攻撃は容赦なかった。
 次々と放たれるエネルギー弾を、せつなと大道寺は(かわ)すのがやっとだった。反撃ばかりか、変身するタイミングも掴めない。
「くそっ! 二体二だってのに!!」
 敵の数を把握した大道寺は、舌打ちしながら毒づいた。敵は連携して攻撃してきているわけではなかった。ふたりが個々の意志で、無作為にエネルギー弾を放ってくる。それだけに、ふたりの意図が全く分からなかったし、相手の次の行動を予測することも困難だった。ある程度連携してくれていた方が、対応策は考えやすいのだ。カリュアとシニスが、お互いに連携することを考えていないこの状況は、彼女たちが意識してそうしたわけではないのだが、彼女たちにとっては有利に働いた。
「とにかく、この場を早く切り抜けないと、王城から兵隊さんたちがどっと押し寄せてくるわよ!」
「分かってるけどさぁ!」
 どうにかできるものなら、とっくに手を打っている。
「仕方ないわ。飛び降りるわよ!」
「と、飛び降りる!?」
 せつなは丘の先端を示していた。下は密林だ。身を隠す物が何もないここよりは、幾分有利になるかもしれないが、ジェダイト(ぜんせ)の記憶だと、確か下までは十数メートルの距離がある。飛び降りるのはいいが、自分たちも無事ではすまない。
「他に方法はないわ!」
「マジかよぉ〜」
 願わくば夢であって欲しいと、大道寺は思った。
「あたしを抱いて飛んで!」
「だ、抱くぅ!?」
 大道寺は生唾をゴクリと飲み込んだ。目が尋常でない輝きを放っている。
「バ、馬鹿! なに変な想像してんのよ!」
「だ、だって抱くって……」
「抱えて飛んでくれればいいのよ! 全く、妙なトコ純情なんだから……」

「なに!? 馬鹿か、あいつら!?」
 丘の先端から身を投げた大道寺とせつなを見て、カリュアは驚き呆れた。
「あたしたちに敵わないと分かって、仲良く身投げしたか?」
 シニスは怪訝そうに眉根を寄せた。
 ふたりは攻撃を中止し、丘の先端に向かった。下を見下ろす。目の眩む高さと言うほどではないが、生身の状態で飛び降りて、無傷であるとは考えづらい。
 目をこらして丘の下の林を探ったが、ふたりの姿を見付けることができなかった。
「逃がしたか?」
「かもね、シニス」
 ふたりは忌々しげに舌を打つ。
「こっちも退散しよう」
 王城のある方向を示して、シニスは言った。カリュアは目を向ける。騎士団がこの丘を目指して行軍してくるのが見える。確かに、これだけ派手に振る舞ったのだから、王城が気付かないわけがない。領土内で戦闘行為を行っている者の正体を探るためか、それとも戦闘そのものを鎮圧するためなのか、一個師団が差し向けられたらしい。さすがに、ふたりだけで対応できる数ではない。
「派手にやりすぎたかしらね」
 カリュアはそう言ったが、反省をしている様子はなかった。

 出来るだけクリスタル・パレスから離れなくてはならない。
 レイはイーダとラクジットの攻撃をかいくぐりながら、反撃の糸口を探す。変身して戦うのは簡単だが、シルバー・ミレニアムでセーラーマーズとして戦うことは避けるべきだ。プリンセス・セレニティの守護者である四守護神が、パレスの外で起こっている事件に対して関与することは、まずないと言っていい。セレニティがパレスの外に出ていれば話は別だが、パレス内にいるとなれば彼女たちの出番はない。四守護神は、セレニティだけを守ることを目的に結成されたチームだからだ。パレスの外で起こっている事件に対しては、シルバー・ミレニアムの(しか)るべき組織が対処することになっている。
「いけない……。このままだと、彼女たち(・・・・)が来てしまう!」
 シルバー・ミレニアム内での戦闘行為は禁忌(タブー)だった。それを犯す者は、何者であろうと罰せされる。
「そこの者ども! 禁忌(タブー)を犯す者として、我らが消去する」
