銀色の魔獣
ほたるはT・A女学院の正門を出る少し手前で、邪悪な気配を感じて足を止めた。とてつもなく邪悪な気配だった。嫌な予感がする。
「どうしたの? ほたるちゃん………」
一緒に下校していたクラスメイトの早川まるみが、不思議そうに背後のほたるを振り返った。
その背後のほたるは、後ろを振り返っている。声を掛けられたことに気付いていない。
「ほたるちゃん!」
もう一度、まるみはほたるを呼んでみた。
「え!?」
ほたるがようやく気付いてくれた。
「どうしたの?」
まるみはほたるの顔を覗き込むようにして見た。ほたるの顔は、心なしか強張っていた。
「ごめんね! まるみちゃん。先に帰ってて!!」
ほたるはそのまま、校舎の方に走り出した。
「ほたるちゃん!?」
「教室に忘れ物しちゃったの!」
そう言わざるを得なかった。
まるみを残し、ほたるは学院内部へと戻る。
この邪悪な気配は、学院内で感じられる。学院内で、何かが起こっている。
ほたるは邪悪な気配の出所を求めて、学院内を走った。
並大抵の“気”ではなかった。学院内に、かなりの大物が潜んでいる。
ほたるはまず、レイを捜すことにした。これ程の強大な“気”ならば、レイが感知していないはずがない。
中央昇降口にさしかかったとき、ほたるは礼拝堂にでも向かうのであろう、三人のシスターとすれ違った。
途端に、背筋がゾッとした。肌が泡立つ。
三人のシスターから、全く異質の気配を、ほたるは感じていた。
ほたるが振り返ろうとする、その刹那。
いきなり左肩を掴まれた。
すれ違ったはずのシスターのひとりが、いつの間にか背後に忍び寄っていた。ひどく冷たい手をしている。制服の上から捕まれているのだが、その手の冷たさは伝わってきていた。
ほたるは振り返り、シスターの顔を凝視した。目には精気がない。自分を見ているはずなのだが、焦点が合っていなかった。
悲鳴があがった。
残るふたりのシスターが、下校中の他の学院生に掴み掛かったのだ。必死に逃げようともがいている学院生を、背後から羽交い締めにしている。
尋常ではない。
ほたるの左肩を掴んでいたシスターの表情が一変した。醜悪な表情に様変わりしている。鋭い牙をむき出しにして、ほたるの首筋に咬みつこうとしている。
全身の力を左腕に集中させて、ほたるはシスターの腹に肘打ちした。
「ぐえっ!」と呻いて、シスターは蹲る。
他のふたりのシスターは、羽交い締めにした学院生の首筋に咬み付いていた。
「ヴァンパイア!?」
咄嗟に頭に浮かんだ。決めつけるのはまだ早いが、目の前の光景は、映画で見た美女を襲う吸血鬼そのものの映像だった。
ほたるは素早く校舎の陰に身を隠した。通信機のスイッチを入れる。
「T・A女学院に、敵が現れたわ!!」
一言だけ言った。返事は待たない。
「サターン・クリスタル・パワー! メイク・アーップ!!」
ほたるは変身の呪文( を叫ぶ。)
目の前で、既にふたりの学院生が犠牲になっている。被害を最小限に押さえるためにも、ここは仲間の到着を待っている場合ではない。
「パラライズ・リング!!」
人差し指をくるりと回転させると、その周囲に、土星の輪のような美しい光のリングが形成される。サターンはその光のリングを、ふたりのシスターに向けて、連続して放った。
光のリングはその内側にシスターを捕らえると、煌めく光の粒子を放出する。
シスターたちは僅かに痙攣すると、その場に崩れ落ちた。パラライズ・リングはその名の通り、相手の体を麻痺させる技だった。
「大丈夫!? しっかりして!!」
サターンは学院生のひとりを抱き起こした。首筋に痛々しい、牙の痕がくっきりと残っている。気を失っているだけで、命には別状ないようだった。
サターンは牙の痕に、掌を添えた。掌が淡い光を放つ。ハンド・ヒーリングである。基本的には、タキシード仮面のヒーリング技と同じである。
