青い瞳の道化師
バシャ!
水飛沫が上がる。
もなかは得意のクロールで数メートル泳いで見せると、プカリと水面に身を浮かせた。
同じように水面に浮かんでいる奈々が、大きく手を振っている。
笑顔で、もなかも手を振り替えした。
放課後、もなかたちは東京タワーの近くに新設されたプールに遊びに来ていた。タワーランドと名付けられたプールは、大小併せて七つのプールがある。流れるプールに、波のプール。競技練習用の五十メートルプールと幼児用プール。長さ百メートルという滑り台と、ジャンプ用プール。そして、タワーランドで一番人気のバンジージャンププールの合計七種類である。(え!? 東京タワーの近くにそんな広い敷地なんてないって? 堅いこと言うなよ………。)
午後のホームルームが終わった後、奈々がメンバーを募った。もちろん、もなかは意の一番に参加を申し出た。梅雨の合間の久々の晴天である。思い切り遊びたかった。ましてや、プールならば、かなりの開放感に浸れる。
下心見え見えの飯田剛史が、自分も連れて行けと騒いだが、ピチピチの私用の水着姿を、クラスのすけべ男に、もなかたちがすんなり見せるわけもなく、断固として拒否をした。
剛史はぶうぶう文句を言いながら、教室を出ていったが、彼にプールの場所を知られてしまっていることには、彼女たちは全く気が付いていなかった。
奈々はクラスメイトの雨宮智恵子と斉藤かずみのふたりを誘って、合計四人でプールへ行くことになった。
が、問題が発生した。担任の桜田春菜先生に、タワーランドに行くことを聞かれてしまったのである。大馬鹿者の奈々は、はしゃぎすぎて春菜先生が後ろにいることに気づかずに、プールのことをしゃべりまくってしまったのだ。
「中学生だけでは危険すぎます! どうしても行くって言うのなら、あたしも連れて行きなさい!」
なんだかんだ理由を付けたが、結局春菜先生も新設されたプールに遊びに行きたかっただけのである。
「春菜先生同伴と言うのは、どーも納得いかないわ………」
先生がいると、思い切り羽根を伸ばすことができない。開放感も今一つだ。もなかは頬を膨らませた。
「いいじゃん、気にしなければ………」
いつものことだが、奈々は出たとこ勝負なのである。細かいことは、全く気にしない。O型特有の、非常に大ざっぱなやつなのである。先生が同伴することになったきっかけを自分が作てしまったことを、すっかり忘れている。
「まあ、いるだけで、別に小言を言う訳じゃないからいいんだけどね……… 」
項垂れながら、もなかはちらりと視線を横に流す。
派手な柄のセクシーなビキニを着た春菜先生は、無邪気に智恵子とかずみのふたりとビーチボールで遊んでいる。もなかの視線に気づいた春菜先生は、こっちへ来て仲間に入れと手招きをしている。今更ながら気が付いたのだが、何故春菜先生が学校に水着を持ってきていたのかが、全くの謎である。体育の担当でない春菜先生が学校のプールに入るわけもなく(だいいち、体育の時間にビキニを着るはずもない)、水着を持っていること自体不思議なのである。港区在住の春菜先生だが、もなかたちのように自宅に水着を取りに返った様子もない。全くもって不思議である。
「もしかして、カレシにデートの約束をすっぽかされたのかしら………?」
などと余計な詮索をしながら、もなかはスタイル抜群の春菜先生にちらりちらりと視線を流している。実のところは、当たらずとも遠からずと言ったところらしいが、真偽のほどは本人しか知らない。
もなかはチラチラと、春菜先生に視線を向ける。
さすがに若さだけでは、大人の女性の持つ不思議な色気には勝てない。胸元にフリルの付いた、可愛らしい水着を着ているのだが、スタイルとも併せて春菜先生には到底及ばない。自分はやはり、まだ子供だと思う。大学生らしい男性の視線で分かる。彼らの興味ももなかたちに注がれることはない。綺麗なお姉さんが、他にいっぱいいるのだ。
「なに、陰気くさい顔してるのよ! 行くよ、もなか!」
奈々はさっさと春菜先生たちの方へ行ってしまう。
「ま、いっか………」
もなかは肩を竦めると、奈々の後を追った。
「くそっ! なかなかプールから上がってくれないなぁ………」
望遠レンズを取り付けた一眼レフカメラを構えていた飯田剛史は、苛立たしげに舌打ちをした。プールサイドにある二階建ての食堂の、二階のベランダから、下のプールを見下ろしている。写真部である剛史は、なかなか高級なカメラを所持している。最近流行のデジタルカメラを使わないのは、カメラ小僧の写真というものに対するこだわりらしかった。自ら現像するときに味わう高揚感がたまらないと言うのが、本人の弁である。酢酸の香りは、どうやら癖になるらしい。
