セントルイスの行動
殺気を孕んだ人の気配に、ジュピターは意識を取り戻した。どのくらいの間、意識を失っていたのかは、当然知る術はない。ここがどこかのかも分かるはずはなかった。
顔を上げると、どこかの部屋のような場所にいることが分かった。床を感じている足と、自分の目線の位置から推測するに、どうなら立たされているのだろうということが分かった。次に体を動かそうとして初めて、自分が拘束されていることが確認できた。両手が万歳した格好のまま、手錠の付いた鎖に繋げられていた。足は固定されてはいなかった。
「こんなもの!」
ジュピターはその強大なパワーで、鎖を引きちぎろうと試みた。足が拘束されていないことと、床に接していることで、体全身で行動を取ることができる。腕の力だけで引きちぎろうとするよりかは、遙かにパワーを集中することができる。しかし、鎖はビクともしなかった。怪力ジュピターのパワーをもってしても、簡単に引きちぎれそうにはなかった。
「なんて鎖だ………」
半ば呆れ気味に、ジュピターは呟いた。
「怪力ジュピターも形無しだな………」
苦笑するしかない。「怪力」というと、プロレスラーのような筋肉隆々の屈強の肉体を想像してしまうのだろうが、ジュピターは見た目ではとてもそれとは思えないほどの美しいプロポーションの持ち主だった。男性顔負けのパワーを誇ってはいるが、決して筋肉質のゴリラ女ではない。クンフーを会得している彼女(木野まこと)は、普通の女性に比べれば体力、腕力ともに強いが、男性に比べればまだまだ女性の非力さも兼ね備えている。だから、まともに勝負すれば男性には敵わない。セーラー戦士となった彼女(セーラージュピター)の怪力は、筋肉によるものではないのだ。彼女の膨大なエナジーを、パワーに変換しているにすぎないのである。それ故に、パワーに好不調の波が生じるのである。女性であるが故に、パワーが落ち込んでしまう期間もある。今回の場合はそれとは別だが、同様にパワーが落ちていることは自分でも分かった。当て身を受けて意識を失っていたがために、エナジーが低下しているのである。回復するのには、多少の時間が必要だった。
しかし、このまま何もせずにこんな格好をさせられたままでは、怪力ジュピターの名折れである。再度鎖を引きちぎろうと試みる。
「何度やっても無駄だよ」
少年のような声が、ジュピターの耳に飛び込んできた。
美少年だった。
顔を上げたジュピターの視界に飛び込んできたのは、端整な顔立ちの少年だった。自分より年下なのか、それとも単に童顔なだけなのか今は知る術はないが、まるで小学生のような幼い顔立ちをしていた。
「お前は………?」
決まり事のような質問を、ジュピターはしていた。少年はやや俯きがちに、小さな笑みを浮かべた。
「ボクはノーム」
少年は自らの名を名乗ると、拘束されたままのジュピターに歩み寄ってきた。
ジュピターは本能的に身を引こうとした。が、できなかった。彼女のすぐ後ろが壁なのだ。下がれるはずもない。ましてや手首を拘束され、鎖に繋がれた状態では、その行為は全くの無意味だった。
「あたしに近づくな!」
一声発し、ジュピターは威嚇のためにシュープリーム・サンダーを放った。
「ふっ………」
ノームはその声に立ち止まったが、口元には笑みを浮かべていた。
放たれたいかづちは大きくうねりながら、ノームを飛び越えて彼の背後に消えていった。
「無駄だよ。お姉さんの得意技は、この部屋では役に立たない」
勝ち誇ったような笑みを浮かべて、ノームは言った。
「どういうことだ!?」
ジュピターは凄んで見せたが、虚勢でしかしかった。ノームは全く動じる様子もない。
「見てみなよ」
ノームは数歩真横に移動し、ジュピターに自分の背後を見せるようにした。今まで気が付かなかったが、彼の背後には妙な装置が置かれていた。
テレビの室内アンテナを、そのまま大きくしたような装置だった。アンテナ部を含めると、二メートル程の高さはあると思えた。
「お姉さんの技は研究済みだよ。いくらがんばったところで、お姉さんの電撃は、全部こいつが吸い取ってくれる。だから、お姉さんの技は、この部屋では使えないんだ」
「電撃を!?」
ジュピターは顔色を変えた。先程のシュープリーム・サンダーも、この装置に吸収されてしまったのだろう。
「もちろん、ただの避雷針じゃないよ」
ノームは言うと、装置に近寄っていった。
