教会の罠
目の前には、不気味な教会が聳えていた。
全く手入れがされていないのか、周囲の雑木林は枝が伸び放題で、教会の不気味さを際立たせるのに一役買っていた。
見るからに、何か出てきそうな教会だった。
足下の雑草も伸び放題で、石畳が敷いてあるのだが、まともに見える部分がない。その僅かに見える石畳も、殆ど原型を留めていなかった。
人がいる気配が、全くなかった。
「やだなぁ………。足が痒くなりそう………」
学校規制の制服のスカートの裾を、かなり短くしているもなかは、荒れ放題の庭を見るなり、あからさまに嫌そうな顔をした。痒くもないのに、大げさに太股の内側をさすっている。
「ホントに、ここに入るの?」
もなかより更に短いスカートのほたるは、既に逃げ腰である。雑草を見ただけで、足が痒くなってきていた。T・A女学院標準の制服のスカートの丈は、ひじょうに短いのだ。階段を上るときには、非常に気を使わなければならない。鞄で隠していないと、簡単に中身が見えてしまうのである。天下のお嬢様学校だというのに、いったい誰がこんな短いスカートを制服として採用したのか、犯人を突き止めてみたくなってしまう。
「この教会は現在使われていないはずなんだが、最近になって教会内に明かりが灯っていることが確認されている。近所では幽霊が出るなんて言われているらしい」
夕陽を背中に受けながら、アポロンはもなかの足下から顔を上げた。アポロンといい、アルテミスといい、このむっつりすけべ兄弟は相変わらずポジション取りが上手い。さり気ない会話の中であっても、スカートの中が覗ける絶妙のポジションを常に確保している。
「幽霊が出るの?」
心細そうに、もなかは尋ねる。アポロンの位置は気にならない。美奈子もそうなのだが、どうも姿形がネコであると、相手が男性だということを忘れてしまうらしい。
「本当に出る分けないだろう………? だいいち、幽霊退治のために、わざわざもなかたちを連れてくるわけないじゃないか」
「そうよね。本当に幽霊が出るんだったら、あたしたちじゃなくて、レイさんがお祓いに来るべきだわ………」
夕陽に赤く染まった教会を見上げて、もなかは溜息を付いた。どうも気が進まない。
「嫌そうだな、もなか………」
「だって、本当におばけが出そうなんだもん………」
「おばけぐらいでびびるなよ………」
アポロンは項垂れる。
「ここを調査すればいいのよね?」
ほたるは屈み込んで、もなかの足下のアポロンに確かめた。もちろん、屈み込んだのには他に理由があるのだが、今は特に触れないでおく。
「ああ。さっき言った通りだ。ここに、“毛むくじゃら”がいる可能性が高い」
屈み込んでしまったほたるを見て、ちょっと残念そうな表情をしたあと、アポロンは真顔になって言った。
「本当に、あたしたちだけで大丈夫なの?」
「俺を信用しろよ。大丈夫、心配ない」
やけに自信ありげに、アポロンは言った。そこまで言うのなら、彼を信用するしかない。
「じゃあ、行こうか? もなか………」
ほたるはもなかの顔を見上げた。
「もちろん、変身するわよね」
「当然よ! 何が起こるか分からないからね」
ふたりは変身の呪文を唱え、セーラー戦士へと変身する。セーラーサンとセーラーサターンのふたりは、アポロンを伴って教会の敷地内に足を踏み入れた。
そんなふたりを、電柱の陰からじっと見つめる瞳があった。もちろん、彼女たちは、その視線に気付くはずもなかった。
教会の内部は、ひんやりと冷たかった。蒸し暑かった外の空気とは、明らかに違うものだった。背筋に冷たいものが走る。嫌な予感がした。
「オルガンの下に、地下への隠し扉がある」
足下でアポロンの声がする。どこで掴んだ情報なのか、かなり自信ありげに断定する。
