おそるべし、三条院正人さん


 うさぎたちがエジプトの首都カイロに来れたのは、殆ど偶然だった。
 崩壊したイシスの基地は、リビアとの国境付近の砂漠にあった。
 辛くも基地から脱出した彼女たちだったが、自分たちがどこにいるのかが全く見当も付かなかった。シベリア付近だったジャンボジェット機の墜落現場から、暗黒空間を抜けて来た先がたまたま砂漠だったわけで、彼女たちが望んで来たわけではない。今から思い起こせば、かなり無謀な行動を取ってしまったとゾッとするが、あの場合は仕方のない選択だった。
 砂漠と言っても、地球上には大小併せて幾つか存在する。ただ風化していた建築物から、その様式が東南アジアからエジプト辺りの文化に似ていると、ネフライトが推測するに至ったが、その筋の専門家ではないため、断定することはできなかった。
 つまりは、自分たちが地球上のどの位置にいるのかが分からなくなってしまったのである。
 完全な迷子である。しかも、地球規模だから始末に悪い。
 衛を始め、行方不明の関係者たちを救出することができなかった彼らは、結局はブラッディ・クルセイダースの十三人衆のひとりであったイシスを倒したにすぎなかった。もっとも、彼らはイシスが十三人衆のひとりだなどということは知らなかった。行きがかり上、ブラッディ・クルセイダースの幹部らしい人物を倒しただけなのだ。それも、最終的には勝手に自滅してくれたわけで、しかも相手は生死不明である。
 結果として衛を救出することはできなかった彼らだったが、手掛かりが全くなかったわけではない。“ラピュタ”なる場所に送られたと言うことだけは分かったのだ。ただ、その“ラピュタ”という単語が示すものが、建造物の名前なのか、土地の名前なのか分からないだけだ。
「結局、何も分かんないわけだよね」
 美園が嘆息しながらそう言った。
 途方に暮れていた彼らの目の前に、エジプトの軍用ヘリが現れた。イシスの基地の崩壊が爆発を伴っていたために、それを調査に来たヘリだった。
 現場にいた彼女たちは有無を言わさず軍に連行されたが、殆ど取り調べを受けずに、何故かすぐに釈放された。それが三条院の力であることをうさぎが知るのは、もう少しあとのことだった。
 イシスの基地に拉致されていた男性は、軍を通じて日本大使館に身柄を保護された。三条院は男性との関係を全面的に否定したらしく、その結果、彼は一時期軍に身柄を拘束されたが、結局不法入国者として大使館に引き渡された。
 助けて貰ったのにも関わらず、その男性は呪いの言葉を三条院に吐きながら、大使館に連行されていった。
 連行された男性の言うことを大使館の人間が信用するとも思えないため(ドイツ行きのジェット機に乗っていたはずなのだが、気が付いたら宝石の散りばめられた棺の中に横たわっていたなどと、誰がにわかに信じるだろうか)、それを思うと少々気の毒なのだが、三条院としては余計なゴタゴタに巻き込まれたくなかったという、彼なりの配慮であったに違いない。
 もちろん、うさぎがこの事を知るのは、もう少しあとのことである。美園は気付いていたが、見て見ぬ振りをしていたらしい。身元の照会などはすぐにできるであろうから、彼が本当にドイツに向かうジェット機に乗ったという事実は証明されるだろうが、同時にそのジェット機が墜落したという事実も知ることだろう。その後の大使館の行動と、連行された男性の運命は、神のみぞ知ると言ったところだろう。

 三条院は、何故かカイロの地理が詳しかった。途中でタクシーを拾うと、片言のアラビア語で行き先を告げると、座席で居眠りを始めた。
「三条院さんて、なんか得体の知れない人って感じなんだけど………」
 うさぎはぼそぼそと、隣の美園に話し掛けた。運転席のすぐ後ろで、ドアにもたれ掛かるようにして居眠りをしている三条院をちらりと見やる。
