その日の夜も更けた頃に、なびきは主立(おもだ)った仲間を火川神社に集めた。
 選抜されたメンバーは、レイ、まこと、新月、大道寺、そしてほたるとせつなだ。これになびきを加えた七人が、火川神社の境内に集まっている。
「もなかと操に声を掛けなかったのは正解ね」
 集まった面子を見て、新月は満足そうに言った。
「あいつらがいると、話がなかなか先に進まないからな。後で怒られそうだが、声は掛けなかった。話の腰を折られて漫才されるよりも、後で怒られる方がマシだ」
 なびきが小さく肩を(すく)めると、目の合ったレイが苦笑いを返してきた。
「それにしても……」
 大道寺が一同を見回す。
「雑談をするには、エライ面子だな」
「確かに」
 新月が同意した。
「清宮と美園がいないのは分かるが、どうして三条院もいないんだ?」
 四人の親衛隊の中で、自分ひとりだけしか呼ばれなかったことに、大道寺は怪訝そうに表情を歪めた。清宮と美園のふたりは、日本に遊びに来ている美奈子とともに中伊豆に遊びに行ってしまっているはずだから呼ばれないのは当然だとしても、三条院は東京にいるはずだ。
「あたしが三条院家に電話をすると、いろいろと面倒なんだよっ」
「ああ、なるほど……。確かにね」
 大道寺は肯いた。なびきが三条院家に電話をしないのには、もちろん理由がある。一ヶ月ほど前の話だが、ふたりはお見合いをさせられているのだ。その辺のいきさつと、その結果がどうなったのかは別の話なので、ここでは触れないでおく。
「別にいいじゃん。結婚しちゃえば?」
 まことが茶化す。
なびき(・・・)はそれでいいかもしれないが、あたしはギャラクシアだ! 甲斐甲斐しく主婦などできるか!」
 何とも説得力のある、なびきのひと言だった。確かに、そんな姿は想像が出来ない。それでも無理矢理に想像してしまったらしいほたるが、せつなの背後に隠れて声を押し殺して笑っている。
「そこぉ! 笑ってんじゃない!」
「はいっっっ!! ゴメンなさ……ぷっ」
「だから、想像をするんじゃない!!」
騒々(・・)しいな……」
 思い切り和やかな雰囲気の場だったが、遅れてやって来たアルテミスの寒いひと言によって、一瞬にして空気が引き締まった。
「え? なに?」
 七人の冷たい視線をひとりで浴びることになったアルテミスだが、理由が全く分からなかった。

 ベッドの上で俯せになって漫画を読んでいたうさぎの目の前に、窓から入ってきたらしいルナが現れた。
 月野家の夕食を作ったあと、ネコの姿になったルナは、アルテミスの顔を見てくると言って司令室に向かった。今晩は帰ってこないだろうと思っていたうさぎだったが、予想に反して早いご帰還となった。
「どうしたの? アルテミスと喧嘩でもしたの?」
 漫画から目を離さずに、うさぎは尋ねた。ルナがこんなにも早く帰ってくる理由は、それ以外に考えられなかったからだ。
「あの馬鹿、司令室にいないのよ……」
「遊びに行ってんじゃないの?」
「こんな時間に?」
 ルナにそう言われ、うさぎはそこで初めて漫画から目を離して、枕元の目覚まし時計に目を向けた。そろそろ二十二時になろうかという時間だった。なるほど、どこかに遊びに行くにしては遅すぎる時間だ。
「“ボス”は何て言ってるの?」
「あ……。聞いてくるの忘れた……。そう言えば、何か言いたそうだった」
 ルナは「あはは」と笑った。アルテミスが大人しく司令室に留まっていなかったことに激怒して、我を忘れてしまったらしい。“ボス”もいい迷惑だったかもしれない。
「も一回行ってくれば?」
「いいわよ、もう明日で。疲れちゃったから」
 ルナはそう言うと、ベッドの上で丸くなってしまった。付き合いも長くなると、慌てて会わなくてもよくなってしまうものらしい。
「会わないでいると気持ちが離れて行っちゃうのかしらねぇ……って、他人事じゃないじゃん!!」