薄暗い教会の内部では、足下がよく見えない。何度も躓きそうになりながら、サターンとセーラーサンのふたりは、オルガンを目指した。
使い古されたオルガンは、ひどく埃を被っていた。サターンが試しに鍵盤を叩いてみたが、予想通り音は出なかった。
「この下にあるの?」
セーラーサンが尋ねる。
「情報ではそうだ。ふたりでオルガンを動かしてみてくれ」
アポロンに言われるまま、ふたりは力任せにオルガンを移動させた。埃が舞う。意外とすんなりと、オルガンは移動した。
「いや〜ん! 埃がぁ………」
セーラーサンは半泣きの状態だ。埃を吸ってしまったらしいセーラーサターンは、激しく噎せている。
「見ろ! ここに金具がある。隠し扉だ」
アポロンはそんなふたりを気にも留めない。
「これを開ければいいのね………」
少々不満顔でセーラーサンが金具を引っ張ると、床が持ち上がった。扉の下には、地下へ続く階段がある。人ひとりが、やっと通れるほどの広さだった。
「よし、行くぞ!」
アポロンはさっさと階段を降りていった。ふたりはそれに続くしかない。
階段はかなり長かった。木製の階段である。足を踏み出す度に、ぎしぎしと嫌な音を立てた。ゆっくりと慎重に下ったために、下に到着するまでに、十分の時間を要した。
細長い通路になっていた。サターンが予想していたようなコンクリートの通路ではなく、階段と同じく木材を使用した通路だった。もちろん、明かりなどはない。変身していなければ、とてもまともに歩けるはずもなかった。
古びた床はところどころ板が割れていて、例によって歩く度にぎしぎしともの凄い音を立て、埃が舞い上がった。部分的に腐っているところもあった。黴の臭いが鼻を突いた。
(おかしいわ………)
サターンは心の中で呟いた。アポロンの言うことが本当ならば、ここは頻繁に使われているはずである。しかし、この埃の多さは以上だ。かなりの長い間使われていなかった感じがする。
「ねえ、アポロン………。本当にここに………」
サターンは言いかけて、口を噤んだ。通路の奥に殺気を感じたのだ。
「気を付けて、セーラーサン( ! アポロン! 奥に何かいるわ!!」)
サターンが叫んだのと同時だった。奥から炎の塊が突進してきた。
「不動城壁( !!」)
とっさに防御技を使って炎の塊を受け止めたが、タイミングがやや遅かった。炎の塊の威力に押され、後方に仰け反ってしまう。
「サターン( !!」)
尻餅を付いているサターンに、セーラーサンが手を差し伸べた。
「!」
そのセーラーサンの肩越しに、炎の第二撃が見えた。少しでもセーラーサンの位置がずれていたら、ブラインドになって、全く見えなかっただろう。
サターンは差し伸べられたセーラーサンの手を、自分の方に力任せに引っ張った。セーラーサンが悲鳴をあげて、自分の上に倒れ込む。その僅か上を、炎の塊が通過した。
「アポロンは!?」
「分かんない!!」
自分の上に乗っているセーラーサンにアポロンのことを訊いてみたが、今の攻撃ではぐれてしまったのだろうか、姿が見当たらなかった。
「アポロン! どこ!?」
ふたりは抱き合うようにして起きあがると、セーラーサンが声を張り上げた。そのセーラーサンを目掛けて、炎の塊が突進してきた。今度のは先程のより、かなり大きい炎だった。
「こっちだ!!」
闇の中で、アポロンの声が聞こえた。ふたりは迷わず、その声の聞こえた方に飛んだ。
炎がサターンの左腕を掠める。
とうやら、通路は枝分かれしていたようだ。大きくジャンプしたにも関わらず、壁に激突することなく、床に倒れ込んだ。が、その床がふたりの体重を支えきれずに崩れた。
悲鳴の尾を引きながら、ふたりは落下する。
床に激突した。今度はかなり堅い。ひやりと冷たいことから推測すると、どうやらコンクリートの床のようだ。木製の地下通路の下に、コンクリートの通路があった。地下は二重の構造になっていたようだ。
