囚われたセーラー戦士
「こいつ、手強い………!」
大司教ホーゼンの“気”を読み取ったギャラクシアは、吐き捨てるように呟いた。
既にダンシング・シスターズの一群は全滅させたが、彼女たちが不利であることには変わりはなかった。数的優位には立ってはいるものの、状況は好転したわけではない。
視線をホーゼンに固定したまま、ギャラクシアはすり足で二歩後退をした。
「やつを講堂から引き離すぞ!」
ギャラクシアは背後のセーラームーンに告げる。
ホーゼンが講堂から離れない限り、強力な技が使えないのである。講堂の中には、セーラームーンの銀水晶によって浄化され、意識を失って倒れている女生徒が、数十人もいるのである。
まずは、彼女たちの安全を確保しなければならない。その為には、講堂から離れる必要があった。
「どうした? 攻撃してこないのか?」
全てを計算尽くで動いているホーゼンは、余裕の表情である。彼女たちが攻撃してこれない理由を知っているのである。
「ならば、こちらからゆくぞ!」
カッと見開いたホーゼンの瞳から、怪光線が放たれる。
「ちっ!」
舌打ちして上空に待避したギャラクシアに、追い打ちをかけるように怪光線が発射される。瞳から発射されているだけに、狙いは正確だった。寸分の狂いもなく、ギャラクシアの心臓を狙ってくる。
「ギャラクシア!!」
セーラームーンが援護に回った。プリンセス・ハレーションを掃射して、ホーゼンの注意を自分の方に向ける。
続いてサターンのサイレンス・バスターが、ホーゼンに襲いかかる。
「むん!」
「!?」
左手を突きだして、ホーゼンはサイレンス・バスターを文字通り掴むと、ギャラクシアに向けて投げ付けた。
「あたしのサイレンス・バスターを掴んだ!?」
サターンも驚きの声をあげる。
ホーゼンによって投げられたサイレンス・バスターは、真っ直ぐにギャラクシアに向かう。
「ちいっ!」
ギャラクシアは全身をエネルギー体で包み込み、サイレンス・バスターを相殺すると、そのままホーゼンに向かって突進する。
「ギャラクティカ・エナジー・フォール・ダウン!!」
エネルギー体と化したギャラクシアが、上空からまっしぐらにホーゼンに突き進む。先程講堂で、ホーゼンの結界球を粉砕した技だった。
「くっ!」
さしものホーゼンも、これは受け止められないと判断したのだろう、地上を滑るように左に移動した。
と、次の瞬間、背中に激痛が走った。見ると、自らの左胸から、炎の矢が突き出ている。
「マーズ!!」
上空にマーズが、フレイム・スナイパーの体勢のまま待機していた。もう一撃放つつもりなのだ。
怒りに目を見開いて、ホーゼンは後方を振り返る。その胸に、更に炎の矢が突き刺さった。
「やったぁ!」
セーラーサンが飛び上がって喜んだ。
必殺の炎の矢を二本も受けては、ホーゼンとて無事ではいられないはずである。
「くくくくく………」
しかし、ホーゼンは笑っていた。普通の相手なら、最初の一撃で即死である。炎の矢が二本も直撃しているというのに、ホーゼンは何事もなかったかのように笑いを発していた。
「儂( を甘く見てもらっては困るな………」)
両手で一本ずつ、自らの胸から炎の矢を引き抜くと、無造作に投げ捨てた。醜悪な表情で、にたりと笑みを浮かべた。
「やつは、不死身か………!?」
セーラームーンの横に並んだギャラクシアが、茫然と呟く。
「くくくくく………」
再びホーゼンは喉の奥から笑いを漏らす。上空のマーズを捉えている瞳が、カッと見開かれた。
次の瞬間、その瞳( が弾丸のように発射される。)
「なっ!?」
意表を突いた攻撃に、マーズも反応が遅れた。
