ふたりのセーラーサン
「あたしはセーラーサン! 父なる太陽を守護に持つ、始まりの戦士!」
美童陽子はりんと響き渡る声で、自らの名を名乗った。
その姿は、確かにシルバー・ミレニアムのセーラー戦士のコスチュームのそれであった。もなかのセーラーサンと、ほぼ同じスタイルのコスチュームである。強いて違うところを上げるとすると、胸のペンダントブローチの形くらいだろう。ふたりとも太陽を象ったペンダントブローチなのだが、形と色合いが微妙に違う。
「セーラー戦士を配下に従えているだと!? セレス! お前は何者だ!?」
セーラーサンの首を締め付けたまま、メイムは鋭い目をセレスに向けた。メイムにとっては、セレスがセーラー戦士を配下に従えていることの方が驚きだったのである。そのセーラー戦士が何者であるかなどということはまるで関係ないし、また知る必要もなかった。
「あたしの正体だと!? 死んでいくお前が、知る必要はない」
低く、ひどく冷たい声で、セレスは答えた。殺気に溢れた瞳で、メイムを睨め付ける。
そのセレスのやや後ろに、上空に待機していたアイーダがふわりと降り立った。
着地したアイーダは、ちらりと自分の背後に目を向ける。美童陽子によってバイバルスが倒されたことで、身が自由になったうさぎとまことの姿が見える。
ふたりは油断なく身構えていた。まだ、セーラー戦士にはメイクアップしていない。チャンスを伺っているのだ。
「ボーッとしていていいの? 早くしないと、友達がみんなさらわれてしまうわよ」
セレスは顔を僅かに後ろに向け、背後のうさぎたちに言った。
“毛むくじゃら”は次々と女生徒たちを運んでいる。既になるちゃんを運んでいた“毛むくじゃら”の姿は見えない。
「お前に言われるまでもない!」
クラスメイトだと信じていた舞が、実はブラッディ・クルセイダース十三人衆のセレスであったことに、まことも少なからず動揺をしていた。しかし、その余裕たっぷりの態度に、いささか腹を立ててもいた。クラスの仲間だった女の子たちがさらわれているというのに、平然としている態度が許せなかった。
「勘違いしないで欲しいわね、木野さん。あたしはいずれはこの学校の女生徒全員を捕らえるつもりだったのよ。クラスの連中を友達だなんて、思ったことは一度もないわ。バイバルスが勝手に行動を起こしたのは計算違いだったけど、余計な手間が省けただけ、少しは感謝しているのよ」
まことの心を読んだかのようにセレスは言うと、ちらりとメイムにも視線を流した。
メイムは悔しげに唇を噛んでいる。このままでは、自分たちの上げた成果が、全てセレスの手柄になってしまう。スプリガンと同等の立場を得るために、決死の覚悟で行ったこの作戦は、ふたりにとっては賭だったのである。それが、こうも簡単に失敗するとは予想だにしなかったことである。
メイムは歯軋りをするしかなかった。
うさぎとまことが動いた。
女生徒たちを抱えている“毛むくじゃら”の一団に向けて、素早く突進する。
「動かないで!」
ピシャリと言い放つや、メイムはセーラーサン( の首を締め付ける腕に力を込めた。そうなってしまった以上、自分の身の保全を第一に考えるしかない。)
「うぐっ!!」
セーラーサン( が短く呻いた。手足を僅かに痙攣させている。このままでは、本当に窒息死してしまう。)
うさぎとまことは、足を止めざるを得なかった。友人たちを守ることも先決だが、仲間を見殺しにすることもできない。
「卑怯な手を使いやがって………!」
まことが吐き捨てるように言う。
「卑怯な手を使おうが、戦いは勝たなければ意味がないのよ。それに、あなたたちはいったい何者なの!? こんな状態で平然としていられるなんて………」
メイムの表情からは、余裕が感じられない。精神的に、かなり追い詰められた状態であると推測できる。このままでは、何をしでかすか分かったものではない。それでも、うさぎたちの行動の不可解さに気付いたことはさすがである。普通の女子高生なら逃げ惑う場面のはずである。だが、あまつさえ彼女たちは、自分が捕らえているセーラー戦士を救出するかのような動きすら見せている。
「あなたたちの正体って………」
メイムが気付くのも当然であろう。
「もう我慢ならん!!」
その瞬間、物陰に潜んでいたオペラ座仮面が、マントを翻して飛び上がった。しかし、そのオペラ座仮面には、狙い澄ましたかのような攻撃が加えられた。
真下から伸びてきた矢のような影に、肩口を引き裂かれて鮮血を迸らせる。
「ぐっ! なに!?」
出血する左の肩を押さえて身を翻したオペラ座仮面は、無数の矢が真下から伸びてくる光景を目の当たりにしていた。
「しまった! 避けられん!!」
体勢が悪い。オペラ座仮面は覚悟を決めるしかなかった。
バシューン!!