 その鋭く突き刺さるような声を耳にした瞬間、レイは息を飲んだ。ついに、彼女たち(・・・・)が来てしまったのだ。クイーン・セレニティの命により、シルバー・ミレニアムで発生する全ての事柄に対しての汚れ役を(ひとえ)に担い、その存在そのものを伏せられているコードネームすら与えられていない「名無しのセーラーチーム」が。
「何者だ、あの連中……」
「見たところセーラー戦士のようだけど、四守護神ではないわね」
 レイを攻撃する手を休め、イーダもラクジットも突然出現したセーラー戦士たちに注目した。
 この場に現れた「名無しのセーラーチーム」のメンバーは四人だった。そのチーム全体が、何人のセーラー戦士で構成されているのかは、前世のマーズは正確には把握していない。そういうチームが影ながら存在するから、くれぐれも(いさか)いを起こさないようにと、クイーン・セレニティから非公式に聞かされていた程度の認識なのである。ひとたびシルバー・ミレニアム内で禁忌(タブー)を犯せば、クイーン・セレニティ以外の者全てを消去できる権限を持っている戦士たちの集団なのである。それは、四守護神とて例外ではない。プリンセス・セレニティも(しか)り。だからこそ、四守護神はプリンセスをパレスの外に出したくなかったのである。クリスタル・パレスの中では、彼女たちは権限を発動できないからだ。
「嫌な感じね。退散しよう、ラクジット」
 イーダは「名無しのセーラーチーム」の実力を、本能的に察知したようだ。
「確かに、得体の知れない四人のセーラー戦士を相手に戦うのもね……。ここは、あなたの意見を聞き入れることにするわ」
 ラクジットは同意し、イーダと共に素早くこの場から立ち去っていった。
 取り残されたレイは、四人の「名無しのセーラー戦士」たちに周囲を囲まれる。逃げ場はない。
「シルバー・ミレニアムの秩序を乱す者は、我々が消去する」
 四人の中のひとりが鋭く言った。「名無しのセーラーチーム」のコスチュームは、自分たちの初期のコスチュームに基本形は似ていたが、細部が異なっていた。スカートは白とカラーの縦縞で、この場にいる四人はそれぞれ赤、青、緑、黄色で区別することができた。襟はスカートのカラーと同色で、細かな模様が施された太い白のラインが一本入っていた。胸と腰のリボンは四人とも同じ黒一色。自分たちのリボンと比べると、かなり細い印象を受けた。胸のリボンは逆三角形のオーブで止められ、オーブの色はそれぞれのカラーと同一だった。
 レイに声を投じたのは、イエローのラインの入ったセーラーコスチュームの戦士だ。同じ色の瞳が、どこか不気味だった。
「ま、待って、あたしは……!」
「何人であろうと容赦できない」
 イエローラインのセーラー戦士が、威圧的に言い放ってきた。四人の中では、どうやら彼女がリーダー格らしい。
「お願い、あたしの話を……」
「聞く耳は持たない。何人たりとも容赦をしないと言ったはずだ。未来のセーラーマーズよ」
「なっ……!?」
 レイは息を飲んだ。彼女たちは、自分がどこから来た何者であるのかを知っている。知る術を持っているということだ。レイは背筋が寒くなるのを感じた。
「何の目的でこの時代を訪れたのかは知らぬ。しかし、お前もセーラーマーズなら、シルバー・ミレニアム内で戦闘行為を行うとどうなるか、分かっていよう? そして、そのために我々が存在することも知っているはずだ。抵抗するのはかまわないが、お前程度の力では、我らには掠り傷ひとつ負わすことはできぬぞ」
「くっ……」
 何を言っても無駄だと思った。当時の能力に比べれば、現在のセーラーマーズ(じぶん)の能力は数倍に跳ね上がっているはずだ。彼女が言うように、掠り傷ひとつ負わせられないという一方的な展開になるとは思わない。とは言え、相手は四人いるのだ。能力が互角だとしても、数的不利は否めない。
「悪あがきをしてみるか?」
