第三章 犯人の狙い


 亜美は国立国会図書館である本を探していた。
「あった、ありました!!」
国立国会図書館のパソコンで検索していた亜美が、ABC殺人事件の文庫本を見つけた。そして、そのABC殺人事件の本をカウンターで受け取った。
「亜美ちゃんどういうこと??模倣って・・・?」
美奈子が亜美にそう話した。
「『ABC殺人事件』というのは、アガサ・クリスティの名作の一つで、今回の事件のようにアルファベットのABCの頭文字が付く都市の順番に、同じくABCが頭文字として付く人物があらゆる手段で殺されていくという小説。そして、ABC時刻表というのがあって、必ず被害者のそばにこの時刻表が置いてあったというわけ」
「なるほど、時刻表ではないけれど、犯行現場に犯人が残していったものはそれに近いものだからね」
美奈子も納得する。
「時刻表ということで共通点があるとすれば、ABC殺人事件の場合、ABC時刻表はロンドンを起点として、ABC順に駅名が書かれていて、料金やキロ数字、ロンドンからの所要時間なんかが書いてあるのよ」
「で、今回はそれをあいうえお順に置き換えたってわけね。ただ、日本にはそんな時刻表はないから、犯人はわざわざ時刻表をインターネットからプリントアウトして、その紙を犯行現場に残していったって事?」
美奈子は自信満々に亜美に聞いた。
「そういうこと。ABC時刻表を参考にしているとしたら、東京始発と言うことが頷けるのよ」
「で、この小説のクライマックスは??」
「第三の殺人の被害者の弟が犯人だったのよ。事件は第四の殺人まであってね、自分に疑いがかからないように無関係な人たちを言葉巧みに釣って、次々と殺したわけ。兄の遺産目当てにね。第四の殺人は、本当の無差別殺人で、都市のアルファベットはDだったけど、殺された人は、頭文字はDじゃなかったってわけ」
「要するに、たくさん人を殺せば、大本命がかすんでしまって、分からなくなるか・・・」「あとは、別の身代わりを用意したってところね。偶然にもABCの名前を持つ人を見つけて犯行を思い立ったわけだから」
「果たしてそこまでまねできるかしらね・・・」
美奈子は無理でしょ、という顔をしながら亜美と話し込んでいた。
「あれ?こんな所で何してるんだいお二人さん??」
「うさぎちゃん!」
偶然にもうさぎが国会図書館に来ていたのだ。
「うさぎちゃんには一番ふさわしくない場所になんだっているのさ?」
美奈子が不思議そうな顔をする。
「まもちゃんの探してる資料を探しに来たの!都立図書館になきゃ、ここしかないでしょ!!」
「確かに・・・。で、何の本??」
「『うつ病に関する薬の効能と治癒の仕方』って本」
うさぎがなんだか題名からして難しそうな本を二人の前に見せた。
「衛さん、臨床心理士でも目指してるの??」
「なんか、大学の友達がうつ病になっちゃったんだって」
亜美の問いにうさぎが答えた。
「あらら・・・。なんか相当なストレスを受け続けて、疲れちゃったんでしょうね」
亜美は一般論を言った。専門的に言えばいろいろと複合的な要素が加わるのだが、かなり大きなストレスや悩みがその人に起きない限り、うつ症状は起きないため、単純に亜美は要約したのだ。相手がうさぎではそうだが・・・。
「なんか、衛さんも大変ね・・・。じゃあ、私たちはもう少しいるから」
美奈子がうさぎに言った。
「うん!分かった!!じゃあね〜〜」
うさぎは本をコピーしたあと、国会図書館をあとにしていった。
「うつ病か・・・。現代の大きい社会問題の一つね・・・」
亜美はぼそりと言った。
「確か、気分が落ち込んで何もやる気が起きなくなって、下手すれば自殺に追い込まれる恐ろしい心の病よね?」
美奈子が亜美に聞く。
「今、中学生以上の男女のうち、3人に一人は何らかの心の病を持っていて、その中でうつ病にかかっている可能性がある人は4割くらいいるらしいからね。政府も本腰を入れてくれなきゃね」
「そうね・・・。誰でも悩みを持っているから、全員がなる可能性だってあるわけだからね・・・」
「そうだよね」
亜美と美奈子は事件以外で深刻な顔になってしまっていた。