 自分も衛とは、現在は長距離恋愛中だった。

「どうしたの? こんな時間に」
 もなかは突然訪ねてきた操に、思わず面食らってしまった。もう間もなく二十三時に差し掛かろうかという時間だった。まだ寝るつもりはなかったが、そろそろシャワーでも浴びようかと用意をしていたところに、呼び鈴が鳴った。
 操が自分の自宅を訪ねてくることも希だったが、それにしてもこんな時間に来たことの方が疑問だった。合理主義の操が、何の理由もなくこんな夜更けに訪ねてくるはずがない。しかも、自分でなければならない理由があるのかと考えると、益々謎が深まる。
「で、一体全体何しに来たんだコイツ。って顔しないでくれる? あからさまに」
「嘘がつけないタチなんで……」
 愛想笑いをしながら、もなかは後頭部を掻いた。
「ちょっと、いいかしら?」
 家の奥を気にしながら、操は言ってきた。どうやら、家族に聞かれては困る話をしに来たらしい。玄関先では話せないと、暗に告げている。
「ママぁ。ちょっとコンビニに行ってくる」
 もなかはリビングにいるはずの母親の若葉に声を投じると、「気を付けていくのよ」という返事を背中に受けながら、玄関のドアを閉じた。
 コンビニに行くと言ってしまったからには、家の前で話をするわけにもいかない。ふたりは連れ立って商店街の方に歩を進めた。
「で、何の用?」
 歩きながら、もなかは肩を並べている操に訊いた。
「どうやら、あたしたち仲間外れになってるみたいよ」
 固い声で、操は答えてきた。もなかは首を傾げる。誰に、何のことで仲間外れにされているのか、皆目見当も付かない。
「仲間外れ? 何の?」
「事件が起こってるみたい」
「事件? 何の?」
「あたしたちの力が必要な事件よ」
「あたしたちの力? どんな?」
「アンタに話を持ち掛けた、あたしが愚かだったみたい……」
「なんか、馬鹿にされてるような気がする」
「どうしてそういうところはすぐに気付くわけ!?」
 ふたりは顔を見合わせる。間が持たなくなって、ふたりは取り敢えずにっこりと笑い合う。
「で、何の用で来たんだっけ?」
「いっぺん、殺したろか……」
 操は拳をプルプルと震わせた。その表情が更に険しくなる。
「そんなに怒んなくたっていいじゃん」
「迂闊に出歩くべきじゃなかったかも……」
「へ?」
「囲まれた」
「何に?」
「アンタねぇ……。こんだけの殺気、気付かない方がどうかしてるわよ!」
「いつから感じてたの?」
さっき(・・・)から……って」
 ゴン!
 操のパンチが飛ぶ。
「あたしにくだらないダジャレを言わせるために、わざわざ聞き返したわけね? ええ、そうね。そうなのね?」
「わ、分かっちゃった?」
 鼻を押さえながら、もなかは乾いた笑いを発した。操と目が合った。
「それっ!!」
 ふたりは申し合わせたように、同時に走り出した。どうやら今の漫才は、走り出すタイミングを図るものだったらしい。何だかんだ言っても、なかなか良いコンビである。

 ふたりが目指したのは網代公園である。
 戦いは避けられそうになかったから、とにかく広い場所に移動する必要があった。住宅地の真ん中で戦闘をするわけにはいかない。単純に広さという面では、加えて身を隠す場所も多い有栖川公園の方が都合が良かったが、ふたりがいた場所からは距離があった。
 網代公園は身を隠す場所が少ないが、それは相手とて同じことだ。それに、どちらへ向かったとしても操は全力では戦えない。圧倒的なパワーと破壊力がある操の攻撃系の技は、住宅地で使うには危険すぎる。
「どこまで逃げる気かしら? 仔猫ちゃんたち」
 網代公園に足を踏み入れると、前方にふたつの黒い影が立ちはだかっていた。どうやら、先回りされていたらしい。
 背後にも気配を感じた。二種類の気配だ。こちらは律儀に自分たちを追ってきた連中らしい。
