コロシアム大乱戦


 太平洋。日本領海内ぎりぎりの位置に、その孤島は存在していた。
 海・空の航路どちらからもかなり離れた位置にあることから、今まで発見されることがなかった小さな島である。菱形に近い形のその島は樹木が生い茂り、見るからに不気味だった。
 その島に、ブラッディ・クルセイダースの本拠地があった。
「まったく………。よくこんな島を見つけたもんだぜ………」
 島を一望できる空域に浮遊しているジェダイトは、呆れたように言った。十番街からここまで、彼らは自らの能力で飛行してきたのだ。
「こんな島だから拠点にできるんだよ」
 ジェダイトの独り言とも取れるその言葉に、タキシード仮面はわざわざ答えた。風にマントが翻っている。
「そろそろドンパチが始まる頃か………」
 ジェダイトは呟くように言った。太陽は既に、水平線の彼方に沈んでしまった。空には無数の星が瞬いている。
 彼らの役目は、島から脱出する者を監視することにあった。もちろん、島に乗り込んだセーラー戦士たちの戦局が悪化すれば、すぐに駆け付けることにしている。司令室でもルナとアポロンが、高性能のレーダーを使って島を監視しているはずだった。
「このくらいの島なら、あたしひとりで沈めることぐらいわけないんだけど………」
 アースがつまらなそうに言う。地脈を操ることができる彼女なら、確かに島ひとつ沈めるのは簡単なことだろう。実際、百五十キロ平方メートル程の小さな島である。アースでなくとも、セーラー戦士ならばその最大規模の攻撃技で、跡形もなく粉砕できると思われた。
「おいおい、物騒なことを言うなよ。あの島には、女子学生が大量に囚われているんだ。まずは彼女たちを助け出さなきゃならないんだ」
 ジェダイトは大袈裟に驚いて見せた。退屈しているアースの気を、少しでも紛れさせようと言う彼なりの配慮だった。もちろん、アースが本気で言っているわけがないと思っているのだが、実のところ、彼女は本気で島を沈めようかと考えていたのだ。
「学生たちを発見したら、連絡が入ることになっている。そうしたら、アース(みさお)の出番だよ」
 アースの半ば本気の冗談を軽く聞き流し、タキシード仮面は言った。
「あたしの!?」
「そう。アース(みさお)にしか、できないことさ」
 その学生たちを捜しているのは、カロンとオペラ座仮面のふたりだった。オペラ座仮面が自分にやらせてくれと申し出たのである。もちろん、反対する理由がないため、そのまま彼らがその役をすることになった。
 残りのメンバーは、仲間を救出することに全力を傾けることになっている。派手に動き回ることも重要な彼女たちの任務だった。そうすることによって、カロンたちの動きを助ける役目も担っていた。要するに陽動である。
「居残りってのも、結構退屈なもんだな………」
 ジェダイトがぼやいたその時だった。
 ドーン。
 出し抜けに島で火柱が上がった。かなり大きい。
「始まったようだ」
 タキシード仮面の言葉に、ジェダイトとアースは気を引き締めた。
「ちょっと早いな………」
セーラームーン(うさ)たちの方が先に動いたようだ」
 プルートを初めとする救出隊が到着するのには、まだ早い時間だった。だとすると、セーラームーンたちが先に行動を起こしたと考えるべきだった。
「フライングだぜ」
 ジェダイトは苦笑した。

「そりゃぁ!」
 スプリガンの衝撃波が、頭上から襲い掛かる。セーラームーンは月光障壁(ムーンライト・ウォール)を頭上に放って、それを防ぐ。
「サンシャイン・フラッシュ!」
 攻撃のための技を持たないセーラーサンは、威嚇のための閃光を放って、野獣たちを牽制している。凄まじい閃光のため、野獣たちは迂闊には近づいてこない。しかし、それも長くは持たないだろう。閃光に攻撃力が伴わないことがバレてしまえば、一気に襲い掛かって来るに違いなかった。セーラームーンはスプリガンの相手で精一杯である。
「どうした!? 防戦一方か!?」
 余裕のあるスプリガンは、わざと無防備な状態で宙を旋回しながら、連続で衝撃波を放っている。
(くっ! まだなの、みんな………!?)