タクシーの後部座席での彼女たちの位置関係は、運転席の後ろに三条院、その左隣にうさぎ、美園は最後に乗り込んだために、助手席側の後ろにいる。
「あたしだって三条院のことは、よくは知らないわよ。今の姿に転生してからは、付き合いが短いから………」
 ゾイサイトから美園に戻った彼は、また元の女性的な言葉遣いをしていた。変身している時とのギャップが激しいが、それも次第に慣れてきていた。
 目的地には十分程で到着した。通りに面した、なかなかゴージャスな造りのビルだった。アラビア語で書かれている小さな看板が、申し訳程度に掲げられてはいたが、十階建てぐらいだろうと思われるそのビルは、エジプトの首都カイロにあって、異国風なまでに不自然だった。
 どこで調達したのか、三条院はタクシーの運転手にエジプト・ポンドで支払いを済ませると、先に立ってビルの中に入っていった。
 自動ドアだった。
 中に入ると、スーツ姿の日本人が慇懃に頭を下げた。
「突然の御視察、恐れ入ります。正人様」
「今回はヴァカンスだよ支社長。堅苦しい挨拶は抜きにしてくれ」
 深々と頭を下げていたスーツ姿の中年男性に、三条院は軽く右手を挙げて挨拶をした。
「俺のフィアンセ(・・・・・)の美園麗子さんと、その妹のうさ子さんだ。気紛れで来てしまったものだから、まだホテルを取っていないんだ。申し訳ないが手配してくれないか」
 三条院の思わぬ紹介に面食らっているうさぎに対し、さすが美園は落ち着いていた。微笑を浮かべながら、優雅に挨拶をしている。
「おお! そうでしたか。お美しい方でいらっしゃいますね。それでは早速手配いたしましょう。それまでは、応接室でおくつろぎください」
 三条院が支社長と呼んだ中年の男性は、現地人の女性の部下を呼ぶと、三条院たちの案内を指示した。
 三人は応接室に通され、ホテルが手配できるまでの僅かな時間を過ごすこととなった。
「さっきの支社長さんて言う人、三条院さんを『正人様』って呼んでたけど………」
 素朴な疑問、その壱である。三条院との付き合いが浅いうさぎは、実のところ彼がどういう人物なのか知らない。もちろん、美園に対しても同じである。テーブルに用意された冷たい飲み物(果汁70%のオレンジジュースとうさぎは分析した)を美味しそうに飲みながら、うさぎはその好奇心に瞳をキラキラ輝かせている。
「ここは、俺の親父がオーナーを務めている会社のカイロ支社だ。ここの支社長は、もともと日本の本社にいた人物だから、俺のこともよく知っているってわけだ」
 三条院はさらりと答えた。
「お父さんの会社って言うことは………。三条院さんて、社長の息子なの?」
「そういうことになるな」
「すっごーい!!」
「俺は別に凄くない。凄いのは親父だよ」
 目をまん丸にして感心しているうさぎに、三条院は謙虚に答えていた。関心がないのか、美園は応接室の窓から外の街並みを眺めていた。
「それにしても、美園さんをフィアンセって紹介するとはね………」
 素朴な疑問、その弐である。何もよりによって、美園をフィアンセと紹介する必要はなかったと思えた。
「説明が面倒だった。美園を友人と紹介すると、妙な誤解を生んでしまう」
 確かにその通りではあった。美園を一目見ただけで男性だと分かる人物は、まずいないと思えた。しかし、フィアンセと紹介することもないだろうとも、うさぎは考えていた。三条院は時折真顔で冗談を言う癖があるようで、美園をフィアンセと紹介したのも彼なりのジョークだったのかもしれない。
「三条院。いくらあたしが魅力的だからって、本当にその気になっちゃ駄目よ」
「なるか!」
 わざと妖艶な笑みを浮かべて、誘惑するような視線を向ける美園に対し、三条院は唾を吐き散らしながら怒鳴った。

「とにかく、日本の大道寺と連絡を取ろう。このままでは、俺たちは出国することもできないからな」