みるみるうちに、牙の痕が癒されてゆく。
「ガァ!!」
背後から、喉を締め上げられた。変身する前に、肘打ちを浴びせたシスターだった。
迂闊にも、このシスターのことを忘れていたのだ。
「あぁ!!」
喉元を締め付けられたまま、サターンは抱え上げられてしまう。振り解けない。物凄い力だった。
「ガァ………!!」
シスターは醜悪な顔を更に醜く歪ませ、牙を剥き出しにした。狙いはもちろん、サターンの首筋だ。
「シールドしろ!!」
声が響いた。
咄嗟にサターンは自分の体をシールドする。
電撃がきた。
直撃を受けたシスターは、ビクンと身を震わせると、ガックリと倒れた。サターンは特殊フィールドで体を包み込んでいたために、電撃の影響を殆ど受けなかった。
「レイはどうした!?」
サターンのやや前方に、ジュピターがすたりと着地する。その横に、セーラームーンが並んだ。
「分かりません」
サターンはかぶりを振った。
同じ学院内にいるのならば、マーズが真っ先にこの場に駆けつけてくるはずである。なのに、今到着したのは、セーラームーンとジュピターのふたりだけである。さすがに、東京湾天文台にいるはずのプルートは来れないだろうが、マーズがいないというのは腑に落ちない。部活動が終了して間もない時間であるから、まだ学院内にいるはずである。だとすると、彼女の身に何かあったと考える方が妥当であろう。
「何かあったのかもしれない。レイちゃんを捜そう!」
セーラームーンが、ジュピターとサターンのふたりを見て言った。
物凄い力で首を締め上げられているレイは、失神寸前であった。もはや抵抗する力もない。遠退いていく意識を、必死に繋ぎ止めている。そんな芸当ができるのも、レイが並外れた精神力を持っているに他ならない。普通の人間なら、とっくに気を失っている。
「しぶといですね………」
馬鹿丁寧な言葉で呟くと、男は自らの野太い腕に、更に力を込めた。あまり力を入れすぎると、首の骨が折れてしまう可能性があるので、それなりに加減をしている。だが、喉は完全に締め付けられてしまっていた。もう呼吸がまともにできない。
意識が真っ白になった。
刹那。
ドドーン!!
下から突き上げられるような、すさまじい衝撃がきた。
ふと見ると、無惨にも崩壊したシャワールームが下にある。
落下する感覚が、全身を包んだ。
どうやらレイは、衝撃とともに上空に弾き飛ばされたらしい。自分の首を絞めていたと思われる屈強の男が、同じように落下しているのが確認できた。衝撃に驚いて、自分を離してしまったのだろうと推測した。
「レイ!」
声が聞こえた。同時に、落下する感覚が失せた。
空中で、ジュピターが抱き留めてくれたのだ。ジュピターはレイを抱えたまま、地面へと着地する。
そのまわりに、セーラームーンとサターンが走り寄ってきた。
「随分と、派手に助けてくれたのね………」
髪を掻き上げ、弓道部のシャワールームがあったところを顎でしゃくりながら、レイは言ってきた。何もここまですることはないだろう、という意味が含まれている。いくら自分を助けるためとはいえ、学院の施設までこうも無惨に破壊してほしくはない。
「いや、これはあたしたちじゃない………」
ジュピターは首を横に振る。そして、未だ噴煙をあげているシャワールーム跡を、じっと見つめていた。
「うそ! じゃあ、だれが………!?」
「来るわ!!」
レイの言葉は、セーラームーンの叫び声に遮られてしまった。
レイは前方を凝視する。自分の首を絞めていた男が、崩壊したシャワールーム跡にポツリと立っている。その足下の瓦礫に、半ば埋もれるようにして、自分を襲った女の子たちの姿が見えた。
まずは、彼女たちを救出しなければならない。
「彼女たちを助けるわ。援護して!」
セーラーマーズに変身したレイは、仲間の三人のセーラー戦士に言った。
「任せろ!」