無数の矢は、横から飛んできた衝撃波によって粉砕された。
オペラ座仮面はニヤリとした。すたりと地面に着地する。その横にセーラーカロンが並んだ。
「助かったぜ」
「まったく、ドジなんだから………」
「面目ない」
ふたりは並んだままメイムに目を向けた。
セーラーサン( を抱えているメイムの横で、死んだと思われていたバイバルスが不適な笑みを浮かべていた。)
「なるほど、さっきのは文字通り、お前の影だったってわけか………」
もうひとりのセーラーサン=陽子は、僅かに口元を歪めた。
セレスが小さく含み笑いをしている。
バイバルスは感情のまるで隠っていない視線で、メイム以外の者全員を順に見回した。
「あなたたち全員、皆殺しです………」
恐ろしいほど機械的に、バイバルスは言った。それがかえって不気味だった。次いで、セレスに視線を向ける。
「セレス、あなたが十三人衆であることなぞ、もうどうでもいいことです。あなたにも、ここで死んでいただきます」
抑揚のない声で、バイバルスは言い捨てた。影が分裂し、それぞれ急激に伸びていく。
「ちっ!」
セレスは舌打ちし、自分を襲ってきた影を衝撃波で粉砕した。アイーダも動揺に、不動の姿勢のまま、バイバルスの影を粉砕する。
傷ついたオペラ座仮面だが、何の計算もなくただ襲ってくるような影に慌てるようなことはしない。横にいるカロンが自分に襲ってきた影とともに、オペラ座仮面を襲った影も弾き飛ばした。
陽子とて同じである。手刀を振り下ろして、影を一刀両断した。
しかし、バイバルスの狙いは初めから彼女たちにはなかった。彼の狙いは、変身していないうさぎとまことにあったのだ。彼はまだ、彼女たちがセーラー戦士であることを知らない。あくまで捕らえることが目的で迫ったのだ。他の連中に同時に攻撃を仕掛けたのは、襲ってきた影を倒すことで、自分より行動を一瞬遅らせることが目的であったのだ。影が粉砕されるのは、計算のうちに含まれていた。
「うさぎ!」
襲ってきた影のひとつを得意のクンフーで打ち倒すと、まことはうさぎの右腕を引っ張って、自分の背後にまわらせた。もうひとつの影を回し蹴りで跳ね除ける。
「まこちゃん! 上!!」
背後から聞こえたうさぎの声で、まことは視線を上に向けた。飛び込んでくるバイバルスの姿が見えた。しかし、隙がある。うさぎたちを普通の女子高生だと思い込んでいるために、油断をしているのだ。
「馬鹿め」
セレスの呟きは、当然バイバルスには聞こえない。
「ムーン・エターナル・メイクアーップ!!」
バイバルスのターゲットはまことだった。恐らく、まことを捕らえてからうさぎに襲い掛かる算段だったのだろうが、結果的にうさぎに変身する間を与えてしまったのだ。それが命取りとなった。
「なに!?」
まことと対峙していたバイバルスは舌を巻いた。一瞬の動揺が、まことの蹴りをまともに食らう結果に繋がった。
バランスを崩し、大きく仰け反ったバイバルスに、セーラームーンのスパイラル・ハート・アタックが直撃する。
「くうっ!」
辛うじてガードしたバイバルスだったが、数メートル跳ね飛ばされ、メイムの足下に無惨に転がった。
「や、やはりお前たちは………」
動揺したのはバイバルスだけではなかった。突然のセーラームーンの登場に、メイムも色をなした。セーラーサン( の首を締め付ける腕が、僅かに緩んだ。)
その隙を付いたのは、なんと陽子だった。猛然とメイムに突進した陽子は、手刀を繰り出して、セーラーサン( の首に巻かれていたメイムの右腕を肘の部分から切断した。)
力無くその場に崩れ落ちるセーラーサン( を、横から飛び出してきたオペラ座仮面が抱き上げ、そのままのスピードでセーラームーンの背後を目掛けて大ジャンプする。)
陽子が流れるような動作で左へ飛ぶ。直後、ジュピターのココナッツ・サイクロンがメイムを襲った。
「ぎゃあ!!」
強烈な雷撃の直撃を受けたメイムは、断末魔の悲鳴をあげた。雷撃のエネルギーで発火した体は、瞬く間に灰になった。
「メ、メイム!!」
ココナッツ・サイクロンの猛威を免れたバイバルスは、仲間の最期に唖然とした。全ては自分の油断から生じた結果であった。セレスの後ろにいた女生徒たちが、まさかセーラー戦士だったとは、思ってもいなかったのである。
「彼女たちがセーラー戦士であることを、あなたは知っていましたね、セレス!」
「気付かぬお前が愚かなのよ! メイムは気付いていたぞ!」
うさぎたちを普通の女子高生だと思い込んでいたバイバルスを、セレスは罵った。
バイバルスの驚きは、カロンとオペラ座仮面の驚きでもあった。ふたりは信じられないという驚きの表情で、セーラー戦士に変身したふたりを見ている。
「まことちゃんが、セーラー戦士だったなんて………」
カロンの呟きを、セーラーサン( は朦朧とした意識の中で聞いていた。カロンはまるでまことを知っているような口振りだった。)
「大丈夫か? 立てるな?」
オペラ座仮面の言葉に、次第に意識がはっきりしてきたセーラーサン( は頷いた。彼女を抱きかかえていたオペラ座仮面は、慎重に彼女を立たせてやった。)
「オペラ座仮面、怪我を!」
「心配ない」
自分の怪我を心配してくれるセーラーサン( に、オペラ座仮面は白い歯を見せる。仮面の奥の瞳が笑っているようだった。)