「諦めて帰ろうぜ………」
手摺に肘を付いて、同じようにプールを眺めている進悟が退屈そうに言った。例えその気がなくても、剛史と一緒にいるところをもなかたちに発見つかっては、進悟も同罪である。しかも、今日に限っては、春菜先生も一緒なのだ。剛史は好都合だと、小躍りして喜んだが、進悟にしてみれば気が気ではない。
「なぁ、飯田………」
「おっ! 上がってきた!! チャーンス!!」
喜々として、飯田は声を上げた。声が異様に弾んでいる。
カシャッ。カシャ、カシャ、カシャッ。
シャッターを切る音が響く。
剛史は進悟のことなどは、全く眼中にないようだった。一緒にプールに来たことすらも忘れているかもしれない。彼の頭の中は、クラスメイトの女の子と担任の美人の先生の水着姿のシャッターチャンスを逃さないようにすることで一杯だった。
「やっぱ、スクール水着と違って、みんな大胆だなぁ………。木下のやつはビキニじゃないか! う〜ん、太陽はワンピースか。胸のフリルが可愛いじゃん。かーっ! 近くで見たかったなぁ………!!」
ぶつぶつ言いながらも、シャッターを切る作業は止めない。スクール水着に驚喜するのは、一部の学生を止めてしまった方々だけである。現役学生は色気のないスクール水着より、私服の水着の方が興味あるらしい。
「ちっ! フィルムが切れた」
舌打ちしながら、剛史は自分のスポーツバッグを開けると、中からフィルムを取り出し、手際よく交換する。
「太陽はあまり胸が大きくないなぁ………。おおっ! 斉藤のやつでかいじゃないか! 着痩せするタイプなんだな………。双眼鏡貸してやるから、月野も見とけよ。今夜のおかずになるぜ!!」
ヌッと手が伸びてくる。真新しい双眼鏡を掴んでいた。その間でも、剛史はカメラのフレームを覗きっぱなしだ。進悟を見ようともしない。進悟がいるであろうと想像した方に、双眼鏡を持つ手を伸ばしてきたにすぎない。
進悟は遠慮がちに剛史の手を払うと、
「勝手にやってろよ………」
興味がないと言えば嘘になるが、ここまであからさまに奇怪な行動を見せられてしまうと、自分もそこに加わる気にはなれない。
ついに見切りをつけた進悟は、剛史を見捨てて食堂の中へと戻って行った。
自分たちの初々しい水着姿を、すけべなクラスメイトに写真に撮られていることなど夢にも思っていないもなかたちは、プールサイドに備え付けられているテーブルセットで、一息付いていた。
買い出しに行っていた春菜先生と奈々が、ジュースの入った紙コップを持って戻ってきた。
「わーい、いただきまーす!」
当然、春菜先生のおごりである。他人のお金で飲むジュースほど、おいしいものはない。
もなかはジュースをごくごくと飲む。
「ほんとに、美味しそうに飲むわねぇ………」
呆れたように春菜先生は言った。
「もなかは、色気より食い気だもんね」
かずみが言った。
「悪かったわね!」
もなかはむくれながらも、ジュースを飲むことは止めない。春菜先生が、横でクスクス笑っている。女のもなかでも、ドキッとする笑顔である。春菜先生が、未だに独身だというのがとても信じられない。カレシはいるが、どうやら本命ではないらしいと言うのがもっぱらの噂である。確か今年で、二十九歳になると聞いている。結婚する気がないのだろうかと、余計な詮索をしてしまいたくなる。
「あれ? ショーでもやるのかなぁ………」
智恵子が反対側のプールサイドを見ながら言った。
反対側のプールサイドには、小さなステージが組んであった。それほど大きなステージではないが、ちょっとしたイベントぐらいはできる。夏休みにでもなれば、新人アイドルがキャンペーンのためのイベントでも開きそうなステージだった。
そのステージに、ひょろりと背の高いピエロが、三色のボールをジャッグルしながら躍り出た。愛嬌のある顔を周囲に向けながら、三色のボールで芸を披露している。
「わぁ! すっごーい!!」
奈々が声を上げた。ボールが五つに増えたのだ。
ピエロはそれをひとつも落とすことなく、目まぐるしく空中で交差させる。しかも、自分はなにやらいかがわしいダンスまで踊っている。
ステージに人々が集まってきた。ピエロは益々はりきって、得意の芸を披露する。
五色のボールが、ぽおんと空中高くほおり投げられた。
「おお!」
観客の間から、期待ための歓声があがる。次に何が起こるのか、わくわくしながら待ちわびている。
タワーランドの関係者が、不思議そうに首を傾げているが、そんなことに気付く者は、誰ひとりとしていなかった。
ピエロがほおり投げたボールは、ぐんぐんと上空へと昇って行き、さっと五方向に分かれて飛び散った。
ピカーッ!
