炎のプロキオン


 ほたるともなかが行方不明になっていると、せつなから知らせを受けたレイは、急ぎ司令室のあるゲームセンター“クラウン”に向かっていた。司令室ではルナが待機し、レイの到着を待っているはずだった。彼女のことだから、ただ、のほほんと仲間が来るのを待っているとは思えない。何か新たに情報を掴んでいるに違いない。
 うさぎやまことも連絡が付かないということが気掛かりだったが、それよりもレイはほたるともなかの方が気になっていた。もなかは現在、戦闘能力が不安定だし、ほたるは戦闘能力が低下したままだ。
 もなかの戦闘能力が不安定な理由は分かっている。覚醒後間もないためであることと、完全に覚醒していないための両面が考えられる。もなかの完全な覚醒が、セーラーヴァルカンの覚醒とイコールなら、現在の不安定な状況は本来なら喜ばしいことである。
 ほたるに関しては原因が不明である。度重なる強制的な転生により、彼女の本来の能力が発揮しきれないのだろうとルナは推測していたが、確信はできなかった。特に最近は、能力の低下が著しかった。目に見えて能力の低下が分かる。ブラッディ・クルセイダースと初めて遭遇したときと比べると、格段に能力が低下していた。そう言った理由から、ふたりともまともに戦える状態ではないのだ。もし、敵に襲われたら一大事である。
 レイは火川神社を出るとき、配下のフォボスとディモスに指示を送った。パトロールに出向いている時間だったので、上空から調査を依頼したのだ。ふたりを発見すれば、すぐに連絡が入るはずだ。
 フォボスとディモスと分かれてから、十数分が経過していた。“クラウン”へは間もなく到着する。
 異変は突然起こった。
 ドーンという衝撃とともに、強烈なエナジーの柱が噴出されているのが遠目で確認できた。(レイ様!)
 フォボスからのテレパシーだった。レイとフォボス、ディモスの間は、テレパシーで繋がれていた。
「どうしたの!? 今のはなに!?」
 レイもテレパシーを飛ばした。
(分かりません! 強烈なエナジーです! 激しい“気”の衝突を感じます。何者かが戦っているようです!!)
 僅かに慌てたような、ディモスの声だ。
「エナジーの柱は、あたしにも見えたわ。すぐに行くから、あまり無茶をしちゃだめよ」
(分かっています。ですが………。あ、あれは!?)
(レイ様! セーラーサターンとセーラーサンが! きゃあ!!)
 悲鳴を最期に、ふたりのテレパシーが途切れた。
「フォボス! ディモス!!」
 レイは必死にテレパシーで呼びかけるが、ふたりとも返事がない。フォボスは、セーラーサターンとセーラーサンと言っていた。あのエナジーの柱が上がったところに、ふたりがいるのは間違いはなかった。ふたりは敵と戦っている可能性が強い。
 レイは通信機のスイッチを入れ、司令室のルナを呼び出した。
「見えた!? ルナ………!」
 主語のない問いだったが、ルナには通じるはずである。
「ここからも確認できたわ。せつなさんが向かったわ! レイちゃんもすぐに行ってちょうだい!」
 間髪を入れずに、ルナの答えが返ってきた。
「うさぎとまこはまだ連絡が付かないの?」
「連絡は取れたわ! ふたりとも同じとこにいたみたい………。司令室(こっち)に向かってもらってるんだけど、これから連絡して、ふたりにもポイントに向かわせるわ! 現地で合流して!!」
「分かったわ!」
 レイは通信を終えると、セーラーマーズにメイクアップする。

 突き上げられる激しい衝撃とともに、セーラーサンとサターンは一気に上空まで吹き飛ばされていた。それがセーラーギャラクシアの力であることは、疑う余地もなかった。
 地下から、いきなり空中に放り出されたふたりだったが、すぐに体勢を立て直して下を見やった。教会は完全に破壊され、大きな穴が開いていた。噴煙が上がっている。影が飛び出してきて、自分たちの前で制止した。
「何をボーッとしている!? 来るぞ!!」