 上空に向けてプリンセス・ハレーションを掃射しながら、セーラームーンは思った。身動きの取れないフォボスを始め、くりやなるちゃん、そしてひかるちゃんの四人を守りながら戦うのは、セーラームーンには酷な状況だった。幸いにも敵のスプリガンは、狙いをセーラームーンひとりに絞ってくれている。それはスプリガンに充分に余裕があるからなのだが、セーラームーンにとってはありがたいことでもあった。
「そろそろ本気で行くぞ!」
 遊んでいるのにも飽きたのか、無防備に飛び回っていただけのスプリガンは、セーラームーンを見下しながら宙で静止した。
 そのスプリガンの戦いぶりを、無言のままイズラエルはスタンドで観戦していた。その横に、プロフェッサー・イワノフもいる。
「あんな何もできない小娘たちに、ザンギー様やタラント様たちは破れたのですか?」
「レプラカーンもだ。やつらを侮るな。油断していると、このコロシアムで死ぬのは貴様の方になる」
「ご冗談を………」
 プロフェッサー・イワノフはクククと喉の奥で笑う。薄汚れた白衣のポケットから、再び通信機を取り出した。
「ペットたちをもう少し追加してやれ。そうすれば、光を放っているだけのお嬢ちゃんも、もう少しスリルを味わえるじゃろう」
 通信機に向かって言うと、プロフェッサー・イワノフはサディスティックに笑った。
(このサディストめ………!!)
 イズラエルは心の中で毒突いた。この狂気の科学者だけは、どうも好きになれなかった。
「ん!?」
 夜空に輝く星に紛れて、何かが動いたような気がした。イズラエルは瞳を凝らし、その動いたものを探ろうとした。
「新手か!?」
 強烈な炎が幾筋も頭上から降り注がれた。プロフェッサー・イワノフのバイオソルジャーたちが、次々と断末魔の悲鳴を上げる。
 スプリガンには、別のエネルギー弾が炸裂していた。
「ぐ、ぐぬぅぅぅ………!!」
 プロフェッサー・イワノフは歯軋りをする。自慢のバイオソルジャー部隊を蹴散らされたのだから無理はない。
「バイオソルジャーを全部出せ! 旧タイプも全部じゃ!!」
 唾を吐き散らしながら、通信機向かって怒鳴った。

「なんとか間に合ったわね!」
 バイオソルジャーの第一陣を粉砕したマーズは、セーラームーンの横に並んだ。マーズの放ったスネーク・ファイヤーは、彼女たちに僅かな休息の時間を与えてくれた。バイオソルジャーの第二陣が出てくるまでには、まだ若干の時間がある。
「ふたりとも、今の内にフォボスを十字架から降ろすわよ」
 十字架から少しばかり離れた位置にいたセーラーサンに、マーズは叫ぶように言った。上空でマーズを援護していたディモスも、急加速でフォボスの元に降りてくる。
「よかった、無事で………」
 涙で目を潤ませながら、ディモスはフォボスの腕を拘束している戒めを外す。
 今まで不利だった形勢が一挙に逆転したことで、僅かに心のゆとりができたなるちゃんたちも、セーラームーンの周りに集まってきた。
 その間のプルートは周囲を警戒しつつ、敵の出方を伺っていた。なるちゃんたちを守るためのシールドは、いつでも張る準備ができていた。
「フォボス! よかった………」
 フォボスの拘束具を外すことができたディモスは、フォボスを抱き締めて再会を喜んだ。
「痛いよ、ディモス………」
「だってぇ………」
 双子の姉を救出することができた喜びに、ディモスはボロボロと大粒の涙を流していた。
「第二陣、来るぞ!!」
 上空のスプリガンを牽制しながら、ギャラクシアが走り寄ってきた。形勢は彼女たちに有利なように見えたが、非戦闘員であるなるちゃんたちを守りながら戦わなければならないという現状には変わりはなかった。そのなるちゃんたちを守るのは、プルートの役目だった。
