目覚めれば神社


 小鳥のさえずりが、耳を打った。
 弾かれたように、美童陽子は上体を起こした。
 見知らぬ場所だった。一見した感じは日本間のようである。二十畳ぐらいの広さはあった。がらんとした室内が、余計にその部屋を広く感じさせた。
 畳の上に敷かれた布団の上に、自分は寝かされていたようだ。部屋の中央である。
 新しく取り替えて間もないのだろう。い草の香りが鼻腔をくすぐる。畳の香りというのは、妙な懐かしさと、そして落ちつきを与えてくれる。何も分からない状態でありながら、慌てることもなく、ゆっくりと自分のいる部屋を観察することができるのも、このい草の香りのお陰かもしれなかった。
 殺風景な部屋だった。自分が寝かされている布団以外は、床の間に白いカサブランカの花が生けられている花瓶と、その奥に富士山を描いた水墨画の蒔絵が飾られている他は、これといって特に目立ったものは見受けられない。襖の竹林の絵は、やや色褪せてはいたが、廊下側の障子は、畳と同様に真新しいものであり、最近張り替えたのだろうということが分かる。柔らかな陽射しが、障子を通して部屋に差し込んでくる。
 陽子はそこで初めて、自分がどういう格好をしているのかが気になった。見える範囲で、自分の姿を観察してみた。夕べまで着ていた制服を身に着けていない。代わりに、白地に青い水玉の柄のパジャマを着ていた。だれかが着替えさせてくれたのだろうが、その相手が分かるまでは、何だか気味が悪かった。
 夕べ助けてくれた、セーラー戦士が着替えさせてくれたのだろうか。それとも、一緒にいた男の人の方だろうか。もし、男の人の方だったら………。そう考えて、陽子は思わず頬を赤らめた。
 そう考えると、ここはあのセーラー戦士か、一緒にいた男の人の家なのだろうか。
 陽子はあれこれと思案する。
「………?」
 何か音が聞こえたような気がして、陽子は息を飲んだ。耳をそばだててみる。
 パタパタという、廊下をスリッパで歩いているような音が、しだいに近づいてくる。
 陽子は身を硬くした。息を潜め、近づいてくる足音を、全神経を集中させて聞く。
 障子にシルエットが写った。髪が非常に長い。ストレートロングのその髪は、彼女の腰まで届いている。何やら、非常にゆったりとした服を着ている。まるで、着物のようである。きのうのセーラー戦士とは、シルエットが異なっている。別人だと思えた。
 四枚ある障子戸の中央で立ち止まると、シルエットは向きを変えた。こちらを向いたようだった。膝を折って、身を低くした。非常に優雅な動作だった。
 おもむろに障子戸が開かれる。障子戸を開けた本人と、視線があった。巫女の姿をした女性だった。着物だと感じたゆったりした服は、巫女の衣装だったのである。
 巫女の姿をした彼女は、目が合った瞬間、少しばかり驚きの表情をみせた。自分と目があったことに驚いているのだろう。まだ寝ていると思っていたのかもしれなかった。
「え!?」
 陽子自身も驚かざるを得なかった。巫女の姿をした女性は、陽子の知っている女性だったのである。クラスメイトだった。
「どうして………!?」
 吐息にも似た、声を漏らす。そう言うのが、やっとだった。自分の置かれている立場が、全く理解できない。
「目が覚めたのね………。よかった………」
 巫女の姿をした女性は、安堵の声を漏らすと、部屋に入ってきた。
「ここは………?」
「あたしの家よ」
 入ってきたときと同じように、ゆっくりと障子を閉めると、巫女の姿をした女性───火野レイは、笑みを浮かべながら答えた。
「まる一日眠っていたのよ」
 レイは陽子のいる布団の横へ歩み寄ると、彼女の横に座した。
「まる一日………」
 レイの言葉を反芻するように、陽子は呟いた。
「まさか、火野さんがセーラー戦士なの………?」