 セーラーギャラクシアだった。黄金の髪を靡かせ、真っ赤に燃える瞳で、ふたりに叱咤する。サターンとしても、今は何故ギャラクシアが現れたのか思案するより、自分たちを援護してくれるというなら、それに甘えて自分はセーラーサンひとりを守ればいいことだった。
 依然としてアポロンの姿が見えないことが気掛かりだったが、彼ならば大丈夫だと根拠のない安心だけはあった。彼の波動を、どこかに感じるのだ。生きている。そう確信した。
「ちっ! やつめ、標的を変えた!!」
 ギャラクシアは舌打ちする。赤い瞳が、噴煙の向こう側に向けられている。
「あれは!? フォボス、ディモス!?」
 サターンの目にも、噴煙の向こう側に見え隠れする仲間の姿が確認できた。フォボスとディモスは、まだ自分たちの存在に気付いていないように見えた。無論、この空域に敵が潜んでいるとも考えていないだろう。
 噴煙の中で、閃光が煌めいた。向こう側に向けて、激しい炎が噴き出されている。フォボスとディモスが攻撃されたのだ。
「ギャラクシア! お願い! ふたりを助けて!!」
 サターンは叫ぶ。フォボスとディモスは戦士だったが、セーラー戦士ほどの能力は持っていない。セーラークリスタルに近いスター・シードを持ってはいるが、ふたりは正式なセーラー戦士ではない。「昇格」するには、経験が不足していた。
「分かっている………。わたしを無視したことを、後悔させてやる………」
 行動は素早かった。次の瞬間には姿が見えなくなっていた。噴煙の向こう側で、閃光が煌めいている。
サターン(ほたる)。彼女もセーラー戦士なの?」
 シャドウ・ギャラクチカとの戦いのあとにセーラー戦士として覚醒したセーラーサンは、ギャラクシアのことを知らないのも当然だった。もちろん、ギャラクシアが初めは敵であったことなど知る由もない。
「説明すると長くなるわ。どうやら、話をしている時間を与えてくれそうにはないようよ………」
 サターンはサイレンス・グレイブを構え直した。
 前方に赤い鎧を着た大男が、憎悪を漲らせた表情で、ゆっくりと上昇してくる。
「や、()らせろぉ………」
 脂ぎった醜悪な顔で、セーラーサンとサターンの体を舐めるように視姦した。涎をだらだらとだらしなく流している。
「な、なんなのよ、このヒト………」
 サターンは背筋に冷たいものを感じた。肌が泡だった。
「へ、変態だわ………」
 セーラーサンも身震いをする。
「ぐおぉぉぉ!!」
 奇声を発しながら、赤い鎧の大男は突進してきた。何の策も感じられない。ただ、突っ込んで来ただけである。ふたりにとって、避けるのは造作もないことだ。
「避けたなぁ………!」
 ギロリとした目で、大男はふたりを睨んだ。再び突進してくる。
「サイレンス・バスター!!」
 真っ直ぐに突進してくる大男を、サターンは狙い撃ちにした。直撃。
「う、うそ!!」
 大男は何事もなかったかのように、平然と突進してきた。仕留めたと思っていたサターンは、その突進を避けることができなかった。
 まともに食らって吹き飛ばされる。
 大男は標的を変えた。次のターゲットはセーラーサンである。ジロリと見やると、舌なめずりをする。
「ふがー!」
 突進してきた。セーラーサンは避けられない。抱きつかれた。もの凄いパワーで締め付けられる。
「つーかまーえた♪」
 大男は喜びの声をあげた。ニタニタと笑いながら、自分より二周り以上も小柄のセーラーサンを抱きしめる。
「は、放せ! 変態!!」
 ジタバタと藻掻くが、丸太ほどの腕はビクともしない。
セーラーサン(もなか)を放しなさい!!」
 大男の背中に、サターンは猛然とタックルした。だが、如何せん体格差が激しすぎる。大男は揺らぎもしない。
「きゃあ! ちょっとぉ! 変なこと触んないでよぉ!!」
 半ば泣きべそ気味の、セーラーサンの声が聞こえてきた。大男のでかい背中に阻まれて、サターンの位置からはセーラーサンが全く見えない。何をされているのか分からないが、セーラーサンの嫌がり様は尋常ではない。
「………その手を離しなさい!」
 低く、静かにサターンは言った。