足下がややおぼつかないセーラーサン( であったが、なんとか自分ひとりの力では立てるほどに回復していた。痛む首筋を、掌で軽くマッサージした。)
「あのポニーちゃんが、セーラー戦士だったとはな………」
オペラ座仮面の呟きは、セーラーサン( の耳にはっきりと届いていた。)
メイムが死んだことで、彼女が発生させていた結界は消滅していた。天と地が逆転していた空間は、通常空間と再び繋がったのだ。
「おのれ!!」
バイバルスは吠え、キッとセレスを睨むと、自らの影の中に身を沈めた。
「ぬ!?」
セレスは眉間に皺を寄せる。バイバルスが姿を消したと言うことは、攻撃に転じたということなのだ。
次にバイバルスが現れたのは、セレスの影の中からだった。突き上げられるように飛び出してきたバイバルスは、怒りの形相でセレスに襲いかかる。
「馬鹿か? お前は………」
セレスは動じなかった。全身をオーラで包み込み、バイバルスを弾き飛ばす。アステロイド・ディストラクティブでトドメを刺した。
「相手を選ぶべきだったよ、お前は………」
悲鳴をあげる間もなく消滅していったバイバルスを見ながら、セレスは小さく呟いた。影( ではなく、実体を倒したことを確信していた。)
「さて………」
セレスは後方のセーラームーンに顔を向けた。太陽の光を反射し、黄金の仮面がキラリと輝く。
「この仮面は、もう必要ないな」
そう言うと、セレスは顔の右半分を覆っていた黄金の仮面を外した。
「セレス、あなたは………」
セーラームーンも次の言葉が見つからない。友達だと思っていた舞が、実はセレスであったなどとは、すぐには信じられない思いなのだ。
「甘いな、セーラームーン。あたしを帯野舞だといつまでも思っていると、死ぬことになるよ」
何か言いたげなセーラームーンに、セレスはピシャリと言い放つ。そのセレスの横に並ぶように、ゆっくりとした足取りで、セーラースーツ姿の陽子がやってきた。
「第二回戦よ、うさぎちゃん」
陽子の言葉は、ひどく機械的に聞こえた。表情に笑みを浮かべてはいるものの、その瞳は陽子のものではないように感じた。
「陽子ちゃんに、何をしたの!?」
セーラームーンがそう思うのも無理はなかった。陽子の父親から、この半年間、彼女が不可解な行動を取っていたということは聞かされている。記憶を失っていることも知っている。だが、彼女がセーラー戦士であり、ましてやもなかと同じセーラーサンを名乗るなど、とても信じられないのだ。
「人聞きの悪いことを言わないでよ」
セレスは不愉快だという表情をしてみせた。
「そう、あたしは自分の意志でここにいるの。自分の意志で、あなたたちと戦うことを決めたのよ」
陽子の言葉からは、全く暖かみが感じられなかった。自分たちの知っている陽子とは違う、全く別の人格が現れてさえいるかのようである。
「あたしこそが、真のセーラーサン。あの娘( がどういうつもりでセーラーサンを名乗っているのかは知らないけど、あたしが本当のセーラーサンよ。だから太陽の宝珠も、太陽の独鈷杵もあたしのものなのよ………」)
「そんなことないわ! セーラーサンはあたしよ! 勝手なこと言わないで!!」
陽子の背中に向かって、セーラーサン( は叫んだ。)
陽子はゆっくりと振り向いた。セーラーサン( 、そして、その背後に佇んでいるオペラ座仮面とカロンの姿も同時に視界に飛び込んできたが、陽子にとってはふたりは部外者でしかなかった。)
視線は真っ直ぐにセーラーサン( に向けられている。)
「あなたがセーラーサンだと言い張るのは構わないけど、ならどうしてあなたは太陽の宝珠を使いこなすことができないの?」
「ど、どうしてそれを!?」
「太陽の独鈷杵は、あたし( に近い能力) ( を持っていれば、一応は発動してくれるわ。だけど、太陽の宝珠は違う。銀水晶がセーラームーンでなければ扱えないのと同じように、太陽の宝珠も、真のセーラーサンにしか使うことができないのよ。太陽の宝珠があなたを拒否したのはそのためよ。今、見せてあげるわ。太陽の宝珠の真の能力) ( を………!」)
「なんですって!?」
驚愕するセーラーサン( を一瞥し、陽子は前方に両手を翳す。はたして、その翳された両手に包まれるように、眩い光を放ちながら、太陽の宝珠が出現してきた。眩い光だった。自分の手元にあった時の数段上の輝きを放っている。)
「太陽の宝珠!? まさか………!?」
その光景を目の当たりにしても尚かつ、セーラーサン( にはその事実が信じられなかった。自分を拒否し、太陽の独鈷杵から分離した宝珠が、自分とは別の者によって実体化されている。しかも、その輝きは自分の時以上なのだ。)
「はあっ!」
陽子が気合いを込めた。強烈な波動が周囲に放出される。
成り行きを見つめていたセレスとアイーダは、自らシールドを張ってその波動を回避。ジュピターもセーラームーンの前方にシールドを発生させて、襲いくる波動を防いだ。
愕然としていたセーラーサン( は波動の直撃を浴びて吹き飛ばされるが、オペラ座仮面によって助けられた。カロンはそのオペラ座仮面の前方で、やはりシールドを発生させていた。)
うねりをあげる波動は、十番高校の校舎にも襲い掛かり、壁に亀裂を走らせ、窓ガラスを粉砕した。
「なんて、パワーだ………」
ジュピターは舌を巻く。窓ガラスが粉砕されたことでパニックになっている学生たちの声が、背後から響いてくる。教室に退避していた学生たちだ。
