不吉の前兆


 空港の外で、心配そうに待っていた元基たちと合流したうさぎたちは、空港内で起こった事件のあらましを話すと、すぐに十番街に戻ることとなった。もちろん、宇奈月と一等のふたりが不思議がったが、うさぎたちは実は新聞部だったとか適当なことを並べ立てて、取りあえずその場を取り繕うことに成功した。
 元来、細かいことは気にしない性格の宇奈月が、それ以上の質問をして来なかったのが救いと言えば救いなのだが、恐らく、今晩あたり、元基が再度問い詰められるだろうことは、想像に難しくない。元基が上手く誤魔化してくれることを、ひたすら願うのみである。
 一息付くために、空港内に戻って、元基のご馳走で軽くお茶を飲んだあと、それぞれ家に帰ることとなった。
 元基は愛車で来ているというので、そのまま空港で別れることになった。夕方からパーラー“クラウン”でアルバイトのまことは、宇奈月と一緒に、元基の愛車に乗り込んだ。
 元基の車は四人しか乗れなかった。車はミニクーパであった。知り合いから、一万円で譲り受けたというその車は、これが本当に走るのかというほど、くたびれた車だった。元基曰く、四人乗ったら動かないという。
 もちろん、まことはミニクーパに乗ることを躊躇(ためら)った。元基に遠慮したのではない。走っているうちに壊れそうだったので、自己防衛本能が働いたのだ。戦士の勘と言ってもいい。
 そんなまことの心配など一切お構いなしに、元基は彼女を自分の愛車の後部座席に押し込んだ。
 宇奈月が「絶対大丈夫だから」と太鼓判を押してくれたので、まことはしぶしぶ車で戻ることを承諾した。あとで分かったことだが、やはり宇奈月も恐かったらしいのだ。まことはまんまと、宇奈月にしてやられたのである。宇奈月としては運命共同体となる人物が欲しかったのである。
 レイの即席の交通安全祈願のお払いを受けた元基の車は、ものすごい音と黒い煙を撒き散らしながら、やがて見えなくなった。
(もしかしたら、あの三人とはもう二度と逢えないかもしれない………)
 と、不吉なことを考えたのは、うさぎだけではなかったらしい。

「やっぱ、落ちつくわね………」
 十番街の入り口に戻ってきたうさぎは、開口一番そう言って、大きく息を吸い込んだ。
「なに、しみじみと言ってんのよ」
 こういう場合、もちろん突っ込みを入れるのはレイである。このふたりが組めば、最高の漫才師になれるかもしれないと、なるちゃんは思った。
「まこちゃんたち、もう着いたかな?」
「さぁ………。元基さんのあの車じゃねぇ………。電車で帰ってきた、あたしたちの方が早いんじゃない?」
 レイは肩をすぼめると、さっさと歩き出してしまった。
「大丈夫かなぁ………」
 車の三人のことを心配しながら、うさぎもレイの後を追おうとする。
「きゃっ!」
 歩き出した瞬間、そこには壁があった。うさぎはモロにその壁にぶつかって、跳ね飛ばされてしまった。地面にしたたかに、お尻を打ちつけた。
「いったぁ………」
 しかめっ面をして、うさぎは顔を上げた。
 人が立っていた。男の人だ。
 びっくりしたような顔をして、こちらを見ている。
 要するに動き出した瞬間に、この男性にぶつかってしまったのだ。
「ご、ごめん………。大丈夫かな?」
 背の高い、かっこいい青年である。もし、この場に美奈子がいたならば、ほぼ百パーセントの確率で、キャーキャー騒いで両目にハートマークを浮かべていたことだろう。ジャニーズ所属のアイドル歌手だと言われても、何の疑いも持たずに信用してしまっただろう。甘いマスクの超二枚目である。
 先を歩いていたレイたちが、うさぎの悲鳴を聞いて振り向いている。
