カーテンコール
事件そのものは、以外と呆気ない幕切れだった。
学校側から箝口令が敷かれているため、事件の詳細は生徒たちはおろか、教師も知らない始末だった。教員が犯人として逮捕されているので、闇に葬られることはないと思いたいが、何か釈然としなかった。
「警察内部の不祥事も絡んでいるからね。慎重なんだってさ」
美奈子が若木から聞いたことを、うさぎとまことに報告をする。
「だけど、レイがいなかったらと思うとゾッとするよな」
まことは言う。今回はレイの機転のお陰で、被害者が殆ど出なかったのだ。彼女が事前にいろいろと準備をしておいてくれたので、あの膨大な悪霊たちに対抗できたのだから。
「でもさぁ、うちの高校にあんな悪霊が封印されていたなんて、信じられないよね」
うさぎが言う。
「レイの話だと、野崎によって殺された女の子たちの恨みや怨念が、悪霊たちを呼び寄せたんじゃないかって言ってた。真相知る前に退治しちまったから、分かんないけどさ」
まことは肩を竦めてみせた。結局、その怨念によって集められた悪霊たちを、夢の姉の霊が封じていたらしい。霊媒師のおっさんが余計なことをしたものだから、その力が弱まってしまって、校内に悪霊が溢れ出したと言うことだ。
「ところで、剣道部の英雄さんたちは?」
「今日は練習。さっき夢ちゃんに会って、お礼言われた。まこちゃんや美奈Pにも宜しくって」
「そっか」
夢は結局、彼女のお姉さんの霊とは会話ができなかった。だが、犯人が捕まったことで、かなり気持ちが楽になったようだった。
悪霊たちに囲まれ、絶体絶命の剣道部員たちを救ったのは、もちろん彼女たちだ。でも、剣道部員の勇気ある行動が、悪霊たちの被害をかなり食い止めたことは言うまでもない。彼女たちの獅子奮迅の活躍は何人かの生徒たちに目撃されているから、十番高校を救った英雄として、今後語り継がれて行くことに違いない。
「ヒロインにしか分からないように、台詞にヒントを隠すなんてね。でも、そのせいでその後何人も殺されちゃったわけだから、彼女としてはちょっと複雑だったかもね」
「皆本先生が、替わりに演じてくれると思ったんじゃないかな。自分が殺された時に、犯人を突き止めるヒントを皆本先生に託したのかもな。彼女が殺されて、結局公演そのものが中止になっちゃったから、皆本先生がヒントを掴むことはなかったんだけどね。とても台本を読む気にはなれなかったって言ってた」
「そうだよね。親友が殺されちゃったんだもんね」
美奈子の言葉をまことが引き継ぐと、うさぎはしみじみとした口調で応じた。
「絵美菜は気付いてたんだろ? 台本のトリック」
「うん。そうみたいね。夢ちゃんの家に十年前の台本が残ってたんだけど、何故かこの後の台本とヒロインの台詞が微妙に違う箇所が何ヶ所かあって、それで疑問に感じたらしいわ」
「……ところで、ふたりとも今日は練習はいいの?」
いつまでも教室を出ていこうとしないまことと美奈子を見て、うさぎは尋ねた。もう普段なら部活動は始まっている時間だった。
「今日はみんなで、夢ちゃんのお姉さんの墓参りに行くんだってさ。あたしたちは、遠慮したんだ」
自分たちは所詮は部外者。墓参りは演劇部員たちに任せたい、との考えだったようだ。
「先生。神部先生」
廊下を歩いていた神部を亜美が呼び止めた。
「おお、水野か。ご苦労だったな」
神部は亜美に労いの言葉を掛けた。一連の事件の解決に、亜美の活躍があったことを神部は知っているのだ。
「先生のご苦労に比べたら、あたしなんて大したことはしていません」
亜美は言いながら、ポケットから手帳を取り出す。
「落とし物ですよ」
「中、見たのか?」
「ええ。でないと、先生のだって分かりませんから」
亜美は柔らかい笑みを浮かべた。神部は亜美から手帳を受け取った。
「………この学校には、いつまでいらっしゃれるんですか?」
神部が手帳を背広の内ポケットにしまうのを見届けると、亜美は声を小さくして尋ねた。神部は小さく笑う。
「今学期いっぱいは、いていいことになってる。そうそう『仕事』があるもんじゃない」
「また、お会いできますよね?」
「お前たちが探偵ごっこをしていれば、またどっかで出会うこともあるかもしれん」
神部は亜美の左肩をポンと叩くと、職員室の方へ向かって歩いていった。
火川神社の境内を、例によって竹箒で掃除しているレイの前に衛が現れた。
「昨日はご苦労だった」
「いいえ。あたしは『力』を貸しただけです。戦ったのは、彼女たちですよ」
レイはやんわりと微笑んだ。それもこれもレイの機転があったればこそなのだが、そんなことを自慢するような彼女ではない。
「確か、この裏だったよな」
衛は本堂の裏の方に視線を向けた。火川神社のちょうど裏側に、霊園があった。
「ええ。ああ、今日はお墓参りをすると言ってましたね」
レイは衛が火川神社に現れた理由を悟った。だから、衛の横に無言で並んだ。
本堂の裏手に目線を向けると、ふたりは揃って手を合わせた。
夢の姉―――優希の墓は元麻布の霊園にあった。
演劇部員と夢、そして皆本が優希の墓の前にいた。生前、優希が好きだったれんげ草の花束と台本が添えられていた。
「最近の若い子たちは、無茶をするよ」
墓標を見つめながら、皆本は言った。
「まぁ、そのお陰で犯人が分かったんだけどさ」
夢や絵美菜、麻理恵たちが照れたように笑う。
「今度の公演は、あんたが書き換えた台本じゃなくて、元の台本を使うからね。あの台本は、もう必要ないからさ。見守っててくれよな」
皆本が手を合わせると、全員が揃って手を合わせた。
期待してるよ!
彼女の「声」が、どこからか聞こえてきたような気がした。