「今度今の攻撃を受けたら、校舎が崩れてしまうわ………」
緊迫したようなセーラームーンの声が耳に届いてくる。しかし、ジュピターは陽子から目を離すことができない。次に陽子がどういう行動を取るのか推測できないだけに、気を抜くことが許されないのだ。一瞬でも行動が遅れたら、命取りになる。
正門付近に人影が見えた。影は四つ。マーズとタキシード仮面たちだ。
腕組みをしたまま成り行きを見守っているセレスの横に、キロンが音もなく出現した。
「申し訳ありません。ガザとギザを失いました」
「お前が責任を感じる必要はない。所詮はクルセイダースから与えられた捨て駒。初めから当てになどしていない」
項垂れるキロンに、セレスは言った。
自分の部下でないに等しい、あの大男が倒されたことくらいでは、特別な感情が沸くはずもなかった。それよりも、今目の前で起こっていることの方が興味がある。
「何だ、今のは!?」
先程の衝撃波の威力に、駆け付けたタキシード仮面も舌を巻いた。無惨にも粉砕された正門が、その衝撃波の威力を物語っている。
「セーラームーン( 、ジュピター) ( に、セーラーサン) ( 。オペラ座仮面に、セーラーカロン。セレスと、アイーダ、キロン。そして、………美童さん!?」)
その場に居合わせているメンバーを目で追っていたマーズの表情が、驚きに変わった。セーラー戦士のような姿をしているため、すぐには気が付かなかったが、彼女は確かに美童陽子だと思えた。
マーズのすぐ横で、ギャラクシアも怪訝そうに陽子の姿を見ている。
「お元気そうね、火野さん………」
陽子は驚きに目を見開いたままのマーズに視線を向けると、僅かに微笑んで見せた。
「どういうこと!?」
たった今この場に到着したばかりのマーズには、事態がまだ飲み込めていない。事の成り行きが全く分からないのだ。
「あとでうさぎちゃんに訊くといいわ。今は、あの偽物を退治しないとね………」
陽子の視線は、既にセーラーサン( を捉えていた。)
「偽物ですって!?」
マーズは驚きに目を見開いたまま、陽子の視線を追う。その先には、セーラーサン( が捉えられている。)
「あたしが、偽物………? あたしは、セーラーサンじゃないの………?」
自分には、扱うことすらできなかった太陽の宝珠を操る陽子の姿を目の当たりにしてしまったセーラーサン( は、既に戦闘意欲を失っていた。どうしていいのか分からず、茫然とその場に立ち尽くしている。)
「目障りなのよ。消えて!!」
陽子はセーラーサン( に太陽の宝珠を向ける。宝珠が光を放った。光は膨れ上がり、真っ直ぐにセーラーサン) ( に向かって突き進む。)
「馬鹿! 避けろ!!」
すぐ脇にいたオペラ座仮面が、慌ててセーラーサン( の手を引っ張った。抱きかかえると右に飛んだ。そのオペラ座仮面に、陽子は容赦なく攻撃を加えた。)
「ちいっ!!」
セーラーサン( を小脇に抱えて、オペラ座仮面はその猛攻の中を疾走する。)
「ちょこまかと、コマネズミのようなやつ!」
陽子は吐き捨てるように言い、左手で光弾の攻撃をしながらも、右手には更にパワーを集中させている。タイミングを計って、何か別の攻撃を仕掛けようとしているのだ。
「攻撃を止めろ、陽子!!」
ジュピターが吠えた。防戦一方のオペラ座仮面を援護すべく、行動に移ろうとする。しかし、その眼前に、セレスが立ちふさがった。
「邪魔はさせないよ」
セレスはニタリと笑うと、ジュピターとセーラームーンのふたりを相手に、戦闘を開始した。
崩壊した正門の前にいたタキシード仮面たちのもとには、キロンとアイーダが向かっていた。四人の戦士を相手に、キロンとアイーダは互角の勝負を展開している。誰ひとりとして、オペラ座仮面の援護に向かうことはできない。
「そろそろ、終わりにしましょうか!」
陽子はパワーを集約した右手を翳す。
「冗談じゃないわ! あたしが残ってるわよ!!」
ひとり残っていたカロンが、オペラ座仮面の援護に飛び出す。全身を強烈な光で包み込み、陽子に向かって突進した。
「中途半端に覚醒しているあなたに、どれほどの力があると思っているの!?」
オペラ座仮面を庇うように突進してきたカロンに対し、陽子は強引に衝撃波を放った。轟音が轟き、爆発的な威力を帯びた衝撃波は、突進してきたカロンを直撃した。
「ああっ!!」
衝撃波の直撃を受けたカロンは、きりもみ状態で吹き飛ばされ、オペラ座仮面の足下の地面に激突する。
「大丈夫か!?」
血相を変えたオペラ座仮面がカロンに声を掛けるが、駆け寄ることはできなかった。陽子の攻撃は、休むことを知らないかのように、更にオペラ座仮面に襲い掛かったのだ。
「くそぉ!」
セーラーサン( を抱いたまま、オペラ座仮面は跳躍する。彼女を抱えたままでは、反撃することもできないのだ。かといって、戦闘意欲を無くした彼女を、ひとりにしておくわけにもいかない。彼女の仲間のセーラー戦士たちは、別の相手に悪戦苦闘している。)
十番高校の校庭での戦闘ということもあって、生徒たちが取り残されている校舎を気にしながら戦っている彼女たちは、充分に能力を使えないでいる。
女生徒たちの大半を拉致することに成功した“毛むくじゃら”は、だいぶ数を減らしていたが、それでも未だ捕らえた女生徒を抱えて、ウロウロしている者もいた。
(どうする!?)