 思いもかけない質問をされ、レイは答えに詰まった。唐突だったので、ひどく慌てた。体温が上昇したのが自分でも分かる。が、すぐに平静さを装い、陽子の表情を観察する。得意の洞察力で、陽子がどういう意図のもとに、自分をセーラー戦士だと言ったのか、その表情から読みとろうとする。
 陽子は真っ直ぐに自分を見てはいるが、緻密な計算のもとに、自分に質問をしたようには見えなかった。彼女の先程の質問は、あくまで質問であって、断定的な意味合いは含まれていなかった。自分がセーラー戦士であるという正体が、知られているわけではないと考えられる。ならば、こちらからも少しばかり質問をしてみる必要はある。
「美童さんは、どうしてそんなことを訊くの?」
「火野さんが、わたしを助けてくれたんじゃないの?」
 逆に質問され、陽子は驚いたような表情をしながら、再度レイに尋ねてきた。
 陽子はとにかく、今自分が置かれている立場を理解したかった。だから、彼女は自分の疑問を全て質問という形で、口に出すしかないのである。そして、その全てを、レイに答えてもらいたかった。
「違うの?」
 陽子は困惑気味に、重ねて訊いた。
「あたしが、美童さんを助けた………?」
 確かに広い意味で言えば、レイは陽子を助けたことになるのだが、陽子の言う「助けた」という意味とは、別のことのような気がした。だから、レイは質問を返すような答え方をしたのだ。
「埠頭で、男の人とふたりで、あたしを助けてくれたんじゃないの………?」
「埠頭で………? どこの………?」
 もちろん、レイには身に覚えのないことである。それに、ただ埠頭と言われても、どこの埠頭だか分からない。
「分からないわ、どこの埠頭だか………。火野さんが助けてくれたんじゃないの………?」
 陽子も自信がなさそうに、レイの顔を見ている。
「………違うわ」
 レイは、はっきりと否定する。
「あたしが美童さんを発見けたのは、この火川神社の境内よ。美童さんは、鳥居のところに倒れていたのよ。朝の掃除をしていたときに、あなたを発見けたの。正確にはあたしじゃなくて、神社に住み込みで働いている熊田優一郎さんて人が発見けたんだけどね」
「そんな………。だって、わたしは………」
 陽子は、とても信じられないという風に、大きくかぶりを振った。
「本当よ」
 レイは続けた。
「びしょ濡れのまま、倒れていたの」
「倒れていた………?」
 どういうことなのか、陽子にはさっぱり分からなかった。埠頭で助けられたはずの自分が、何故火川神社に倒れていたのか。それとも、埠頭での出来事は、自分の見た夢だったのか。自分は初めから、火川神社の境内に倒れていたのだろうか。
「あたしの制服は?」
 気になったので、訊いてみた。確か、自分の制服は、あの邪悪な生き物によって、傷つけられているはずだった。
「汚れていたから、クリーニングに出したの。急ぎでやってもらっているから、もう仕上がってると思うわ。後で取ってきましょうか?」
「き、傷は………。制服に、傷はなかった? どこも破れてなかった?」
「傷………?」
 レイは少し考えてから、首を横に振った。
「そんな大きな傷はなかったように思ったけど………」
 レイは天井を見上げる素振りをして、陽子の制服の状態を思い出そうと努めた。
 レイの記憶では、一目で分かるような傷は、制服にはついてはいなかった。もちろん、破れてなどいない。
「そんなはずは………」
 陽子はオーバーなアクションで、かぶりを振る。自分が体験したあの埠頭での出来事や、そこに至るまでの一連の恐怖の体験は、全てが夢だったのか。だが、夢にしては、あまりにもリアルだった。夢だなどと、思いたくはなかった。
「なにが、あったの………?」
 その陽子の尋常ならざる反応に、「不吉」を感じたレイは、陽子が体験したであろう出来事を、聞いておかなければならないと感じた。例えそれが、平和だった日々に終止符を打たなければならないような出来事だったとしても………。