 イエローラインのセーラー戦士は、面白そうに笑った。レイの表情から、戦闘を決意したことを読み取ったらしい。
「悪あがきかどうか、試してみましょうか。あたしがこの時代のセーラーマーズと同じだと思っていたら、大間違いよ。マーズ・クリスタル……」
 レイが変身を試みようとすると、
「お待ちなさい」
 聞き覚えのある声が聞こえた。長いロッドを手にした長髪のセーラー戦士が、悠々とした足取りで歩み寄ってくる。セーラープルートだ。
「その者は時の禁忌(タブー)を犯した者。よって、わたくしの管轄です。消去はこのセーラープルートの任務です。それに、この者自身は戦闘行為を行っておりません。あなた方の管轄外だと思いますが?」
「セーラープルートか……。確かにそうね。あなたが消去すると言うのなら、この者はあなたに引き渡そう」
 イエローラインのセーラー戦士は、意外にもすんなりとプルートの意見を受け入れた。好きにするがいいと、付け加えた。
「この場での消去は戦闘行為に繋がります。わたくしの空間に連行しますが、よろしいですね?」
「セーラープルートも我らを恐れるか……。どうぞ、ご自由に」
「……では」
 セーラープルートは無抵抗のレイをガーネットボールに封じると、何処かへと転移していった。
「よかったの? ニッカル」
 スカートにブルーのラインが入ったセーラー戦士が尋ねてきた。ニッカルと呼ばれたイエローラインのセーラー戦士は、プルートが消えた空間を眺めていたが、その声を受けて振り向いた。
「かまわない」
 何か言いたげではあったが、彼女はそれ以上は何も語らなかった。

 連れて来られた場所は、意外なところだった。
 青い空が美しく、爽やかな微風が頬を撫でる。
 てっきり時空の扉の前に連行されるものだと思っていたレイは、思わず面食らってしまった。
 セーラープルートが静かに振り向いて、レイにウインクしてきた。レイはそれで全てを悟った。
「せつなさんだったんですか……」
「間一髪だったわね」
 プルートはせつなの姿に戻ると、柔らかに笑んだ。
「寿命が縮まりましたよ、ホントに」
 やっと安心できたレイは、大きく息を吐き出した。
「ま、俺たちは俺たちで危なかったんだけどな」
 大道寺の声が下の方から聞こえた。視線を落とすと、草の上に寝ころんでいた大道寺が上半身を起こしたところだった。
「ご馳走様でした」
 大道寺が両手を合わせて甲斐甲斐しく合掌をしたので、何が「ご馳走様」だったのか、レイは瞬時に理解した。無言のまま大道寺の顔面に蹴りを入れると、
「わざとじゃないのに……」
 嘆きながら泡を吹いて気を失う彼を無視して、何事もなかったかのようにせつなに顔を戻した。
「せつなさんの方にも敵が?」
「完全な待ち伏せね。あたしたちの行動は読まれていたってことになるかしらね」
「敵を侮っていると、痛い目に遭うということですね」
 大道寺だけがヒクヒクと虚しく痙攣している横で、レイとせつなは深刻な表情で肯き合う。
「もう少し情報を取りたいところだけど、これ以上この時代に留まるのは危険ね。残念だけど、二十世紀(あたしたちのじだい)に帰りましょう」
コレ(・・)は、どうしますか?」
 レイは大道寺を指差した。
「ここに捨てて行きたいところだけど、粗大ゴミをむやみに遺棄するのは環境に良くないわね」
「持って帰って、焼却処分(・・・・)してもいいですか?」
「ま、仕方ないわね」
 せつなは諦めた表情で肩を(すく)めた。レイのスカートの中を覗いた代償は、かなり大きいものになりそうだ。

「ママは、誤魔化せたかな?」
 ベッドに横たわったまま、もなかはポツリと言った。もなかは母親の若葉に心配を掛けたくないと、辛い体に鞭打って、元気そうにコンビニのビニール袋をぶら下げて帰宅したのだった。
 今日はもう遅いから、操を部屋に泊めると言うと、遅くまで遊んでいないで早く寝なさいよと言う若葉の声を背中に聞きながら、自分の部屋へとやっとの思いで辿り着いた。