通路は薄暗かったが、先程の通路ほどではなかった。サターンは立ち上がって、周囲を見渡した。ある程度の距離は見える。敵の気配は感じられなかった。とすると、先程攻撃してきた敵は、まだ上にいることになる。
セーラーサンがまだ立ち上がらない。
「大丈夫!? セーラーサン( ………」)
自分も左腕を怪我しているにも関わらず、サターンはセーラーサンを気遣った。
「足を挫いたみたい………」
苦しげなセーラーサンの声が聞こえてきた。
「どっちの足?」
「左………」
サターン腰を落とし、はセーラーサンの左の足首に手を添えた。ハンド・ヒーリングで治療する。捻挫程度なら治るはずだ。
「立てる?」
手を貸して、セーラーサンを起こしてやった。
「ありがとう。大丈夫よ」
軽くジャンプをして見せ、捻挫が完治したことをサターンにアピールした。それを確認したサターンは、火傷を負った自分の左腕の治療に掛かった。
「ここが、アポロンの言っていた場所かしら………?」
セーラーサンは壁に手を触れる。ひやりとしていて冷たい。
「アポロンは上かしら………?」
治療しながら、サターンは上を見上げた。自分たちの落ちてきた木製の通路が、遥か上に確認できる。距離にして二十メートルはありそうである。
「でも、変ね………」
「何が?」
訝しげな表情をするサターンに、セーラーサンは尋ねた。
「だって、もしここが敵のアジトのひとつだったら、もう少し抵抗があってもいいと思わない? 確かに上の階では攻撃を受けたけど、侵入者の排除と言うよりは、ここに落とすために攻撃していたような気もするんだけど………」
「偶然よ。だって、横に飛んだのは、アポロンの声が聞こえたからだったし………」
「そうよね………」
同意をしてみせたが、どうも納得できなかった。サターンの心の奥に、何か引っかかるものがある。
ズズズズズ………。
突然、何かが擦れるような音が響いた。
「な、なに!? 何の音!?」
セーラーサンは怯えたような声をあげた。サターンも周囲に気を配る。音の出所を探る。反響してしてまっていて、特定ができない。
「!」
だが、サターンの第六感が働いた。音は頭上で聞こえている。そう直感した。
「いけない!!」
慌てて頭上を見上げたが、手遅れだった。落下してきた穴が、鋼鉄のゲートで閉じられてしまったのだ。
「沈黙鎌奇襲( !!」)
鋼鉄のゲートに向け、強烈な技を放った。本来なら、強力すぎてこんな屋内で放てる技ではない。しかし、鋼鉄のゲートはビクともしなかった。
「そんな………!」
サターンは絶句した。彼女の攻撃技の中でも威力の高い技に分類できる、沈黙鎌奇襲( で破壊できないということは、かなり頑丈なゲートということになる。破壊するには更に上級の技を使用しなければならないことになるが、そうすると、上の地域に被害が及んでしまう恐れがある。当然、地上にある教会も破壊してしまうだろう。)
「閉じこめられたの………?」
セーラーサンの不安げな声が、サターンの耳を打った。自分が感じた嫌な予感が的中してしまった。サターンは唇を噛んだ。
「! 敵!?」
気配を感じた。通路の前後からである。
「ようこそ、セーラー戦士のおふたり………」
薄暗い通路の前方で、野太い声が響いた。うっすらと人影が見える。影はひとつだった。大柄な男性だ。
「太陽の独鈷杵を渡してもらおうか、セーラーサン!」
「な、何故そのことを!?」
セーラーサンばかりではなく、サターンも驚愕せずにはいられなかった。ブラッディ・クルセイダースが、自分たちの固有の名前まで知っているとは思ってもいなかったし、ましてや太陽の独鈷杵のことを知っているはずはないと考えていたからだ。
