“毛むくじゃら”の正体


 何の前触れもなく突然に、セーラーサンのまわりに、数体の“毛むくじゃら”が出現したのだ。その数、合計六体。
 六体の“毛むくじゃら”が、セーラーサンのぐるりを取り囲む。レイの予感は的中していたのだ。“毛むくじゃら”は一体ではなかったのだ。単独で現れてみせたのは、おそらく、セーラーサンを誘き出すための罠だったのだろう。
 セーラーサンは慌てた。数の上で不利になったことが、彼女を激しく動揺させる。
「やばいぞ。彼女、戦いは全くのど素人だ」
 まことは言い、どうしようかという風に、足下のルナに視線を落とした。
 この一連の出来事が罠であるという可能性が捨てきれないだけに、ルナもなかなか決断を下せない。うさぎたちシルバー・ミレニアムのセーラー戦士を誘き出すための罠である確率も、決して低くはないのだ。何しろ、セーラーサンという戦士は、ルナの記憶にはないのである。ルナの記憶にない戦士であるがために、ルナ自身、助けに入っていいものかどうか、判断に困っているのである。
 “毛むくじゃら”が動いた。一斉にセーラーサンに襲いかかる。
 セーラーサンの逃げ道は上しかない。ジャンプをする。
「馬鹿! 上に逃げるな!!」
 まことは叫んだが、セーラーサンに聞こえるわけもない。セーラーサンは、まんまと罠にはまった。
 ジャンプしたセーラーサンに、狙いすましたような衝撃波が直撃する。
 直撃を受けたセーラーサンは、車道へと落下する。
 走ってきたタクシーが、車道に倒れているセーラーサンに気付いて、慌てて急ブレーキをかけ、急ハンドルで回避する。二台目の軽トラックは、セーラーサンの手前一メートルのところで停止した。その停止した軽トラックに、後ろを走っていた数台の車が、不幸にも玉突衝突する。
 急ハンドルを切ったタクシーは、そのまま“クラウン”の向かいの居酒屋の店先に突っ込んでしまった。
 警官が来た。ふたり組だ。手には拳銃を持っている。
 空に向けて、一発威嚇射撃をした。その音で、ギャラリーたちも警官が来たことを知った。
 威嚇射撃は、“毛むくじゃら”には何の効果もなかった。“毛むくじゃら”の標的が、ふたり組の警官に変わるかと思われたが、予想に反して、そうはならなかった。“毛むくじゃら”は、警官たちに興味も示さない。狙っている獲物は、あくまでもセーラーサンだけなのだ。
 業を煮やした警官のひとりが、拳銃を発砲しようとする。しかし、それはできなかった。
頭上から襲ってきた衝撃波をまともに食らって、発砲しようとした警官のみならず、まわりの数人のギャラリーはあえなく失神した。残ったひとりの警官は、吹き飛ばされてきたギャラリーと激突し、もんどり打ってアスファルトに倒れ込んだ。その際、頭を打ち付けたらしく、短い悲鳴を上げた後、そのまま動かなくなってしまった。
「新手がいるの!?」
 ルナが上を見上げる。
 衝撃波を放った相手が、すうっと降下してくるのが見えた。
 男だ。R・P・Gの悪役のような、まがまがしい鎧を身に着けている。いかにも悪役といった風体だ。ジャンプしたセーラーサンを攻撃したのも、この男に違いないだろう。
「他愛もないな………」
 男はセーラーサンを見下す。
「あのザンギーを倒したというから、どんな相手かと慎重になっていたが、ただの小娘ではないか………。こんな小娘に、ザンギーは破れたというのか………?」
 まがまがしい鎧を身に着けた男は、重力を全く無視したように、ふわりと地面に降り立った。
 車道に倒れているセーラーサンは、まだ立ち上がることができない。
 そのセーラーサンを守るかのように、灼熱の炎を全身にたぎらせたネコのような小動物が、ただ一匹臨戦態勢で身構えている。空港でもセーラーサンをサポートしていた、あの炎のネコだ。
 まがまがしい鎧を身に着けた男は、身動きの取れないセーラーサンを蔑むように見た。
「俺は、ブラッディ・クルセイダース十三人衆がひとり、タラント」
 自らの力を誇示するかのように、ゆっくりとした口調で、男は名を名乗った。もちろん、セーラーサンの耳に届くはずもない。だが、男にとって、そんなことはどうでもいいことだった。
「ザンギーも情けないやつよ。こんな小娘に破れたとはな」
 全く身動きのとれないセーラーサンを見下して、まがまがしい鎧を身につけている男は、深い溜息を付く。そのタラントの呟きは、セーラーサンには聞こえない。ゆっくりとした動作で、右手を前方に突き出す。衝撃波を放つつもりなのだ。もちろん、標的はセーラーサンである。
 しかし、先に動いたのは、炎を纏ったネコの方だった。ふわりと宙に浮かぶと、次の瞬間、弾丸と化してタラントに突進する。
「しゃらくさい」
 タラントは構わず衝撃波を放つ。
 バシューン!!