 衛が通うK大学キャンパス。衛の友達の上野愛はうつ症状に苦しんでいた。昼休み、学生食堂で衛は愛に病院へ行くよう言い始めた。
「上野いい?心療内科なんて誰でも行っているところだ。そんな深刻に考える必要はない。それに、それ以上症状が悪化してしまったら、人生棒に振るぞ?」
衛は優しく愛に言った。
「ありがとう・・・。でももう私は死んだ方がいい人間なのよ・・・」
(これは重症だ・・・)
衛は頭を抱えてしまった。

「まもちゃ〜〜〜〜ん」
「うさこ!?」
珍しくうさぎが衛の大学に来ていた。
「なんか、まもちゃんの友達のことが気になってさ」
「そうか・・・」
衛はうさぎの一言にため息を付いた。
「どうしてその人、うつ症状になっちゃったの?」
「原因は彼氏さ」
衛が語り始めた。
「俺の友達、上野愛って言うんだけど、上野の彼氏って奴がどうしょうもないやつでね。浮気ばっかりしてるってわけさ。それで、彼女の精神的限界というやつを越えてしまい、身も心もボロボロってわけさ」
「許せないわね〜!そのあばずれ男!!」
「全くだ。その上その男は行き方知れず。彼女相当追い込まれてるのさ」
「もう〜〜、そんな状態の女の子をほったらかしにして、何やってんだか!」
うさぎが怒り心頭の状況である。銀水晶が若干反応しているのが衛にも分かった。
「ま、まあうさこ落ちつけな。なにか夕飯おごってやるから。な?」
「やった〜〜!!!」
この一言に銀水晶の小さな反応も収まり、うさぎもさっきまでの怒りは何だったのだろうかという表現をしている。
(全く、やれやれ・・・)
衛もある意味大変厄介な恋人を持ったものである。

「アガサ・クリスティのABC殺人事件を真似た連続殺人事件ね〜・・・。犯人もずいぶん大胆なことをやったものね・・・」
桜田総監は亜美からの報告にため息混じりにそう話した。
「ということは、まだまだ殺人は続くと見てるわけね??」
桜田総監が亜美にそう話しかけた。
「はい、残念ですが少なくともあと2件は起きると思います。それも防げるかどうか分かりません」
「そうね・・・。二人の被害者の交友関係をさらに洗ってみる必要がありそうね。ありがとう、わざわざ知らせに来てくれて」
「いえいえ。また何かありましたら連絡します」
「分かったわ」
桜田総監は疲労の色を濃くして、ソファにもたれかかった。
「まだ続くとしたら、まずいわね・・・」
桜田総監はそのまま居眠りをしてしまった。

 上野愛の病状はかなり深刻であった。衛の前で彼女は倒れ、救急車でJ医大病院に担ぎ込まれた。担当は亜美の母親と精神科医の二人であった。
「地場さんでしたね?亜美がいつもお世話になっています」
亜美の母親は衛を見るなり深々と頭を下げた。
「いえいえ。ところで上野の病状はどうです??」
「体の傷は大したことないのですが、心の傷は相当のものです。我々外科医の範ちゅうを越えていますからね。あとは、精神科医に任せるほかありません」
亜美の母親は冷静に語った。
「そうですか・・・。水野先生、その精神科医の先生とお話しできないでしょうか??」
「いいですけど?」
亜美の母親は担当の精神科医に引き合わせてくれた。そして、愛の諸々の事情を精神科医に説明した。
「なるほど・・・。それはかなり難しい患者さんですね。相手の男性を連れ戻して土下座させるなり何なりさせないと、かなり厳しいかも知れないですね。ただし、何か吹っ切れる材料でも出来れば話は別ですが」
「そうですか。草の根分けてでもそいつを探します」
衛は担当医に一礼してJ医大病院をあとにした。