オペラ座仮面は自問してみた。本来ならセーラーサン( を助けるはずの仲間のセーラー戦士は、セレスとその配下の者たちと交戦中で、どうにも身動きが取れないでいる。頼みのカロンも、先ほどの一撃でかなりのダメージを受けてしまっている。数の上では圧倒的に自分たちが有利なのだが、戦況は完全に自分たちの不利であった。)
「自分と同じ名を名乗る戦士が現れて、ショックを受けるのは分かるが、そろそろ立ち直らないと、助かるものも助からないぜ」
オペラ座仮面はその白磁の仮面で、セーラーサン( の顔を覗き込んだ。)
「悩むことは、戦いが終わってからだってできるだろう? 今は戦いに集中しろ。でないと大事な仲間たちを失うことになるぞ」
その言葉を受けて、セーラーサン( は無言で頷いた。)
「よし、いい娘( だ………」)
オペラ座仮面はふわりと地面に着陸すると、抱えていたセーラーサン( を降ろした。素早く視線を走らせて、周囲の状況を確認する。カロンがヨロヨロと立ち上がり、自分に対して頷いて見せる。大丈夫だという意志表示だ。)
空砲が轟いた。
反撃に転じようとしていた矢先であったため、一瞬オペラ座仮面も動揺をした。予期せぬ空砲であったため、その場にいた者全員が、思わず動きを止めた。
「いいタイミングだぁ!!」
野太い声が響いた。
「なにやらドンパチ音がすると思って来てみたら、こんなところでお嬢ちゃんたちが戦っているなんてなぁ!」
自衛隊の日暮隊長だった。バズーカ砲を肩に抱え、数人の部下を従えて現れた無精ひげの男は、崩壊した正門の前でニタリと笑った。次いで校庭を一望すると、その表情を曇らせた。陽子を視界に捉えたのだ。
「陽子!? どうしたんだ!? その姿は………」
セーラー戦士のコスチューム姿の陽子を見て、日暮隊長は驚きに目を見開いた。だが、次に、更に驚くべき言葉が隊長の耳に飛び込んで来たのだ。
「だれだ!? お前は………。何故、あたしの名を知っている!?」
陽子は煙たい物でも見るように、日暮隊長に向けられた目を細めた。
「な、何だと!? 俺の顔を忘れたのか!?」
何を言っているんだと言いたげな表情で、日暮隊長は叫んだ。隊長の部下たちは、どうしていいのか分からず、ただその場に立ち尽くしているだけである。
「無精ひげ面の、そんなむさ苦しい顔に、見覚えなどない!」
「陽子………」
日暮隊長は絶句するしかない。陽子のその目は、嘘や強がりを言っているようには全く見えず、正に見ず知らずの他人を見ているように、何の感慨も込められていない目だった。本当に自分のことを知らないような瞳だった。
「駄目よ隊長! 今の陽子さんは普通じゃないわ!」
マーズが叫ぶ。
「どういうことだ!?」
事態が飲み込めない日暮隊長は、噛み付くようにマーズに問うた。しかし、マーズとて、その答えを持ってはいない。彼女の方も、その答えを知りたいのだ。
「むさ苦しいオヤジには興味はない。消えろ!」
本当に彼女の口から出たのかと思われるほどの低く不気味な声で、陽子は言い放った。右手を前方に突き出す。
「駄目ぇ!」
マーズには、陽子が何をしようとしているのかが容易に想像できた。だが、それだけは、陽子にさせるわけにはいかなかった。彼女自身の手で、育ての親である日暮隊長の命を奪うようなことは、絶対に阻止しなければならなかった。
陽子の手から光弾が放たれた瞬間、マーズは決死の思いで日暮隊長の前に飛び出し、前方にシールドを発生させた。
炎のシールドは光弾を弾き返したが、その衝撃は凄まじいものだったらしく、マーズをいとも簡単に後方に吹き飛ばした。
弾き飛ばされたマーズを、日暮隊長はその大きな胸でガッチリと受け止めて、信じられないものを見るように、陽子に視線を向けた。
「陽子………。お前は、俺を殺そうとしたのか………?」
やっとのことで絞り出された声は、悲しみに震えていた。
「い、今の陽子さんは、あたしたちのことを知っている美童陽子であっても、隊長の知っている日暮陽子ではないのよ………」
隊長に抱き支えられているマーズは、その無精髭を生やした顔を見上げた。
「お、俺には理解できん………」
信じられないという面持ちで、隊長は首を横に振った。呆然とセーラー戦士の姿をした陽子を見つめている。
「何がなんだか分からんが、いい加減ケリを付けさせてもらう!!」
陽子の左斜め上方から、オペラ座仮面が飛び込んできた。妖力で三十センチ程伸ばした、右手の爪を陽子に向ける。
「ちっ! うるさい蠅め!!」
陽子は舌打ちし、反撃に転じようとする。飛び込んでくるオペラ座仮面は隙だらけだった。エネルギー波の一撃で仕留められると確信できた。そこに油断が生じた。陽子の目には、飛び込んでくるオペラ座仮面の姿しか映っていなかったのである。決死の覚悟で突進してきた、セーラーサン( の姿を、視界に捉えることができなかった。)