ホーゼンの瞳は巨大化しながら、マーズ目掛けて突進してきた。
マーズはガードするのがやっとだった。
目玉はマーズに激突すると、轟音とともに爆裂した。
「マーズ( !!」)
ガードの体勢のまま、吹き飛ばされるマーズが見えた。
「セーラームーン( 、前!!」)
マーズを気遣うセーラームーンの耳に、サターンの声が飛び込んできた。慌てて前方に視線を戻すと、地上を滑るように突進してくるホーゼンの姿を捉えることができた。
瞳がなく、空洞だけとなった目で、セーラームーンを見据えたまま、ホーゼンは猛スピードで突っ込んでくる。
「死に損ないがぁ!!」
横に並んでいたギャラクシアが、素早くセーラームーンの前に躍り出た。ギャラクティカ・ビッグウェイブを放つ。
「なに!?」
ホーゼンはギャラクティカ・ビッグウェイブをものともせず、ギャラクシアに肉薄してきた。文字通り、ギャラクティカ・ビッグウェイブを突き抜けてきたのである。
「邪魔だ!!」
右手一本で、ギャラクシアをはね除ける。
「っ!」
背中から地面に激突した。
「ギャラクシア!!」
打ち所が悪かったのか、ギャラクシアはすぐには起きあがれない。
「他人の心配をしている暇はないぞ………」
セーラームーンの正に眼前まで迫ってきたホーゼンが、空洞だけとなった目を細めて、ニタリと笑った。
「セーラームーン( !!」)
サターンがホーゼン目掛けて、サイレンス・グレイブを振り下ろす。
振り下ろされたサイレンス・グレイブの刃の部分を鷲掴みにしたホーゼンは、そのままサターンを振り回した。強烈なGを受け、失神寸前となったサターンを、無造作に投げ捨てる。
次いで、ショルダー・タックルを仕掛けてきたセーラーサンを難なく払い除け、ホーゼンはセーラームーンに向き直った。
「もはや、お前は儂( のものだ………」)
冷たく言い放つと、ホーゼンの空洞だけとなった目の奥で、怪しげな光が放たれた。
「!?」
その光をまともに見てしまったセーラームーンは、金縛りにあったように身動きがとれなくなってしまった。
「か、体が動かない………」
必死に体を動かそうと試みるが、指一本、まともに動かすことができなかった。
「祭壇に案内( するとしよう」)
口元だけを緩めて笑みを浮かべると、ホーゼンはセーラームーンの背後に、円形状の暗黒の空間を出現させた。
「させるかぁ!!」
吠えたのはギャラクシアだった。エナジーを放出しながら、ホーゼンに体当たりを敢行する。
「邪魔をするな!!」
空洞だけの目で、突っ込んできたギャラクシアを睨み据えると、強烈な衝撃波を飛ばした。
しかし、ギャラクシアも並の戦士ではない。そう何度も同じ相手に不覚は取らない。
唸りを上げて襲い来る衝撃波をジャンプ一番躱( すと、ホーゼンの頭上からギャラクティカ・パペットを放った。エナジーの糸で、ホーゼンの動きを封じようというのだ。)
「ぬうぅぅぅん!!」
ホーゼンは低く唸り声を発すると、全身にパワーを集約する。右手を突き出すと同時に、その集約されたパワーを、頭上のギャラクシアに向けて放射した。強烈なパワーはギャラクティカ・パペットを消滅させながら、ギャラクシアを直撃する。
「!?」
ギャラクティカ・パペットを放った瞬間の無防備状態を狙われたギャラクシアは、強烈なパワーの直撃を浴び、きりもみ状態で吹き飛ばされる。
「他愛もない………」
無防備の状態で直撃を食らったギャラクシアは、さすがにかなりのダメージを受けてしまっていた。地面に倒れ伏したまま、ピクリとも動かない。
同じく弾き飛ばされてしまったマーズも、未だ完全には回復していなかった。それでも辛うじてガードしていたために、ギャラクシアとは違って動くことはできた。
