第七章
今日、三度目の一の橋公園だった。
全てはここから始まったのだ。だから、ここで決着を付けなくてはならない。それに、やつはここにしか来ないはずだ。
衛はそう確信して、一の橋公園に向かった。
時刻は深夜零時。
行き交う車の数も、まばらだった。
商店街を抜けて、すぐ目の前にある横断歩道を渡る。
トンネルを潜って、一の橋公園内に足を踏み入れた。
「来たな、エンディミオン」
オリエンが待っていた。腕を組み、こちらを凝視している。
オリエンは暗雲を呼び、周囲に結界を張った。しかし、昼間のように地面からは妖魔は出現しない。
「妖魔は呼ばないのか?」
皮肉のつもりだった。
「その必要はない。お前など、ボクひとりで充分だ」
オリエンは薄く笑った。妖魔を出現させないのは、オリエンの余裕の現れのようだった。
確かに、「地場 衛」として戦えば、オリエンに勝てるはずもない。だが、サターンの治癒能力によって、タキシード仮面に変身できる程には回復している。
「今度こそ、殺してやる」
憎しみを込めた視線を、オリエンは衛に向けた。しかし、それしきのことで怯む衛ではない。反対に鋭い視線で、オリエンを睨み付ける。
「うさを返してもらおう」
「セレニティは返すわけにはいかない。お前のような男には、セレニティは渡せない。お前は、セレニティには………」
「うるさいぞ!」
衛は声を荒げ、オリエンの言葉を遮った。
「聞こえなかったのか、オリエン? 俺は、うさを返せと言ったんだ!」
「なに!? お前は何を言っている!?」
オリエンは衛の言葉が理解できなかった。怪訝そうに、衛の顔を見つめる。
「やっと、分かったんだ………」
衛は続けた。
「俺が好きなのは、プリンセス・セレニティじゃない………。月野うさぎ( なんだ!!」)
「………!?」
「お前にうさは渡さない。返せないと言うのなら、力尽くで奪い返すまでだ!!」
「………」
衛の迫力に、オリエンは言葉を失ってしまった。ただ、茫然とその場に立ち尽くしている。
「まもちゃん!!」
ちびムーン、サターン、パラスの三人が、一の橋公園に到着した。僅かに遅れて、アルテミスも姿を現した。ルナとダイアナは、司令室で待機しているのだろう。
「エンディミオン………。お前は………」
オリエンは、やっとの思いで声を絞り出した。しかし、それ以上言葉が出てこない。衛の射るような視線に、体が硬直してしまっている。
(何をしているオリエン………。エンディミオンを殺せ! 月の者どもがいない、今がチャンスなのだぞ………)
不気味な声が、オリエンの脳裏で響いた。
(わたしが与えた力で、エンディミオンを殺せ!!)
「………!!」
オリエンは目を見開いた。全身に邪悪な妖気が漲る。それに呼応するかのように、地面からは妖魔が出現した。
「ちびムーン( は、衛さんの援護を! パラス) ( ! 妖魔はあたしたちで掃討するわよ!!」)
「合点承知ですぅ!」
サターンが瞬時に判断を下す。が、それよりも先にオリエンは衛に衝撃波を放った。
バシューン!!
衝撃波は衛に届く前に、何かによって弾き返されてしまった。衛の眼前に、すらりとした長身の女性が、長い髪をなびかせて立ちはだかった。
「セーラープルート!? 帰ってきてたのか!?」
衛は頼もしげに、その女性の後ろ姿を見つめる。彼女とサターンがいれば、低級の妖魔などは何体出現しようがものの数ではない。
「時空の戦士だと!? 何故こんなところにいる!?」
「いろいろと事情があるのよ。あなたの知らないところでのね………」
時空の扉の前を動けないはずのセーラープルートが、この場にいることが納得できないオリエンだったが、それは過去のことなのである。転生したセーラープルートは、時の扉を守る使命とともに、プリンセス・セレニティ即ちうさぎを守る使命も併せ持っているのだ。
(恐れるな、オリエン! お前には究極の力がある!!)