 センターゲートが開き、大量のバイオソルジャーが脱兎の如く飛び出してきた。虎や、ライオン、豹やハイエナといった肉食獣が主力だったが、中にはバッファローや、サイといった普通なら大人しい草食動物たちも含まれていた。皆一様に目を血走らせ、セーラー戦士たちに向かって一直線に向かってくる。
「ただ突っ込んで来るだけじゃ、あたしたちには勝てないわよ!!」
 そのマーズの言葉が合図だったかのように、フォボスとディモスがそれぞれマーズの左右に並んだ。三人の呼吸をひとつに合わせる。
 セーラームーンが三人を援護するために、プリンセス・ハレーションを前方に掃射して、襲い来る猛獣たちの足を止める。
「行くよ、フォボス! ディモス!」
 マーズが号令を掛ける。
「トリプル・バーニング・ソウル!!」
 炎を操る三人のリンク技が炸裂する。巨大な炎の塊が、新たに出現した猛獣たちを一瞬のうちに灰にした。更にそのままセンターゲートを破壊する。
「やったぁ!!」
 セーラーサンが躍り上がって喜びを表現した。
「ちっ………!」
 空中でギャラクシアと激しい戦闘を繰り広げていたスプリガンは、コロシアムの様子を見て舌打ちした。
「まったく、数だけで役に立たんケモノどもだ!」
 こうもあっさりと全滅させられたのを見てしまうと、呆れてものも言えなくなってしまう。自慢のバイオソルジャー部隊が聞いて呆れる。
「よそ見している暇があるのかい!?」
 コロシアムの惨状に目を向けていたスプリガンに、ギャラクシアが肉薄してきた。
「はっ!」
 鋭い肘打ちが、スプリガンの腹部に突き刺さる。
「ぐっ!」
 小さく呻きながら、スプリガンは後退してギャラクシアとの間合いを取った。
「潮時か!」
 小さく呟くと、身を反転させる。ギャラクシアの放ったギャラクティカ・トルネードを寸前のところで躱すと、スプリガンはそのままコロシアムから遠ざかっていく。
「な、なんと言うことだ………。儂のバイオソルジャー部隊が………」
 一瞬にして全滅した自分の部隊を見て、プロフェッサー・イワノフはがっくりと膝を突いた。
「人間の脳を移植したと言っても、所詮は犯罪者のもの。戦術がでたらめでは、数がいても意味をなさない。やつらは、互いに協力することを知らない。我々、十三人衆を含めてな………。それでは、セーラー戦士どもに勝てぬと言うことだ」
 腕組みしたまま、イズラエルは前方を凝視している。バイオソルジャーは全滅。スプリガンも去ってしまった今、コロシアムに残されているのは彼とプロフェッサー・イワノフのふたりだけだ。
「潮時だが、わたしは時間を稼いで見せねばならない。プロフェッサェーは、引き上げた方がいいだろう。それとも、ここでわたしとともにやつらと戦うか?」
「ご、ご冗談でしょう。儂にはあなた様方のような特別な能力はありません。ここはお言葉に甘えて退散することに致します」
 自分の部隊が全滅させられたにしては、プロフェッサー・イワノフは意外に冷静だった。彼にとって、バイオソルジャーはただの実験材料にすぎないと言うことなのかもしれなかった。
 薄汚れた白衣を翻して、狂気の科学者はそそくさと立ち去っていった。
 プロフェッサー・イワノフに入れ替わるようにして、ひょろりと背の高い男がイズラエルの前に現れた。イワノフ同様に白衣を着用していたが、綺麗に洗濯され丁寧にアイロンも掛けてあるようだった。百八十センチはあろうかという長身の割には、非常に細身で華奢な体付きをしている。ずり下がっていた丸渕の眼鏡を、右手の人差し指で本来の位置に戻した。
「ケモノは敏捷性に優れていますが、ああいう光線技を主体に戦う相手には、少々不利なものです。わたしの軍団をお貸しいたしましょう」