 気が付くと、陽子は薄暗い部屋の中に、たったひとりで横たえられていた。こんなところで、眠った覚えなど毛頭なかった。自分は確か、五時間めの世界史の時間に気分が悪くなり、薬をもらって、保健室で休んでいたはずだった。なのに、この薄暗い部屋は、どう見ても、T・A女学院の保健室とは違って見える。全く別の場所である。
 薄暗くて、ひどく埃っぽい。
 人の気配はなかった。
 上体を起こしてみて初めて、自分がベッドの上に寝かされていることに気づいた。ベッドといっても、一般家庭にあるフカフカのベッドではない。病院にある、手術用のベッドに似ていた。もちろん、自分が寝ていたはずの保健室のベッドとも違う。背中に感じる感覚は、ひどくゴツゴツしていて、非常に堅かった。ひどく寝心地が悪い。
 こんな堅いベッドに寝ていたためだろうか。体の節々がやけに痛んだ。
 いつの間にか、女学院の制服は脱がされていた。いや、制服だけではない。下着すらも身に着けていなかった。文字どおりの生まれたままの姿で、ベッドに横たえられていたのだ。自分が裸であることに気づいた陽子は、耳まで真っ赤にして、本能的に胸を隠した。首を巡らして、何か身に着けるものを探した。
 ベッドから起きあがり、足を床につけた。ざらりとした感覚が、素足から伝わってくる。埃か、砂なのだろう。
 すぐに見つかった。
 ベッドの横に、無造作に女学院の制服と、下着がほおり投げられていた。
 自分のものだった。
「い、いやぁ!」
 下着を見つけた瞬間、自らの体を抱き締めるようにして、陽子は身を屈めた。自分が今置かれている状態を考えると、恐怖で体を震わさずにはいられなかった。
 レイプ。
 乱雑に投げ捨てられている下着を見た瞬間、陽子の頭に過ぎった忌まわしい単語。自分の知らないところで、身を汚されたという思いが、陽子の体を小刻みに振動させる。
 怖い。
 見ず知らずの男に、自分の体が汚される様を、陽子は想像してしまった。
「誰か、助けて!」
 叫んではみたものの、その声が他人に届くはずもなかった。
 時間にして、二分が過ぎた。現実から逃避したい衝動を必至に振り払い、陽子は顔を上げた。 こんなことをしている場合ではない。
 自分はまだ汚されていない。
 そう思うことで、少しばかり心に余裕を持たせることができた。改めて、周囲に目を向けてみた。
 よく見ると、他にもセーラー服や下着類が床に散乱している。その中には、同じT・A女学院の制服も含まれていた。同じ港区の十番高校の制服や、見知らぬ学校の制服もあった。その全てが女子向きの制服だった。床に落ちている下着類も、全て女性の物だった。
 自分と同じ境遇の女子学生がいるのかと、部屋の中を見回してみたが、部屋のほぼ中央に自分が寝ているベッドがある以外は、他には何も見当たらなかった。この部屋で目を覚ましたときに感じた通り、自分以外はだれもいないようだった。
「誰もいないの………?」
 返事がないと分かってはいても、口に出さずにはいられなかった。重苦しい空気に、胸が締め付けられる思いだった。
 この部屋には自分以外の下着も無造作に置かれている。いや、置かれているのではなく捨てられているのだ。だとすると、他にも犠牲者がいることになる。この部屋にいないということは、別の場所に移されたと考えるべきである。もし仮に、犯人が暴行目的で女の子たちをさらってきたのだとすると、自分のその後の運命はおのずと見えてくる。
 天井に近いところに、四角く切り取られたような空間がある。窓のようにも見えるのだが、光が僅かしか入ってこない。物音ひとつ聞こえてこない。しんと静まり返っている。この感覚は、「夜」のものだった。
 素早く下着を身に着け、制服を着た。靴下と靴は、ベッドの下にあった。似たような靴下と靴が散乱していたが、不思議と自分のは見分けが付いた。履いた感覚も全く違和感がない。間違いなく自分の物だ。