セーラーサン( の渾身のタックルが、陽子のバランスを崩した。)
「もらったぁ!」
オペラ座仮面は勝利を確信し、陽子の懐深くに肉迫した。
ズン。
下腹部に、強烈な左からのボディブローを叩き込む。右手の鋭利な爪は、あくまでも威嚇のためだ。初めからその爪で攻撃しようなどとは思っていない。
陽子の苦痛に歪む表情に耐えられなかったのか、日暮隊長が助けに向かおうと体を動かしたが、マーズがそれを必死に止めた。今はオペラ座仮面に任せるしかない。魔爪で攻撃しなかったことから、彼は陽子を傷つけるつもりは毛頭ないことが推測できる。彼なりに、何か考えがあるのだ。
オペラ座仮面はボディブローを叩き込んだあと、素早く背後に回り込み、陽子の延髄近くに手刀を浴びせた。
ボディブローの一撃を堪えたさしもの陽子も、オペラ座仮面の目の覚めるような連続技に、小さく呻いて膝を付いた。
陽子の危機であるにも関わらず、傍観しているセレスには余裕が感じられた。ジュピターの攻撃をかわしながら、ちらりと陽子に目を向けると、不敵に微笑む。
「もう観念しろ!」
長い爪を突き立て、オペラ座仮面は陽子に降伏を迫った。
「くくくくく………」
だが、陽子の口から漏れたのは、降参の言葉ではなく、くぐもった笑い声だった。
「この程度で、あたしに勝った気でいるなんて、お笑いだわ………」
俯いていた陽子が、不意に顔をあげた。
「はあっ!!」
気合い一閃。
ドーンという衝撃とともに、周囲に衝撃波が放たれる。直撃を受けたオペラ座仮面は、もの凄い勢いで弾き飛ばされた。
校舎に激突すると、鉄筋コンクリートの壁をぶち抜き、姿が見えなくなった。
セーラーサン( も同じように弾き飛ばされたが、今度はカロンに抱き留められて、難を逃れた。)
今の衝撃波で、校舎の亀裂が更に大きくなってしまった。崩れる寸前だ。
校舎にはまだ何人もの学生や教師が取り残されている。崩れることになったら、大惨事になることは間違いない。
再び襲ってきた震動に、校舎の内部から悲鳴が響いてきた。
「もう止めろ、陽子!」
マーズが形成したシールドのお陰で、衝撃波の猛威を避けることができた日暮隊長は、マーズの制止を振り切って、陽子の眼前に躍り出た。
「本当に俺のことが分からないのか!? 陽子!!」
「お前などは知らないと言ったはずだ!!」
「陽子!!」
日暮隊長は、悔し涙を浮かべながら、必死に陽子に呼びかける。
「思い出してくれ………」
がっくりと膝を落とし、嗚咽を漏らした。
(無理だ………。あいつは普通の目をしていない。記憶の一部が、何者かによって封印されている………)
陽子の瞳を観察したギャラクシアは、心の中で呟いた。
その時、陽子の様子が一変した。
膝を落とし、肩を振るわせている日暮隊長を見つめていた陽子が、急に頭を抱えて苦しみだしたのだ。悶絶し、肘を落としてその場に蹲った。
「だ、大丈夫か、陽子!?」
陽子のあまりにもの苦しみように耐えかねた日暮は、陽子に駆け寄り、その肩を抱き寄せた。苦しげな陽子を、大きな胸で包み込んだ。
「陽子、しっかりしろ!!」
「お、お父、さん?」
息を荒げ肩で大きく呼吸をしながら、陽子は顔をあげた。無精髭を生やした日暮の顔を、虚ろな瞳で見つめると、驚いたような声をあげた。
「よ、陽子!? 俺が分かるのか!?」
「お父さん………。あ、あたしはいったい………。うっ! あ、頭が痛い!! 頭が割れそうだよ! お父さん、助けて!!」
父の姿を認めた陽子だったが、再び頭を抱えて苦しみだした。肩を抱き寄せようとする父親を振り払い、狂ったように悶絶した。
「う、ううっ!! お前は誰だ!? あたしを汚い手で触るな!! ………た、助けてお父さん!! あたし、気が変になりそうだよ!! ………うおぉぉ! あ、あたしに何をしたんだ!? お前は!!」
頭を抱えたまま、陽子は絶叫する。
「ど、どうしちゃったの!?」
「記憶の混乱だ」
アースの疑問に、タキシード仮面は素早く答えた。
「彼女はよほど強引に記憶を操作されたのだろう。以前の彼女と、現在の彼女は、全く別の人格として形成されてしまっている。このままでは、精神が破壊されてしまうぞ………」
陽子を救ってやる術を持たない事実に、強い憤りを感じてながら、タキシード仮面は為す術もなく成り行きを見守っていた。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
陽子は転を仰ぎ、獣のように吠えた。
陽子を救おうと、決死の覚悟で駆け寄った日暮を、暴走した“気”が弾き飛ばす。
「まずい!! キロン、アイーダ! 逃げろ!!」
陽子の変化に、一番血相を変えたのはセレスだった。