 真顔になって三条院は言う。確かに、このままでは三人とも密入国者になってしまう。エジプト軍と大使館では、どうやって切り抜けたのかは分からないが、彼らはパスポートを持っていない。これではこの後の行動に支障をきたしてしまうし、何よりも先に、エジプトから出国することができないのだ。変身してしまえば飛行することも、若干のテレポートを行うこともできるのだが、長距離を移動するとなると話は別である。乗り物を利用しなければならない。
 三条院は応接室の備え付けの電話を取ると、ダイヤルをプッシュした。
 少しの間があった。が、どうやら大道寺に繋がったようだ。
「俺だ。………ん!? 携帯か。そうか、転送電話か」
 大道寺は事務所にいないようだった。最近転送電話にしたらしく、三条院の回線は大道寺の所持する携帯電話の方に転送されたようだ。
「そっちはどうか。何!? ………そうか、分かった。その件はお前に任せる。ああ。俺たちはこのままマスターを捜す。それと、すまんがパスポートを偽造してくれ。ああ。三人分だ。宜しく頼む。送り先はまた後で連絡する」
 三条院は受話器を置いた。僅かに神妙な顔付きをしている。それに、一瞬表情を凍らせたのも気になる。
「日本で何かあったの?」
 うさぎは不安になる。仲間たちに黙って来てしまったために、申し訳ないという気持ちもあった。
「いや、例によって“毛むくじゃら”が出たようだが、大した問題ではないようだ」
 三条院は嘘を付いた。大道寺から十番病院での一件を聞いた三条院だったが、それはまだ話さない方がいいと判断した。ここで、うさぎを動揺させるわけにはいかない。
 ドアがノックされた。先程の支社長が入室を求めてきた。
 三条院がドアを開ける。どうやらホテルの部屋が取れたようだった。

 部屋は二部屋だった。
 支社長が気を回したらしく、美園姉妹(・・・・)は同じ部屋だということだった。もちろん、ふたりが同じ部屋に寝泊まりするわけにもいかないので、実際は三条院が美園と同じ部屋に入った。もっとも、二部屋とも同じ間取りなので、ひとりだとかなり広く感じてしまう。ベットもふたつある。極上とまではいかないが、それでも豪華な部類に入るスウィート・ルームであった。
 部屋に入り、ソファーでくつろいでいたうさぎの元に、大道寺に自分たちの泊まるホテルを連絡した三条院が、美園を伴って現れた。
「大道寺の偽造パスポートが届くまでは、ホテルを動くわけにはいかない。しばらくは、ゆっくりしよう」
 さらりと三条院は言う。
「それって、犯罪じゃあ………」
 うさぎがそう思うのも当然だった。この若さで、刑務所などには入りたくはない。
「大丈夫。大道寺の知り合いは、その筋でも有名なプロらしいから、そう簡単には偽造だなんてバレる事はないらしいよ」
 人聞きだから半信半疑だが、美園は肩を竦めながら言った。本人たちが既に出国しているわけだから、正式なパスポートなど取れるはずもなく、よしんば取れるとしても(取れないとは思うが)すぐに発行してもらえるわけもない。
「パスポートは一日もあれば偽装するだろう。美園が言ったように、大道寺はそっち関係の優秀な知り合いがいると言っていた。問題はその後だな」
「速達で送ってもらって、どのくらいかしらね」
「さあな。一週間も掛かるとは思えんが………」
 美園の問いに答えながら、三条院は顎に手を当てる。しかし、考えていても解決する問題ではなかった。
「服でも買いに行こう。着替えはいるだろう」
 まさかこんな事態に陥るとは思ってもいなかったので、当然着替えなどは持っていない。三条院の考えは正しかったが、未だ納得できないうさぎは一抹の不安を心に抱いていた。

 市内観光がてら、三人は街へと繰り出した。本来ならそのように遊んでいる余裕などないのだが、パスポートが来るまでは大人しくしているしかない。