 落ち着いた表情でコロシアムに目を向けた長身の男は、イズラエルに向かってそう言った。
「アトキンスか」
 イズラエルは男の名を口にした。
 プロフェッサー・アトキンス。土萌教授やイワノフ同様に、ブラッディ・クルセイダースにスカウトされた科学者である。バイオ工学もさることながら、メカトロニクスにも秀でた才能を持つ、若き天才科学者だ。
「助かる。俺の援護に付かせろ」
「おおせのままに」
 イズラエルの指示に、アトキンスは腰を四十五度傾けた。
「貴様の尻拭いも大変だ。大司教よ………」
 人知れず苦笑を浮かべたイズラエルは、セーラー戦士たちに向かって身を躍らせた。

 コロシアムの惨状は、すぐさま大司教ホーゼンに報告されていた。シスターからその報告を受けた大司教ホーゼンだが、表情ひとつ変えなかった。
「援軍が来たか………」
 ホーゼンは呟く。
「いかが致します?」
 畏まって退室していくシスターを見送りながら、マザー・テレサは訊いてきた。
 マザー・テレサの自室だった。ホーゼンは豪華なソファーで体を休めたまま、目を閉じていた。
「あの小娘どもは諦める他はあるまい。もっとも、我々が動けば、ほおっておいても向こうから懐に飛び込んで来るわい」
 ホーゼンは愉快そうに肩を揺らした。
 扉がノックされ、ファティマが姿を現した。自分の母親の部屋にいるホーゼンにいささか不快な表情を示したが、口に出すことはしなかった。
「学生の移動は終了しました」
 必要なことだけを報告した。
「ご苦労でした」
 マザー・テレサは言葉だけの労いをかけた。心からの労いではないことは、その口調で分かる。
「では、失礼いたします」
 一礼すると、ファティマは扉を閉めた。そのファティマの小さな背中を見送ると、マザーは視線を大司教に流した。言葉言いたげなその視線を受けて、
「日本にいる意味もなくなった。そろそろ、動き出すとしよう」
 大司教はマザーに視線を向けずに言った。

 カロンとオペラ座仮面は、狭い通路を足早に移動していた。ある目標に真っ直ぐに向かっているような、確かな感覚があった。先頭を歩いているのは、オペラ座仮面だった。
「まるで、この中を知っているみたいね」
 カロンがそう思うのも無理はなかった。敵にさえ会わずに移動していれば、不思議に思うのも当然だった。
「いい勘してるだろ!」
 オペラ座仮面は戯けてみせた。何かを隠しているときの彼の癖だったが、当然本人は分かっていない。だからと言って、今ここで追求する問題でもない。自分と出会う以前の彼のことを、カロンはよく知らなかった。だから、この場で訊くべきことではないということは、分かってはいた。
「ねぇ、あんたって………」
 とはいえ、興味が沸くのは仕方がないことだ。質問しかけて、カロンは慌てて思い直した。考えていることと行動が、全く噛み合っていない。
「駄目だな………」
 先程のカロンの声が聞こえなかったのか、オペラ座仮面は十字にクロスしている通路の向かって左側を、壁に背を付けた状態で盗み見しながら、独り言を呟いていた。
「どうしたの?」
 すぐ横に寄り添うように近づいたカロンは、その独り言に反応してあげた。
「学生たちを救出するのは、無理かもしれんてことさ」
 オペラ座仮面は顎で、通路の向こう側を指し示した。カロンはオペラ座仮面の胸越しに顔を突き出して、十字に曲がった左側を覗き見た。
 夢遊病者のように、おぼつかない足取りで行列している女子学生たちの姿が見えた。目は開いているのだが、光が宿っていなかった。
「集団催眠かしら?」
「さあな………。しかし、何の用意もしていない俺たちでは、あの数の女の子たちを助け出すのは不可能だな。まさか、これほどの数の女の子たちがいるとはな………」