言うが早いか、ジュピターはスパークリング・ワイド・プレッシャーを放つ。
男はジャンプして、それを躱した。
ジャンプした男を、狙い済ましたかのように、サターンのサイレンス・グレイブ・サプライズが直撃した。
女の子たちを救出するのは、マーズとセーラームーンだ。瓦礫の中から、女の子たちを助け出す。合計七人。これで、全員のはずだ。
頭上で雷撃が炸裂する。ジュピターの援護射撃だ。
同時にシールドがセーラームーンたちを包み込む。
「さあ、急いで!」
プルートだった。プルートがガーネット・ボールで、セーラームーンたちを包み込んでくれたのだ。東京湾天文台にいたはずなのだが、事件発生を聞き、急遽戻ってきたに違いない。もしくは、偶然に十番街に戻ってきていたのかのどちらかだろう。何にせよ、プルートがいるということは心強い。
学院生たちを救出するのを確認すると、ジュピターとサターンは、とどめとばかりに技の威力を強めた。陽動であったため、さっきまでの攻撃は少々手加減をしていたのだ。
安全な場所に学院生たちを避難させたセーラームーンたちは、再びジュピターとサターンのもとに集まってくる。
醜悪な顔を更に醜く歪めて、屈強の男がジュピターたちを睨んでいた。
「あいつ、物凄いタフだよ………」
半ば呆れたように、ジュピターは言った。一方的に攻撃を受けたにも関わらず、男は殆どダメージを受けていないようだった。
五人のセーラー戦士は、そろって身構えた。
男はにやりと笑うと、天に向かって獣のような遠吠えをあげた。
ズン!
一瞬大気が振動したかと思うと、男の体が唐突に膨れ上がった。一気に五メートルもの巨体になる。更にその肉体は銀色の体毛に被われ、顔は狼に似た獣へと変貌する。熊のようながっしりとした巨体から、身長の倍はあろうかという長い尾が伸びている。妖気は今までとは比べ物にならない程強い。妖気を感じる能力に乏しいセーラームーンでさえ、そのすさまじい妖気を感じることができるくらいだった。
その容貌は、正に魔獣と言う表現が似合っているものだった。
「ゴオオオ!!」
銀色の体毛を持つ魔獣は、天に向かって再び吠えた。
「マーズ( 、やつはどうだ?」)
ジュピターは銀色の魔獣から目を離さずに、叫ぶように訊いた。ジュピターが聞きたいのは、目の前の魔獣が本物の魔獣なのか、それとも人間が姿を変えられて、なおかつ操られているのかということである。戦い方が変わるのである。
「邪気しか感じないわ。余計な心配はしなくていいわ」
マーズはジュピターの横に並んだ。
マーズの言う「余計な心配」というのは、相手が本物の魔獣なので思いきり戦ってかまわないと、暗に告げているものである。相手が人間が姿を変えられているものであるなら、力をセーブして戦わなければならない。殺してしまうわけにはいかないのである。相手の体力を消耗させてから、セーラームーンの幻の銀水晶の力で浄化してやり、元の人間の姿に戻してやる必要がある。力をセーブして戦うというのは、言葉以上に難しい作業だった。技の威力が弱すぎては相手の体力を削ることはできないし、また、自らのピンチを招くことにもなりかねない。逆に強すぎては、命を奪う結果になってしなうことになるかもしれない。しかし、相手が本物の魔獣ならば話は別である。パワーをセーブしないで戦えるということは、ある意味非常に戦いやすいのだ。
「ようし、ならば遠慮なくやらせてもらうよ」
ジュピターが指の関節をボキボキと鳴らす。そうとうストレスが貯まっていたらしい。
「ジュピター( ! 学院の中なんだから、手加減はしてよね」)
これ以上、学院の施設を壊されてはたまらない。シャワールームが壊された段階で、学院側は既に警察に通報しているだろう。これ以上騒ぎを大きくするわけにはいかない。
「分かってるって!」
ジュピターはマーズに対してウインクをする。