「お元気かしら? 今日はもうひとりは一緒じゃないの?」
 そのねっとりとしたしゃべり方と声には聞き覚えがあった。
「あいつ……」
 操は頬をピクリとさせてから、鋭く身構えた。
「うん。あのパンツ穿()いてない人だよね」
 もなかは真顔で肯く。
「穿いてるわよ!!」
 どうやら聞こえていたらしい。即座に反論が返ってきた。
「だいたい、そういう覚え方しかできないわけ!?」
「ふ〜ん。こんなお嬢ちゃんたちに、あんたはこてんぱんにされちゃったんだ」
 揶揄するような声が聞こえてきた。もなかと操の背後にいる、ふたりのうちの片方らしい。操は振り向く。
「なぁんだ。誰かと思ったら、あたしの地震にびっくりして、人質連れて洞窟から出てきてくれた人じゃない」
「うっ!? あれは、あなただったの!?」
「あらあら、ふたりして間抜けなことしてたんだ」
 最初に声を投じた女性の隣にいる影が、呆れたように言ってきた。
「あんただって、こてんぱんにされて逃げてきたクチでしょうが!! カリュア!」
「う、うるさいわね! あたしの方は相手が多くて不利だったのよ!」
「三人とも、見苦しいわよ」
 残りのひとりが口を開いた。
「偉そうに……。あんただって、失敗したじゃない。ラクジット」
 口を尖らせたのは、もなか曰く「パンツを穿いてない人」。もとえ、名をシニスと言った。
「仲悪そうだね、こいつら」
「うん」
 珍しく、もなかと操の意見が一致した。
「相変わらず、可愛くないお嬢ちゃんたちね」
 シニスは頬をピクピクさせている。
「まぁ、いいわ。こっちは数もキャリアも上なんだし、とっとと済ませましょ」
「お前が仕切るな、イーダ」
 かつて、操に地震で(いぶ)り出させた女性がイーダという名前らしい。その場を仕切ろうとしたので、他の三人から猛反撃を受けている。本当に仲が悪そうだ。
 この四人の女性は、セーラー戦士たちと一度戦っている。プリンセス・セレニティとプリンス・エンディミオンの同時抹殺を目論んだカリュアの計画を、過去に飛ばされたうさぎが防いだ。また、キング・プロメティスの力を受け継いだであろうフレイアの抹殺を企てたシニスとイーダは、やはり過去に飛ばされたもなか、操、ほたるの三人によって阻止された。そして、プリンセス・アーシェの抹殺を謀ったラクジットだったが、うさぎ救出のために三十世紀から飛んできたちびうさとカルテットによって、不運にも妨害されてしまったのだ。全てが偶然だったのか、それとも何者かの意志が働いた結果なのかは分からないが、四人ともその時代にはいないはずのセーラー戦士によって、ことごとく計画を阻止されてしまっているのだ。
「とにかく! ふたりとも覚悟しな!」
 四人が同時に叫んだ。初めて意気投合したようだ。
「あたしたちをどうしようって言うの?」
 操は、油断なく視線を走らせながら訊いた。それというのも、四人の女性が散開し、自分たちを取り囲む陣形を取ったからだ。前後左右に逃げ場はない。
「人質になってもらうのよ。セレニティを誘き出すためのね。もっとも、その後で三人とも死んでもらうけど」
 シニスが蠱惑的に笑みながら、答えてきた。
「あたしに何の用?」
「え!?」
 どこからか響いてきた声に、四人の女性は同時に驚きの声を上げる。慌てて回りを探り出した。
「どこを捜してるの? ここよ」
「お姉!!」
「お前は……!?」
 カリュアの眉が跳ねた。網代公園を囲んでいるビルのひとつの屋上に、月明かりを背にしたミニスカートの女性の姿があった。
「こんな夜更けに、もの凄い殺気をギンギンに放っている怪しいおばさんたちは、このセーラームーンが、月に代わって、お・し・お・き・よ!!」
「うんうん、そうよねぇ。この人たちバレバレよねぇ。かなり間抜けかも」
 操は激しく同意をして、うんうんと肯く。
「へぇ、そうなんだぁ」