「こいつは、こんなこともできるんだ」
装置を操作する。アンテナの部分がスパークする。
「!?」
気付いたが一瞬遅かった。アンテナから放たれた電撃が、ジュピターを直撃した。全身を切り裂かれるような衝撃が、ジュピターを襲った。
「こいつはお姉さんの電撃を吸収するだけじゃなく、増幅して打ち返すこともできるんだ。どうだい? 自分の電撃の味は………?」
肩で大きく息をするジュピターを、ノームは満足げに見つめた。
「さて、じゃあ、何もやっても無駄だということが分かったと思うから、少し大人しくしていてよ。ボク、お姉さんが気に入ったんだ。スプリガン様がいない間に、少し楽しませてもらうよ」
ダメージの回復していないジュピターに、ノームは歩み寄ってきた。
「ボクの好みなんだ、お姉さんは………。どうせ、スプリガン様のおもちゃになって、身も心もボロボロになるんだ。その前に、ボクが気持ちよくしてあげるよ」
荒い息を吐いている彼女の顔を、下から覗き込むようにした。
その覗き込んだノームの顔を、ジュピターは睨み返した。
「!」
その鋭い視線に、ノームは蛇に睨まれた蛙の如く、身を固くした。
「あたしの武器が電撃だけだと思ったら、大間違いだよ」
ジュピターは鋭く言うと、気を練った。拘束されていない足を大きく振り、ノームを蹴り飛ばした。
「何をするのかと思ったら、ただ蹴り飛ばすだけなの? ちょっとがっかりだな」
不意を付かれたノームだったが、平然としていた。しかし、
「馬鹿め!」
ジュピターはぴしゃりと言い放った。
「火炎障壁( !!」)
五百度にも達する炎の壁が、ノームの足下から出現した。寸でのところで直撃は免( れたノームだったが、その頬に少しばかり火傷を負った。)
ノームは一瞬何が起こったのか理解できなかった。頬を走る痛みを感じ、彼はようやく自分が火傷を負ったことを知った。
「!? ボ、ボクの顔が!?」
火傷を負った頬に手を当てると、目を大きく見開いた。
「ボクの顔に傷を付けるなんてぇ!! マ、マでさえ、ボクを撲ったことがないんだぞぉ!」 血走らせた瞳で、ノームはジュピターを睨んだ。
「あたしが電撃しか使えないと思っていた、お前が間抜けなんだ」
ジュピターは不敵に笑った。シルバー・ミレニアムのセーラー戦士たちは、それぞれ得意とする属性を持ち、それに準ずる技を多用するが、けっしてその属性だけしか使えないというわけではない。
「そら!」
ジュピターは今度はファイヤーソウルを放って見せた。マーズほどの威力はないが、相手を威嚇するには充分な炎の大きさである。
ノームは慌ててそれを避ける。
「こ、殺してやるぅ!!」
突如凶暴になったノームは、目を血走らせながら突進してきた。ジュピターに掴みかかろうとしたその瞬間、今度は背中に痛みを感じた。
ノームは立ち止まり、驚いて背後を振り返った。
「お、お前は!?」
「相変わらず間抜けだな、貴様は………」
腕を組んだ姿勢で、ひょろりと背の高い男は言った。
「セントルイスぅ!!」
ノームは怒りに全身を震わせた。
「お前のせいで、ボクはスプリガン様に怒られたんだぞぉ!」
「自分が悪いんだろ………」
まるでだだっ子のように叫ぶノームに、セントルイスは冷たく言い放った。
「お前を先に殺してやる! スパイ活動専門のお前なんかに、ボクが負けるはずがない!」
「だからお前は間抜けなんだよ………」
闇雲に突進してきたノームを、セントルイスはするりと躱した。躱すと同時に、指先から小さな球を打ち出した。パチンコ球程の大きさのそれは、唸りを上げてノームの左腕に突き刺さった。
「暗器」と呼ばれる中国の隠し武器の一種である。もともとは石つぶてが使用されていた護身用の技だったが、暗殺を生業としている連中が、鉛の球を用いるようになってから、恐るべき威力を持つ暗殺技となった。熟練者であれば、拳銃から打ち出される弾と同等のスピードで弾くことができるのだ。スピードだけではなく、威力も拳銃並にある。
「俺の弾は特殊合金製だ。強力だぜ」
ニヒルな笑みを浮かべながらそう言ったセントルイスは、既に合金弾をノームの心臓目掛けて弾いていた。
ズッ。
鈍い音が室内に響き、ノームの体は硬直した。
血は噴き出すことはなかったが、確実に心臓は捉えていたようだった。ノームは即死である。
「女性の前で、そんな残忍なことはしないよ」