 正面からぶつかり合った。
 勝ったのは、タラントの放った衝撃波の方だった。炎のネコは弾き飛ばされ、バランスを崩した。
 タラントは容赦なかった。バランスを崩したネコに対し、狙い澄ましたかのような強烈な蹴り技が炸裂した。
 ネコはもんどりうって吹っ飛び、未だ動くことのままならない、セーラーサンの目の前に落下した。
 ネコは立ち上がろうと必死にもがいているが、自分が考えている以上に、ダメージは大きかった。
「殺しはしない。連れてこいとの、大司教様からのご命令だからな………」
 淡々とした口調で言うと、タラントは“毛むくじゃら”に何事か目配せをする。
 固唾を飲んで成り行きを見ていたギャラリーが、にわかに騒がしくなる。
「やばい! 殺られちゃうぞ!!」
「助けはこないの!?」
「警察はどうしたんだ!?」
「あそこでのびてるよ!」
「自衛隊を呼べ!!」
「国連のG・フォースがいい!」
「ゴジラじゃないんだ! くるわけがないだろう!!」
「じゃあ、ウルトラ警備隊を呼べ!」
「科学忍者隊の方がいいんじゃないか?」
 ギャラリーは口々に喚きだした。訳の分からないことを口走っているやつもいる。
 “毛むくじゃら”は、じりじりとセーラーサンたちの方へ近付いてゆく。彼女たちは、動けない。
「あたしは行くよ!」
 まことはルナを見た。
「あの娘を見捨てらんないよ!!」
 ギャラリーから離れ、裏路地へと飛び込む。変身するためだ。
「あたしたちも行くわよ!」
 遅れて、うさぎがほたるを見た。ほたるは頷く。
 ルナは止めなかった。彼女たちが決断してくれなければ、自分が助けに行こうと考えていたからだ。やはり、セーラー戦士の姿をした者を、見殺しにすることはできない。罠である可能性も捨てきれないが、罠でない可能性も高いのだ。このまま黙ってギャラリーをしているわけにはいかなかった。よしんば罠だったとしても、自分が残っていればその罠に対する対策を立てることもできる。
 うさぎとほたるは、まことを追って、路地へと走る。
「キャー!!」
 悲鳴があがった。ルナはセーラーサンの方へ、視線を戻す。
 “毛むくじゃら”が、セーラーサンの髪の毛を無造作に掴んでいた。
 シュルルルル………。
 何かが風を切り、“毛むくじゃら”に向かって突き進む。
 バシッ!!