「太陽の独鈷杵は、お前にはすぎた代物だ。持っていたとしても、何の価値もない。我々に渡してもらおうか」
「冗談じゃないわ! これはあたしのよ!!」
「宝珠もないくせに、独鈷杵だけで何をしようと言うんだ?」
「なんですって!?」
ふたりは再び驚かされた。敵は太陽の宝珠のことも知っている。しかも宝珠が今、セーラーサンの手元にないことも………。
「あなたたち、ブラッディ・クルセイダースじゃないわね!」
サターンの弾き出した答えだった。ブラッディ・クルセイダースではない第二の敵だとしたら、自分たちのことを知っている可能性はあると思えた。例えば、過去に因縁のあった敵だったとしたら。
「セーラーヴァルカンの手の者!?」
「頭の切れるお嬢さんだ………」
野太い声には、笑いが含まれていた。サターンの問いに対し、肯定しているとも思えた。
「素直に渡さないと言うのなら、力ずくで奪うまでだ」
その声が合図だったかのように、背後から衝撃波が襲ってきた。
「後ろから!?」
サターンは不動城壁( でその攻撃を防ぐ。第二撃は前方からだ。巨大なエネルギー波だった。)
後方からの攻撃を防いでいるサターンには、それに対処している余裕はない。ましてや、セーラーサンには防御のシールドを張る能力はない。
「はぁぁぁ!!」
サターンはパワーを集中し、不動城壁( をドーム状に変形させた。自分たちの周囲を包み込んでしまえば、あらゆる方向からの攻撃を防御することができる。)
「このままでは、あたしたちが不利だわ!」
「でも、どうするの? 上には逃げられないし、前と後ろにも敵がいるわ!」
「だったら、横しかないわね!」
サターンは不動城壁( の出現範囲を強引に広げた。拡大されたドームは、左右の壁を破壊した。案の定、隣にも通路がある。)
サターンは左の通路を選んだ。セーラーサンの腕を引っ張り、不動城壁( を解いて左へ飛んだ。)
逃げてきた通路には、明かりが灯っていた。人工の明かりである。ひどく機械的な通路だった。アニメなどで見る、艦艇内の通路のような印象を受けた。鉄製の狭い通路だ。
「逃げられるとでも思っているのかなぁ?」
前方の壁が破壊され、大柄の男がヌッと姿を現した。戦士のように鎧を身に纏った大男だった。角張った顔に不釣り合いな長髪、脂ぎった顔。お世辞にも美男子とは言えない風貌をしていた。
同じく、後方の壁も爆音とともに破壊された。噴煙の中から、前方の大男と全く同じ容姿の戦士が姿を現した。双子なのだろう。並んだら、どっちがどっちだか区別が付かないだろう。強いて違う点を上げるとするならば、身に纏っている鎧の色だけである。
前方の男がダークブルーの鎧で、後方の男はダークレッドの色違いの鎧を装着していた。
「赤と青か………。分かりやすい色分けね………」
セーラーサンが変なところを感心する。
「色分けのことを言うな!」
前方の青い男が、脂ぎった顔を醜く歪めた。
「どうする兄じゃ………? 犯( っちまおうか?」)
後方にいる赤い男が、前方の青い男に声を掛けた。どうやら青い方が兄のようである。
赤い男はセーラーサンとサターンを見つめて、涎を垂らしていた。ニタニタと卑猥な笑みを浮かべている。
セーラーサンとサターンの背筋に、冷たいものが走った。本能的に危機を感じている。
「都合のいいことに、二体二だしだしなぁ………。犯( っちゃいけねぇとは言われてないから、貰うモン貰ったら、お楽しみといこうか。なあ、兄弟」)
いかにも楽しげに、前方の青い男は馬鹿笑いをした。
「冗談じゃないわよ!!」
サターンは前方に向けて、沈黙鎌奇襲( を放った。手加減などしている余裕などない。一気にカタを付けて脱出しなければ、身の保証はない。)
直撃だった。周囲の壁とともに、青い男は木っ端微塵に吹っ飛んだかに思えた。だが………。
「耐えた!?」