血が噴き出さなかったことを、不思議そうに見ていたジュピターに、セントルイスは言った。
ゆっくり歩み寄ってくると、彼女の拘束具を手際よく外した。
「あんたのことを、こいつはスパイだって言ってたけど………?」
床に俯せに倒れ息絶えているノームをチラリと見ながら、ジュピターは疑わしげな視線をセントルイスに向けた。自分を助けてくれたようにも見えるが、まだ信用するわけにはいかなかった。
「諜報活動は、俺の得意分野さ。CIAに籍を置いていたこともある」
アメリカ人独特の、ゼスチャーを交えた説明が返ってきた。言葉は流暢な日本語である。宝石のような美しいブルーの瞳が、ジュピターに向けられる。
「まさかあんた、どこぞの秘密組織の一員だなんて言うんじゃないだろうな。あたしは、その手のSFは苦手なんだ」
「『ブラッディ・クルセイダースを壊滅に追い込むために、調査をしているインターポールの捜査官』という筋書きが、一般読者が好みそうなSFだな。が、生憎と俺はそんな役回りじゃない」
セントルイスはオーバーアクションで肩を竦めて見せた。
「ブラッディ・クルセイダースの十三人衆なのさ、俺は………」
「なんだって!?」
「そう驚くなよ………」
表情を急変させたジュピターを軽くあしらうように、セントルイスは言ってのけた。
「内部分裂って、やつだな。俺は今のブラッディ・クルセイダースのやり方が気に入らないだけさ。特に今、組織の全権を握っている気の狂った大司教と言うのが大嫌いでね」
「あたしをどうする?」
「取り敢えずは逃がす。キミの仲間がこの島に来ている。合流するがいい」
「仲間が?」
「残念ながら、キミを助けに来た訳じゃないようだがな。………彼女たちは今、コロシアムにいるよ」
「コロシアム?」
ジュピターは眉を顰( めた。嫌な予感がする。)
「察しがいいな。確かに、お仲間はピンチだよ。今はひとりでも多く戦力が欲しいところだろうさ。キミが行けば………」
そこまで言ったセントルイスだったが、急に表情を堅くした。
「ちっ! 簡単にはいかないようだ………」
合金弾を掌の上で弄びながら、セントルイスは舌打ちをした。
十三人衆のイズラエルは去り、プロフェッサー・イワノフ自慢のバイオ・モンスター群も一掃したセーラーチームだったが、次なる機械化部隊には苦戦していた。イワノフと入れ替わるようにして現れたプロフッサー・アトキンスの戦闘ロボット集団は、とにかく火力の強い兵器を装備していた。流れ弾が非戦闘員であるなるちゃんたちに当たらないようにするために、フォボスとディモス、更にはセーラーサンがトライアングルの陣形でシールドを発生させている。
その為、戦えるセーラー戦士はセーラームーン、マーズ、プルート、ギャラクシアの四人だった。四人とも攻撃力の高い技を持ってはいるが、如何せん相手が多すぎる。ようやく半数を減らしたと思ったら、敵に増援が現れてしまい、再び数が増えてしまった。
「ジュピターを捜さないと」
マーズの口から出た言葉に、セーラームーンは色を成した。
「ジュピターがどうしたの!?」
T・A女学院でジュピターとは別行動を取っていたセーラームーンは、ジュピターも囚われていることを知らない。
マーズが手短に説明する。その間でも、攻撃する手は休めなかった。
「ジュピターはあたしとマーズで捜すわ」
プルートが言った。ジュピターがさらわれてしまう現場にいたプルートとしては、他人には任せておけないことなのだろう。年長者としての責任もある。
「セーラームーンは彼女たちを連れて、この島を脱出しなさい。少し離れたところに、タキシード仮面が待機しているわ。彼らと合流するのよ」
なるちゃんたち非戦闘員と行動をともにすることはできない。ひとまず脱出する方が得策だった。敵の数は多いが、このメンバーなら脱出路ぐらいは確保できるはずである。とにかく、今はなるちゃんたちを安全な場所へ運ぶのが先決だった。
「ギャラクシア、頼むわね」
「ああ」
プルートの言葉に、ギャラクシアは頷く。セーラームーンたちの護衛に、ギャラクシアが付いてくれると言うわけだ。
だが、彼女たちはすぐには行動を起こせなかった。プロフェッサー・アトキンスが次なる手を打ってきたからだ。
セントルイスに習って、ジュピターも身構えた。パワーは大分回復していた。戦闘には差し支えない。
「よくよく、俺の部屋に侵入するのが好きなようだな」