「う、うおぉぉぉぉぉ!!」
オリエンは天に向かって吼えた。凄まじい妖気が、オリエンの体から放たれる。
「なんて妖気なの!? これではまるで………」
プルートは言葉を飲み込んだ。天から一筋の閃光がこの場に降り立ったからだ。
「セーラームーン( !!」)
「うさ!!」
セーラームーンと四守護神が、光とともに出現する。セーラーテレポートで、月のシルバー・ミレニアムから戻ってきたのだ。
「くっ! 四守護神か!? この場にいないと思ったら………。迂闊だった………」
オリエンは舌打ちした。
「みんな、どうしたの!?」
セーラームーンは、その場に崩れ落ちた四人の仲間に驚きの声を上げた。全員が肩で息をしている。体力の消耗が激しすぎる。
「馬鹿な!? セーラーテレポートで戻ってきたのか!?」
血相を変えて、アルテミスが駆け寄る。
「こんな短時間のうちに、二度も長距離のテレポートをするなんて、無茶苦茶だ! ヴィーナス( 、何故こんな無茶をした!?」)
「シルバー・ミレニアムで一泊ってわけにはいかないでしょ? ホテルないから、野宿になっちゃうもの」
軽口を言いながら微笑んでみせるが、笑顔が弱々しかった。
「みんな………」
ようやくセーラームーンは状況を理解した。仲間たちがどうやってシルバー・ミレニアムに来たのかなど、少し考えれば分かりそうなものだった。だが、気が動転していて、それを考える余裕がなかった自分を、今更ながら恥じた。
「ごめん、セーラームーン( 。あたしたち、まともに戦えそうにない」)
「ごめんね。サポートできない………」
マーズとマーキュリーが弱々しく言った。その表情から、かなりの疲労が感じ取れる。
「ごめんね、みんな。あたしが無神経だった………。みんなのこと、全然考えてなかった………。ごめん。ごめんね………」
「いいんだよ、これがあたしたちの役目だ」
ボロボロと涙を流すセーラームーンに、ジュピターが優しく声を掛けた。
「さぁ、泣いている場合じゃないわ、セーラームーン( 。オリエンを止められるのは、あなたしかいないのよ」)
ヴィーナスの言葉は、セーラームーンに勇気を与えた。
「うん! あたしが、彼を止めるわ!」
セーラームーンは涙を振り払って立ち上がると、前方を凝視した。
セーラームーンが鋭い視線でオリエンを睨み付けた。ここまで怒りを露わにしたセレニティを、オリエンは初めて見た。オリエンの知っているセレニティは、どんなときでも優しく微笑んでいた。慈愛に満ちた暖かな笑顔を、けっして絶やさない人だった。
「セレニティ、その姿は………」
セーラー戦士の姿をしているうさぎを、オリエンは信じられないものを見ているように、大きく目を見開いて見つめた。
「オリエン、もう止めなさい」
エターナル・ティアルを手にして、セーラームーンは言った。
「ボクと戦うというのか、セレニティ………」
そのセーラームーンの表情を見ていたオリエンが、僅かに驚きを示した。
「あなたは、戦いをする人ではない」
「オリエン、人は変わっていくのよ。それに、今のあたしはプリンセス・セレニティじゃない。地球人、月野うさぎなのよ」
哀れむような視線で、セーラームーンはオリエンを見つめた。今のオリエンは、確かに転生した姿なのだろうが、時間は完全に止まったままだった。
「そんな! そんな、目でボクを見ないでくれ、セレニティ!」
オリエンは今でも泣き出しそうな顔をしていた。先程まで凄まじかった妖気も、今は殆ど感じなかった。
「オリエン。あなたも転生したのなら、あたしたちと同じように、地球人として暮らしていこうよ。まだ、あたしはあなたの本当の名前を知らないわ。教えてよ、あなたの今の名前。友達になろうよ」
セーラームーンは微笑んでくれた。それはオリエンのよく知っている、慈愛に満ちた優しい笑顔だった。
「………セレニティ。ボクは………」
オリエンは大粒の涙を流した。セーラームーンの笑顔に、真実を持って答えようとした。
その時── 。
ブワワッ。
闇が暴発した。オリエンの体から。
凄まじい闇の奔流が、オリエンの体から勢いよく噴き出してくる。
「う、うわぁぁぁぁ!! やめろぉぉぉぉ!!」
堪らずオリエンは絶叫した。しかし、闇はオリエンの意志に反して、物凄い勢いで噴き出し、空間で渦を巻いた。
(オリエン。使えぬやつよ………)
漆黒の闇は固まりになった。悪魔のような形相が、闇に浮かび上がった。
オリエンはその場に崩れ落ちる。片膝を付いたまま、ピクリとも動かない。
妖魔たちが次々と闇に吸い込まれていく。
(わたし自らが、全てを滅ぼして見せよう!)