 桜田総監はすぐに亜美の推理を基に、うのつく市町村に住む名字の頭文字にうのつく人たちに警戒するよう、各警察に指示をするよう、警察庁長官に懇願した。警察庁も事態を見過ごすわけにはいかないため、各管区警察局を経由して、各警察本部に指示を出した。最も、畳に落ちている小さなゴミよりも次の標的を見つけるのは難しい作業のため、ある意味棚からぼた餅を期待するようなことである。
「明智警視、次はどこかしらね」
桜田総監が捜査会議でぼやいた。
「大きな都市なのか、小さな町や村なのかそれはちょっと分かりませんね」
明智警視も目のしたに隈が出来ている。みな徹夜で捜査しているのだがさっぱりなのだ。
「今のところ、道路に設置されているカメラや現場周辺の防犯カメラに不審な人物は写っていないと言うことです」
剣持警部も加わっていたがこちらも疲労困憊であった。
「とにかく、今日はもう寝ましょう。解散」
桜田総監は捜査会議の一時解散を宣言し、全員それぞれの場所で仮眠をとった。

 衛はJ医大病院に愛の見舞いへ行った。愛は薬が効いているのかすっかり眠っていた。愛のベッドの脇にはメモが残っていた。メモには「あの人を止めて」と書いてあった。蒸発した彼氏のことであろうか???
「先生、このメモは??」
「どうやら、彼女のボーイフレンドは何らかの犯罪に巻き込まれた、もしくは関わっていると考えるのが普通ですよ」
「彼氏の名前でも分かればいいのですけどね・・・」
「全くです」
担当医との受け答えに衛は嫌な胸騒ぎがした。

「衛さんの友達の彼氏が行方不明と・・・?」
「えぇ。それで、捜索願を出そうにも相手の名前が分からないので、上野愛さんの携帯電話を調べたいのですが、なにせ上野さんはうつ症状で自分の意志を確認させようがないという状態です」
「なるほど・・・。彼女の具合のいいときに担当の先生の許可をもらってやるしかないわね」
亜美は衛から相談を受け、桜田総監に今後の対応を仰いでいた。
「とりあえず、地場さんには、具合のいいときにうまく聞き出すよう言ってくれる??」
「分かりました。伝えておきます」
亜美は桜田総監の言うとおりにしようと思った。うつ病患者の何よりの薬は十分な休養、しばらくは聞けまいと思っているのだが。

 愛の状態がよくなり、衛に携帯電話を見せたのは二件目の事件から4日たった22日だった。
「彼氏の名前は、御手洗章で28歳。S商事に勤めていて、この若さで取締役ですか。そして、この彼は会社に有給休暇を取ってそのまま姿を消した、か」
衛はふうっと息を吐いた。
「彼は繊細なの。何かあると、すぐに女の人に走ってしまう。今回もそのたぐいじゃないかと思うのよ」
愛はぽつりぽつりと語り始めた。
「で、君と出会ったのはいつ??」
「高3の秋。品川駅で彼の落としたハンカチを私が拾ったのが縁でね。その後、携帯の番号なんかを交換して、急速に仲が深まったの。ただ彼はその頃はこんなに女性関係は派手ではなかったわ。派手になったのはここ3ヶ月だもの」
「なるほど。会社でなにかあったのかも知れないな」
「えぇ。それしか考えられないもの」
「彼から相談とかは?」
「特になかったわ。ただ、会社の社員証をずっと眺めてたわ」
「とにかく、S商事を調べるしかないか・・・」
衛は愛の告白に衝撃を受けながらも、S商事を調べることにした。

「S商事の取締役?28歳の若さでね〜・・・」
桜田総監は亜美からの報告で御手洗のことを聞き、感心した。S商事といえば旧財閥系の一流商社だ。それも弱冠28歳の若さで取締役といえば、会社内で何もないとは言えない。「とりあえず、所轄の丸ノ内署にはこちらから言っておくわ。地場さんには引き続き彼女のサポートをするよう伝言しておいて」
「分かりました。ただ、衛さんはもしかしたらS商事に乗り込むかも・・・」
亜美は桜田総監にそう言った。
「じゃあ、一緒に行ってあげなさい。地場さんの彼女と一緒にね」
「いいんですか!?」
「丸ノ内署の地域課の篠山警部というのがなかなかの切れ者でね。彼を同行させるから」
「ありがとうございます」
亜美は一礼して総監室をあとにした。