 オペラ座仮面は、呆れたように小さく首を横に振る。
「いなくなった女子学生たちは、十番街からだけではなかったものね」
 首を引っ込めたカロンは、意見を求めるような視線をオペラ座仮面に向けた。行列を成している女子学生たちは、数百人に上ると思われた。
「駄目だ。どうすることもできない。よしんば助けられたとしても、あの数の女の子たちを移動させる手段がない。彼女たちには悪いが、ここは一端引き上げるしかないな………」
「引き上げるって言っても………」
「次の機会を狙うしかない」
「次の機会………?」
 カロンは表情を曇らせる。オペラ座仮面は簡単に言うが、このような機会が次に巡ってくるという保証はない。
「どでかい乗り物でもあれば話は別だ。だが、俺たちにはそんなものはない」
 既にオペラ座仮面の腹は決まっていた。カロンとて、強行するだけの作戦を持っていないし手段もない。
「目の前にいるのに………」
 カロンは悔しげに呻いた。この場はオペラ座仮面に従う他はなかった。

 イズラエルはひらりと舞い上がり、セーラー戦士たちに戦いを挑んだ。過去一度だけセーラー戦士と戦って圧勝しているイズラエルは、複数のセーラー戦士が相手でも怯むことはなかった。
「たったひとりで、あたしたちに勝てると思っているのか!?」
 すぐさまギャラクシアが応戦する。金色の髪を靡かせ、ギャラクティカ・クランチを放つ。
 イズラエルはそれを(かわ)しつつ、突進してきた。
 ギャラクシアの援護には、だれひとりとして向かわなかった。彼女がそれを拒んだからだ。彼女のプライドに賭けて、ひとりの相手には自分だけで挑まなければならない。それが、かつて銀河を我がものにしようとした自分の意地でもあった。かつてのような強大なパワーはまだ戻ってきてはいないものの、それでもかなりの力があった。聖なるクリスタルのひとつ、青金石(サッファー)クリスタルは伊達ではない。
「あたしは甘ちゃんのミレニアムのセーラー戦士とは違うんだよ!」
 自らを奮い立たせるように言うと、ギャラクシアは全身にエネルギーを漲らせた。突進してくるイズラエルに、必殺のエナジー・フォール・ダウンを敢行するつもりなのだ。
 勝負は一瞬だった。全身にエナジーを纏ったギャラクシアが、同じように突っ込んできたイズラエルを圧倒した。
 猛烈に弾かれたイズラエルは、スタンドまで吹き飛ばされた。
「ぐっ………」
 負傷した左肩を押さえ、イズラエルはヨロヨロと立ち上がった。そのイズラエルに、トドメとばかりにギャラクティカ・トルネードが襲い掛かる。
 寸前のところで辛うじてガードには間に合ったが、そのパワー全てを無効にすることはできなかった。少なからずダメージを受けてしまう。
「つ、強い………」
 激痛が走る左肩を押さえながら、イズラエルは呻いた。
「イズラエル様は、少しお休みください」
 コンクリート製の客席に叩き付けられたイズラエルのすぐ後ろに、いつの間にかアトキンスが寄ってきていた。
「さぁて、攻撃開始だ」
 アトキンスはにたりと笑う。同時に爆音が轟いた。

「何だ!?」
 スタンドのイズラエルにもう一撃加えようとしていたギャラクシアも、その轟音を耳にして動きを止めた。轟音は足下から響いてきた。下に目を向ける。
「なっ………」
 ギャラクシアも一瞬言葉を無くした。足下では仲間たちが不利な状況に陥っていたからだ。

「フォボスとディモスは、なるちゃんたちを守って!」
 悲鳴にも似たマーズの指示が、フォボスとディモスを動かした。そのふたりに、セーラームーンから指示を受けたセーラーサンが加わる。三人のセーラー戦士は、非戦闘員であるなるちゃんたちを囲むように、三角形の布陣を取った。