額にトランプのダイヤに似たマークが浮かび上がっている。そのマークには、見覚えがあった。
「………!? その額のマーク!? お前は、メタリア!?」
忌まわしき邪悪の存在。平和だったふたつの王国を、一瞬にして滅ぼした邪の化身。
「メタリアだと!?」
そこに存在しているのは、紛れもなく倒したはずのメタリアだった。
「そんな………。メタリアはセーラームーンが倒したはず………」
ヴィーナスが絶句する。
「残留思念か………!?」
アルテミスがヴィーナスの言葉に続けるようにして言った。
(脆くも弱い、白き月のプリンセスよ………。茶番は終わりだ………)
低く、地の底から響いてくるかのような声だった。凄まじい怨念を感じる。
その場にいた妖魔は、メタリアに全て吸収されてしまった。
「これが、メタリア………」
「シルバー・ミレニアムを滅ぼした悪魔………」
話には聞いていたが、初めてその存在を目の当たりにしたちびムーンとパラスは、自然と体が震えてくるのを押さえることができなかった。
「くっ………。こんな時にまともに戦えないなんて………」
マーズが悔しげに呻いた。それは他の四守護神も同じ気持ちだった。相手がメタリアならば、自分たちの因縁の敵である。自分たちの手で倒さねばならないのだ。
四人は気力を振り絞って立ち上がった。
「メタリア………。もう一度あたしが倒す!!」
背後の四人を庇うようにして、セーラームーンはメタリアに対峙した。
「衛さん、危険だわ。タキシード仮面に………」
プルートは背後の衛に声を掛けた。メタリアと戦闘になるとしたら、生身のままでいるのは非常に危険だった。
しかし、そこへ── 。
「衛クン!」
ふみなだった。衛が病室にいないことに気付いたふみなが、一の橋公園まで捜しに来たのだった。
「原崎!? 来るな! 来るんじゃない!!」
衛が怒鳴ったが、既に遅かった。戦う術を持たないふみなは、メタリアの恰好の標的となった。
「ふみなさん!!」
「ふみなお姉さん!!」
セーラームーンとちびムーンは、同時にメタリアを攻撃しようとしたが、それよりも早くメタリアは移動していた。漆黒の影であるメタリアは、夜の闇に溶け込んでしまって姿の確認ができない。
(この者の体を使わせて貰うとしよう!!)
愉快そうなメタリアの声が響いた。と、同時に、ふみなの体が漆黒の闇に覆われる。
「しまった!」
衛は歯噛みした。迂闊だった自分を呪った。病室に自分がいないことに気付けば、ふみなが捜しに来ると言うことは予測できたはずなのだ。
「さあ、どうする? わたしを倒せるか? わたしを倒すと言うことは、この女も死ぬと言うことだぞ」
ふみなの口から、不気味な声が発せられた。彼女の澄んだ声とは、似ても似つかないおどろおどろしい声であった。
ふみなの体は、完全にメタリアに支配されてしまったのだ。
「わたしを攻撃してみろ、セレニティ………」
メタリアは隙だらけである。皆が一斉に攻撃を仕掛ければ、倒せるかもしれなかった。しかし、それではふみなも無事ではすまない。
「できない………。わたしには………」
セーラームーンは戦意を喪失している。ふみなを犠牲にしてまで、メタリアを倒すことはできない。どうしていいのか分からず、無防備な状態でその場に立ち尽くしていた。
「お前の銀水晶さえ封じてしまえば、わたしが滅ぶことはない」
やはりメタリアは銀水晶を恐れていた。二度までも苦汁を舐めさせられたのだから、無理もない。
「死ぬがいい、セレニティ!」
メタリアはふみなの右手を前方に突き出させた。掌から、漆黒の矢が放たれる。
セーラームーンは辛うじて、その攻撃を月光障壁( で防いだ。)
「まだ自らの身を守る程度のことはできるか………」
ふみなの口元が歪んだ。笑ったのだ。
「やめろ! セレニティは傷付けないとの約束だぞ!!」
セーラームーンが攻撃を受けると、オリエンは弾かれたように立ち上がった。だが、直ぐによろめいてしまい、再びその場に片膝を付く。
「愚かなりオリエン。捨て駒としての役目も果たせんとはな………」
「捨て駒………。ボクが………」
オリエンはがっくりと項垂れた。メタリアの言いなりになっていれば、セレニティは自分のものになる。彼はそう信じて疑わなかった。
「わたしの最も憎むべき相手プリンセス・セレニティを、わたしが生かしておくと思ったのか?」
「畜生! ちくしょう! 畜生!!」
オリエンは拳で地面を叩いた。騙されていたことに、やっと気付いたのだ。しかし、今となっては遅すぎる。
「死ぬがいい! 月の者どもよ!!」