「うさお姉たちも、おんなじ苦労をしたんだよね、きっと」
「うさぎさんや、美奈子さん、レイさんは、常に家族と一緒だからね」
 ほたるは答えながら、ハンドヒーリングでもなかを治療する。ゲームのように、まるで何事もなかったかのように治療できる治癒の魔法があればいいのにと、ほたるは思った。
「少し眠りなよ」
「うん」
 そう答えた直後から、イビキが聞こえ始めた。
「おい、ソッコウかよ」
 操が突っ込むと、ほたるは耐えきれずに笑い出した。
「じゃあ、あたしは司令室に帰るね」
「あたしは、コイツの面倒を見てるよ」
 操の言葉に肯き返すと、ほたるはもなかの家を後にした。

「ご苦労だった」
 二十世紀に戻ってきたせつなたち三人を、アルテミス、なびき、新月の三人が出迎えた。
「なんか、こいつ、やつれてない?」
 新月が大道寺を指差した。元気そうなレイとせつなとは対照的に、大道寺だけはグッタリとしている。まるで、地獄でも見てきたような顔をしている。
「気にしないでいいわ。すぐに元に戻るから」
 せつなは新月にそう答えながら、「ね?」と大道寺に振ると、大道寺はこけし(・・・)のように首を上下させた。
「?」
 何だかよく分からないが、大丈夫らしいので、新月はそれ以上詮索するのは止めた。訊いてはいけないことだったらしい。
「まことは?」
 司令室にまことの姿がないのでレイが尋ねると、
「自宅にいるうさぎを、影ながらガードしている」
 気を取り直して、新月が答えてきた。確かに、それが賢明だと感じた。うさぎを自宅に戻したのは、どうやらなびきの判断らしい。まことが付き添っていき、そのままガードしているということだった。
「もなかの方はどう?」
「ほたるが様子を見に行っている。そろそろ戻ってくる頃だと思う」
 そう新月が言い終えたタイミングで、ほたるが司令室に戻ってきた。ほたるの表情は、思いの外明るかった。もなかの容態が、思っていた以上に回復傾向にあるかららしい。操の努力の(たまもの)だと言うことだった。
「とは言え、あのふたりは戦力に数えるわけにはいかないな。アルテミス、美奈子の方はどうなんだ? 連絡は取れたのか?」
「応答無し」
 なびきが目を向けると、アルテミスは困り切った様子で嘆息した。旅行中の美奈子と連絡を取ろうとしているのだが、通信機で呼び出しても返答がないと言うのだ。
「既に敵の襲撃を受けている可能性はないの?」
 ほたるは心配そうだが、それはない思うと、レイが否定した。
「大方、旅行鞄の中に入れっぱなしなんでしょ。美奈よ?」
「う……」
 あり得るかも知れないと、ほたるは思った。

 正にその通りだった。
 美奈子は通信機を旅行用のバッグにしまい込んだまま、旅館の露天風呂でくつろいでいた。岩の壁を隔てた向こう側には、清宮がいる。
「タッくぅ〜ん。あたしと一緒に入れなかったからって、ゾノっちに変な気を起こしちゃダメよぉ」
 イヒヒヒと、下品な笑いを被せながら、美奈子は声を投じた。
「生憎とゾノは入っていない。こっちは俺ひとりで広々と使わせてもらっている」
「なぁんだ、つまんなぁい」
 何を期待しているのか全く理解に苦しむが、美奈子はとてもつまらなそうだ。
「ところで、ゾノっちは?」
「さぁ……。知らん」
 脱衣場までは一緒に来た気もするのだが、その後美園の姿を見掛けない。
「ここにいるけど」
 美奈子のすぐ後ろで声がした。
「え!?」
 恐る恐る美奈子が振り向くと、長い髪を結い上げお姉様風にしな(・・)を作りながら首筋に湯を掛けている美人がいた。とても色っぽい。
「ゾノっち……。なんで女湯にいるのよ?」
 頬をヒクヒクさせる美奈子を前に、美園は、
「だって、向こうじゃ恥ずかしいし」
 頬を赤らめながら、さらりと答えた。美奈子はその場で固まるしかなかった。