灼熱の星で………


 噎せるような暑さだった。
 息をしたら、肺が焼けるのではないかとさえ感じさせられる。熱気が体にまとわりついてくる。肌を焼き、滲み出できた汗はすぐさま蒸発してゆく。熱気は渦を巻き、そこかしこで竜巻状の渦を発生させていた。
 嵐だった。
 噎せるような暑さの大地に、熱風が吹き荒れている。肌を差すような勢いの雨が、ゴウという音とともに降り注いでは、大地に到達する前に蒸発してしまう。上空は異常なまでに冷え切っているというのに、反対に地上は水が液体として存在することができないくらいに熱い。
 それは、異様な光景だった。
 いつからだろうか? いつまで続くのだろうか?
 紫色をした稲光が、ぶ厚い雲の中で、止む事なく続いている。
 ぶ厚い濃硫酸の雲が、太陽の光を遮ってしまっていた。蓋をされてしまった状態の大地からは、熱が逃げていくことはない。
 かつて、海があったであろう広大な土地は、今は見る影もない。海水は、全て蒸発してしまった。荒れた大地が、ただただ広大に広がるのみである。
 大地が躍動する。
 それは、この星が、今なお生きていることの証だった。
 灼熱の惑星。
 ただ、ほんの少し、太陽に近かったというだけで、この惑星は、死の星と化した。
 双子星と考えられた隣の星には、澄んだ大気があり、広大な海がある。
 しかし、この星にはない。いや、なくなってしまった。
 太陽に、ほんの少し、近かったせいで………。

 
 イシュタルと地球で名づけられた大陸に、ぽつんとひとり、男が立っていた。
 闇よりも黒い鎧を全身に纏い、同じ色のマントを羽織っていた。
 熱風が吹き荒れているにも関わらず、男は微動だにしない。
 ただ、一点を見つめているだけだった。
 視線の先には、廃墟があった。
 廃墟がある、ということは、ここに、かつて都市があったということだ。文明が栄えていたということの証だった。もちろん、過去形である。
 この地獄のような星に、何者かが住んでいたというのか。
 いや、彼らが暮らしていた時代は、緑があり、大気も穏やかで、海があったのかもしれない。
 男の瞳には、その時の美しい景色が見えているのかもしれなかった。いや、実際に見えているのだろう。男の視線の先には、時を越えて懐かしい時代が写っているのだろう。
 人々が暮らし、栄えていた都。
 そこには平和があった。
 美しかった星。
 かつて、太陽系で最も美しかった惑星。
 だからこそ、この惑星には、美の女神の名が与えられた。
 それは、偶然ではない。
 人々の意識の中に、かつては美しかったこの星の記憶が、かすかに残っていたからだった。
 この星の人々は、この星が死んだとき、新たな星へ移っていった。
 隣の星へ。
 やがて、その星は、「地球」と呼ばれるようになった。
 だれが、名づけた?
 月の者たちだ。
 巨大な岩だらけの乗り物に乗って、突然やってきた彼らは、地球を自らの監視下においた。
 月と地球は、共存の道を歩んだ。歩まざるを得なかった。
 月の者たちの力が、強大だったからだ。
 地球の者たちは、月の者たちから、多大なる恩恵を受けることとなった。
 だが、それを快く思わない者たちもいた。
 灼熱の星となってもなお、美の女神の名を持つ星に、い続けた者たちだった。
 彼らは、月の者たちを侵略者と呼んだ。
 彼らの新天地を侵略した、悪しき者。
 だが、彼らには力がなかった。月の者たちと、対等に戦えるだけの能力がなかった。温厚な性格だった彼らの文明には、争いごとがなかったからだ。
 戦うという言葉がなかった。戦わなければならない理由がなかった。
 故に、戦うための術を、彼らは持ち合わせていなかったのだ。
 だから、待つことにした。時がくるのを………。戦いができる者が誕生するのを。月の者たち以上の力を持つ者の誕生を………。
 遥かなる、時が流れた。
 そして、彼が誕生した。彼は成長し、機会を待った。
 月の者たちも、地球の者たちも、灼熱の星に、人が暮らしていた事実を忘れていた。
 チャンスは、思いもよらぬ形で舞い込んできた。
 月の王国の血を引く者が、この星へやってきたのだ。この星の軌道上に、浮かぶ宮殿を築いたのだ。
 彼らは密かに宮殿に潜入し、再び時を待った。
 自分たちの星を、取り戻す機会を………。

 男は瞼を閉じて、耳を澄ます。
 風の音が耳を掠めてゆく。
 その風は、まるで意思あるもののように、男に語りかける。

 あれは俺たちの星だ。
 取り戻せ。
 月の者たちから………!
 取り戻せ。
 侵略者から………!

 かつて、この星に暮らし、この星で果てていった者たちの声が響く。
 男は、黙ってその声に耳を傾ける。
 風は幾度となく、男の耳を掠める。風が舞い、男を包み込む。まるで、意思あるもののように。
 男は風に、身を任せる。
 風の勢いは、いっそう強くなる。
 男は瞼を閉じたまま、全身で風を受けた。

 あれは俺たちの星だ。
 取り戻せ。
 月の者たちから………!
 取り戻せ。
 侵略者から………!

「時は来た」
 男は低い声で呟いた。
 そうだ、取り戻せ!
 風は再び叫んだ。
 取り戻せ!
 合唱になった。

 取り戻せ。
 取り戻せ。
 取り戻せ。
 …………。
 …………。
 …………。

 やがてその合唱は、風に紛れて聞こえなくなってしまった。