ギャラクシアに気を取られ、マーズの存在を忘れているらしいホーゼンの無防備の背中に、バーニング・マンダラーを浴びせる。
直撃である。
しかし、ホーゼンは全くの無傷だった。ゆっくりとした動作でマーズの方に向き直ると、空洞だけとなっている目を細めた。
「まだ動けたのか………。しかし………!」
両手を前方に突き出し、衝撃波を放った。
「早い!?」
放たれたと思った瞬間、マーズはその衝撃波に飲み込まれていた。まともに衝撃波を食らったマーズは、もんどり打って吹き飛ばされる。
「ふっ………」
鼻先で笑った後、ホーゼンは顔をセーラームーンの方向に向けた。
金縛りの術で体の自由を奪われているセーラームーンは、ホーゼンが出現させた暗黒の空間に、飲み込まれようとしていた。ホーゼンが余裕でギャラクシアとマーズの相手をすることができたのも、この暗黒の空間を発生させておいたからなのだ。
「セーラームーン( !」)
「セーラームーン( !!」)
そのセーラームーンを、サターンとセーラーサンが必死に支えている。
「駄目ぇ! ふたりとも手を離しなさい!!」
ふたりの引く力より、空間が引き寄せるパワーの方が勝っているのだ。このままでは三人とも暗黒空間に飲み込まれてしまう。
悲痛の叫びを上げるセーラームーンだったが、サターンもセーラーサンも聞き入れようとはしない。全身全霊を込めて、セーラームーンの腕を引っ張っていた。
「往生際が悪いな………」
笑い混じりに呟くと、ホーゼンは暗黒空間にパワーを注ぎ込んだ。吸引力を増した暗黒空間は、唸りを上げて周囲の物を飲み込み始める。
「させないと言っている!!」
渾身の力を込めたギャラクシアのエネルギー弾が、暗黒空間を直撃する。僅かに亀裂を発生させたが、起死回生の一撃にはならなかった。
空間の吸引力に対抗するだけのパワーを持っていない彼女たちは、遂に暗黒の闇へと引きずりこまれてしまった。
「座標がズレたか………。余計なことをしてくれたものだ………」
ホーゼンは醜悪な表情をギャラクシアに向ける。
「責任を取ってもらうぞ!」
地上を滑るように移動すると、瞬時にギャラクシアの眼前まで迫り、その首を鷲掴みにする。
「うぐっ!」
物凄いパワーで、ギャラクシアの首をギリギリと締め付ける。
バキッ!
鈍い音がした。
「!?」
ギャラクシアは声のない悲鳴を上げ目を剥( いたあと、がっくりと項垂れた。)
「すまんな、力が入りすぎてしまったようだ………。自らの力のなさを、あの世で悔やむがいい………。もっとも、あの世とやらが存在していればな………」
意味ありげな言葉を吐くと、ホーゼンはクククと喉で笑った。
「………それは、どういう意味だ?」
「なに!?」
絶息したと思っていたギャラクシアが、鋭い眼光でホーゼンを睨み据えた。全身から青白いオーラを放出し、ホーゼンをはね除ける。
「こ、このパワー………!? 先程の小娘と同等、いや、それ以上か!? 貴様はいったい………」
地面に叩き付けられたホーゼンは、ギャラクシアから放たれたパワーに舌を巻いた。言葉からは焦りが感じられる。
「この星への影響を考えて、パワーをセーブして戦っていればいい気になりおって!!」
ギュラクシアの内から、凄まじいパワーが放出される。空間をギリギリと震わせるそのパワーは、ホーゼンの戦意を削ぐには充分すぎるパワーだった。
「こ、こやつのこのパワー………!? 聖石を持つ者か!?」
空洞だけとなっている目を見開いて、ホーゼンは二‐三歩後ずさった。その直後。
ズヴォヴォヴォ………!!