メタリアに操られたふみなの両手から、無数の漆黒の矢が放たれる。
「くっ!」
自分と衛を狙った漆黒の矢を、プルートは華麗な動きで次々と叩き落とす。サターンは自分の背後にちびムーンとパラスを押しやり、前方に不動城壁( を発生させて矢の攻撃を防いだ。)
「はっ! いけない!!」
セーラームーンたち五人にも、漆黒の矢は襲いかかる。しかし、四守護神は動くこともままならない。やっと立っている状態なのだ。矢を躱すことはおろか、防御のための技を放つこともできない。
「みんなを安全なところへ!!」
セーラームーンはエターナル・ティアルの力を使って、四守護神とアルテミスを強制的に転移させた。続いて自らの身を守るために月光障壁( を発生させたが、タイミングか僅かに遅かった。月光障壁) ( に当たって爆発した漆黒の矢の衝撃波までは殺すことができず、後方に吹き飛ばされてしまう。)
「愚かなり、セレニティ!!」
ふみなの口から放たれるメタリアの声は、勝ち誇ったようでもあった。
漆黒の矢の第二波が放たれる。
セーラームーンはバランスを崩して地面に倒れ込んでいる。防御が間に合わない。
「うさぎぃ!!」
ちびムーンの絶叫。
「うさぁ!!」
衛は猛然とダッシュした。自分を狙った矢は、プルートが防いでくれる。ならば、自分のやるべきことはひとつである。
衛はセーラームーンの前に立ちはだかった。彼女の盾となるために。
誰もが棒立ちになっていた。
プルートもちびムーンも、サターンもパラスも動けない。強制転移させられた四守護神からは、距離がありすぎた。
間に合わないと絶望したとき、彼女の前に影が出現した。
セーラームーンが顔を上げると、そこには見慣れた広い背中があった。
両手を目一杯広げ、彼は自分の前で仁王立ちしていた。
「まもちゃん、ダメ! 逃げて!!」
ほんの一瞬の出来事のはずなのだが、何故か全体がスローモーションの映像のように、ゆっくりと見えた。まるで、夢を見ているかのようでもあった。
「うさは、俺が守る!!」
彼の声が、そう聞こえたような気がした。
目の前に矢が迫る。
よくも間に合ってくれたと、衛は口元に笑みさえも浮かべた。
死を覚悟した。
だが、更に彼の前方に、新たな影が出現した。
「なに!?」
それは、オリエンだった。
漆黒の矢が、自分の胸を貫いていた。
何故、こんな行動に出たのか、自分でも分からなかった。
ゆっくりと背後を振り返った。セレニティとエンディミオンが並んで立っていた。
セレニティは泣いていた。
(セレニティ、あなたは何故泣いているんだ………? もしかして、ボクのために泣いてくれているのか………)
体中に暖かいものが流れた。それは、忘れていた純粋な想い………。
「セレニティ………。ボクは、あなたを………」
しかし、オリエンはその想いの全てを口にすることはできなかった。
漆黒の矢がどす黒い閃光を放った。
オリエンの体を包み込む。
オリエンは光の粒子となり、儚く消滅していった。
「オリエン………」
セーラームーンは溢れる涙を拭おうともせず、オリエンがいたその場所を見つめていた。
衛は怒りの形相を、メタリアに向けた。
「許せない………!!」
ちびムーンは怒りのために全身を振るわせていた。
「あの人は、やっと自分を取り戻したのに………。きっと、みんなと友達になれたはずなのに………。メタリア、お前は絶対に許さない!! 愛と正義のセーラー服美少女戦士セーラーレディムーンが、月に代わってお前を倒すわ!!」
ちびムーンの鋭い眼光が、ふみなの体を支配しているメタリアに向けられた。
聖なる力が、ちびムーンの全身に充たされた。
サターンとパラスが素早く動いた。
サターンはサイレンス・グレイブを構え、ふみなに突進する。パラスが後方から援護のための技を放つ。
「なに!?」
メタリアは迫り来るサターンの瞳を、まともに見てしまった。冷酷なその瞳を。
「馬鹿な! お前はこの女もろとも、わたしを葬ろうと言うのか!?」
メタリアは虚を突かれ、サターンに懐深く潜り込まれてしまった。
「愚か者よ。無に還れ」
サターンはサイレンス・グレイブを振り上げる。死の世界へ誘う者の冷酷な瞳が、そこにあった。
メタリアは恐怖した。自らの身の危険を感じ、メタリアはふみなの体を捨てた。漆黒の闇が、ふみなの体から抜け出す。
サイレンス・グレイブが、メタリアに解放されたふみなの体に振り下ろされる。
ガシッ。
火花が散った。
サターンのサイレンス・グレイブを、プルートのガーネット・ロッドが受け止めた。サターンが薄く笑った。それを受けて、プルートも微笑み返す。
(なっ!?)
