、脳みその足りないタンクレードのみか………」)
「ぬっ!? セレス、貴様!!」
突然の声に驚き顔を向けると、本拠地での戦闘以来行方を眩ましていたセレスが自分の右手側から歩み寄ってくるのが見えた。その後ろには彼女の部下ヘルクリーナと、初めて見る顔がそこにあった。非常に小柄な女性だった。三人の中では一番背が低い。セレスもヘルクリーナも女性としては背の高い方であるから、余計に背の低さが際だってしまう。ただ、年齢的には三人の中では一番の年嵩( のようにも見える。)
「あの男は、わたしが気になるようだ」
ジロリとスプリガンを見ながら、その小柄の女性は言った。猛禽類を思わせる鋭い眼光だった。かなりの力を感じる。セレスと同等か、それ以上の“気”だ。口調から察するに、セレスの部下ではないようだった。
「女には誰でも興味がある男よ。気にすることはないわ、パンドラ」
「ふぅん………」
セレスにそう言われ、小柄な女性―――パンドラは、物色するようにスプリガンの顔をジロジロと見回した。
「確かに、助平な顔立ちをしている」
挑むような目で、パンドラはスプリガンを見た。だが、その挑発にはスプリガンは乗らなかった。パンドラは、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「怪我の具合はいかがかしら?」
蔑( んだ笑みを浮かべながら、セレスはスプリガンに訊いてきた。スプリガンは、本拠地での戦闘の際、負傷しているはずだった。)
「体の鍛え方が違う。あんなものは怪我のうちに入らん」
ぶっきらぼうにスプリガンは答えてきた。ふたりがやり取りをしている間も、ワルキューレは油断なくセレスたちの出方を窺っていた。
セレスはそんなワルキューレをチラリと見て、小さく笑みを浮かべる。
「十三人衆も随分と欠員が出たようだし、何ならワルキューレを十三人衆に上げてやったら? あんたなら、そのくらいできるでしょう?」
嘲るような笑みを口元に残しながら、セレスは言ってきた。
「十三人衆など、今や何の価値もない」
無愛想にスプリガンは答える。
「お前こそ、その女を十三人衆に加えてもらったらどうだ? 組織で孤立せずにすむぞ?」
「悪いけど、あたしにはブラッディ・クルセイダースなんてチンケな組織は、初めから必要なかったのよ。情報が欲しかっただけ」
「情報? 組織に入って、何を探っていた!?」
「教えるわけにはいかないわね」
フンと鼻を鳴らし、セレスは答えた。
「そうそう、お礼を言わなくちゃね」
次いでセレスは、クスクスと笑いながら言ってきた。
「ありがとう、スプリガン。『指輪』を集めてくれて………」
「!? お前、まさか聖櫃( を狙っているのか!? 俺たちから横取りをするつもりで、ここへ来たのか!」)
「失礼な言い方をしないで欲しいわ。あれはもともと、あれはもともと、あたしたちのものなのよ( 」)
冷淡な笑みを浮かべて、セレスはスプリガンを睨んだ。その瞳の奥からは、殺気が感じられる。
ワルキューレの反応は素早かった。瞬時にスプリガンの前に回り込み、彼を守るように立ちはだかる。更にその前方に、複数の黒ずくめの女性たちがズラリと立ち並ぶ。
「我らを相手にするには、いささか力不足だな」
スプリガンの背後に、男性の声が投じられた。ギョッとなって、スプリガンは背後を振り返る。ヒョロリと背の高い、青白い顔の青年がユラユラと体を揺らしながら佇んでいた。
「シリウス………」
パンドラがそう呟いたように聞こえた。
「そろそろ扉が開く。遊んでないで、行くぞ」
青白い顔の青年はそう言うと、瞬く間にその場から消え失せた。
「またね、色男さん」
次いでパンドラが消えると、セレスとヘルクリーナが後を追った。
「あやつら、何者です!?」