 尻餅を付いているうさぎを視界に捉えたレイは、何を「やってんだか」という風に、眉をしかめ、なるちゃんは、その目をパチクリさせている。海野は相変わらずボーッとしていて、浅沼は敵意むき出しの表情で、青年の顔を睨んでいた。
 うさぎも一瞬、ボーッとなって、その青年の顔を見つめてしまった。
「怪我はしなかったかな?」
 青年は、尻餅を付いたままのうさぎに、手を差し伸べてきた。
 差し伸べられた手をうさぎが掴むと、青年はやさしく助け起こしてくれた。
 側にいるレイたちは、ただ傍観しているだけだった。青年の内から出ている不思議なオーラのために、近寄れないでいたのだ。
 ほたるが心配そうにこちらを見ているのが、ちらりと見えた。
「よごれちゃったね」
 青年は言いながら、うさぎのお尻に付いてしまった汚れをはたいた。お尻を触られているにも関わらず、うさぎはまるで催眠術にでもかかったように、動けないでいた。無言で青年の顔を見つめている。
「きみ、可愛いね。何て名前かな? 俺は、十文字拓也」
「つ、月野うさぎ………」
 十文字と名乗った青年につられて、うさぎも名前を名乗ってしまった。名前など教えるつもりはなかったのに、まるで魅了の呪文にでも掛かってしまったかのように、勝手に口が喋ってしまったのだ。
「うさぎか………。名前も素敵だ。このおだんごの髪型もいいね………」
 十文字はさり気なく、うさぎの髪に触れる。
「きみとは、また逢える気がする。だから、今日はこのまま帰るよ。この次に逢ったときに、改めて口説かせてもらうよ………」
 うさぎの耳元で囁くように言うと、十文字はその場を立ち去っていった。
「うさぎさん、うさぎさん………」
 いつの間にか近づいてきた海野が、ボーッとしたままのうさぎの腕を突っついた。
「へ!?」
 宙を飛んでいたうさぎの意識が、もとに戻った。びっくりしたような目で、海野を見てしまった。
「あのひと、気を付けた方がいいですよ………。何か、危険な感じがします」
 瓶底眼鏡に隠れてしまって、その真の表情は分からないが、海野は真顔で言っていると感じられた。
 うさぎはそんな海野を初めて見たような気がしたから、一瞬言葉を失いかけたが、
「もう………! 何まじめな顔で言ってるのよ! あたしには、まーもちゃんがいるのよ! 他の男にはキョーミないわよ!!」
 と、すぐに気を取り直して、海野の背中をバンバンと叩いた。
 海野も「そうですよね」と、うさぎの言葉に合わせながら、後頭部をボリボリと掻いた。

 ゲームセンター“クラウン”の前で、海野、なるちゃん、浅沼の三人と別れたうさぎたちは、ゲームセンターの中には入らずに、“クラウン”のビルの裏側にある秘密の入り口から、司令室へと入った。
 以前は“クラウン”の中を通ってからでなければ司令室へ行けなかったが、それでは不便なのである。人が多いときには司令室へ降りることができないのだ。そのために、わざわざビルの裏側から入れるような入り口を元基の協力で作ったのだ。
 司令室へ入って、ようやくバスケットから出ることができたルナだったが、いつの間にか、司令室からいなくなっていた。
「………それにしても、うさぎさん。さっき、あの男の人をボーッと見てましたよね。海野さんにはあんなこと言ってましたけど、実はタイプだったんじゃないんですか?」
 司令室に入る前に買っておいた“午後ティー”を一口飲んでから、うさぎの背中にほたるは訊いてきた。
 買い置きをしておいた“サラダ煎餅”をパクリと口にくわえたまま、うさぎは振り返った。
 シャリッという軽やかな音とともに、煎餅を一口食べたあと、うさぎは、
「ぜーんぜん、そんなことないよ!」
 と、食べかけの煎餅を振り上げながら、全面的に否定した。