 赤い鎧の大男はその声に反応し、顔だけ後方に捻るようにすると、べろりと舌を出した。拒絶の意志表示だ。そして、すぐに顔を元の位置に戻す。
 前方の噴煙は大分治まっていたが、それでも視界がはっきりするほどではなかった。時折閃光が煌めいていることから、ギャラクシアとプロキオンが交戦中であることは想像ができるが、どちらが優勢であるのかは確認できなかった。フォボスとディモスもどうなったのか確認できない。
 サターンは大きく深呼吸した。そしてもう一度、
「手を離しさない」
 静かに呟くように言った。
 今度は大男は無視をした。何やらモゾモゾを身を捩っている。セーラーサンの嫌がる悲鳴だけは、相変わらず響いていた。
「離しなさい!!」
 ドン! と“気”が爆発したように膨れ上がり、大男の背中に衝撃波がぶつかった。
 びっくりしたような表情で、大男は顔だけ後方に捻った。
 怒りの表情のサターンが見える。その体をオーラが包んでいた。
 大男は本能的に、自分の身の危険を感じた。ぱっとセーラーサンを手放すと、噴煙の向こうのプロキオンに助けを求めるような視線を向けた。
サターン(ほたる)!?」
 大男の呪縛から、ようやく逃れることの出来たセーラーサンも、サターンの変化に気が付いた。サターンの体を包むオーラは、凄まじいまでに膨れ上がっている。
 サターンの鋭い視線が、大男を捕らえた。氷のように冷たい瞳だった。あの優しいほたるの瞳ではない。恐ろしいまで冷酷で、冷たい光を放っていた。死へと誘う者の瞳だった。
 セーラーサンは知らない。サターンは本来破滅を招く戦士だと言うことを。そして、この冷たい瞳が、かつての破滅の戦士の瞳であることを。
 大男は頬を強張らせ、悲鳴をあげて逃走を始めた。大男は、その本能で自らの死を直感したのだ。
「下男が、見るに耐えない………。無に返してやろう。ラグナロク・インパ………!!」
 サターンが技を放とうとした瞬間、真横からの攻撃を受け、赤い鎧の大男は一瞬のうちに消滅していた。
「駄目よ、サターン(ほたる)。通常空間で、そんな技を使っては………」
 窘めるような口調ではあったが、その声は優しかった。
 冷たい瞳に、優しげな輝きが戻った。
「姉さん………!?」
 その声は紛れもなく、セーラープルートの声であった。ガーネッド・ロッドを構え、長い髪を風に靡かせながら、プルートは優しげな瞳でこちらを見ていた。
「よかったわ、無事で………」
「ごめんなさい、姉さん」
 我を失っていたサターンは、平常心を取り戻した。
「理由はあとで聞くわ。向こうの相手を、倒さないとね」
 きりりとした視線を、収まりかけた噴煙の向こう側に向ける。が、直後にその表情が強張った。凄まじいエナジーが、こちらに向けて一直線に突き進んできたのだ。
「ガ、ガーネット・ボール!!」
 咄嗟に広範囲に防御の結界を張った。サターンも同時に、不動城壁(サイレンス・ウォール)を出現させていた。
「な、なによぉ………」
 エナジーのもの凄さに、セーラーサンは仰天した。
「な、なんてエナジーのぶつかり合いなの………!? このままでは、危険だわ!!」
 そう判断したプルートの次の行動は素早かった。ガーネット・ロッドを振り上げ、精神を集中させると、超次元空間を出現させた。

「しぶとい!!」
 ギャラクシアは舌打ちした。自分の攻撃をこうも躱されるとは、予想外だった。戦闘が思ったよりも長引いてしまっている。
 背後に別の気配を感じた。前方にいるプロキオンに警戒しながら、僅かに後方に視線を向けた。
「ふん………。ようやく来たか………」
 背後に現れた、漆黒の長い髪の女性をちらりと見て、ギャラクシアは呟いた。
「な、なぜお前がここに………」
 ギャラクシアの背後に現れたセーラーマーズは、言葉を失った。わなわなと唇を振るわせ、信じられないものを見る眼差しで、目の前にいる金色の髪の女性を凝視している。コスチュームに僅かな違いこそあれ、その正体を即座に見極めたマーズは、驚愕のあまり目を見開いていた。