気色ばんで、ワルキューレは背後のスプリガンを振り返った。
「とんでもねぇやつらだ。特に、俺の後ろに出てきやがったやつは、今までで感じたこともない馬鹿でかい“気”を感じた。戦わなくて正解だったかもしれん」
スプリガンにしては、珍しく弱気な発言だった。
「封印の神殿へ向かわなくて宜しいのですか? このままでは聖櫃( が、やつらの手に渡ってしまいます」)
「うむ」
スプリガンは、ゆっくりと顎を引いた。
重厚な音を響かせて、巨大な扉が開かれた。
大司教ホーゼンは漆黒の法衣の裾を引きずりながら、扉の奥へと足を踏み出した。
室内は明るかった。壁全体が自然な光を放っているからだ。ひんやりと冷たい空気が漂っているが、肌寒くはなかった。
中央に向かって、階段状に盛り上がっている。段数は十三。その最上段に、聖櫃( はあるはずだった。)
「ぬ?」
最上段を見上げたホーゼンの表情が曇った。十三段の段数はあるが、一段一段はそれ程高くない。見上げれば、最上段の様子を窺うことができる。
だが、最上段に聖柩( らしいものは見当たらなかった。)
「………」
訝しみながらも、ホーゼンはゆっくりと階段を昇っていった。聖櫃( とは言われているが、それが櫃) ( の形をしているとは限らない。何しろ、実際に見た者がいないのだ。)
「破壊をもたらす者が眠る柩」
古文書にはそう記されていた。
「白き月の者どもを滅するには、『破壊をもたらす者』が必須………」
そう呟きながら、ホーゼンは階段を昇りきった。
最上段は扉から見て、縦五メートル、横三メートルの長方形をしたスペースだった。その中央に、何かが収められていたはずの台座があった。
「台座だけだと?」
ホーゼンは表情を歪めた。台座はあるのだが、肝心の聖櫃( がない。)
「ぬ?」
台座のほぼ中央に、カードが置かれていることに気付いた。ホーゼンはそれを手に取る。
「D」
カードには一文字だけ、そう記されていた。
「『D』だと?」
それは明らかに現代の文字だった。そのプラスチック製のカードは、超古代のものではない。オーパーツと言うには、あまりにも不自然な取り合わせだった。
「どっかの誰かさんに、先を越されたってことね」
下から声が響いてきた。見下ろすと、五人の人影が見える。その中のひとりに、ホーゼンは見覚えがあった。
「セレス!」
「ご機嫌よう、大司教さま。あなた方があまりにも間抜けなんで、呆れてるところよ」
セレスは大きく肩を竦めた。ゼスチャーではなく、本当に呆れているようだった。
「まったく手間が掛かること………。何のためにフェイがブラッディ・クルセイダース( に潜り込んだのか、分かりゃしない」)
小柄な女性がセレスを見ながら、やはり呆れたような口調で言った。「フェイ」とは、セレスのことのようだった。
「仕方がない、他を当たろう。怪しいところが、ひとつある」
青白い顔をした男が、淡々とした口調で言った。仕方ないな、と言うように、セレスと小柄な女性は肯いた。
「じゃあね、間抜けな大司教さま。縁があったら、また会いましょうね」
セレスはそう言うと、クルリと背を向けた。
「待て、セレス! お前は………いや、お前たちは何者じゃ!?」
「知ってどうするの? あたしたちは、あんたに協力する気なんて毛頭ないわよ」
「………」
ホーゼンは何も言えず、消えていく五人をただ見つめることしかできなかった。
「D………」
カードを持つ手が怒りのために震えている。自分を出し抜いたやつがいる。その者は指輪も揃えずに、ここに入って聖櫃( を持ち出した。)
「聖櫃( の封印を解くことに異を唱えていた者は、ジェラールとセントルイス。しかし、きゃつらにこのような真似はできまい………」)
「もうひとり、いたじゃねぇか、大司教。こんな手品紛いの芸当が大好きなやつがさ」