空間までもを焼き尽くすような猛烈な炎が、背後で立ち上った。
フルパワーのマーズが怒りの形相で、ホーゼンの漆黒の法衣の背中を睨んでいたのだ。
「パワーを押さえていただと!? このパワーが本物なら、十三人衆程度では太刀打ちできなかったのも頷ける………」
さしものホーゼンも慌てている。ふたりの巨大な段違いのパワーを受け、僅かながら動揺していた。
先に仕掛けたのはマーズだった。MAXパワーのファイヤー・ソウルが、唸りを上げてホーゼンの背中に襲い掛かる。
ホーゼンは漆黒の法衣を翻( すと、上空へと待避した。そこへ、狙い澄ましたかのようなギャラクシアのギャラクティカ・クランチが放たれる。次いで、マーズからのファイヤー・ソウルの第二弾が浴びさせられた。)
「ぐっ!」
ふたりのセーラー戦士の息も付かせぬ連続攻撃に、ホーゼンは左腕を失った。
「くっ! やりおる………」
だが、ホーゼンだとて、このまま黙って引き下がるわけにはいかなかった。気を取り直して、すぐさま反撃に転じた。
しかし、ギャラクシアとマーズの気迫の方が勝っていた。鬼神の如く炎を振るうマーズの攻撃に、ホーゼンは一瞬怯んだ。そこへ、ギャラクシアの渾身のエナジー・フォール・ダウンが炸裂する。
「ぐおぉぉ!」
ホーゼンが悲鳴をあげた。凄まじいエネルギーの衝撃に、全身が引き裂かれそうになる。
「トドメよ!!」
マーズのスネーク・ファイヤーが、唸りを上げて迫ってきた。
「ホーゼン様!」
ホーゼンの目の前の空間が、何の前触れもなく裂けた。マーズのスネーク・ファイヤーは、その空間に飲み込まれる。
「この場はお退きください」
ファティマだった。陽炎のようにユラユラと揺らめきながら、ホーゼンの後方に出現する。
「潮時か………」
悔しげに呻くと、ホーゼンは瞬間移動でその場から立ち去っていった。
「逃げられた!?」
ギャラクシアとマーズのふたりは、同時に唇を噛み締める。そのふたりを、ファティマは冷ややかに見つめる。
「ホーゼンの毒牙にかからぬうちに、仲間を救出に来た方がいいわよ」
ファティマは一言そう言うと、出現したときの同じように、陽炎のように揺らめくと、やがて消えてしまった。
「ちっ!」
スプリガンの執拗な攻撃をするりと躱( すと、ジュピターは反撃に出た。スパークリング・ワイド・プレッシャーを連発し、それを囮にスプリガンの懐深くに肉迫する。)
突き上げるような蹴りを、土手っ腹にお見舞いした。
だが、スプリガンも並の戦士ではない。強靱な腹筋で、ジュピターの蹴りを弾き飛ばしたのだ。
「!?」
腹筋で弾かれるとは考えてもいなかったジュピターだったが、特別に慌てたりはしなかった。華麗なフットワークで、クンフーの連続技を叩き込む。その拳には、電撃が込められている。ジュピターならではの攻撃法だった。
ジュピターの目にも止まらぬ連続攻撃に、さしものスプリガンも僅かに体勢を崩した。
そこへすかさず、大道寺の手刀が振り下ろされる。
「男は失せろ!!」
スプリガンの全身から、凄まじい衝撃波が放たれる。避けるのは無理と考えたスプリガンは、衝撃波を放ってシールドの代わりとしたのだ。
モロに食らった大道寺は、木の葉のように上空へ舞い上がった。
その大道寺を、プルートがキャッチした。
「これは、貸しにしとくわ」
背中から脇の下に手を入れて、大道寺を抱えているプルートは、愛らしく微笑んで見せた。もちろん、正面を向いている大道寺には、その愛らしい笑顔は見れない。
「背中に当たる、胸の感覚が気持ちいいな」
などと、大道寺が呑気なことを言えば、
「サービスするのはここまでよ」
プルートは冷たく言うと、パッと両腕を離した。
浮遊能力を持たない大道寺は、当然の如く地面へ向けて猛スピードで落下する。
「最近、冷たくなったんじゃないかぁぁぁ………」