「あーゆーのは、美奈Pの担当よ!」
「へぇ………。そうなんですか?」
「………ところでさぁ。ほたるちゃんは、どういうタイプが好みなの?」
 さすがにうさぎは、切り返すのが早い。自分の話題はさっさと棚に上げてしまい、反対にほたるに質問を投げかけた。
「えへっ。ないしょ、です」
 ほたるはチロリと舌を出した。
「まさか、レイちゃんみたいに、男ギライってわけじゃないんでしょ!?」
「ええ、まぁ………」
 ほたるは曖昧に答える。
 決して名誉とはいえない例えに自分の名前を使われたレイは、右の眉をピクリと動かしただけだった。うさぎのあからさまな嫌みが聞こえなかったふりをして、“うめ 20”を飲みながらサラダ煎餅を頬張っている。
「そういえば、うちの進悟がほたるちゃんのこと好きみたいよ」
 唐突に、思い出したような口調でうさぎは言った。
「ええ!?」
 ほたるが驚くのも無理はない。女子校であるT・A女学院に通っているほたるは、異性の親しい友達などは皆無なのだ。男性に対して免疫がない。
「ちょっと前までは、亜美さん、亜美さんて言ってたんだけど、ほら、この前ほたるちゃんがうちに遊びにきたじゃない? それからなのよ………。あの、色白の娘の名前と学校を教えてくれって、もう、うるさいのなんのって………!」
「え………。どうしよう………」
 ほたるは僅かに頬をピンク色に染めたが、明らかに困っているような顔をした。その言動から、進悟はほたるの好みのタイプではないのだろうということが伺い知れた。
(う〜む。脈なしね………。残念ね、進悟………)
 うさぎは心の中で呟く。あわよくば仲を取り持って上げようかと考えていたうさぎだったが、脈がないのであれば仕方がない。
「一応、あたしの弟だから、あんまり邪険にはしないでね」
 うさぎがチロリと舌を出して、ほたるに頼み込む。見かねたレイが、ほたるに助け船を出した。百八十度話題を変えるようなことを、言ってきたのだ。もちろん、矛先はうさぎである。
「うさぎィ。他人のことばかり言ってないで、自分の心配をした方がいいんじゃない?」   レイの言葉は、やけに挑戦的だった。意味ありげに、うさぎの目を真っ直ぐに見つめる。レイの神秘的な瞳は、有無を言わさぬ迫力があった。
「え!? どういうことよ………」
「亜美ちゃんに、衛さんのアパートの住所を教えたのは、まずかったんじゃないの?」
 さっきの仕返しとばかりに、レイはわざと意地悪な言い方をした。
「そ、そんなことないよ! あたしは、亜美ちゃんも、まもちゃんも、信じてるモン」
「甘い! 甘すぎるわ、うさぎ………。ようかんにハチミツをかけて食べるぐらいに甘いわよ」
 レイは、ずいっと顔をうさぎに近づけた。もちろん、レイは本気でそんなことを言っているわけではない。ちょっとばかり、うさぎを脅かしてやろうと思っただけなのだ。他人に感化されやすいうさぎは、例えレイが冗談で言ったとてしも、信じてしまうのだ。その神秘的な瞳で真顔で話されたら、うさぎでなくても信じてしまう。
「異国の地でのひとりきりの生活。恋人とは離れ離れ。人恋しくなっているところへ、突然現れる恋人の友人。しかも、その友人が美人とくれば、心が動かないわけがない。禁断の恋と知りつつも、やがては深みに濱ってゆくふたり………。ああ! まもちゃんと亜美ちゃんの運命や如何(いか)に………」
 祖父から小さい頃聞かされたことのある、以前火川神社にもよく来ていたという紙芝居屋よろしく、レイは大袈裟に熱演してみせた。