 セーラーサンの髪の毛を掴んでいた“毛むくじゃら”の手を、風を切って突き進んできたそれは、勢いよく弾いた。
「何だ!?」
 タラントは、“毛むくじゃら”の手を弾いたものを、目で追った。
 それを、セーラーサンが現れた同じビルの屋上に立つ、長い髪を風になびかせている人物が掴んだ。
「そこまでよ!!」
 りんとした声が、一帯に響いた。
「………!!」
 タラントは目を剥いて、ビルの屋上の三つの影を睨む。
「よってたかって、か弱い女の子をいじめる悪いやつ! 愛と正義のセーラー服”超絶美形ウルトラ・ゴーシャス・スペシャル・グレート”美少女戦士セーラームーン スーパー・デラックス! 月に代わって、お・し・お・き・よ!!」
 セーラームーンが、さりげなくセーラーサンと名乗りのシーンを張り合ってみせた。「なんのこっちゃ」と、ルナが頭を抱えているが、セーラームーンからはそんな彼女は見えなかった。
 もちろん、ギャラリーはそんなことは気にもとめない。
「おお!!」
 という歓声が、ギャラリーの間から聞こえてきた。待ってましたとばかりに、拍手が沸き起こる。
「セーラームーンだと!?」
 タラントは、ビルの屋上を凝視している。
「仲間がいたのか!?」
 ビルの屋上を睨んでいた視線を、車道に倒れているセーラーサンに移した。が、すぐに迂闊だった自分に気付いて、視線をビルの屋上に戻したが、既にそこにはセーラー戦士たちの姿はなかった。
「ちっ!」
 自分の迂闊さに舌打ちして、油断なくまわりを見回す。
「どこを見ているんだ………!?」
 いきなり背後で声がした。ドキリとして振り返る。
 女の子にしては背の高い、ポニーテールのセーラー戦士が、腕組みをして立っている。
 セーラージュピターだ。
「くっ!」
 タラントは、咄嗟に上にジャンプした。下を見下ろす。先程のポニーテールのセーラー戦士は、既に六体の“毛むくじゃら”相手に、格闘戦を演じている。
 ショートカットの小柄なセーラー戦士は、倒れているセーラーサンを抱き起こし、髪の長いおだんご頭のセーラー戦士は、炎のネコの前で膝をついている。よく見ると、おだんご頭のセーラー戦士の脇に、黒いネコの姿があった。
 自分は無視されている。タラントは思った。思ったとたんに、怒りで頬を紅潮させた。プライドを傷つけられた気分になった。
 怒りが爆発した。

「大丈夫!? 動ける?」
 セーラーサターンが、セーラーサンを抱き起こす。
「あ、あなたたちは!?」
 虚ろな瞳で、セーラーサンはサターンを見る。
「セーラー戦士?」
「説明はあとよ」
 サターンは言う。セーラーサンの肩に、両手を添えるようにした。その掌が、淡い光を放つ。暖かさが伝わってくる。
 セーラーサンが驚いたような顔を向けると、サターンは白衣の天使のような笑みを浮かべた。
「じっとしていて………。体力を回復させてあげる」
 その通りになった。次第に体力が回復していくのが、自分でも分かるほどだ。
 セーラーサンはようやく、上体を起こすことができた。
 少し離れた位置で、ポニーテールのセーラー戦士が、“毛むくじゃら”と戦っているのが見えた。
「その人たちを、傷つけてはだめです!!」
 必死に叫んだ。
 シュープリーム・サンダーで一掃しようとしていたセーラージュピターは、その動きを止めて、セーラーサンに目を向けた。
「傷つけてはだめです」
 セーラーサンはもう一度言う。彼女が言わんとしていることを直感で悟ったジュピターは、大きく頷いてみせた。
「分かった、任せろ!」
 ジュピターは、攻撃法を変えることにした。

 セーラームーンは炎のネコの前で、膝を付いていた。
 ネコの体からは、既に炎は消滅していて、非常に弱々しそうに見えた。苦しげに呻いている。
 セーラームーンはネコの体に、右手をそっと触れさせた。掌が、暖かな光を放つ。簡易バージョンの、ヒーリング・エスカレーションだ。衛の行うハンド・ヒーリングと、同種の方法だった。時間はかかるが、一カ所を集中して治療できるという利点があった。
 程なく、茶褐色のネコは目を開けた。ぼんやりとセーラームーンを見上げる。
「アポロン! アポロンなんでしょ!?」
 ルナが叫ぶように訊いている。ネコの意識をはっきりさせてやるためにも、大きな声で話しかけてやるのがいい。