眩い光がボールから放たれた。
陽の光が和らいだ。空が曇って見える。
「………!!」
もなかの肌が粟だった。背筋に悪寒が走った。
「結界!?」
脳裏に浮かんだ言葉だった。空が曇って見えるのは、結界が張られたせいではないのか。
「はぁーい、みなさん!」
ピエロが口を開いた。
「みなさんは、この空間に閉じこめられました。大人しく、ボクにエナジーを提供してください。それと、乙女のみなさんは、ボクと一緒にブラッディ・カテドラルに行ってもらいます」
(ブラッティ・カテドラル………?)
初めて聞く単語だった。
(通信機は、ロッカーか………)
ルナに貰った連絡用の通信機のことを思い出した。仲間たちに連絡をとらなければならない。あのピエロが本当に敵だったとしたら、自分一人の力ではどうすることもできない。
「ではっ!」
ピエロが壺を出現させた。キングコブラでもヌッと出てきそうな壺だった。
結界の中に閉じこめられているとも知らず、周囲のひとびとは次なるピエロの芸を期待して、注目している。拍手をしている者までいる始末だ。ピエロの言葉の意味が、理解できていないのだ。
「ね、もなか。あたしたちも、向こうへ行こうよ」
結界の中に閉じこめられていることをしらない奈々たちは、ピエロの芸を近くで見るために、反対側のプールサイドへ移動していった。
奈々たちを止めたかったが、何を言っても信じてもらえそうになかった。実際、自分もセーラー戦士でなかったら、とても信じられるようなものではない。うさぎたち、先輩セーラー戦士も、きっと同じように苦労したに違いないと思う。
奈々たちは、もなかが付いてきていないことに気づいてはいない様子だった。
もなかはプールサイドを後にし、更衣室へと向かう。仲間たちに連絡を取るためだ。
更衣室へと続くシャワールームの前に差し掛かったとき、もなかは思わぬ人物と遭遇してしまった。
「つ、月野君!?」
「た、太陽!?」
右手にホットドック、左手にジュースを持った、月野進悟だった。進悟はもなかと会ったことによほど驚いたらしく、目をまん丸にして口をパクパクさせている。
「何でここにいるの!?」
「何でって………。ぐ、偶然だよ、偶然………」
進悟は額に汗を掻きながら、何とか言い訳しようとする。水着写真を撮るために来た、剛史と一緒などとは口が裂けても言えない。
「か、か、か、可愛い水着だな………」
口が勝手に動いてしまった。反射的に出てしまった言葉だった。言おうと思った言葉ではない。
視線がもなかの胸元に動いてしまう。これも無意識である。男の悲しい性だ。
「え!? な、何言ってんのよ!!」
もなかは顔が真っ赤になってしまった。もなかは黄色を基調とした、トロピカルなワンピースの水着だ。胸の白いフリルがワンポイントになっている。スクール水着では気にならなかったが、男性の視線を間近に受けて、もなかは自分が女であることを改めて実感した。何故かとても恥ずかしい。進悟を男性として意識している自分が、そこにはあった。
頬を真っ赤に染めているもなかに驚いたのか、進悟はそっぽを向いた。その進悟の頬も、心なしか赤らんでいる。まともにもなかを見れなかった。
ふたりは数分間、身動きできなくなってしまった。視線を合わすことができず、頬を赤らめているだけだった。
「よう、月野。そんなとこで、なに固まって………。げっ!! た、太陽!?」
剛史がひょっこりと顔を出したことで、ふたりは現実の世界に帰ってきた。
剛史が持っているカメラを見て、もなかは全てを悟った。
「ふ〜ん。そういうことだったの………」
胸の前で腕を組んで、もなかは進悟に蔑んだ視線を向ける。
「あ、いや。お、俺は止めたんだけどさっっっ!」
進悟は今度は必死になって弁解する。冷や汗を掻きまくっている。
「春菜先生に言いつけてやろうかなぁ………」
優位に立ったもなかは、得意になって言った。