 ほたるはキョトンとしてしまい、目をパチクリさせているだけである。さしたる恋の経験もないほたるだが、飽きずにタイトルと配役が変わっているだけで、ほとんど内容の変わらないB級の恋愛ドラマにありがちな話だったので、レイの言うことの殆どは理解できる。しかし、現実にはそう簡単にいかない場合がよくある。(上手くいってしまう場合もあることを、ほたるはまだ知らない)だから、レイの話が作り事であるとは分かっていても、自分の横にいるうさぎの反応が、あまりにも極端であったので、どう取り繕ってらいいのか分からなくなってしまい、目をパチクリさせてしまったのである。以前ならこの役は亜美がこなしていたのだが、亜美なきあと(死んでないって。勝手に殺さんでくれ)は、この役は、どうやらほたるに引き継がれたようだ。ほたるは亜美に負けずと劣らず、男性と接した機会が少ない。
 うさぎはと言えば、初めは口をあんぐりと開けてレイの熱弁に耳を傾けていたが、レイの熱弁が終わる頃には瞳をうるうると潤ませ、今にも泣き出しそうになっていた。
 レイは少々言い過ぎたと思い、後悔をしたが、今更取り消しはきかない。
 うさぎは奥の手である、「嘘泣き」の準備をしてしまっている。
「………さあ、そろそろ会議を始めるわよ」
 うさぎが、さあ泣き出してやろうかと息を吸い込んだ瞬間、ルナの声が聞こえてきた。絶妙のタイミングだった。ルナはちゃんと、タイミングを見計らって声をかけたのだ。
 泣き出すタイミングを逸したうさぎは、口をへの字に曲げて、司令室の入り口に顔を向けた。
 ルナのナイスなフォローのおかげで、最悪の事態を免れることができたレイは、心の中で密かにルナに拍手を送った。
 せっかくの逆転のチャンスに、水を差されてしまったうさぎは、ルナに対し抗議の視線を向けた。が、その抗議の視線は、すぐに意外そうな視線へと変わっていた。
 司令室の入り口に、ルナが立っていた。と、いっても、普段のネコのルナではない。いつの間にやら、人間の姿にチェンジしている。
「人間の姿になんて戻っちゃって、何してたの?」
 先程までは司令室にいなかった人の姿のルナに、うさぎは尋ねた。
 レイへの当てつけに、大声で泣き喚いてやろうかと思っていたが、考えが変わった。大声で泣くと、非常に疲れるし、お腹も減る。
「ネコのまんまだと買い物ができないからね………。みんな、お腹空いてるだろうと思ったから、食料を調達してきたのよ」
 人の姿をしたルナは、十番商店街入り口のファーストフードの紙袋を、うさぎに渡した。
「うわぁお!」
 うさぎは飛び上がらんばかりに喜んで、ハンバーガーやポテトが入っているだろう紙袋を受け取った。袋を開けると、美味しそうな臭いが鼻をくすぐる。
「あら、あたし、そこにあったサラダ煎餅食べちゃったわよ」
 レイが言うと、
「え!? ウソ!? あれって、随分前に美奈子ちゃんが買ったやつじゃないの? 賞味期限とっくに切れてたと思ったけど………」
 ルナが“おい、おい”という顔をしながら言ってきた。
「げ………。うそ………」
 驚いたのはレイである。慌てて袋の表示を見る。
 ルナの言ったことは正しかった。「サラダ煎餅」の賞味期限は、一ヶ月ほど前に切れていた。
 お腹はさっきまではなんともなかったのだが、不思議なもので、賞味期限が切れていると知ってしまうと、急激に変化を生じるものである。気のせいか、お腹がゴロゴロと言っている。
 同じサラダ煎餅を数枚食べたはずのうさぎは、紙袋からハンバーガーを取り出して、バクバクと嬉しそうに頬張っている。彼女の鉄の胃袋には、賞味期限切れという攻撃は通用しないらしい。
 レイは改めて、別の意味でのうさぎの恐ろしさを、思い知らされたような気がした。

「………で、ルナ。さっきの空港のセーラー戦士は、本当に知らないの?」