 茶褐色のネコは、やや光を取り戻した瞳で、ルナを見つめた。
「お、俺を知っている………? キミは、だれだ………?」
 掠れた声で訊き返してきた。
「シルバー・ミレニアムのルナよ! あなたはアポロンなのね!?」
「ルナだって………!? じゃあ、この方が、プリンセス・セレニティか………?」
 驚いたように目を見開いて、茶褐色のネコ───アポロンはセーラームーンを見上げた。
 意識はすっかり、正常に戻ったようだった。
 セーラームーンは事態を飲み込めず、ルナとアポロンを交互に見比べるようにしている。
「うおぉぉぉぉ………!!」
 だしぬけに、ドォーンという轟音が頭上で響いた。
 プライドをズタズタにされたタラントが、最大級の衝撃波を放ったのだ。
 タラントにしてみれば、全く自分が無視された形となったことが、腹立たしかったのである。上空へジャンプして、ポニーテールのセーラー戦士が追撃してくるのを待っていたにも関わらず、彼女は自分を無視して“毛むくじゃら”の相手をしている。他の戦士たちも、自分には目もくれず、倒れているセーラーサンの方へと行ってしまった。
 セーラームーンたちからしてみれば、別にタラントを無視していたわけではなかったのだ。優先順位というものがある。セーラームーンとサターンは、まず怪我人の手当をしなければならないと考えたのだ。ジュピターはそのふたりを援護するために、セーラーサンの近くにいた“毛むくじゃら”を、その場から引き離そうとしたにすぎない。結果的に、タラントを無視したような形になってしまっただけなのだ。
 だが、タラントからしてみれば、このうえない屈辱だったのである。それが怒りとなって、最大級の衝撃波を放ちさせたのである。
 ギャラリーの間から、絶望的な悲鳴があがった。
 セーラームーンたちは、全くの無防備だったのである。避けられるとは思えなかった。ましてや、怪我人もいるのだ。
 六体の“毛むくじゃら”を相手にしているジュピターは、僅かに視線をセーラームーンたちに向けただけだった。特に慌てている様子はない。
「い、いけない! 逃げて!!」
 セーラーサンの叫び声は、悲鳴に近かった。
 セーラームーンとルナは、頭上を見上げた。衝撃波は、彼女たちを狙ったものだった。
「まずい! 逃げろ!!」
 アポロンが叫ぶ。だが、セーラームーンもルナも落ちついていた。ふたりの前に、すうっとサターンが寄ってきた。翳した右手に、沈黙の鎌が出現する。
不動城壁(サイレンス・ウォール)!!」
 負の力を伴った、絶対防御のシールドだった。
 タラントの放った衝撃波は、サイレンス・ウォールによって弾かれる。
「な!?」
 そんな馬鹿な。タラントは信じられなかった。自分の渾身の力を込めた衝撃波だったのである。それが、いともたやすく弾かれてしまうとは………。
 サターンが、タラントの目前まで浮上してきた。沈黙の鎌の先端を、ぴたりとタラントに向ける。
「愚か者よ、目を覚ませ。さもなくば、“死”あるのみ………」
 低く、鋭い声で言い放つ。とても、少女の声とは思えなかった。少女の中の別の何者かが、話しているように感じられた。
「小娘がぁ!!」
 タラントは絶叫し、全身に力を漲らせた。決死の形相で、サターンを睨めつける。衝撃波を連続して放った。その全てがサターンに直撃する。
 仕留めた! タラントは自分の勝利を確信した。だが………。
「なっ………」
 タラントは絶句した。あれだけの衝撃波の連続攻撃の直撃を食らったはずなのに、目の前の少女は無傷だった。
「愚かな………」
 目を伏せ、サターンは小さく呟いた。
暗黒聖剣(ダークネス・エクスカリバー)!!」
 一瞬の出来事だった。タラントは、自分が死んだことにすら気付かなかったろう。
 タラントは、一瞬のうちに無へと返った。
「す、凄い!!」
 セーラーサンは目をまん丸にして、上空のサターンを見上げている。
 ギャラリーの間からも、喝采が沸き起こった。
「セーラーサン、彼女たちを!!」
 アポロンが叫んだ。
「そ、そうだったわ!」
 セーラーサンはその手に、金剛独鈷杵のようなものを出現させた。それを頭上に翳した。
「サンシャイン・リフレッシュ!!」