 その時、何の前触れもなく、空間にシールドが張られた。プルートが超次元空間を発生させたのだ。
「ありがたいわ。これで遠慮する必要がなくなったわ………」
 ギャラクシアは瞳を輝かせた。空間にシールドが張られたことで、全力で戦うことができる。
「ボーッとしている間に、仲間の手当てをしてやったらどお? 双子の方の片割れが、手傷を負っているわよ!」
 唖然としているマーズに、ギャラクシアはぴしゃりと言った。ギャラクシアが顎で示す先に、フォボスとディモスが見える。怪我をしているのはディモスのようだ。崩壊した教会の陰で、フォボスが解放している。
「お前がやったのね!!」
 ギャラクシアを睨み、怒りに身を震わせるマーズに、
「状況をよく見てから言って欲しいわね」
 ギャラクシアは冷ややかな視線を送った。
(プリンセス・マーズ! 敵はギャラクシアではありません! わたしたちはギャラクシアに助けられたのです)
 フォボスのテレパシーが聞こえた。マーズは再び、信じられないという風な表情で、ギャラクシアを見つめた。
「ボサッとしていないで、双子のところにいけ! 全力で戦う、わたしの巻き添えを喰ってしまっても、責任は取れないよ!!」
 ギャラクシアはピシャリと言い放った。

「空間がシールドされたか………」
 プロキオンは呟く。いつの間にやら、セーラー戦士の人数が増えてしまっている。
「ちっ! 厄介なことになった」
 舌打ちする。
 金色の見知らぬセーラー戦士のもとにいたセーラーマーズが、地上に向かって降下していくのが見えた。
「ふん………。そうか………」
 マーズの行こうとしている先に何があるのか、プロキオンは咄嗟に判断した。自分が負傷させた戦士が隠れているのだと、直感した。トドメを刺そうとしたのだが、ギャラクシアに阻まれて見失ってしまったのだ。あのふたりを人質に取れば、戦いを有利に進められる。プロキオンはそう判断したのだ。
 マーズより先回りしようと、猛スピードで降下する。だが、それを許すギャラクシアではなかった。
「人質を取ろうと考えるとは、なんて情けないやつだ………」
 猛スピードで移動する自分の目の前に、ギャラクシアが移動してきた。
「お、俺のスピードを上回るとは………」
 プロキオンは歯軋りをした。
「どけ!!」
 灼熱の炎の塊を、瞬時に打ち出した。“気”を溜める気配を感じさせなかったから、ギャラクシアにとっては不意打ちとなった。ギャラクシアは巨大な炎の塊に飲み込まれる。至近距離からの直撃だった。
「なに!?」
 勝ったとばかり思っていたプロキオンだったが、次の瞬間には頬を強張らせていた。
 無傷のギャラクシアが、無表情でこちらを見ていたのだ。
「残念だったね………」
「そ、そんな馬鹿な………」
 プロキオンは色を失った。あの炎の塊の直撃を受けて、無傷でいられるはずはなかった。今の炎の攻撃は、プロキオンの最大の奥義だったのである。惑星をも破壊できる、超高熱の破壊火炎のはずだった。
「そろそろケリをつけよう………。その顔は、もう見飽きた………」
 ギャラクシアのパワーが、グンと跳ね上がった。凄まじいオーラが、彼女の体を包んでいる。空間が振動をし始めた。
「な、なんてパワーだ………。貴様、本当にセーラー戦士か………?」
 惑星をも破壊する最大の奥義を防がれては、プロキオンに打つ手はなかった。この場はひとまず逃走するしかない。計画は失敗したが、チャンスが潰えたわけではない。太陽の独鈷杵は、次の機会に奪えばいい。今は、自分の命の方が大切である。
「せりゃあ!!」
 ギャラクシアより先に、プロキオンが仕掛けた。再び最大の奥義をもって攻撃する。それも連続で放った。
「ギャラクティカ・トルネード!!」
 ギャラクシアは竜巻を放って、強烈な炎の塊を吹き飛ばした。惑星を破壊するほどの威力のある炎の塊を三つとも蹴散らしながら、竜巻はプロキオンに襲いかかる。
「躱せない!?」
 プロキオンは覚悟を決めるしかなかった。炎で自分の体を包み込み、シールドする。
 バシューン!!