ふたりの策略にまんまと填った形のメタリアは、言葉を無くした。そのメタリアの眼前に、ちびムーンがいた。
パアッ。
ちびムーンの全身が、目映いばかりの閃光を放つ。
(な、なんだと!? その光は、まさか銀水晶の光!?)
メタリアは理解ができない。メタリアにとって、銀水晶の持ち主とは、即ちプリンセス・セレニティなのだ。しかし、今目の前で銀水晶を使おうとしている戦士は、プリンセス・セレニティではない。
(何故お前が銀水晶を持っている!? お前は何者だ!?)
「ふたりの『愛の結晶』って言い方は、ちょっとキザかしらね」
ちびムーンは天使のような笑顔を見せた。
「消えなさい! 邪の化身よ!!」
ちびムーンのその手には、レディ・ロッドが握られている。母であるネオ・クイーン・セレニティより託された、ネオ・シルバー・ミレニアムのプリンセスとしての証である。
「ピンクムーン・プリズムパワー・キーッス!!」
ちびムーンの最大の必殺技が炸裂した。
(こんな光! わたしは消えぬ!)
「いいえ、消えなさい!!」
背後から、セーラームーンの声が響いた。
「シルバームーン・クリスタルパワー・キーッス!!」
目映いばかりの光が、メタリアに襲いかかった。
「負ける!? わたしは、また負けるのかぁぁぁ!!」
ふたつの銀水晶から放たれる神秘の光は、メタリアの闇を飲み込み、消滅させていった。
「やったですぅ! スモール・レディ!!」
パラスが歓声を上げた。
プルートとサターンは、安堵の笑みを浮かべて肯き合った。
「なんかさ、あたしたちって、今回すっかり脇役ね………」
地面に腰を下ろしたまま、ヴィーナスは大袈裟に肩を窄ませた。
「いいんじゃない? たまには………」
マーズが珍しく、戯けたような表情をして見せた。
「妬けちゃうわね、あのふたり」
マーキュリーが微笑んだ。
「あ〜あ。あたしもカレシ作ろうかなぁ」
ジュピターは言うと、ゴロリと地面に寝ころんだ。
一の橋公園に静寂が戻ってきた。
メタリアが消滅した空間を眺め見ていたセーラームーンは、ふうっと息を吐き出すと、衛の方へ体を向ける。
衛は自分を見つめていた。その衛に吸い寄せられるように、セーラームーンは駆け寄っていく。
「まもちゃん………」
適当な言葉が見つからなかった。話したいことはたくさんあるのだが、言葉が上手く出てこなかった。
セーラームーンが衛の瞳を覗き見たとき、彼の方へと引き寄せられた。
衛が無言で抱きしめてくる。力一杯抱きしめてくる。
「痛いよ、まもちゃん」
「がまんしろ」
衛の声が耳に心地よい。
痛いほど強く抱きしめられてはいたが、嫌ではなかった。衛の肌の温もりが、心を穏やかにしてくれる。
セーラームーンは、いや、月野うさぎは今、とても幸せだった。