 本来なら、強力な防御シールドが張れるプルートがその役目を担うべきなのだが、そうなるとプルートはまともに戦うことができない。目の前の状況を見れば、戦力として計算できるプルートを欠くわけにはいかなかった。
「な、なんなのよ! こんなのを相手にするわけ!?」
 セーラームーンが驚くのも無理はなかった。プロフェッサー・アトキンスが自慢の部隊は、機械化部隊なのである。近代兵器で武装されたロボットの集団が、彼女たちの周囲を取り囲んでいるのだ。
「相手が機械なら、遠慮はいらないわね!」
 マーズはパワーを全開にした。彼女の全身が、灼熱の炎に包まれる。
「マーダー・フレイム・ブラスター!!」
 凄まじい炎の濁流が、ロボット兵団を呑み込んだ。炎はそのまま突き進み、コロシアムの一角を木っ端微塵に粉砕した。
 だが、感情を持たないロボットたちが、これで怯むはずはなかった。直ぐさま反撃を開始してくる。
 両肩にキャノン砲を装備したタイプ。背中にロケットランチャーを装備したタイプ。腕とマシンガンが一体になっているタイプ。それぞれタイプは違うが、全てが戦闘用のロボットたちである。正確な数を把握することはできないが、その数は数百体に及ぶものと思われた。
 周囲から一斉に砲撃が開始された。フォボス、ディモス、そしてセーラーサンの三人は、パワーを全開にして周囲にシールドを張り巡らした。
時空嵐撃(クロノス・タイフーン)!」
蛇火炎(マーズ・スネイク・ファイヤー)!」
「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」
 残った三人が応戦する。と言っても、当面は飛んできた砲弾を打ち落とすことしかできない。敵の数が多すぎて、それ以上のことができないのだ。
「あたしを忘れてもらっては困る!」
 上空からギャラクシアが、ロボット兵団に向かって突っ込んだ。全身をエネルギーで包み、セーラームーンたちの周囲を囲んでいたロボット兵団の中を、円を描くように突き進んだ。
 ギャラクシアの凄まじいエネルギーに薙ぎ倒されたロボットたちは、無惨にも破壊されていく。
「これ以上はやらせん!」
 鬼神の如くロボット兵団の中を駆け巡るギャラクシアに、イズラエルが攻撃に出た。ギャラクシアの攻撃によって、既に三分の一の戦力が削ぎ落とされてしまっていた。
「邪魔をするな!」
 猛スピードで迫ってきたイズラエルに向かって、ギャラクシアはギャラクティカ・トルネードを放った。
 イズラエルはするりとそれを避ける。しかし、その避けるポイントを初めから予期していた可の如く、破滅喘鳴(デッド・スクリーム)が寸分の狂いもなくそこへ迫ってきた。
「なに!?」
 さしものイズラエルも、これを躱すことはできなかった。直撃を受けて左腕を負傷してしまう。
「じ、時間稼ぎもできぬとは………。仕方がない、これまでか………」
 イズラエルは退却を余儀なくされた。

「後退されたか………」
 スタンドで観戦していたプロフェッサー・アトキンスは、冷ややかな笑いを浮かべていた。
イズラエルなど、初めから当てにはしていなかった。頼れるのは己が生み出したマシーンだけだ。端からイズラエルなどは当てにしていなかった。強化されてはいるといえ、所詮は人間である。感情が邪魔をして、計画通りいかない場合がある。
 どす黒い爆炎がコロシアムから上がっている。獅子奮迅の活躍を見せるセーラー戦士たちによって、自慢の部隊は既に半数を失っていた。
「そろそろ出番か………」
 プロフェッサー・アトキンスは、ひとりほくそ笑んだ。彼にはまだ、切り札が残されていたのだ。