音もなく、スプリガンは部屋に戻ってきていた。一歩下がった位置に、妖艶な美女の姿も見える。ワルキューレである。
「貴様の間抜けな部下が、このお嬢さんに悪戯しようとしていたから、制裁を加えていたところだ。諫( めるつもりだったが、狙いを謝って殺してしまったよ。申し訳ないことをした」)
「嘘を付け」
スプリガンは表情を変えない。
「………が、逆に礼を言わなければいかんな。無能な部下を始末してくれた」
「礼には及ばない。………俺は失礼させてもらう」
「娘は置いていってもらうぞ」
「嫌だと言ったら?」
「貴様を殺すまでだ」
「できるかな?」
「できるさ」
お互い、言葉で威嚇し合う。戦いは避けられそうになかった。
いきなり仕掛けたのは、ジュピターだった。炎の壁をスプリガンたちの前に出現させると、自分は一気に窓際まで移動した。一撃で壁を破壊すると、素早く外に飛び出した。
「そうか。こっちの方が、戦い易いか………」
いつの間には、背後にはセントルイスが来ていた。
「あの部屋の中では、あたしの得意な戦い方ができない」
特殊な避雷針があるのでは、あの部屋で戦うことは不利だった。格闘戦に持ち込めば、クンフーの得意なジュピターならある程度は戦えるだろうが、それは相手にもよる。スプリガンの戦闘能力は、生半可なものではない。全力で戦わなければならない相手なのだ。
ジュピターが破壊した壁は外壁だった。正に、外へと飛び出すことができた。外へ飛び出すことで、ジュピターは今が夜であることを知った。美しく輝く星が、自分にパワーを注ぎ込んでくれる。
すぐ外は崖であった。ふたりは空中に浮遊する。足下は海だった。
衝撃波が来た。
ふたりは難なく躱すと、ゴツゴツした岩肌の波打ち際まで急降下した。
「逃がさん!」
スプリガンとワルキューレも外へ飛び出してきた。
そのタイミングを待っていたセントルイスは、合金弾を指で弾く。
数発の合金弾が、唸りを上げてスプリガンとワルキューレに襲い掛かる。
「こんなもの!」
ワルキューレが精神波のシールドを張って、合金弾を弾く。
スプリガンの強烈な衝撃波が、すぐさま放たれた。見事な連携である。
衝撃波は五メートルはあろうかという巨大な岩を、木っ端微塵に粉砕し、波打ち際に巨大な穴を穿つ。
その場を既に移動していたジュピターとセントルイスは、すぐさま反撃に転じた。
ジュピターがシュープリーム・サンダーを放つと、その雷撃に隠れるように、セントルイスの合金弾が弾かれる。即興のコンビにしては、なかなか息のあった連係攻撃だった。
だが、スプリガンとて負けてはいない。ワルキューレの攪乱戦法に乗じて、スプリガンの矢のような攻撃が炸裂する。
「ちっ! どこに隠れた!?」
攻撃の最中、ふたりの姿を見失ったスプリガンは、憎々しげに舌打ちした。
「さすがは戦闘能力だけなら、十三人衆NO・1の男だ」
既に近くの洞窟に身を潜ませているセントルイスは、傍らのジュピターに説明するように呟いた。スプリガンとて馬鹿ではない。すぐにこの洞窟を発見して、ここに攻撃を加えるだろう。セントルイスたちは、それまでに次なる作戦を練らなければならなかった。
「腕は平気か?」
セントルイスは、スプリガンの攻撃に左腕を負傷していた。出血がひどい。長期戦に持ち込まれると、非常に不利な状況だと言えた。
「心配はない」
気遣うジュピターに、セントルイスは短く答えた。
「あたしがふたりの間に突っ込む。あんたは安全なところから、その合金の弾を弾いてくれればいい」
身を潜めながら戦うのは、ジュピターの性分ではなかった。正面から全力で戦うのが、彼女の戦い方だった。セントルイスの傷の手当をするためにも、速攻でケリを付けなければならないのだ。
「OK、それでいこう。狙いはスプリガンひとりに絞ればいい、ワルキューレは気にするな。スプリガンさえ倒せば、彼女は撤退する」
「仇を討つんじゃないか?」
「そんな忠誠心など、あるはずはない」
「あっそう………」
なるほどそう言う組織なのかと、納得するジュピターは、既に突撃体勢だった。スプリガンより先に仕掛けなくては意味がない。
「よし、行ってくれ」
「任せろ!」
ジュピターは地を蹴った。
ライトニングストライクで、スプリガンの懐深く飛び込んだ。
「ちっ! 小娘が!!」
いかずちを纏ったジュピターの拳を、スプリガンは素手で受け止める。
「掛かったな!」
ジュピターはニヤリとした。