 別方向から飛んできたエネルギーの塊が、竜巻を掻き消した。
「何者!?」
 ギャラクシアは、エネルギーの塊が飛んできた方向に目を向けた。顔の右半分を、黄金の仮面で覆った女性が、口元に笑みを浮かべながらこちらを見据えていた。
「とんだ邪魔が入ったから、今日のところは引き上げてやる。だが、いずれ、太陽の独鈷杵もろとも、お前の命も貰い受けるから覚悟しておけ。セーラームーン!」
「セーラームーンだと?」
 黄金の仮面の女性の視線が、自分の後方に向けられていることを悟ったギャラクシアは、ちらりと視線を自分の後方へ流した。セーラージュピターとタキシード仮面、そして見知らぬセーラー戦士を従えたセーラームーンの姿が目に入った。
「プロキオン! 潮時よ!!」
 言うや否や黄金の仮面の女性―――セレスは、プルートの発生させた超次元空間から、テレポーテーションで脱出を計った。プロキオンも同様にその場から姿を消した。
「セレスが何故………」
 ブラッディ・クルセイダースのメンバーであるセレスが、何故太陽の独鈷杵のことを知っているのか、セーラーサンには理解できなかった。もちろん、それは他のセーラー戦士たちも同じであった。

 瓦礫の中に埋もれていたアポロンが発見されたのは、それから三十分後のことだった。アポロン探索には、やはりマーズが活躍した。彼女の“気”を探る能力で、アポロンの“気”の波動を探ってもらったのだ。瓦礫の中に埋もれ、気を失っていたアポロンだったが、幸い大した怪我はしていなかった。
「面目ない………」
 セーラーサンたちを危険な目に遭わせてしまったばかりか、守ることも出来ずに気を失ってしまうという醜態を曝してしまったアポロンは、力無く項垂れるしかなかった。
「あとで、たっぷりルナからお小言を言われるだろうから、今から覚悟しておいた方がいいわよ」
「あちゃあ………」
 マーズの言葉で、アポロンは更に気が重くなってしまった。
「なぁにが、『ザコしかいないから大丈夫だよ』よ! セーラーギャラクシアが来てくれなかったら、危うく殺されるところだったんだからね!!」
 プンプンと怒りながら、セーラーサンはアポロンに文句を言う。
「でも、結果オーライね。サターン(ほたる)のパワーが戻ったみたいだし………」
 何事もプラス思考で考えるセーラーサンは、結果的にサターンのパワーが戻ったことで、自分の中では満足してしまっているようだった。強制的にこの場を締めくくろうとした。
タキシード仮面(まもるさん)とセーラーアースの件は、さっきのセーラームーン(うさぎ)の話で分かったけど、何故ギャラクシア(あなた)がここにいるのか、知りたいわね………」
 マーズは鋭い視線をギャラクシアに向ける。かつて敵であったギャラクシアが、何故自分たちを助けるのか、それも理解できない。
 ギャラクシアはそのマーズの視線に気付くと、一瞬だけ複雑な表情で笑みを浮かべて見せた。
「まさかわたしも、地球人として転生するとは思っていなかったよ………」
「地球人として転生した!?」
「セレニティにはいろいろと借りがあるからね………。まぁ、そういうこと………」
 ギャラクシアは全てを説明したわけではないが、その気持ちはマーズに分からないでもない。
「大丈夫。ギャラクシアは、もうあたしたちの味方よ」
 セーラームーンのその言葉を聞けば、やや怪訝な表情をしていたジュピターとプルートも、ギャラクシアを味方として受け入れるしかない。目の前にいるギャラクシアは、もう以前とは違うのだと、心の中で割り切るしかなかった。
セーラームーン(うさぎ)が言うのだから、心配はいらないと思うけど………。やっぱり複雑な心境だよ………」
 ジュピターが苦笑すると、
「わたしだってそうさ………」
 ギャラクシアも苦笑を返した。
「ところで、セーラームーン。いい加減、あの双子を『昇格』してやったらどうだ?」
 サターンに手当てを施され、傷の癒えたファボスとディモスのふたりを見ながら、ギャラクシアは言った。
「昇格って?」
 セーラームーンは首を傾げる。ギャラクシアが言っていることが理解できない。