 暗がりに、だいぶ目が慣れてきた。
 もう一度、部屋を見回してみる。乱雑に散りばめられている下着類の他は、部屋の中には何もなかった。改めて部屋を見渡してみても、やはり人の姿は見受けられなかった。
 ドアを探そうと、足を一歩踏み出したとき、何かを蹴飛ばした。腰を落として、自分が今蹴飛ばしたものを探す。生徒手帳だった。T・A女学院のものだ。開いてみた。クラスメイトの名前があった。そういえば、彼女は五日くらい前から、登校してきていない。自分と同じ目に遭っていたのだとすると、この建物のの中にいるかもしれなかった。
 ドアを見つけた。ノブに手を掛けてみる。開かない。鍵が掛かっているのだろう。地下室の牢獄を連想させる、頑丈な鉄の扉だった。陽子が体当たりしたくらいでは、びくともしないだろう。
 仕方なく、中央のベッドのところまで戻ってきた。このまま、じっとしているわけにはいかない。ここを逃げ出す手だてを、考えなくてはならない。
 四角く切り取られた、窓のようなところを見上げてみた。ドアが開かない以上、脱出するならば、もうそこしかないように思えた。
 しかし、あの窓は、天井に近いせいもあって、かなり高い。窓の下に立ってみると、いっそう高く感じられた。自分の身長の、倍の高さの位置にある。
 スポーツは得意の方だったが、いくらなんでも、自分の身長の倍の高さを垂直飛びできるほどの跳躍力はない。
 何か台にするものがいる。といっても、この部屋には、台になりそうなものといえば、自分が寝ていたベッドぐらいしかない。
 ためしにベッドを押してみた。ギィッという擦れる音とともに、ベッドは僅かに動いた。それほど力を入れなくても、何とか動かせそうだった。
 しばし格闘の末、陽子はベッドを窓の下まで移動させることに成功した。
 ベッドの上に乗り、窓を見上げる。手を伸ばせば届きそうだ。手術用のベッドのためか、背が高いということも幸いした。
 背伸びをして、窓枠に指を掛ける。ザラリとした感覚が、指に伝わってくる。僅かに砂が降ってくる。幸い目に入ることはなかった。
 懸垂の要領で、身体を引き上げる。窓枠に、肘を乗せた。
 曇りガラスの小さな窓だった。鍵が掛かっていない。開きさえすれば、ここから出られるだけの大きさはあった。
 ゆっくりと開けてみた。レールに砂でも詰まっているのか、開けるのにひどく苦労をした。足が宙に浮いたままなので、上手く力が入らないせいもあった。陽子は今、窓枠に乗せている右腕一本で、自分の四十キロ程の体重を支えていた。
 予想通り、窓の外には鉄格子があった。かなり古いものらしく、全体が錆びついていた。地面が目の高さにある。どうやら地下室に閉じこめられていたようだった。
 陽子は鉄格子を見て、うんざりしたように溜息をついた。やはり、そう簡単には脱出できそうにない。しかし、絶望はしていない。地面は目の高さにあるのだ。鉄格子さえ何とかすれば、ここから外に出られる。
 “駄目もと”で、鉄格子をおもいっきり叩いた。鈍い音をたてて、鉄格子は外側にはずれた。鉄格子が古かったことが幸いした。劣化がひどいために、簡単に壊すことができたのだ。自分の悪運の強さに、自然と顔が緩んだ。
 左腕を窓の外に出すと、窓枠に乗せている右腕に力を込め、身体を引き上げた。頭を窓に突っ込む。今度は左腕に力を入れる番だった。上半身が外に出た。あとは楽だった。二本の腕を使って、下半身を引き上げた。彼女のボディがスリムだったことも幸いした。ここまでは、全てが順調だった。
 地面に仰向けになって、しばし休憩をする。
 薄い雲に、まん丸い月が見え隠れしている。遠くで犬が鳴いていた。
 腕がだるい。しかし、これ以上休んでいるわけにはいかなかった。
 立ち上がった。
 立ち上がると同時だった。
 生物の気配を感じた。邪悪な気配だった。
 背筋がゾッとした。肌が泡立つ。
 見つかった?