 横で感心しているもなか(ばか)は、取り敢えず無視した。今は馬鹿に付き合っている場合ではない。
「セーラームーン……。お前が転生したプリンセス・セレニティか」
 シニス、イーダ、ラクジットの三人が呻くように呟くのと、カリュアが、
「お前が転生した方のプリンセス・セレニティだったなんて……」
 と呟いたのは、ほぼ同時だった。
「ふたりとも、気を付けて」
 もなかと操の足下に、物陰から飛び出してきたルナが走り寄ってきた。
「うん」
「分かってるわよ!」
 ふたりは肯くと、セーラー戦士へと変身した。
「あなたたちの目的はなに!? いつかの仕返しのために、わざわざこの時代に来たの!?」
 セーラームーンは叫び訊いた。まだビルの屋上からは移動していない。セーラーサンとアースを取り囲んでいる女性たちの陣形が崩れるまでは、自分はこの場に留まるつもりだった。
「仕返し……。ある意味、そうかもしれないわね」
 カリュアが言った。
「あの時のあたしたちは、まさか未来から転生したセーラー戦士がやってくるなんて、考えもしなかった」
 シニスは悔しげだ。
「お前たちさえ来なければ、あたしたちの計画は成功していた」
 イーダは憎々しげな表情を向けてきた。
「一番許せないのはね……」
 ラクジットが言う。
「世界を滅亡させる原因を作ったお前たちが、新たな生を受けて、この時代でのうのうと暮らしているという事実だ」
「あの日、セレニティが死んでいれば、世界が滅亡をすることはなかった。セーラームーン! お前は二度も(・・・)同じ世界(・・・・)を破滅に導く原因を作った」
 最後は四人同時だった。
「それは、あんたたちの勝手な理屈じゃない」
 言葉に詰まっていたセーラームーンだったが、アースがムスッとした表情で四人に反論した。
「生意気なお嬢ちゃんね……」
 一時、言い返す言葉を見付けられなかった四人だったが、代表してカリュアが口を開いた。
「もうひとり、あなたたちに用がある人のこと、すっかり忘れてたわ」
「まだ仲間がいるの?」
「同志よ。彼女はね、あなたに用があるのよ、セーラームーン。いえ、プリンセス・セレニティ」
 カリュアが視線を投げてきた。セーラームーンは慌ててその場を飛び退く。今まで自分がいた場所の空間が揺らめき、何者かが現れようとしている。女性だった。
「初めまして。プリンセス・セレニティ」
 雰囲気が誰かに似ていた。いや、雰囲気だけではない。顔立ちにも、見知った人物の面影を感じた。
「あなた……」
 セーラームーンが困惑したその瞬間を狙って、現れた女性は衝撃波を放っていた。吹き飛ばされ、セーラームーンはビルの屋上の高さから、地面に体を叩き付けられる。
「!」
 声にならない悲鳴を上げて、セーラームーンはその場に(うずくま)った。
セーラームーン(おねぇ)!」
セーラームーン(うさぎさん)!」
セーラームーン(うさぎちゃん)!!」
 セーラーサン、アース、ルナの三人が、セーラームーンの元に走り寄る。カリュアたち四人は、それを阻止することもできたが、何もせずに三人の行動を傍観している。
 セーラーサンがサンシャイン・リフレッシュで、負傷したセーラームーンを即座に治療する。
セーラームーン(おねぇ)になんてことするんだぁ!」
 セーラームーンの治療を終えたセーラーサンが、その場で仁王立ちしてセーラームーンに不意打ちを浴びせた女性を睨み付けた。
「勇ましいのね」
 女性はふわりと跳躍すると、地面に降り立った。猫のような身軽さだ。
「あれ? この人、誰かに……」
 似ていると、セーラーサンは感じた。同じ印象を、アースも受けたらしい。そのふたりの間を縫って、ルナが前方に歩み出た。
「ま、まさか……」
 ルナは顔を上げ、女性の顔をじっくりと見詰める。
「まさか、お母さん?」
「え!?」
 驚いたのはセーラームーンたちだけではなかった。女性の方も、瞳を驚きに見開き、言葉を話す猫に視線を落とした。