 小食のほたるの分のハンバーガーと、更には食欲のなくなってしまったレイの分のハンバーガーをぺろりとたいらげたうさぎが、話を切りだした。
「あたしは、セーラー戦士のことは詳しいつもりだったんだけど………。全然聞いたことのない戦士なのよね………。少なくともシルバー・ミレニアムの戦士ではないと思うわ」
 ルナはメインコンピュータの前の椅子に、背もたれに寄り掛かるように座り直すと、すらりとした長い足を組んだ。見慣れない風景であるが為に、少々の違和感があるが、誰も敢えて口に出さなかった。
 人間体のルナは、うさぎとほぼ同じくらいの身長だった。見た目は自分たちと同世代のように見えるのだが、年齢的には彼女の方が年上である。うさぎよりほっそりとした体型のルナは、かなり華奢に見え、とても戦士には見えなかった。戦う能力があるとは言っても、元来持ち合わせた冷静な判断力と、豊富な知識を持つルナは、戦闘のサポート役に徹した方が真価を発揮するようだ。
 自分の記憶以外にデータがある可能性も考え、ルナは愛用のマシンのマウスをクリックし、データを検索したが、シルバー・ミレニアムのホスト・コンピュータにも、セーラーサンのことは記録されていなかった。ギャラクシアとの戦いの後、銀河中のセーラー戦士のデータも可能な限りインプットしてあるのだが、セーラーサンなどというセーラー戦士は、どこの星にも存在しなかった。
「ねぇ、ルナ。マゼラン・キャッスルにもセーラー戦士がいたように、他の場所にもセーラー戦士を名乗る戦士がいても、おかしくはないわよね。もっとも、あたしの火の王国の中にはいなかったけど………」
 レイが訊いてきた。ルナは頷く。
「もちろん、セーラーマーズたち四守護神や、外部太陽系三戦士の他にも、各ポイントを守るセーラー戦士はいたわよ。セーラーサターンのように、特殊な戦士もいたしね。マゼラン・キャッスルのセーラーエロスやセーラーヒメロスのように、他のところでセーラー戦士を名乗っていた戦士がいたかもしれないけど、転生までしているというのは、ちょっと考えられないわ。重要な任務を持った戦士は限られていたから、転生を約束されているほどの戦士なら、あたしが知らないというのはおかしいわ」
 ルナはセーラー戦士に関してのことは、よほど自信があるのか、確信を込めた口調で話した。
「スリーライツのように、太陽系外のセーラー戦士ということもありえると思ったんだけど、違うのね………」
 うさぎは言った。
「セーラースーツが、あたしたちシルバー・ミレニアムの戦士と同じだということが、ルナは引っかかっているのね」
 レイはその神秘的な瞳をルナに向けた。ルナは無言で頷いた。
 セーラー戦士の戦闘服であるセーラースーツは、全ての戦士が共通ではない。所属している組織によって、デザインにかなりの差があるのだ。かつて出会ったキンモク星系のスリーライツや、敵として登場したセーラーレテやムネモシュネのように、シルバー・ミレニアム以外のセーラー戦士なら、そのコスチュームのデザインが大幅に違うのである。しかし、セーラーサンと名乗った彼女は、自分たちと同じシルバー・ミレニアムのセーラースーツとよく似たスーツを着ていた。
「ルナ。ひとつ質問してもいい?」
 ほたるが、遠慮がちに訊いてきた。
 ルナは「なにかしら?」と言いながら、ほたるに顔を向けた。ついでというわけでもないが、足を組み直した。
「以前のセーラーサターンを土星に封印していた戦士たちは、どうしたのかしら………」
 初耳だったので、うさぎもレイも驚いたような顔をして、ほたるを見た。
「封印していたって………。セーラーサターンを?」