「ギィ………」
 低い、(かす)れたような鳴き声が聞こえた。何の鳴き声かは分からない。聞いたことのない鳴き声だった。
 その鳴き声は、ひとつではなかった。鳴き声を発するものは、何体もいる。
 陽子のまわりに、殺気が充満した。
 殺される!
 直感だった。
 このまま、ここに止まっていてはいけない。
 一目散に走った。背後を振り向いている余裕などなかった。
 どこをどう走ったのか覚えていない。
 気が付くと、通りに出ていた。
 タクシーが見えたので、手を上げた。しかし、客を乗せていたがために、タクシーは止まってはくれなかった。
 落胆していると、背後で邪悪な気配を感じた。
 やつらが追ってきている。
 陽子は更に走った。闇雲に走った。
 闇雲に走りすぎてしまった。
 逃げる方向が、間違っていたのだ。
 埠頭に出てしまった。
 逃げ道を無くしてしまった。

「………そう。じゃあ、美童さんは、そのときにセーラー戦士に助けられたって言うのね………」
 陽子の話を聞き終えたレイは、その神秘的な瞳を、一瞬だけ床の間の白いカサブランカに向けた。
「ええ。セーラー戦士と男の人がひとり………」
「セーラー戦士と、男の人………!?」
 レイは考えを巡らした。騎士(ナイト)の姿にもチェンジできるはるかと、みちるのセーラーネプチューンのコンビならありえないことではないのだが、ふたりが日本に戻ってきているという話は聞いていない。はるかは今、モナコにて女性初のプロレーサーとしてレースの真っ最中、そしてみちるはウィーンにてバイオリンの講演の最中のはずだった。戻ってこれるはずがない。よしんば日本に戻ってきているのならば、連絡があるはずである。それに、今ははるかは全くと言っていいほど、騎士(ナイト)の姿には変身しない。する必要がないからである。はるかがウラヌスナイトで戦う理由は、どこにもないはずであった。
「そのセーラー戦士は、名乗らなかった?」
「ええ………。ただ、変なことを言っていたわ」
「変なこと?」
「あたしがセーラー戦士かって訊いたら、『あなたがそう思いたいなら、あたしはセーラー戦士を名乗ってもいい』って………。そして、『名前はない』って」
「………そう」
 レイは顎に手を当てた。もしかすると、その戦士はセーラー戦士ではないのかもしれない。そんな考えが浮かんだ。それとも、新たなるセーラー戦士が覚醒したのか? 他の太陽系にある国々と比べ、極めてセーラー戦士の多かったシルバー・ミレニアムになら、自分の知らないセーラー戦士が、まだいても不思議はなかった。
「あたし、やっぱり夢でも見てたのかな………」
 陽子は俯いて、自分の膝の上にある、手の甲を見つめた。
 レイには、陽子が嘘をついているようには思えなかった。その全てが事実だと思えてならない。それはレイの勘でしかないのだが、レイは自分の勘に対して、絶対的な自信を持っていた。
 陽子の関わった事件は、自分の身の回りで起こっている、友人の謎の失踪と何かしら関係があると思えてならなかった。
「とりあえず、お家に連絡しておいた方がいいんじゃないかしら。ご両親が心配なさっていると思うの」
 レイは思考を、陽子のことに戻した。とにかく今は、陽子の身の振り方を考えなければならない。
「………いいの、どうせ家にはだれもいないから………」
 陽子は表情を暗くし、か細い声でそう答えた。
 レイはこのとき、陽子の家庭の中を、少しばかり覗いてしまったように思えた。