「はっ!!」
気合い一閃、ジュピターは宙に身を踊らせた。
銀色の魔獣が顔を上げ、彼女の姿を追った。
「ジュピター・オーク・エボリューション!!」
いきなり上級の必殺技を放った。スーパーセーラージュピターのパワーアップ・アイテムである“オークの葉”を使った、超弩級の雷撃技である。魔獣程度なら、一撃で倒せるはずだ。
「言ってるそばから………」
マーズが嘆いた。手加減をしてくれと頼んだにも関わらず、ジュピターは超弩級の技を放ってしまった。これでは学院が破壊されてしまう。
ジュピターにしてみれば、戦いを長引かせて学院に更なる被害が及ぶことを避けるために、最大級の技を放って短期決戦を目論んだわけだが、当然技を放った本人も、放った直後に後悔をした。放った技が強すぎたのである。が、既に後の祭りでだった。
超弩級の雷撃が、銀色の魔獣に襲いかかった。
直撃した。
銀色の魔獣の咆哮が響く。
「なに!?」
ジュピターは目を見張った。ジュピターのオーク・エボリューションを、銀色の魔獣が、文字どおり食ったのである。
「げぇ〜!? うそォ!?」
少し離れた地点でこの光景を見ていたセーラームーンが、驚きの声をあげた。あまりのことに、声も裏返ってしまった。
「雷撃を食べた!?」
プルートも信じられないといった風に、銀色の魔獣を見つめる。
「マーズ( が!!」)
サターンが指で示した。
空中にいるジュピターが銀色の魔獣の注意を逸らしている隙に、マーズも技を放つ体勢に入ったのだ。
「マーズ・フレイム・スナイパー!!」
炎の矢が空を裂き、一直線に銀色の魔獣に向かって突き進んでいく。
魔獣が炎の矢に気付いた。
そして、咬みついた。炎の矢に。
「な………!」
マーズは絶句し、思わず二‐三歩後退した。
銀色の魔獣は炎の矢に咬みついただけでなく、更に噛み砕いてしまった。
「上等だぁ!」
ジュピターが再びオーク・エボリューションを放った。しかし、銀色の魔獣はその雷撃も飲み込んでしまった。
「グオオオ………!!」
天に向かって大きく吠えた。パワーの集中を感じる。
「………!? いけない!!」
プルートの頭の中で、警報が鳴り響く。
「ジュピター( ! マーズ) ( ! 退) ( がって!!」)
声をかぎりに叫んだが、一瞬遅かった。
銀色の魔獣の体から、強烈な波動が四方に飛ばされた。一瞬の出来事だったので、ジュピターもマーズも避けられない。
直撃を食らった。
少し離れたところにいた三人のセーラー戦士は、サターンの不動城壁( のおかげで、難を逃れることができた。)
波動は断続的に数発放たれた。まわりの木々が薙ぎ倒され、校舎の一部が崩壊した。
銀色の魔獣の足下の弓道場は、完全に破壊されてしまった。
魔獣を中心に半径二百メートルの範囲が、見るも無惨な光景と化した。
「ふたりは!?」
最初の一撃で直撃を受けたはずのふたりが心配だった。これほどの破壊力がある波動である。ふたりの身が心配だ。
セーラームーンは、さながらクレーターのようになってしまった銀色の魔獣の周囲に、ふたりの姿を捜した。
粉塵はだいぶ収まっていた。そのクレーターの周囲には、ふたりの姿はない。
「うそ! どこよ!? マーズ( ! ジュピター) ( !!」)
粉塵が完全に収まっても、ふたりの姿はどこにも見えなかった。遮るものが何もないのだから、そこにいればすぐに分かるはずである。なのに、どこにも見当たらない。
銀色の魔獣が、三人のセーラー戦士を発見した。遮るものがないわけだから、特に身を隠しているわけでもない三人は、魔獣にしてみれば、容易に見つけることができる。
ギロリとした目で三人を睨めつけると、ゴオッと一声吠えた。
ボン!
波動の固まりが、巨大な口から吐き出される。
三人は後方へ飛び退いた。
ズン! ズズズズズッ!!
波動の固まりが地面を削った。
ボン! ボン! ボン!