ぼやく大道寺に、
「身に覚えがあるでしょう?」
プルートは冷たく言うと、プイと横を向いてしまった。
「ありすぎて、どれのことやら………」
真っ逆様に落下する大道寺は、顎に手を当てて考える仕草をする。落下する途中、大道寺はジェダイトの姿に変貌すると、スタリと綺麗な着地を果たした。
そのジェダイトに、ダンシング・シスターズが一斉に躍りかかる。
しかし、一瞬にして五人のシスターを戦闘不能にすると、残りのふたりを倒すのには、さほど時間は必要なかった。
地面に倒れ伏しているダンシング・シスターズを一瞥すると、ジェダイトはスプリガンに目を移す。ジュピターとプルートが交戦中だった。
「!?」
不意に襲ってきた違和感のため、戦闘が一時中断する。
「空間がシールドされたわ。しかも、かなり強力よ」
今し方の違和感の意味を、プルートはジュピターに説明する。このシールドがホーゼンが発生させたものだと彼女たちが知るのは、もちろん、戦闘終了後のことである。
「この結界。大司教か………」
スプリガンは呟くと、薄い笑いを口元に浮かべた。
「シールドが張られようが張られまいが、あたしには関係ない!」
ジュピターがライトニング・ストライクで突っ込んできた。するりと躱すスプリガンに、今度は頭上から炎が襲い掛かる。
ディモスのファイヤー・ソウルだった。
「援護します!」
上空から戦況を判断したディモスは、炎の雨を降らせる。
右に左に身を翻して炎を躱すスプリガンは、
「そろそろ引き上げるとするか………」
戦闘は行われているが膠着( 状態に近い現状に嫌気が差し、後退することを考えていた。たが、このまま黙って後退するのも、彼の性格上面白くなかった。)
「土産は必要だな………」
呟くと、物色するような目で三人のセーラー戦士を眺め回す。
「よし、決めた!」
言うが早いか、スプリガンは瞬時にプルートの懐に飛び込んでいた。
そのあまりの素早さに反応が遅れたプルートは、スプリガンの当て身を下腹部に受けて昏倒してしまった。
「プルート( !!」)
ライトニング・ストライクの体勢で、ジュピターが飛び込んできた。同時に降り注がれるディモスのファイヤー・ソウルを避けるため、スプリガンは一瞬プルートの元を離れた。
その瞬間を逃すジェダイトではない。
意識を失ったプルートを抱きかかえると、素早く後方に飛び退いた。
「邪魔をしおって!!」
上空のディモスを衝撃波で牽制すると、延髄蹴りを放ってきたジュピターの右足を鷲掴みにする。そのまま大車輪の如く回転した。
片足を捕まれたまま振り回され、強烈なGの作用を受けたジュピターは失神気味だった。
「く、くそっ!」
電撃を放って反撃を試みるジュピターだったが、スプリガンは体の回転速度を更に倍加して電撃を弾いた。
「むぅぅん!」
スプリガンは回転速度を更に上げた。凄まじい回転に、その場で竜巻が発生する。ディモスもジェダイトも近付くことができない。
ジュピターが戦意を喪失したを確認すると、スプリガンは回転を止めた。
「素晴らしい精神力を持っているな。まだ意識を保っているとは………」
放心状態のジュピターの胸倉を掴んで引き寄せ、胸の谷間を覗き込むと、
「なるほど、磨けば光りそうな小娘だ」
「こ、小娘で、悪かったな………」
「ほお。まだ、しゃべる元気があったとは………」
スプリガンはジュピターの右の乳房を鷲掴む。
「あ、あたしの胸を触るな!」
「ふっ」
満足げな笑みを浮かべると、ジュピターの下腹部に正拳を叩き込む。
「うっ」
短く呻いて、ジュピターは意識を失った。
ジュピター救助のために、特攻を仕掛けてきたディモスを、凄まじい衝撃波ではね除けると、「この娘は貰っていく!」
気を失っているプルートを抱きかかえているジェダイトにそう告げ、瞬間移動でこの場から撤退していった。