スプリガンの声だった。その声に、ホーゼンもハッとなる。
「ディールか!?」
カードに記されていた文字も「D」である。ディールの「D」。
「組織を追放したのが、裏目に出たってわけだ。結果的に、あいつを自由にしちまった。アンタの失態だよ、大司教。セレスの言葉じゃないが、何事にもアンタは間が抜けている。アンタの下に付いていると俺の身も危うい。もっとも、俺が支えているのはマザーの方で、アンタじゃないがね」
そう言い残して、スプリガンの気配は消失した。
「………儂に恥をかかせた代償は大きいぞ、ディール」
ホーゼンの手に握られていたプラスチック製のカードが、硬質な音を響かせて粉々に砕けた。
「事態は最悪だと言っていい!」
無精髭を生やした日暮隊長が、得意のがなり声を上げた。
日暮隊長の目の前には、彼の部下の自衛隊員が十数名と、ジュピター、マーズ他のセーラー戦士、そして土萠教授がいた。オペラ座仮面の姿だけが、何故か見当たらなかった。
場所は十番病院の建物の中だった。建物こそ十番病院なのだが、本来あるべき麻布十番にはなかった。何者かによって、建物ごと強制的に運ばれてしまったのだ。
彼らは今、十番病院内に設置されていた会議室に集まっていた。先日も、うさぎたちが通された会議室だ。
「俺たちや戦士のお嬢ちゃんたちの調査で、どうやらここが空の上らしいってことだけは判明している」
わざわざ説明しなくても、既に全員知っていることなのだが、形式的に日暮隊長は説明した。
「一番問題なのは、病院内にいた非戦闘員も一緒に運ばれちまってるってことだ」
“毛むくじゃら”にされていた女の子たちを含めると、巻き込まれてしまった一般の人たちは百人を超えている。彼らを守りながら戦うのは、容易なことではない。
“毛むくじゃら”にされていた女の子たちは、現在は土萠教授の生成した薬物によって、仮死状態のまま隔離されている。可愛そうだが、暴れ出されては困るからだ。
「あれだけの人たちを脱出させるには、それ相応の乗り物が必要だわ」
マーズが言った。レイを初めとしたセーラ戦士たちは、全員が変身した状態のまま、ここ数日を過ごしていた。
いつ敵が襲ってくるか分からない状況であるため、常に万全な状態で待機している必要があったからだ。それに、変身した状態ならば、他人の目を気にして変身するタイミングを逸すると言うこともない。
「確かにマーズ( の言うとおりなんだけど、そんな乗り物どこで調達すりゃいいんだ? ここが空中だってことは分かっているんだから、空を飛ぶ乗り物が必要だぜ。それを操縦できるやつだって必要だ」)
「ジュピター( の話を聞いていたら、脱出が不可能な気になって来たんですけど………」)
「頭悪いわね、あんた。どう考えたって、脱出は不可能じゃない」
不安そうに言ってきたセーラーサンに対し、アースが意地悪そうな口調で突っ込みを入れた。
「今のままじゃ確かに無理だが、望みはあるさ」
そう言ってきたのは、この場にいないと思われていたオペラ座仮面だった。入り口の脇の壁に寄り掛かるようにして、言葉を投じて来たようだった。
「この唐変木!! 作戦会議をやるって言っておいたのに、どこに遊びに行ってたんだい!」
まるで保護者さながら、カロンが叱るような口調で怒鳴った。
「いろいろと調べて来たんだよ………。そう怒鳴りなさんな。皺が増えるぜ!」
「蹴っ飛ばされたいのかい!!」
「おおっ。こわっ………」
わざとらしく身をブルブルと震わせると、オペラ座仮面はポスターのように丸められた紙を、日暮隊長に放り投げた。
「この浮遊都市の地図だ。敵さんから拝借して来た」
怪訝そうに受け取った日暮隊長に、オペラ座仮面はそう告げた。
「地図だって!?」
「敵から拝借してきた!?」
受け取った物が地図であることに日暮隊長は驚き、それを敵から奪ってきたことにマーズが驚いた。