だが、進悟には通じても、剛史には全く効果はなかった。剛史はいつの間にやら、カメラのフレームを覗いてシャッターを切っている。もちろん、被写体はもなかである。
「あ! やだ、ちょっと! やめてよ!!」
もなかは慌てて胸元を隠すようにする。
剛史はお構いなしに、シャッターを切っている。
「こんな近くで撮れるなんて、超ラッキー!!」
もなかの嫌がる声は、剛史の耳には届いていなかった。剛史は何かに取り憑かれたように、もなかを写しまくる。見つかってしまったのなら、開き直るしかない。流石はカメラ小僧である。ただでは転ばない。
「やだぁ!!」
もなかは両手で体を覆うようにして、その場に座り込んだ。
「いい加減にしろよ、飯田!」
進悟が剛史のカメラを取り上げた。剛史は驚いたように、進悟の顔を見る。
「太陽、早く向こうに行けよ」
「う、うん。ありがとう」
もなかは更衣室へと走り出した。
シャッター音が一回だけ聞こえたが、もう振り向かなかった。
更衣室へ駆け込んだもなかは、大急ぎで自分のロッカーを探した。
鍵に付けられた番号と同じロッカーを見つけると、鍵穴に鍵を差す。カチリと乾いた音が響くと、ロッカーの扉は開かれた。
スカートを探して、左のポケットに手を突っ込む。腕時計型の通信機を取り出した。
「みんな、助けて!」
スイッチを入れると同時に叫んだ。
「もなか!? どうしたの!?」
ルナの声が返ってきた。司令室のルナと繋がったようだ。
「タワーランドに敵が現れたわ! 結界を張られたの! 助けに来て!!」
「タワーランドね、分かった。敵は何人?」
「おかしなピエロの格好をしたやつがひとり。他に仲間がいるかは、まだ分からないわ」
もなかは早口で説明する。
「分かった。すぐにみんなを向かわせるわ。変化があったら、連絡をちょうだい」
もなかとは反対に、ルナの声は落ち着いていた。もなかが慌てている様子だったので、ルナは努めて平静を装った声で答えているのだ。報告を受けている方のルナが慌てていたのでは、もなかも不安になってしまう。ここは一端、もなかを冷静にさせなければならない。
「いい、もなか。みんなが行くまで、無茶をしちゃ駄目よ。それと、みんなが行くまでの間に、敵の数を把握しておくこと。分かった?」
「了解」
もなかは答えると、腕時計型通信機を自分の左腕に取り付けた。
「外が静かすぎないか?」
もなかの消えた更衣室を名残惜しそうに覗いている剛史の背中を、進悟は突っついた。ついさっきまでは歓声が聞こえていたような気がしていたが、いつのまにか物音ひとつ聞こえてこない。
「気になるんだったら見て来いよ」
剛史はそっけなく言う。この分では、剛史はもなかが更衣室から出てくるまでここを動かないだろう。見つかってしまったから、開き直ったのだ。幾つフィルムを持ってきたのかは知らないが、なくなるまで撮り続けるに違いない。いや、ご丁寧にフィルムの自動販売機があるから、なくなれば買えばいいわけで、そうなると彼女たちが帰るまで、剛史の撮影は続くだろう。
「ったく! 付き合ってらんないよ!」
吐き捨てるように言うと、進悟は更衣室の前を後にした。外へと出てみる。
「な、なんだこりゃ!?」
途端に仰天した。
プールサイドには、たくさんの人々が横たわっていた。死んでいるのか、気を失っているのか、進悟の位置からでは分からない。大部分の人々は、ステージの近くに倒れている。
「何があったんだ………」
原因を調べたいという考えはあるのだが、体が動いてくれない。膝がガクガクいっている。その場から動けなくなってしまった。
左腕に通信機を取り付けたもなかは、更衣室を飛び出した。
出口にいた剛史を突き飛ばし、素早くプール側に出た。突き飛ばされた剛史がどうなったかなどとは、考えている余裕はなかった。
剛史の嘆き声が聞こえたが、何と言っていたのかは分からない。
人々が倒れていた。
ステージへ向かって一直線に走る。ステージの上には。例のピエロの姿は見えない。