 空港で見せた、ヒーリング・エスカレーションと同様の技だ。彼女の手にしている金剛独鈷杵(こんごうどっこしょ)から、強烈な光が周囲に放射される。
 光はジュピターと格闘戦を展開していた、“毛むくじゃら”に浴びせられた。“毛むくじゃら”が光に包まれる。
 光が収まると、そこには六人の全裸の少女たちが横たわっていた。
「どういうことだ!?」
 ジュピターがやってくる。
「彼女たちは普通の人間です。あいつに、操られていただけなんです」
 セーラーサンは答える。
 ギャラリーからは、彼女たちの勝利を称える拍手が起こった。そのギャラリーをかき分けるようにして、見事なまでのタイミングでやってきた自衛隊が現れる。
「戦いは終わったよ。あとの処理は、あんたたちの仕事だ」
 ジュピターは自衛隊の隊長だと思しき人物に対し、ウインクを投げかけた。プロレスラーのような、がっしりとした体格をしている。
「うむ………」
 隊長は、ゆっくりとまわりを見回した。処理と言っても、壊されたアスファルトの補修をする以外は、とくに何もないような気がした。そのアスファルトの補修作業も、自衛隊の仕事ではない。
 隊長は困ったように側頭部を掻いてから、
「とりあえず、救急車はいるな………」
 そう言ってから、部下のひとりに救急車を手配するように指示をした。視線をセーラー戦士たちに戻す。無精髭を伸ばした顔で、にっと笑った。
「噂のセーラー戦士に会えるとは、思ってもいなかった。光栄だよ」
「それはどうも………」
「………恥ずかしくないのか? そんな格好で………」
 隊長の視線は、ジュピターの足に注がれている。
「よ、余計なお世話だよ!」
 頬を赤らめ、ジュピターは口を尖らせた。
 純情そうな少女の顔を見ると、隊長は、がははと馬鹿笑いした。ジュピターはますます口を尖らせる。
「すまん、すまん。男はみな助平だからな。すぐ、そういうことを考えちまう。可愛い正義の味方のお嬢ちゃんたちに対しては、余計な詮索だったな。おお、そうだ! 記念写真を撮らせてくれないか?」
 隊長は無精髭の生えた顔を、ジュピターの前にヌッと突き出した。
「あたしたちはアイドルじゃない。遠慮しておくよ」
「そうか、残念だ」
 口で言うほど、隊長は残念そうではなかった。ようは、彼女たちをからかっているのだ。
「………ところで、あの美人のお姉さんは、お嬢ちゃんたちの仲間か?」
 隊長は顎をしゃくった。その先には、六人の女の子が、未だ全裸のまま倒れている。
「え!?」
 隊長の言う「仲間」の意味が分からなかったので、セーラー戦士たちはそろって視線を向けた。
 ひとりの女性が、女の子たちの前に屈み込んで、なにやらごそごそと作業をしている。
 女性は自分を見ている視線に気付き、こちらを振り向いた。
「何をボーッとしているの!? 早く彼女たちに、何か着せてあげなさい!!」
 鋭い声が飛んだ。さしもの隊長も、いささか驚いたようだった。慌てて部下たちに、車から毛布を取ってくるように命じた。
「あんたは?」
 女の子のひとりを毛布で包んでいる、先程の女性に向かって、隊長は無愛想に尋ねた。
「わたしは、渡瀬(わたらせ)夏恋(かれん)といいます。十番診療所で、医者をしています」
 女性は答えた。医者というにはまだ若すぎるような気もするが、今はそんなことを審議している場合ではなかった。
「じゃあ、あたしたちは退散するよ。あとをよろしく頼むよ」
 足下に来たルナに催促され、ジュピターは早々に立ち去るために、隊長に向かって告げた。
「あ、ああ………」
 隊長は気のない返事を返した。渡瀬夏恋という、その若い医者の手際の良さに感心しているようだった。
「あなたがたが、噂のセーラー戦士ね」
 夏恋は顔を上げた。視線がセーラームーンと合った。電撃のようなものが、セーラームーンの体を駆けめぐった。
(なに!? この感覚は………)
 セーラームーンには、もちろん、その感覚が何であるのかは分からない。
 夏恋の物珍しそうな視線に気付き、セーラームーンは我に返った。
「正義の味方のセーラー戦士か………」
 夏恋は呟く。
「ごめんなさいね。わたしずっと海外にいて、日本には最近帰ってきたものだから、あなたたちを見るのって、初めてなのよ」
 夏恋はそう言うと、にっこりと笑ってみせた。