「そうです。あたしはその能力の特異さゆえ、クイーン・セレニティによって、土星の結界の中に封印されていたんです。ですけど、シルバー・ミレニアムが滅ぼされ封印の力が弱くなったときに、あたしはウラヌスたちに召還され、サイレンス・グレイブを振るったのです」
「そのセーラーサターンを封印していたのも、セーラー戦士だったわ」
 ほたるの話を、ルナが補足する。
「シルバー・ミレニアムのスター・ガーディアンよ。転生している可能性はあるけれど、戦士として覚醒しているとは思えないわ。彼女たちのうち、だれかひとりでも戦士として覚醒していたら、ほたるちゃんのセーラーサターンとしての覚醒はなかったはずだもの………。そういう役割を持った戦士たちだったのよ」
 ルナは、うさぎとレイに視線を戻した。
「でもね、みんな。セーラーサンの正体を突き止めることも大事だけど、それよりももっと重要なことがあるわ」
 ルナはマウスをクリックして、別のデータを呼び出した。
 ディスプレイの画面に、幾つかの新聞の記事が映し出されている。
「空港での事件もそうだけど、今、世界各地でおかしな事件が起こっているわ。実はきのう、アルから連絡を受けててね。パリで、妙なやつらと遭遇したらしいのよ」
「妙なやつら………?」
 レイが身を乗り出して訊いた。うさぎとほたるも、神妙な顔つきになる。
「毛むくじゃらのモンスターなんだって………」
「なんですって!?」
 レイは思わず、声を張り上げてしまった。同時に、重要なことを忘れている自分に気が付いた。陽子のことである。彼女はまだ、火川神社にいるはずだった。早く帰るつもりだったのだが、事件に巻き込まれてしまったおかげで、すっかり忘れていたのである。
「どうしたの? レイちゃん………。そんなに驚いて………。もしかして、何か知っての?」
 うさぎはレイの顔を、怪訝そうに覗き見た。
「うううん。まだ、何とも言えないわ………」
 レイは言葉に困ったように、視線を宙に漂わせる。
「………でも、もしかしたら、あたしの友だちが襲われたやつと同じかもしれない………」
「襲われた!? レイちゃんの友だちが………?」
「ええ。おとといの晩らしいわ。そのときに、セーラー戦士に助けられたって、彼女は言ってた………」
「セーラー戦士に………?」
「ええ……」
「そのセーラー戦士って、空港であたしたちが逢った、セーラーサンのことでしょうか?」
 レイとうさぎの会話に、ほたるが加わってきた。
 レイはかぶりを振る。
「分からないわね………。あたしの友だち─── 美童陽子さんて、いうんだけど、彼女の話では、そのセーラー戦士は、名前を名乗らなかったそうよ。それに、男の人と一緒だったって言ってたわ………」
「男の人………? はるちんと、みっちょんじゃないわよね………」
 うさぎは言いながら、ほたるに視線を送る。ほたるは違うだろうと、首を横に振った。ちなみに、「はるちん」とははるか、「みっちょん」とはみちるのことである。
「レイちゃん。その彼女はどこにいるの?」
 質問したのはルナだ。レイは、ルナに顔を向ける。
「火川神社にいるわ。フォボスとディモスに見てもらっているけど」
「そう………」
 ルナはしばし、考えを巡らす。
「彼女はしばらく、レイちゃんが匿っていた方がいいかもしれないわね。少し様子を見てから、事情を聞いてみましょうか」
 ルナは、話を締めくくるような口調で言った。
「謎のモンスターの出現。そして、謎のセーラー戦士………。あたしたちの知らないところで、何かが動き始めているのかもしれない………」
 ルナは、緊張した面持ちで呟いていた。
 うさぎもレイも、ほたるも、新たなる戦いの予感に、心臓の鼓動が高鳴っているのを感じていた。
 平和だった日々は、終わりを告げようとしていた。