 何度かカイロに来たことのある三条院は、観光名所に詳しかった。美園とうさぎが退屈しない程度の場所を幾つか見学すると、本来の目的である洋服を仕入れた。代金は全て三条院が支払った。三条院の馴染みの店だったらしく、現地人の太った中年女性の店員は、非常に愛想がよかった。カイロでも五本の指に入るという大企業の社長の息子ともなれば、愛想良く振る舞うのも当たり前だと感じた。ちなみに美園は、ここでも女性として扱われた。購入した洋服は、全て女性物である。
「そんなヒラヒラのフリルの付いたスカートなんて履いたら、戦うときに困るんじゃないの?」
 楽しそうに女性物の洋服を選んでいる美園に、うさぎは鋭い突っ込みを入れてみた。
「大丈夫よ。戦うときは変身するんだから」
 美園は意に介さなかった。ふたりのやりとりを聞いていた三条院は、大きく肩を竦めただけだった。

 街も一通り見物して回った後、三条院は市内の図書館へとふたりを連れていった。もちろん、目的はある。“ラピュタ”のことを探るためである。
 館内の若い女性に、三条院は“ラピュタ”という単語に聞き覚えがないか尋ねてみた。現地人の女性ではあったが、英語が堪能な彼女は、三条院の質問にすぐに答えてくれた。
「三条院さんて、英語がペラペラなのね………」
 彼が口にしている言葉が、英語だということが一応理解できたうさぎは、深い溜息を付きながら感心していた。
「やっぱり、時代はバイリン・ギャル(・・・・・・・・)ね………」
「それって、バイリンガルのことじゃないの?」
 ふう、と息を付きながら感心するうさぎに、先程のお返しとばかりに、鋭い突っ込みを入れたのは美園だった。うさぎはどうやら、間違えて覚えていたらしかった。しかも、今の世の中では、既に死語になっている単語である。ルナがこの場にいたら、きっと頭を抱えたことだろう。
 女性職員に案内され、三人は館内でも奥の方の書棚に通された。彼女が言うには、“ラピュタ”なる言葉に対する文献が、この書棚にあるらしい。
 アラビア語で書かれた本を読むことができない彼らは、その女性に英語に訳してもらうことにした。暇を持て余していたらしい女性職員は、快く引き受けてくれた。
 “ラピュタ”とは、天空に浮かぶ都市であるとの文献が、彼女が探してくれた資料に書かれていた。神話として残されている文献だった。古代人が創造した空に浮かぶ巨大都市らしい。
「なんか、どっかで聞いたことがある話なんだけど………」
 うさぎの呟きは、誰にも聞こえなかった。
「これが“ラピュタ”の絵ね………」
 資料に見開きで描かれている巨大な建造物が、どうやら“ラピュタ”の想像図のようだった。確かに、空に浮かんで描かれている。
「どちらかって言うと、ノアの箱船に近いわね」
 美園は第一印象を口にした。その想像図は、巨大な船の甲板に、街が形成されているように描かれていた。浮かぶ城、浮かぶ街といった印象を受ける絵だった。
 美園が箱船を連想したのは、街の下の部分にあたる船体らしきものの形状が、よく目にするノアの箱船の想像図とよく似ていたからだ。
「所詮は想像図だからな。この絵の信憑性を論議する必要はないが、まんざら空想でもないような気がする」
 慎重派の三条院にしては、珍しく憶測めいたことを言った。
「今更何が出てきても驚かないけど、これがやつらの言う“ラピュタ”かどうかは疑問よね」
 美園の意見は正しかった。“ラピュタ”とは、あくまでブラッディ・クルセイダース内でのコード・ネームなのかもしれないという懸念は捨てきれなかった。
「見当違いかも知れないが、当面はこの“ラピュタ”のことを調べるとしよう。以外と真実にぶち当たるかもしれない」
 この手の三条院の勘は、よく当たるのである。