青い鎧の大男は、丸太ほどもある腕を前方でクロスして、沈黙鎌奇襲( の強烈な衝撃波に耐えたのだ。)
「そんな………」
再びサターンは絶句する。沈黙鎌奇襲( の威力が半減しているとしか思えなかった。)
「けっこう痛かったぞ………」
腕をゆっくりと降ろしながら、不敵な笑みを浮かべてサターンに視線を向けた。ぞくりとする視線だった。
サターンはちらりとセーラーサンに目を向けた。最悪の場合、彼女だけでも逃がさなくてはならない。彼女が倒れてしまっては、来るべきセーラーヴァルカンとの戦いに、勝つ術がなくなってしまう。
頭上に目を向けた。天井も壁と同じ材質でできていると思えた。つまり、通常の技で破壊できるわけだ。
「天井を破壊するわ。そしたら、セーラーサンはジャンプするのよ」
「サターン( はどうするの?」)
「あたしもすぐに追うから………」
もちろん、嘘である。セーラーサンを逃がすためには、しばらくはここで持ちこたえなければならない。
「行くわよ! サイレンス・バスター!!」
頭上に螺旋状の光線技を放った。炸裂音とともに、天井が吹き飛んだ。その上に、新たな空間が見える。
「セーラーサン( 、行って!!」)
サターンのその声を受けて、セーラーサンは迷うことなく真上に飛び上がった。
「逃がすか!!」
ふたりの戦士が、同時に頭上を見上げた。自分たちも天井を破壊して、上に移ろうと考えたのだ。
「させない!!」
サターンはサイレンス・グレイブから光のリボンを発生させると、天井を見上げていた戦士たちの体を拘束した。デス・リボーン・フリーズである。
「サターン( ! 早く!!」)
頭上から、セーラーサンのせっぱ詰まった声が降り注ぐ。
「あたしのことは構わないで! セーラーサン( は逃げて!!」)
「そんなこと、できるわけないじゃない!!」
「いいから、行って!!!」
サターンの声は、殆ど絶叫だった。ふたりの戦士を拘束するだけでも、かなりのパワーを使用しているのだ。このままでは、あと数分しか体力が保たない。
戦士たちは力任せに、光のリボンを引きちぎろうとしている。リボンも限界だった。
「美しい友情だな………」
頭上で声が響いた。セーラーサンの背後からである。振り向く間もなく、セーラーサンは背後から首を鷲掴みにされた。
「なかなか面白いことを考えたが、敵の人数を正確に把握しておかなかったのは、失敗だったな………」
セーラーサンの首を鷲掴みにしたまま、破壊された天井から人影が舞い降りた。同時に戦士たちが光のリボンを引きちぎる。
「プロキオン様。グッドタイミングですな」
赤い鎧の大男が、喚起の声をあげた。
正に絶体絶命である。ふたりの大男にも手を焼いているというのに、新手が出現したとなると、今のサターンでは対処のしようがない。
「なにが、グッドタイミングだ! 手こずりおって!」
「も、申し訳ないっす………」
双子の大男は、同時にしゅんとなる。
「さあ、おとなしく太陽の独鈷杵を渡すんだ」
プロキオンと呼ばれた男は、セーラーサンの首を絞める手に力を込めた。
「うわぁ!」
セーラーサンは悲鳴をあげた。背後から鷲掴みにされているので、喉を締め付けられているわけではないが、そのもの凄い力に首の骨が潰されそうになっている。
「お前の首を握りつぶすなぞ、造作もないことだぞ………。さあ、独鈷杵を実体化しろ!」
プロキオンは更に力を込める。セーラーサンは失神寸前である。
「無駄なことはやめなさい!」
サターンはピシャリと言い放った。
「独鈷杵が欲しいのなら、セーラーサンを殺してしまうわけはないわ。彼女でなければ、独鈷杵を実体化させることはできないものね」
「確かにそうだ………」
プロキオンは掴んでいたセーラーサンの首を、無造作に離した。
「ならば矛先を代えるまでだ!」