一度に四人の仲間をさらわれる結果となってしまった一同は、がっくりと肩を落としていた。
完全に作戦ミスだった。
「セーラームーン( たちは?」)
十番中学から自衛隊の日暮隊長を引き連れてきた衛に数分遅れ、夏恋もT・A女学院に来ていた。
「ギャラクシアの攻撃で座標がズレたはずですから、まともにはさらわれなかったはずなんですけど………」
「敵の本拠地のどこかにいることは確実か………」
マーズと会話をする夏恋も、表情は硬かった。
ただひとつの救いは、セーラームーンがさらわれたということだった。彼女の銀水晶のパワーを探れば、彼女たちを捜すことはそれほど難しいことではないのだ。
その作業を、今プルートが行っていた。
上空に制止して、ガーネット・オーブを翳( し、セーラームーンの銀水晶から発せられるパワーを探知しようとしているプルートを見上げるディモスの表情も、悲痛なまでに暗かった。)
結局、フォボスの行方が掴めなかったのである。
おそらく、既にT・A女学院から、ブラッディ・クルセイダースの本拠地に移されてしまったのに違いはなかった。
「セーラームーン( の居場所さえ分かれば、フォボスも助け出せるわよ」)
慰めてくれる夏恋に、ディモスは曖昧な作り笑いで答えるしかなかった。
「どうだ? 捕まっちまったお嬢ちゃんたちの行方は分かったのか?」
自衛隊の日暮隊長が、煙草を口に銜えたまま、大股で歩み寄ってきた。
「生徒たちは?」
マーズとしても、講堂に倒れたままの学生たちの状態も気掛かりだった。
「ああ、そのことなんだが………」
日暮隊長は、何やら言い辛そうな表情をする。銜えていた煙草を足下に捨てると、爪先で揉み消した。
「医療班の話だと、彼女たちは催眠状態にあるらしいんだ。何をやっても起きやしない。ひとまず、十番総合病院に運ぶことになったんだが、監視は必要だな。催眠術をかけたやつをとっ捕まえて、術を解いてもらうしかないらしい」
「そう………」
講堂にいたT・A女学院の生徒は、全部で五十人余。囚われている学生の数が正確には分からないが、その五十人が全てではないと考えられる。
「そ、そう暗い顔をするなって! 今、あのお姉ちゃんが、敵の本拠地を探っているんだろう? 場所さえ突き止められれば、あとはなんとかなるさ!」
上空のプルートを見上げた隊長は、耳を赤くして慌てて視線を落とした。ミニスカートの中を覗いてしまったためだろうが、もちろん、故意に見たわけではない隊長を、マーズが非難するわけはない。見て見ない振りをした。
視線を泳がせた先に、衛と大道寺の姿が見えた。相も変わらず、操も衛にべったりとくっついている。衛と大道寺が何やら会話している。
大道寺の正体をディモスから報告を受けているマーズは、心境としては複雑だった。
大道寺ことジェダイトは、タキシード仮面、いや、プリンス・エンディミオンの四人の親衛隊のひとりである。かつて、ダーク・キングダムとの戦いの際、その長のクイン・メタリアに洗脳され、ダーク・キングダムの四天王のひとりとして、彼女たちセーラー戦士と戦った。プリンス・エンディミオンを捜して転生してきた彼らだったが、残念ながら、ついに合流はできなかった。四天王として戦いを挑み、セーラー戦士たちに破れてしまったのである。だが、その秘められたスター・シードは消滅することなく、地場衛の手元に残り、霊体となって彼を守護してきたのである。
その彼が再び肉体を持って復活してきたのは、もちろん、何か特別な作用があったからに違いないが、なんとなくは想像できる。