「“ラピュタ”………。古代遺跡のような気もするわね………。神話の中に登場するような遺跡ともなると、次に行くべきところはおのずと決まってくるわね」
 三人は、“ラピュタ”のことを調べるため、パスポートが到着次第ギリシャに向かうことになった。古代遺跡に関する資料ならば、エジプトよりギリシャの方が多いだろうという推測からだった。神話が絡んでくるともなれば、尚のことだった。

 二日後大道寺からホテルへ連絡が入った。彼はパスポートとビザを持って、直々にカイロにやってきた。手渡した方が確実だと言う理由からだった。パスポートは、もちろん偽造である。大道寺の知り合いが作ったものだ。犯罪ではあるが、この場合は目を(つむ)るしかない。偽造であることが発覚しないことを、ひたすら神に祈るだけだ。
「そっちはどうだ?」
 ホテルにうさぎと美園を残し、三条院はひとりで空港で待つ大道寺の元へと来ていた。
「駄目だ。どこへ運ばれたのか、皆目見当も付かない」
 大道寺は落胆したように首を横に振る。ルナと元基が躍起になってコンピュータで計測をしているようなのだが、十番病院から消えてしまったセーラー戦士たちの行方は、全く掴めていなかった。
「プリンセスには話したのか?」
「言えるわけがない。マスターに加え親父さんも行方知れず、その上仲間も消えたとあっては、プリンセスの神経の方が参ってしまうよ。今は気丈に振る舞っては見せているが、内心は穏やかではないだろう。俺たちに余計な心配を掛けさせないように、彼女なりに気を遣ってくれているようだ。健気だよ」
「そうか………」
 大道寺は小さく息を吐いた。
「じゃあ、俺は一端日本に帰る。変化があったら連絡する」
「ああ」
 役目を終えた大道寺は、慌ただしく日本にとんぼ返りしていった。

「正人様。今度はどちらへ?」
 カイロを出発するに当たって、取り敢えずは連絡をしておいた方がいいと判断した三条院は、再び事務所を訪れた。黙って出発してしまっては、のちのち面倒になると考えたからだ。
「このあとピラミッドでも見物してから、ギリシャに行こうと思っている」
 三条院を子供の頃から知っているというその支社長は、まるで自分の息子にでも会っている時のように、三条院と話している間は嬉しそうだった。
「アテネにも支社がありましたな。あそこの支社長はギリシャ人ですが、わたしの友人でもあります。連絡を入れておきましょう。何やら、訳がお有りのようだ」
 さすがに支社を任されているだけはあって、なかなか頭の切れるおじさんである。三条院たちが普通に旅行に来ているのではないと、この数日の間に感づいてしまったようだ。
「それにしても、あのフィアンセと紹介された方、お綺麗ですね………。とても男性とは思えません」
「気付いていたのか?」
「もちろんです。正人様の女性嫌いは幼少の頃からでしたからな………。いや、けっして変な意味に取っているわけではありませんよ」
 支社長は笑って見せた。愉快でたまらないという笑いではあったが、決して三条院を(けな)しているものではなかった。
「………まだ、お父上の後を継ぐ気にはなりませんか?」
 ひとしきり笑った後、支社長は真顔になって三条院の目を見つめた。
「俺は親父のやり方は好きではない。当分、継ぐ気は起きないな」
 その視線に少しばかり困惑したような表情を見せた三条院だったが、すぐにいつものクールな顔付きに戻っていた。
「そうですか、残念です」
 そう答えるだろうと思ったという表情をしながら、支社長は声を出さずに笑った。
「外に彼らを待たせてある。これで失礼する。世話になった」
 三条院は礼を述べると、くるりときびすを返す。
「何をなさっているのか、詮索するつもりはありません。ですが、お体には充分お気を付けください」
 支社長は、出口に向かって歩いている三条院の背中に向かって言った。