目にも留まらぬ早さで、今度はサターンの首を鷲掴みにした。一瞬の隙を付かれてしまったサターンには、もはやどうすることもできない。必死に藻掻いてプロキオンから離れようとするが、無駄な抵抗でしかなかった。
「おお! 素晴らしい!!」
プロキオンの素早い対処に感動したふたりの戦士たちが、パチパチと拍手をする。
「さあ、仲間の命が惜しかったら、太陽の独鈷杵を渡せ!」
残忍な瞳を、セーラーサンに向けた。プロキオンは、本気でサターンを殺すつもりなのだ。
激しく首を締め上げられているサターンは、声をあげることもできない。顔から血の気が失せてしまっている。
「わ、分かったから、サターンを殺さないで………」
力無く、セーラーサンは言った。サターンは駄目だという風に首を僅かに左右に振ったが、セーラーサンは小さく首を振って答えた。
「仲間の命には代えられないわ………」
「ようし、いい子だ。早く独鈷杵を渡すんだ」
プロキオンは余っている左手を、セーラーサンの方へ差し伸べた。セーラーサンは独鈷杵を実体化させるべく、“気”を集中させた。
「………その独鈷杵とやらが、そうまでして欲しいのか?」
「なに!? だれだ!?」
突然響いてきた声に、今まで余裕の表情だったプロキオンの顔に、焦りが現れた。新手が現れるなどとは、考えてもいなかったのだ。と言うより、新手が来るはずがないのである。
ズズズズーン!!
轟音とともに天井の一部が吹き飛んだ。真下にいた青い鎧の大男は、一瞬のうちに消し飛んだ。あまりにもあっけない最期だった。
「あ、兄じゃあ!!」
赤い鎧の大男が絶叫する。
「おのれ、なにやつ!?」
プロキオンは青い鎧の大男のいた地点に、鋭い視線を投げかけた。未だに噴煙が上がっている。床も無惨に破壊されていた。
「どこを見ている!?」
すぐ背後で声がした。同時に背中に激痛が走る。思わずサターンを離してしまった。
サターンは激しく咳き込みながら顔を上げ、次の瞬間には表情を凍り付かせていた。
「い、いつの間に………」
憎々しげに、プロキオンは睨む。背後を取られたのが、余程悔しかったと見える。
「あたしを、その辺の下級戦士と一緒にしてほしくないわね」
金色のロングヘアを靡かせながら、真っ赤に燃える瞳でプロキオンを視界に捉えた。その瞳は自信に満ちあふれていた。
「新手のセーラー戦士か………。見ない顔だな………」
プロキオンは新手の戦士の、その黄金色に染められたきらびやかなコスチュームを眩しげに見つめながら、低い声で言った。まるで鎧を思わせる金属質のコスチュームだったが、重量感はまるで感じなかった。特殊な材質であることは、一目で分かった。
(初めて見る顔だ………。誰だ………?)
プロキオンは心の中で呟いた。自分の記憶の中には存在しないセーラー戦士だった。少なくとも太陽系内部の戦士ではない。
(太陽系外( から来たセーラー戦士か………? だとしたら、何故こんなところにいる?))
驚いているのはプロキオンばかりではなかった。サターンも信じられないものを見るように、突如現れた戦士を見つめていた。忘れることのできない顔だった。冠を被っていないことと、セーラースーツに若干の違いこそあれ、彼女は間違いなく自分の知っているセーラー戦士だと思えた。
「そ、そんなことって………。何故お前がここに………!?」
金色の髪の戦士はサターンに視線を向けると、僅かに口元を緩めた。
「名を訊こうか」
プロキオンは身構える。
金色の髪の戦士は、その真っ赤な瞳をプロキオンを向けた。自信に見ち溢れた、不敵な笑みを浮かべる。
「名を聞いたところで、貴様にはわたしが何者なのか分かるまいが、知りたいと言うのなら教えてやろう。わたしは広大な銀河を守護に持つ、黎明の戦士、セーラーギャラクシア」
黄金のセーラー戦士は、そう名乗った。