続けざまに波動の固まりは吐き出される。女学院内を飛び出し、被害は学院外にまで及んだ。
三人も避けるのが精一杯である。なかなか反撃の糸口が見つからない。
「だめ! これ以上退がったら、街にも被害が………!」
サターンが悲鳴にも似た声で叫ぶ。
「プルート( !!」)
叫ぶや否や、セーラームーンが大きくジャンプした。
銀色の魔獣の視線が、セーラームーンひとりに向けられる。セーラームーンが囮になってくれたのだ。魔獣に隙ができた。
「クロノス・タイフーン!!」
時空をも揺るがす波動が、銀色の魔獣に襲いかかる。
「………!?」
しかし、魔獣はその波動をも食った。ペロリとばかりに平らげ、長い舌で口の回りを舐める。
「ゴアァァァ!!」
銀色の魔獣は満足げに吠えた。再びパワーの集中を感じる。先程と同じ波動を周囲に放つつもりのようだ。もう一度放たれたら、今度こそ女学院は崩壊してしまう。
地鳴りが響く。先ほどよりもパワーの集積度は高い。
「はっ!」
プルートは飛び上がった。賭である。魔獣はパワーを集積しているうちは、全くの無防備である。このチャンスを逃す手はない。波動が放たれるのが早いか、プルートの技が早いかの大博打である。
「サンシャイン・フラッーシュ!!」
プルートの飛び上がった、僅か後方で声が響いた。
刹那。
強烈な閃光が、空間を震撼させた。プルートは目を地面の魔獣に向けていたがために、その強烈な光を直視せずにすんだ。が、魔獣は違う。飛び上がったプルートを目で追ったがために、まともにその閃光を見てしまった。
「グアァァァァ………!!」
絶叫が迸った。魔獣は両目を押さえて、その巨体をのたうち回らせる。
「プルート( 、チャンスです!!」)
背後で再び声がした。
その声がだれのものなのか、わざわざ確かめる必要はない。
「冥空封印( !!」)
対象物を異空間に吹き飛ばす、セーラープルートの大業である。時空を操るプルートならではの超必殺技だった。
「ギイャャャャァァァ………!!!!」
断末魔の悲鳴をあげながら、銀色の魔獣は亜空間に飲み込まれていった。
辺りに静寂が戻ってきた。
プルートは後方を振り返った。セーラーサンがにっこりと微笑んでいる。
「ジュピター( とマーズ) ( は?」)
セーラームーンの足下に走り寄ってきたルナが、真っ先に訊いた。
「分からないの………」
セーラムーンには、そう答えることしかできない。戦いが終わったにも関わらず、ジュピターとマーズは一向に姿を見せない。
サターンも凍り付いたように、銀色の魔獣の作ったクレーターを見つめている。
「ふたりがいないのか………!?」
アポロンも表情を堅くしていた。セーラームーンを見上げ、彼女の次の言葉を待っている。
「捜しましょう。どこかにいるはずだわ」
プルートがセーラームーンの傍らに降り立った。その横に、セーラーサンが並んだ。上空でプルートから話を聞いたのだろう。セーラーサンは泣きそうな顔になっている。
「おいおい。随分と派手にやらかしたもんだな………」
背後で野太い声がした。
振り向いてみると、いつぞやの無精髭を生やした自衛隊の隊長が、顰めっ面をして立っていた。
「バケモンはどうした?」
「倒したわ」
隊長の問いかけに、プルートが短く答えた。
「学生は保護してくれました?」
「ああ………。俺の部下たちが、手当をしている。………だが、どうしていつも素っ裸なんだ? 目の毒だぞ………」
「いいわね。呑気で………」
戯けてみせる隊長に対し、プルートは低い声で嫌みを言った。
「!」
だしぬけに、その場にいたセーラー戦士たちが、何かを感じた。
「あそこ!!」
セーラーサンが指で指し示した。
「何だ?」
隊長も身を凝らして、セーラーサンの示す方向を見た。
クレーターの中央だった。いつの間にか、人が立っている。二人だ。しかし、マーズとジュピターではない。
ひとりは白色に輝く美しいタキシードを、上品に身に着けた背の高い男。もうひとりは、その男から一歩退いた位置で腕組みをしている。体にピッタリとフイットしたボディスーツを着ている。顔がよく分からないが、そのボディラインから女性であると推測できる。
「お初にお目にかかる………」
男は静かに言った。
「わたしはブラッディ・クルセイダース 十三人衆が長 イズラエル………」
背後の女性は名乗らなかった。黙ってこちらを見据えているだけだった。太陽光を受けて、何かがキラリと光る。セーラームーンたちの位置からではよく見えないだろうが、その女性は、顔の右半分を黄金の仮面で覆っていた。
セーラー戦士たちはそれぞれ、流れるような動作で身構えた。