「あなた、ルナなの?」
「ええ、そうよお母さん。ルナよ」
 ルナの体が光に包まれる。ネコの姿から、人間の姿へと変貌を遂げる。
「お母さん……」
 現れたのは、ルナの母親―――ディアナだった。
「ああ……。ルナ。本当にルナなのね?」
「ええ、ルナよ。わたしは、あなたの娘のルナです」
「本当の……。本物のルナなのね?」
「はい。このあたしは転生した姿ではなく、あたし自身です」
 ルナの目から、涙がこぼれ落ちる。だがディアナの視線は、感慨にふける娘を通り越して、背後のセーラームーンに向けられている。セーラームーンはまだ完全に起きあがっていない。片膝を付いた状態で、苦しげに呼吸をしている。サンシャイン・リフレッシュによってある程度は快復したものの、まだダメージは残っているようだ。
「あなたはまた、この時代でもセレニティに……」
 ディアナの表情が険しくなった。鋭い目で、セーラームーンを睨み付ける。
「セレニティ……! 転生してもなお、お前はあたしの娘を縛り付けるのか!?」
「縛り付けるって……」
「お母さん。何を言ってるの!?」
「ああ、可哀想なルナ。あなたは何も知らないのね……。さぁ、お母さんのところにいらっしゃい。今からあなたは自由よ。あなたを縛り付けているセレニティは、お母さんが始末してあげるからね」
「待ってお母さん! 言っている意味が分からないわ!」
「あとで、ゆっくりと話をしましょう。その前に……!」
 キッとセーラームーンを捉えたディアナの瞳が、輝きを放った。セーラームーンは何が起こったのか分からなかった。気が付いたときには、再び地面に背中を打ち付けられていた。ディアナの放った衝撃波によって、無防備な状態で弾き飛ばされたのだ。呼吸が止まり、目から火花が出る感じがした。起きあがることができない。
「さぁ、お前たちもセレニティを」
 ディアナは四人の女性に向かって言った。ようやく出番が回ってきたかと、四人の女性は同時にニヤリと笑った。
「これ以上、セーラームーン(おねぇ)に手出しはさせないよ!」
「あたしたちが相手になるわよ! おばさんたち!!」
 セーラーサンとアースが飛ばされたセーラームーンの元に駆け寄り、守るように身構えた。
「確か、フレイヤとアーシェの生まれ変わりだったかしら?」
「そんな格好だけのセーラー戦士に何ができる」
「あたしたちの敵じゃないわね」
「三人まとめて、始末してあげるわ」
 シニス、イーダ、カリュア、ラクジットが、三人を取り囲んでじりじりと間合いを詰めてくる。
「何言ってるのよ。あたしたちに負けたくせに」
「うっ!?」
 アースのひと言に、四人は怯んだ。確かにシニスとイーダは、その「格好だけはセーラー戦士」に敗れている。
「よ、四対二よ。勝てる気でいるの?」
「体力勝負なら、若さで圧倒的に勝るあたしたちの方が有利よ!」
「うっ!?」
 またやり込められてしまった。口喧嘩では、アースに敵う者などこの宇宙にいない。アースとしては、こうして時間を稼いでいるつもりだった。確かに、四対二では数的に不利だ。自分は全力で戦うわけにはいかないから、実質セーラーサンひとりで四人を相手に戦うことになる。誰でも良い。早く事態に気付いて、この場に駆け付けて欲しいと、アースは願っていた。
「何をしているの!?」
 見るに見かねて、ディアナが一喝した。
「子供ひとりにやり込められるなんて、恥ずかしくないの?」
「くっ……!」
 四人はまたしても反論ができない。バツが悪そうに表情を歪めた。
「どきなさい。あたしがやるわ」
 全身に青白いオーラを(まと)い、ディアナが歩み出てきた。四人に任せていては、ラチがあかないと判断したのだろう。
 セーラームーンはようやく上体を起こしたところだった。
セーラームーン(おねぇ)。大丈夫?」