「知らないのか? マスター・クリスタルを持つ者は、スター・シードを持つ者をセーラー戦士にクラスチェンジさせてやることができるのよ。あの双子のスター・シードは、既にセーラー・クリスタルへと成長している。つまり、セーラー戦士にクラスチェンジできるってわけ」
 ギャラクシアのその説明は、セーラームーンにとっては初めて耳にすることだった。広く、多くの物事を知るプルートでさえ、その事実は知らなかった。
「その双子は幸運なことに、例えそれが星の欠片でしかないにせよ、守護星を与えてもらったことで、スター・シードの成長が早かったってことね」
「どうすれば、彼女たちをセーラー戦士にしてあげることができるの?」
「お前のシルバー・クリスタル・パワーを、ほんの少し分けてやるだけでいい。そうすれば、彼女たちはセーラー戦士にクラス・チェンジできる。わたしのサッファー・クリスタルのパワーを分けてやってもいいんだが、ふたりにはお前のパワーの方がありがたいだろう」
「そんなこと言って、銀水晶を奪おうなんて考えてるんじゃないだろうな」
 ジュピターの視線は、ギャラクシアを信用していない視線だった。
「そんなものは、わたしには必要ない」
「お前は信用できない!」
「いや、大丈夫だ、ジュピター(まこ)
 タキシード仮面はジュピターの肩を叩くと、セーラームーンに視線を移し、小さく頷いてみせた。
 セーラームーンは頷き返すと、ギャラクシアの言葉に従い、銀水晶を出現させる。精神を集中し、銀水晶のパワーを高める。
 セーラームーンはプリンセス・セレニティの姿にチェンジした。それに伴い、タキシード仮面もプリンス・エンディミオンの姿にチェンジする。そして、プリンセス・セレニティを助けるかのように、ゴールデン・クリスタルを出現させた。
 ゴールデン・クリスタルのパワーを、プリンセス・セレニティに注ぎ込む。
「フォボスとディモスを、セーラー戦士に………!」
 セレニティの銀水晶が放つ淡い光は、フォボスとディモスを優しく包み込む。光はやがて、ふたりの体内に吸収される。
「フォボス、ディモス………」
 固唾を飲んで成り行きを見ていたマーズは、吐息のような声を漏らした。光が完全に消失すると、そこにはセーラー戦士にクラス・チェンジした、フォボスとディモスが茫然と立ち尽くしていた。セーラー戦士にクラス・チェンジしたことで、コスチュームも変化していた。初期の頃の四守護神のセーラースーツに似ていた。
「これで、お前たちも晴れてセーラー戦士の仲間入りだ。セーラーフォボス、セーラーディモス」
 ギャラクシアは、新たに誕生したふたりのセーラー戦士を、眩しそうに見つめた。
「あたしたちが、セーラー戦士に………」
 フォボスとディモスのふたりは、クラス・チェンジした自分たちの姿を、信じられないものでも見るように、まじまじと眺めていた。
「戦力アップと言うわけだ」
 プリンス・エンディミオンは、プリンセス・セレニティの肩に軽く手を添える。セーラーアースに続き、セーラーギャラクシア、そしてセーラーフォボスとセーラーディモス。新たに四人のセーラー戦士が、メンバーとして加わった。
「これだけのメンバーが揃うと、さすがに圧巻ですね」
 ずらりと並んだ仲間たちを順々に眺め見るセーラーサンは、とても嬉しそうだ。感動したように、瞳をキラキラと輝かせている。
「じゃあ、わたしは失礼する」
 ギャラクシアはくるりときびすを返すと、さっさと歩き出してしまった。
「待って、ギャラクシア!」
 セーラームーンは呼び止めたが、無言のまま足早に歩き去るギャラクシアは、振り向くことはなかった。
「複雑な心境だよな………」
 ギャラクシアの背中を見つめていたセーラームーンの横に、ジュピターが並んだ。ギャラクシアの力は身に染みて分かっているつもりだった。だからこそ、協力してもらえるのであれば、この上ない戦力アップに繋がる。だが、かつての彼女は敵だったのだ。手を取り合って戦うには、いささか抵抗がある。
「………さあ。ルナも心配してるし、一度司令室に戻って、今後のことを検討しましょう」
 いつまでもこの状態のままでは埒が明かないと判断したのか、プルートは言いながら、出現させたままだった超次元空間を、元に戻した。
 破壊された教会が、セーラームーンのヒーリング・エスカレーションで元通りに復元されたことは、わざわざ説明するのでもないだろう。