序章
(目覚めよ!)
夢なのだろうか。頭の中で声が響く。地の底から響く、不気味な声だった。
しかし、夢にしては妙にはっきりとした声だった。まるで、直接脳に伝わってくるような、おかしな感覚だった。
だから、錯覚かもしれなかった。
寝苦しい夜だった。体は疲れているのになかなか寝付けなかったのを、無理矢理布団に入って眠ろうとした。そのために、幻聴を聞いたのだと、そう思った。
(目覚めよ!)
もう一度声が響いた。
錯覚や幻聴ではない。今度もはっきりと聞こえた。
男なのか、女なのか、それさえも分からない。性別が判然としない声だった。
(思い出せ!)
声は続けた。威圧的でもあった。有無を言わさない、命令的な口調だった。
「思い出す!? なにを!?」
答えてみた。声が出たかどうかは、自分でも分からなかった。取り敢えず、思考はそう答えていた。
(目覚めよ、気高き魂よ! 思い出せ、自分が誰であったかを!)
だが、不気味な声は一方通行だった。自分の問いかけには全く反応を示さなかった。
「気高き魂? 自分が誰か、だって!?」
何を言われているのか、さっぱり理解ができなかった。身に覚えのないことだった。それに、自分が誰であるかなど、わざわざ思い出す必要もない。
(屈辱に満ちた過去を思い出せ! お前を裏切った者どもに、復讐の刃を向けよ!)
「屈辱に満ちた過去だって!? 裏切った者たちに、復讐をしろって!? 生憎と、ボクの幼い頃は屈辱に満ちた日々じゃなかった。家族や友達に裏切られたという記憶もない。人違いじゃないのか?」
身に覚えのないことだから、そう答えるしかない。改めて考えてみても、不気味な声が言うような経験をした覚えがない。不愉快な気分になった。
(わたしはお前に、復讐を果たせるだけの“力”を与えよう)
反論は聞き入れられなかった。相も変わらず、一方的に話しかけられている状態だった。会話が成り立たない。
(さぁ、受け取れ。わたしの“力”を!)
急に体が熱くなった。気分が高鳴り、喉が渇いた。
「や、やめろぉ! ボクに何をしたんだ!?」
猛烈に体が熱くなった。魂を炎に焼かれているような、空恐ろしさを感じた。
殺される。
そう思った瞬間に、体の火照りが収まった。しかし、それで終わりではなかった。
(わたしを受け入れる器となれ!!)
頭の中で何かが弾けた。リミッターが解除され、思考が暴走した。
膨大な何かが、奔流となって頭の中を駆けめぐった。
「うわぁぁぁ!!」
絶叫した。膨大なデータを処理しきれずに、脳が悲鳴を上げている。パンク寸前だった。
だしぬけに、データの流入が終わった。パンク寸前だった脳は落ち着きを取り戻し、与えられた情報を整理し始めた。
映像が脳裏に浮かんだ。景色と人物の映像が、目まぐるしく切り替わる。
「これは何だ!? 誰の記憶なんだ!?」
見たこともない景色が、スライドショーのように次々と展開していく。
緑の大地。漆黒の宇宙。青い地球。白い月。
その中に、ドレスを纏った女性がいた。記憶の中の自分は、その女性の背中を遠くから眺めていた。ただ、じっと眺めていた。
女性が振り向いた。美しい女性だった。
視線が合った。
あどけなさが残る愛らしい顔で、女性は自分に笑いかけてきた。
「オリエン? いつから、そこにいたの?」
女性は問いかけてきた。少し、怒ったような顔をする。
「すまない。あなたがあまりにも美しいので、見取れていた………」
「オリエンたら………」
女性は頬を赤らめた。愛くるしい瞳が、照れたような視線を送ってくる。記憶の中の自分は、胸の高鳴りを覚えていた。
オリエン………。それが、ボクの名前………。
「ほら、オリエン。今日も地球が綺麗に見えるわ」
彼女は頭上に輝く青い星を、優雅な動作で示した。
「青く輝く宝石のような星も、あなたの美しさには敵わないよ」
そして、彼女の名は………。