「敵の近くまで行ってきたって言うの!? と言うより、敵が近くにいるの!?」
「そんなに驚くことじゃない。ここは、敵さんの本拠地みたいなもんさ。あの馬鹿でっかい空中戦艦も来てる。まぁ、ここからはけっこう離れてるがね」
「あんたって、やっぱ得体の知れないやつだね」
呆れたようにジュピターが言う。
「ついでにここがどこだか、教えてくれるとありがたいんだけどね」
「そこまでは知らんよ。空に浮かんでいる馬鹿でっかい都市だってことぐらいしかね」
「それはもう知ってる情報だ」
期待をして損をしたと言う風に、ジュピターは鼻を鳴らした。自分たちのいる場所が、空中に浮かんでいる都市だと言うことは、既に調査して分かっていることである。ジュピターが知りたかったのは、ここがいったいどういう場所なのかと言うことなのだ。
「で、どうするよ? 今後」
皆に意見を求めるように、オペラ座仮面は室内を見回した。
「先手必勝だ。やつらに襲って来られたら、あんだけの非戦闘員を守りながらじゃ、俺たちはまともに戦えない。先に打って出る必要があると思うが?」
「確かに彼の言うとおりだが、どうする? 全員が出て行ってしまったら、ここを守る者がいなくなってしまうが」
土萠教授だった。彼の言葉の中には、日暮隊長以下自衛隊員は含まれていない。彼らが出て行くのは無謀だと言うことを、土萠教授は分かっているのだ。
「あたしひとりで充分です。あたしが結界を張って、皆さんをお守りします」
決意を込めた瞳で、サターンが言った。確かにサターンならば、ひとりでも問題はないと思える。彼女の絶対防御のシールドを瞬時に破れる者など、そう多くはない。万が一襲撃にあったとしても、彼女が防いでいる間に戻ってくることも可能だ。
「あたしも残るわ。残念だけど、あたしの技はここでは危ないみたいだし………」
アースだった。大地震を誘発したりする彼女の必殺技は、確かにここでは危険だった。この浮遊都市そのものが崩壊する危険があるからだ。賢明な判断だと言えよう。
「よぉし、決まったな。ふたりにはここに残ってもらって、残りの連中は敵陣に乗り込むぞ。地図を見ながら、作戦を立てよう」
「ちょ、ちょっと隊長。あなたたちも来るつもりなの?」
意気揚々と地図を広げた日暮隊長に対し、慌てたのはマーズである。
「俺たちだって、お嬢ちゃんたちの援護ぐらいはできる。突入する戦力は、多いに越したことはないだろう?」
「だけど………」
「止めたって来ちゃうよ、この人たちはね。折角のご厚意だから、隊長たちにあたしらの背中を守ってもらおうじゃないか」
カロンがマーズの右肩に手を添えて言った。確かにカロンの言うとおり、止めても彼らは同行してきそうな気がする。マーズは了承するしかなかった。
「この失態どう付ける?」
漆黒の闇の中から声が響いた。張りのあるしっかりとした響きを持っていた。
「アレが手に入らないとなれば、我らの計画に狂いが生じるわ」
女性の声だった。咎めているような口調だった。
ホーゼンは無言のまま、苦虫を噛み殺したような表情をしている。
「責任を取ってもらうぞ?」
張りのある男性の声は、有無を言わさぬ迫力があった。しかし、ホーゼンは口元に薄い笑いを浮かべる。
「どう責任を取れと言うのだ?」
「知れたことよ。失態続きのお前にはもう用はない。その器を寄越せ」
「入れ替わると言うのか。面白い、できるものならやって見せい!」
ホーゼンの瞳が炯々と輝く。
「な、何だ、この力は!?」
男女の声が、同時に狼狽えた響きを放つ。
「お主らの力、儂が貰い受ける」
漆黒の闇が渦を巻いた。
「お、おのれぇぇぇ!!」
悲鳴が轟いたが、すぐに静寂が戻ってきた。
「万事、儂に任せておけば良いのだ」
ホーゼンは呟くと、薄く笑った。