それぞれ、ジュピター、ギャラクシアと交戦中だったキロンとアイーダに、この場から逃げるように指示を出した。
と、同時だった。
暴走を始めた陽子の“気”は、一気に膨れ上がると、轟音を伴って爆裂した。
「! いけない!!」
セーラームーンは宙に身を躍らせると、校舎を背にして月光障壁( をフルパワーで発生させた。こんな衝撃波をまともに浴びたら、校舎は崩壊どころではすまなくなる。跡形もなく消し飛んでしまうはずだ。)
その惨事だけは、何としても阻止しなければならない。
「隊長!!」
マーズは日暮隊長の前に飛び出し、巨大なシールドを発生させた。隊長共々、自衛隊の隊員たちを衝撃波から守るためだ。
タキシード仮面はアースを守り、やはりシールドを発生させている。
キロンと交戦していたギャラクシアは、偶然にもカロンとセーラーサンの前に着地し、襲い来る衝撃波を銀河障壁( で防ぐ。)
アイーダを退けたジュピターも、仲間たちと同じようにシールドを形成して衝撃波を防いだが、彼女の場合は、背後の月光障壁( も気にしなければならなかった。)
月光障壁( はエネルギーの障壁である。フルパワーの月光障壁) ( に触れれば、ジュピターとて無事ではすまないのだ。パワーに負ければ、場合によっては消し飛んでしまう可能性だってある。背後の月光障壁) ( を気にしながら、ジュピターは必死に押し寄せてくる衝撃波に耐えなければならなかった。)
セーラームーンからもそのジュピターの姿は確認できたが、校舎に残された学生や教師たちのことを考えると、フルパワーで月光障壁( を発生させる以外に救う方法がなかった。生徒たちから発せられる死への恐怖の悲鳴を背中に受けて、セーラームーンは必死にパワーを集中する。)
キロン、アイーダのふたりは、セーラー戦士との戦闘に気を取られすぎていたがために、シールドを発生させるタイミングが僅かに遅れた。それが結果的に、彼女たちに悲劇を呼んだ。
ジュピターのシュープリーム・サンダーをかわしたアイーダだったが、背後から迫ってきていた衝撃波に気が付かなかったのだ。背中に衝撃波の直撃を受けたアイーダは、そのまま月光障壁( に激突、その凄まじいパワーに耐えきれずに、光の粒子となって消し飛んでいった。)
キロンは押し寄せる衝撃波を必死に耐えていたが、シールドを発生させるタイミングが僅かに遅かったばかりに、自分が発生させたシールド共々衝撃波に飲み込まれる形となり、断末魔の悲鳴をあげて消滅した。
「キロン! アイーダ!」
仲間の死を直視することができなかったセレスは、思わず顔を背けた。自ら発生させた防御シールドのアステロイド・ドームの中で、悔しげに唇を噛み締めるしかなかった。
「あぁぁぁ!!」
陽子のパワーの暴走は止まることを知らない。更に膨れ上がった“気”は、時空を揺るがして呻りをあげる。
「なんて、パワーなの!? これが太陽の宝珠の力なのか!?」
必死に防御シールドを張るギャラクシアが、驚きの声をあげる。銀水晶と同等のパワーを持っていると言いたげに、懸命に校舎を守っているセーラームーンをちらりと見やる。
「まずいぞ! このままパワーを放出し続けたら、彼女は自己崩壊してしまうぞ!」
そうは言ってみたものの、シールドを維持するのが精一杯で、タキシード仮面は次の行動に移れない。シールドを発生させるパワーを少しでも減らしたら、すぐさまあの凄まじい衝撃波に押しつぶされてしまう。キロンとアイーダの二の舞になってしまう。
十番街への被害も心配だが、自分たちの身を守るのが、現在の状態では精一杯のことなのだ。
「陽子! 落ち着くんだ、陽子!!」
日暮隊長が必死に呼びかけるが、陽子の耳には届いていないだろう。天を仰いだまま、絶叫している。
「くそっ! 誤算だった………。これまでか………」
さしものセレスも、覚悟を決めるしかなかった。アステロイド・ドームを維持するパワーが尽きかけていた。
危機に陥っているのは、セレスばかりではなかった。両足を踏ん張り、必死に衝撃波を堪え忍んでいたジュピターだったが、次第にそのパワーに押され始めていたのだ。背後にはセーラームーンが発生させている月光障壁( が迫ってきている。)
「ジュピター( ! 耐えてぇ!!」)
セーラームーンは神に祈る思いで、徐々に押され始めているジュピターを見下ろしていた。月光障壁( を解除すれば、ジュピターは間違いなく助かるのだろうが、そんなことをしたら、陽子の暴走した衝撃波の直撃を受けて、校舎が木っ端微塵に消し飛んでしまう。何の罪もない学生たちを、ジュピターひとりを助けるために、見殺しにするわけにはいかなかった。そんなことは、ジュピターも望んではいないだろう。)