ジェダイトが復活しているということは、他の三人も復活している可能性に繋がる。彼らと衛が協力して、別行動を取る可能性も出てきたのである。もともと、衛は単独でブラッディ・クルセイダースのことを調査していたのである。日本にも「からくりのお里」のチームを追ってきただけなのだ。いつまたドイツへ戻ってしまうか分からない。
最近になって、ドイツの亜美たちの連絡が途絶えている。フランスの美奈子たちとも連絡が取れない。向こうで何かが起こっているのは間違いはない。その原因を調査するために、衛たちが現地へ行ってしまうだろうということは、容易に推測できる。
「回復役が抜けるのは痛いな………」
ギャラクシアも同じ考えだったらしく、マーズの横に並んで呟いた。衛の治癒能力はチーム一である。セーラームーンのシルバー・クリスタルによる治癒もかなりのものだが、タキシード仮面のゴールデン・クリスタルの治癒能力の方が、効果・スピードとも遙かに上回っているのである。戦いが激化するだろう今後のことを考えると、衛の離脱というのは想像以上に打撃を受けそうだった。
自分に注がれている視線を感じた衛は、大道寺の会話を休止し、マーズたちの方に歩み寄ってきた。
言い難そうな表情をして、マーズの端正な顔を見つめた。
「うさたちを救出するまでは、彼も協力してくれる。その後のことなんだが………」
衛は一瞬だけ言葉を濁す。
「俺は単独でドイツへ戻ってみようと思う。気になることがあるんだ」
「単独で?」
想像とは違った衛の考えに、マーズは驚いて聞き返した。
「まだクンツァイトが合流できていないらしい。彼らはクンツァイトを捜すと言っている」
クンツァイトは四人の親衛隊のリーダー格の男である。そのクンツァイトが合流できていないとすれば、捜し出さなければならないというのも納得できる。その彼らにしてみれば、クンツァイトがフランスの美奈子たちの元にいるなどということは、夢にも思っていないだろう。美奈子とさえ連絡が取れれば、彼らが合流することは容易いことだった。
「彼女はどうするの?」
「操のことか?」
マーズとしても、操のことは気になる。確かに彼女はセーラー戦士なのだが、目の前にいるギャラクシア同様、まだ仲間とは言い難かった。
「操は日本( に残していくつもりだ。よろしく頼むよ」)
衛に頼まれてしまっては、嫌とは言えなかった。彼女をどこで預かるかは、今回件が片づいてからみんなで考えればいいことだ。
「でも、彼女。あたしたちに馴染んでくれるかしら………」
そのことが一番心配だった。
衛もそれが気になっているらしく、ちらりと操に視線を送ってから、マーズにだけ分かるように苦笑して見せた。
「性格に少々難はあるが、根はいい子だよ」
フォローのつもりだったのだろうが、全くと言っていいほど無駄な言葉だった。確かに、彼女の性格には難がある。彼女と知り合って間もないが、その性格の悪さは天性のもののように思えてならなかった。
マーズとしては、少々心配であった。
そんなマーズの心配をよそに、操は大道寺と楽しげにおしゃべりをしている。そんな操の表情を見ていると、可愛い妹がまたひとり出来たような気にもさせられ、彼女が性格に難ありとは思えない。操は異性には好かれ、同性には嫌われるタイプなのだが、この時のマーズはまだそのことには気が付いていなかった。
大道寺と操がおしゃべりしているその向こうで、自衛隊の日暮隊長が部下に何事か指示している。
よくよく考えてみれば、T・A女学院の関係者の姿がひとりも見当たらない。これだけの騒ぎが起こったのにも関わらず、学園関係者がひとりも出てこないというのは、常識的に考えられない。
(この学院は、どうなってしまうのかしら………)
そうマーズが心配するのも無理はなかった。
「どうやら、発見( けたようだよ」)
ギャラクシアの声に、マーズと衛は揃って顔を上空のプルートに向けた。
プルートはこちらを見下ろして、僅かに微笑みを浮かべていた。