「……大丈夫。と、言いたいところだけど、ゴメン。ちょっと目眩(めまい)がする」
 地面に叩き付けられたときに頭も打ったのだろう。軽い脳しんとうも起こしているようだ。セーラー戦士たちのヒーリング能力は外傷には効果があるものの、内部疾患にはあまり効力を発揮しないのだ。
 青白い顔をしているセーラームーンは、必死に吐き気を我慢している様子だった。額には脂汗が浮かんでいる。これ以上のダメージは、命に関わる。
「衝撃波くらいだったら、あたしの磁気フィールドで防げると思う。その間に、誰か気付いて来てくれれば……」
 アースは磁力を操ることができる。彼女が強力な磁場を発生させれば、相手の動きを抑えることもできる。敵の攻撃を防いでいる間に、仲間の誰かが駆け付けてくれれば、この状況を打開できるとアースは考えていた。
「覚悟しなさい、セレニティ」
 ディアナはセーラームーンしか見ていなかった。セーラーサンとアースは、彼女にとっては対象外の相手だった。
「お前さえいなければ、シルバー・ミレニアムは滅ぶことはなかった」
「!」
「なのに、生まれ変わってのうのうと生きているとは、なんて恥知らずなの?」
 ディアナは、まるで汚い物でも見るかのような目をセーラームーンに向けた。セーラームーンは言葉を飲み込むが、アースが憎たらしい口調で言い返す。
「おばさんは過去の人なのよ。そんな人にとやかく言われる筋合いはないわ」
「プリンセス・アーシェね? あなたは憎くないの? プリンセス・セレニティの愚かな恋心のせいで、あなたのゴールデン・キングダムは滅びたのよ?」
 ディアナはアースに、哀れむような視線を向けた。しかし、アースはそんなディアナの視線を跳ね返すような表情で、彼女を見返した。
「憎いわよ。大好きなエンディミオン(おにいさま)を奪ったばかりか、お父様やお母様や、あたしの国までも奪われたんだから……。だけどね、筋違いよ。セレニティも、エンディミオンも、アーシェも、もう過去の人なのよ。あたしの後ろでみっともなく倒れてる人は、もうプリンセス・セレニティじゃないの」
 相変わらず口は悪いが、アースは頭できちんと理解している。過去と現在は違う世界なのだということを。
「それに、あたしももうアーシェじゃないわ。大地操という名前がある」
「説教を聞くつもりはないわ。うるさいから、あなたから先に始末してあげる」
「待って、お母様!!」
 ディアナの前方に、両手を広げてルナが立ちはだかった。
「そこをどきなさい、ルナ。あなたは騙されているのよ」
「あたしの話も聞いて、お母様!」
「分かったわ、ルナ」
 ディアナは闘気を抑え、優しい瞳で肯いた。
「分かったから、こっちにいらっしゃい」
 その言葉に引き寄せられるように、ルナはディアナの元に歩み寄る。
「近くに来て、あたしに顔をよく見せて頂戴。ルナ」
 母と娘の抱擁に、アースもセーラームーンも気を緩めた。まるでその瞬間を待っていたかのように、ディアナは娘の右を掴んで自らの背後に回すと、空いている左手から衝撃波を放った。完全な不意打ちである。アースが磁気フィールドを貼る間もなかった。
セーラームーン(おねぇ)! アース(みさお)!」
 セーラーサンが身を挺した。衝撃波をまともに背中で受けて、もんどり打って吹っ飛ばされる。
セーラーサン(もなか)!!」
セーラーサン(もなか)! ……よくもやったわね!」
 アースはディアナを睨む。
「お母様、何を!?」
「セレニティ! ルナは返してもらったわ。あなたの始末は、日を改めることにするわ」
 ディアナが言い放つのと同時だった。四人の女性がディアナとルナを取り囲む。
セーラームーン(うさぎちゃん)!!」
 悲痛なルナの声を残して、六人は何処かへと転移していった。

「まさか、ディアナが……」