月光障壁( まで、あと数十センチという位置まで押されてしまったジュピターは、自分を気遣っているセーラームーンを見上げ、別れの笑みを浮かべてみせた。アイーダ同様、消し飛んでしまうまで、あと僅かな時間しか残されていなかった。)
「お願い! ジュピター( がんばってぇ!!」)
泣きながらセーラームーンは叫んだ。しかし、セーラームーンの願いも虚しく、ジュピターはじりじりと後退する。
「ジュピター( !」)
マーズは思わず、両目をきつく閉じた。仲間の最期を、とても見ることはできなかった。
「何もできないとは!!」
タキシード仮面も苦しげに呻いた。アースを背後に庇っている状態では、自分も何もできない。無力な自分が歯痒かった。
(ごめん、うさぎ………みんな………)
ジュピターが最後に浮かんだ言葉は、自分の皮肉な運命を呪う言葉でなく、仲間たちへの詫びの言葉だった。
月光障壁( まで、あと数センチ―――。)
「まことちゃん!!」
ジュピターの危機的状況を見ることができたカロンは、彼女を救うべく、ギャラクシアの発生させた銀河障壁( を突き破って、押し寄せる衝撃波の渦の中に飛び込んでいった。)
「よせ! 死ぬぞ!!」
ギャラクシアが制したが、カロンは聞かなかった。
全身をオーラで包み込んだカロンは、衝撃波をものともせず、一気に陽子の懐深く飛び込むと、背後にまわって羽交い締めにした。
「目を覚ましなさい!!」
暴走する陽子の“気”を押さえるべく、カロンは自らのパワーを全開にした。
「うおぉぉぉ!!」
凄まじいパワーとパワーがぶつかり合い、ひとしきり時空を揺るがせると、まるでブレーカーが落ちたときのように突然に、静寂が訪れた。
肩で大きく息をする陽子の横で、カロンはばったりと倒れている。
「こ、こいつはいったい………」
ちらりとカロンを見た陽子だったが、そのまま崩れるようにその場に倒れてしまった。
「陽子!!」
日暮隊長が駆け寄る。
しかし、隊長は陽子を抱き起こすことはできなかった。陽子を抱き起こしたのは、見ず知らずの女性だったのだ。
「セレス様、この場はいったんお退きください!!」
女性は陽子の左腕を自分の肩にまわすと、そのまま上空に舞い上がった。
「ヘルクリーナ!? すまない………」
突如現れた仲間に驚きながらも、セレスは彼女にあとに続いて宙に身を躍らせた。キロンとアイーダが消滅してしまった空間に順に目を向けると、短く黙祷を捧げた。
ふたりとも、よく自分に遣えてくれていた。戦いの代償としては、あまりにもの大きな代償であった。
ヘルクリーナは、そんなセレスの気持ちを察してか、無言で空間転移していく。僅かに遅れて、セレスもその空間から転移していった。
「ちくしょう! やっと会えたというのに、陽子を救うことができなかったなんて………」
膝を付き、日暮は拳で地面を叩きながら、自分の力のなさを嘆いた。
それはセーラー戦士とて同じ想いだった。陽子の暴走してしまったパワーに押され、彼女を助けてあげることができなかったのである。
オペラ座仮面が、よろよろと校舎から這い出すようにして出てきた。鉄筋コンクリートの壁を破壊するほどの衝撃とともに激突したはずなのだが、見たところ、それほど大きな怪我はしていないようであった。
校庭に目を向けると、倒れたままで動かないカロンのもとに、セーラーサン( とセーラームーンのふたりが駆け寄るところだった。)
「カロン! しっかりして、カロン!!」
セーラーサンが、カロンの肩を抱いて揺り起こそうとしているのだが、カロンからは全く反応がなかった。
呼吸も止まっていた。脈を取っていたタキシード仮面が、小さく首を横に振った。
「あたしを助けようとしたんだ………」
ジュピターがか細い声で言った。月光障壁( のパワーに飲み込まれる寸前に、カロンが陽子を制止すべく飛び出してくれたのだ。彼女が行動を起こしてくれなければ、自分はアイーダ同様消し飛んでいたに違いなかった。)
「なぜ、あたしを助けたんだ………!?」
「夏恋は、ポニーちゃんのことを自分の妹のように思っていたからな………」
オペラ座仮面が、力無く呟いた。
「え!? 今、何て言ったの!?」
ジュピターは驚いたように、オペラ座仮面の白磁のマスクを見つめた。
「変身が解ける………」
マーズの声に、ジュピターは再びカロンの方に目を向けた。その目が、更に驚きに見開かれた。
「夏恋さん!?」
セーラーサンが肩を抱いているカロンだった人物は、正に渡瀬夏恋その人だったのである。
「知ってるの!? ジュピター( ………」)
セーラームーンは、動揺を隠しきれないジュピターの背中に声を掛けた。
ジュピターが振り向こうとするその僅かばかり前に、司令室から送られてきたルナの通信を、アースがキャッチしていた。
「セーラーカロンを司令室に連れてきて! せつなさんが話したいことがあるって言ってるわ」
ルナの声は、緊張していた。