ステージのすぐ近くで、倒れている奈々や春菜先生たちを発見した。抱き起こして、声をかけてみる。反応はない。息をしているから、死んではいないようだった。かなり衰弱しているように感じたので、エナジーを吸い取られてしまったに違いない。それも、かなり大量に………。
もなかはステージに立って、ピエロの姿を捜した。
派手な格好をしているピエロは、見つけるのは簡単だった。
ピエロは食堂の前にいた。だれかを襲っている。
進悟だ。
「サン・ソーラー・パワー! メイク・アッープ!!」
迷わず変身した。まずは進悟を助けなければならない。無茶をするなとルナに言われたことなど、とうに忘れていた。
セーラーサンはピエロに向かって、大きくジャンプした。
進悟は体が硬直してしまって、身動きがとれなかった。あまりの光景に、気が動転してしまっている。
「おやおや、元気そうなのがいるね………」
ひょろりと背の高いピエロが、不意に視界に飛び込んできた。物色するように、進悟のことをジロジロ見ている。
「な、なんだよお前………!!」
進悟は虚勢を張った。だが、声が震えている。ついでに、足も震えていた。
「強がっているわりには、声が震えているよ。怖いんだったら、無理をすることはないよ。どうせだれも見ていないんだ。泣き叫んだっていいんだよ。格好つけたって、意味はないんだからさ」
ピエロは音もなく近づいてきた。
白塗りの顔。真っ赤な団子っ鼻。メイクで大きく強調された口。三角帽子に、ダブダブの白地にカラフルな水玉の服。正に、サーカスのピエロの服装だった。澄んだ青い瞳が、笑いながらこちらを見ていた。
「待ちなさい!!」
りんとした声が響いた。
ピエロは声の聞こえてきた方向に、顔を向けた。セーラー戦士が立っている。
「夢と希望のセーラー服美少女戦士 セーラーサン! 日輪の名の下に、成敗よ!!」
「おやおや、あなたがうわさのセーラー戦士ですか。十三人衆のザンギー様とタラント様を倒したとか………。自己紹介しましょう。ボクは青瞳(あおめ)の道化師。いずれ十三人衆の頂点に立たれるスプリガン様の有能なる配下の者です」
青瞳の道化師は、丁寧にお辞儀をしてみせた。
「あ、どうも。これはご丁寧に………」
釣られてお辞儀をしてしまったセーラーサンだったが、すぐに自分の間抜けな行動に気付いた。きりりと表情を引き締め、鋭い視線を奇怪なピエロに向けた。
「結界の中に現れたという事は、もともとこのプールに来ていたということになるね。ふ〜ん。セーラー戦士も遊びにくるんだ………」
妙に感心したように、青瞳の道化師は言った。
「みんなのエナジーを返しなさい!!」
「冗談じゃない。ボクの成果だもんね! これだけのエナジーを持って帰ったら、さぞかしスプリガン様に誉められるだろうな。ご褒美は何がいいかな………」
「言っても駄目なら、腕尽くで返してもらうわよ!!」
セーラーサンはジャンプする。掌を相手に向けたまま組み合わせると、熱線が発射された。スプリクト・シャインだ。ジュピターの指導のもと、最近覚えた攻撃技だった。
「貰ったものは返せない!」
戯けた口調で答えると、青瞳の道化師は、スプリクト・シャインを躱した。
「あっ!」
躱されるとは思っていなかったので、セーラーサンは次の行動に対して何も備えていなかった。青瞳の道化師は隙だらけだったのだが、攻撃のチャンスを逃してしまった。
「ほいさっ!」
逆に道化師が反撃してきた。拳ほどの大きさの球を、三つほどほおり投げる。
シュッ!
風を切って、球が襲いかかる。不規則に襲いかかる球の動きに、セーラーサンはついていけない。
「あうっ!」
背中に一撃を食うと、立て続けに球の攻撃を受けた。呼吸までもが止まりそうな衝撃は、目から火花までおも散らした。気が遠くなっていく。
「はい、お終い。あんたの負け」
青瞳の道化師は、音もなくセーラーサンに近づいてきた。