 司令室へとやって来たアルテミスは、事の詳細を“ボス”から聞くと、ゆるゆると首を左右に振った。記録されていた映像を見たが、それでも信じられなかった。
「“ボス”。あんたの記憶の中に、本当にディアナのことは残っていないのか?」
「シルバー・ミレニアムが滅び、この時代でキミたちが覚醒するまで、システムはシャットダウンしていた。少なくとも、シルバー・ミレニアムが健在だった時には、彼女が来訪してきた記録はない。外宇宙からの客人だからね。いくら身内がシルバー・ミレニアムにいるからといって、ノーチェックで侵入してくることはあり得ない」
「シルバー・ミレニアムが滅亡したあとに、それとは知らずにルナに会いに来て惨状を知った……か。しかし、それにしたって、どうやってこの時代まで跳躍(ジャンプ)して来たんだ? いや、それ以前に、この時代にルナがいると、彼女はどこで知ったんだろう……」
 分からないことだらけだった。ルナは連れ去られ、うさぎともなかは負傷。それは自分たちの失態である。敵の襲撃を計算に入れずに、自分たちだけでミーティングを行ってしまった結果だった。“ボス”からの緊急連絡を受けて現場に急行したときは、既に手遅れだった。
「彼女の背後に、何者かがいる」
「ったく……。なんだって美奈は、こんな大事な時に旅行なんて行ってるんだ……」
 可哀想だが、呼び戻さなくてはならないようだ。

「もなかの容態は?」
 戻ってきたせつなとほたるふたりに、うさぎは飛びつくような勢いで訊いた。
 あの後、遅れて現場に到着した仲間たちによって、負傷して身動きができなかったもなかは火川神社に運ばれた。そこでサターンによって手当が施され、せつなたちに付き添われて自宅に戻ったのだった。うさぎは火川神社に残って、他の仲間たちと対策を練りつつ、せつなたちの帰りを待っていたところだった。
「目立った外傷はほたるが治療したから大丈夫だけど、しばらくは休養させた方がいいわね」
 せつなは少し厳しい表情をしていた。もなかは、当分動けないようだ。
「あまり大袈裟にするわけにはいかないので、あたしたちは送って行っただけに留めました。操が付いています」
 ほたるだった。どうやら操だけは、理由を付けてもなかの家に泊まることにしたらしい。彼女もヒーリング能力を持っているから、万が一の時はひとりで対処できる。
「お前だって無理が出来る状態じゃないんだ。もう休め。あとのことは、あたしたちで考える」
 なびきが強引にうさぎを座らせた。うさぎとて、受けたダメージは相当なものだ。本来なら、動き回っていい状態ではない。もなか同様、安静にしていなければならないはずなのだ。
「でも……」
「うさぎひとりの責任じゃない。そんなに自分を責めるな」
 まことがうさぎの肩を軽く叩いた。
「そうよ。責任があるとすれば、現場にすぐに駆け付けることができなかった、あたしたちの方よ」
 慰めの言葉にならないとは分かっていても、レイはそう言わずにはいられなかった。
「今は、責任がどうこうと言っている場合じゃない」
 壁にもたれ掛かって、腕組みをしていた大道寺が言葉を投げて寄越した。
「まずは、いろいろと調査しなければならないことがあるはずだ。俺たちには分からないとが多すぎる」
「そのことなんだけど……」
 誰かが言い出してくれるのを待っていたかのように、せつなはおもむろに切り出す。
あの時代(・・・・)に行ってみる必要があると思うの」
「あの時代?」
 腑に落ちなかったのか、新月が聞き返した。
「ええ。この事件、根は過去にあると思うのよ。あの時代に行って、情報を集める必要があると思う」
「なるほど、確かにせつなの言うとおりだ。敵が過去から来ているのなら、その時代に行って調査を行うのが得策ね」
 なびきは納得した。せつなは肯き返す。
「そう。あたしたちは知る必要がある。彼女たちが、過去で何をしようとしていたのか。そして、現代で何を企んでいるのかをね」