「ジュピター・オーク・エボリューション!!」
「!」
スプリガンは肝を潰した。まさか、この至近距離で技が放たれるとは思っていなかったのである。
「ぬうっ!」
凄まじい衝撃に身を弾かれ、スプリガンは体勢を崩した。
そこへ合金弾が打ち込まれる。
「ぐっ!」
右腕が肘の部分から吹き飛ばされた。
「ふ、不覚!」
鮮血を宙に撒き散らしながら、顔を歪めた。
「ここは、一端お退きください」
エネルギー弾で弾幕を張りつつ、ワルキューレは言った。
「ちっ! 仕方ない!!」
歯噛みしながら、スプリガンは舌打ちする。ワルキューレが前方に躍り出て、弾幕を更に強化する。
「この腕の仕返しは、何れさせてもらうぞ」
低くそう呟くと、スプリガンは戦闘空域から離脱していった。
「どうやら、引き上げてくれたようだ」
スプリガンとワルキューレの“気”が、この空域から消えたのを確かめるように、セントルイスは星空を見上げた。
「お前も仲間のところへ戻るといい」
「ああ、そうさせてもらう。島の中心部に煙が見えた。たぶん、そこに仲間がいる」
ジュピターは答えた。
「うむ。恐らく、コロシアムだ。コロシアムの作戦に参加しているはずのスプリガンがここへ戻ってきていることから推測すると、お前の仲間は優勢らしい。合流する頃には、ケリが付いているかもしれん」
「何故だ? あたしの仲間が優勢なら、やつはコロシアムにいないといけないんじゃないのか?」
「負け試合には参加しないんだよ。スプリガンというやつは」
セントルイスは、ブルーの瞳をジュピターに向けた。左腕の出血は、止まっているようだった。ジュピターの応急処置が、功を奏したようだった。
「名を聞いていなかったな」
「ジュピターだ。セーラージュピター」
見つめられて少々照れながら、ジュピターは答えた。敵であることを、ついつい忘れてしまう。セントルイスは十三人衆のひとりなのだ。
「セーラージュピターか………。機会があれば、また会おう」
「ああ。できれば、また味方として再会したいな」
ジュピターは別れの言葉を告げると、その場を走り去った。
「そう言うわけにもいかないさ………」
セントルイスは痛む左腕を気にしながら、夜の闇に消えていく、彼女の後ろ姿を見つめていた。しかし、セントルイスが再びジュピターに会うことはなかった。
コロシアムが揺れた。
地面が揺れたのではない。空気が振動したのだ。
それは咆吼だった。
凄まじい獣の咆吼だったのである。
ゲートのひとつが轟音とともに吹き飛び、何かがそこから出現してきた。
「ちっ! 新手のようだ。まったく次から次へとご苦労なことだな」
呆れたようにギャラクシアは言った。彼女の足下には、既に鉄くずと化した機械化兵団のなれの果てが、そこら中に転がっている。
「マーズ、プルート、早く行け。セーラームーンとその他大勢は、あたしが面倒を見る」
「大丈夫なの?」
マーズが眉を顰めた。マーズとプルートのふたりが離脱してしまうと、戦力が大幅にダウンしてしまうからだ。
「あたしを誰だと思っているんだ?」
ジロリとギャラクシアは、マーズを睨む。
「そうね。余計な心配よね」
マーズは嘆息して肩を竦めた。単純に戦闘能力だけで考えた場合、ギャラクシアの右に出る者はいない。セーラームーンが銀河系最強の戦士だと言われているのは、その戦闘能力に加え、強力な治癒能力も併せ持っているからだ。単に「破壊」することだけで比較した場合、セーラームーンでさえギャラクシアには遙かに敵わないのだ。
再びコロシアムが揺れた。
「頼むわよ、ギャラクシア」
マーズは言うと、既に上空で待機しているプルートに向かってジャンプする。
「さてと………」
コロシアムを離れていくマーズとプルートのふたりをチラリと見ると、
「おい、双子」
なるちゃんたちを守るように陣取っていた、フォボスとディモスに声を掛けた。
「そいつらの守りはセーラームーンに任せて、あたしの援護をしろ」
「分かりました」
ギャラクシアに指示されたフォボスとディモスは、以外にもすんなりと了承した。マーズ程の蟠りはないようだ。それに、以前は命を助けてもらっている。
「あ、あたしはどうしましょう?」
何をしていいのか分からないセーラーサンが、オロオロしながら訊いてきた。
「邪魔にならなければその辺で寝ていてもいい」
ギャラクシアから戦力外通告されたセーラーサンは、不満そうに口を尖らせ、ぷっくりと頬を膨らませた。