「本庁の警備局のお方がなんで、家出人の捜索に??」
警視庁丸ノ内警察署地域課主任の篠山警部は亜美に質問した。
「私の親友の恋人の親友の恋人が行方不明になったわけですからね。私も黙ってみることはできません」
亜美は篠山にそう言った。
「S商事といえば世界有数の商社。その商社の取締役が蒸発したってのに、会社からは何の捜索願も出されていない。どういうことだ?」
「分かりません。ただ、御手洗さんの彼女、上野さんがメモで“あの人を止めて”と書いてあったそうですから、何らかの犯罪に巻き込まれた可能性は非常に高いと思います」
亜美は持ち前の推理力で篠山にそう説明した。
「分かりました。では、S商事に行ってみますか」
「あと、上野さんの親友も行きたいと言っているのですが・・・」
「ほう。警備局の方からの願いでは断るわけにはいきませんね・・・。同行を許しましょう」

 うさぎの同行は認められなかったが、衛と亜美と美奈子が篠山と共にS商事を訪れた。「警視庁丸ノ内署のものです。御手洗章取締役に付いて、親しい人といろいろとお伺いしたいのですが?」
受付で篠山は警察手帳を出し、誰かしらの面会を求めた。
「では、会長でよろしいでしょうか??」
「構いません」
篠山は会長室に通された。

「御手洗君が行方不明?それはなにかの間違いでは???」
S商事の山口会長は驚愕した表情で4人を見つめた。
「昨日、交際していたK大学の上野愛さんから、こちらの地場衛さんを通じて、警視庁本庁に捜索願が出されましてね。S商事のある丸ノ内を管轄する本署が捜査を担当することになりました」
篠山は相手の目を見て話した。
「御手洗君は確か、有給を取っています。連絡が取れないと言うことでしょうか??」
「茨城県土浦市の御手洗さんの実家に問い合わせましたところ、本人は帰省していないと言うことです。品川にある彼のマンションも捜索しましたが、行方をつかめるようなものは出てきませんでした」
「そうですか・・・。てっきり実家に帰省していると思ったのですが・・・」
「なぜ実家に帰っていると思ったのですか??」
「御手洗君の部下から、御手洗君の母親の具合が優れないから近々帰省するかも知れないと言う報告を受けていましたので」
篠山はびっくりしてしまった。
「土浦警察署の報告では、両親とも元気にいまだに何らかの仕事をしているとのことですよ。母親は土浦市内のスーパーでパートをしているそうです」
「なんですって!?」
山口会長は表情を凍らせた。
「その報告をした部下という方は??」
「やはり休暇を取って、実家のある福島県の郡山市に帰省しています」
「とにかく、御手洗さんの部屋を見せてくれませんか??」
亜美は山口会長に御手洗の部屋を見せてくれるよう頼んだ。
「いいですよ。喜んで」

 御手洗の取締役室はきれいにしてあって、書類もきれいに並べてあった。
「しかし、何も出てこないな・・・。やはり突発的な事件にでも・・・」
「亜美ちゃん!!これ!!!」
パソコンの周辺を調べていた美奈子が声を張り上げた。
「駅すぱあと!?例の連続殺人事件の現場に落ちていたものと同じじゃない!」
「水野巡査、どういうことですか?」
篠山は水野に聞いた。
「あきる野市と伊東市で連続して発生した女性連続殺人事件のことです。犯人はわざわざ私を指名して、犯行予告文を送り、その予告通りの場所で殺人が起きているのです」
亜美は御手洗のパソコンを操作しながら篠山にそう答えた。
「ということは、御手洗章はその連続殺人事件に関わっていると??」
「この文面から見ると、そうでしょうね」
亜美はパソコンのディスプレイを篠山に向けた。
「これは、私に送りつけられた文面と全く一緒です。もちろんこの文面はマスコミには公表していませんし、まねをしたとは考えられません。御手洗さんが何らかで一連の事件に関わっていることは確かなようです」
「すぐに、御手洗を手配しますか?」
「それはまだ段階が早いでしょう。調べられればすぐに分かってしまうようなこの文面をわざわざパソコンのハードディスクに残して行くはずがない。もしかしたら、御手洗さんに何らかの恨みを持つ人物・・・」
「まさか・・・」
篠山は亜美の推理を読んだようだ。
「えぇ、山口会長に偽の報告をした、御手洗さんの部下でしょうね」
亜美は自信をもって答えた。

「次のターゲットは上野だって言うのか!?」
衛はびっくりして亜美に聞き返した。
「彼女の出身地はどこ??」
美奈子は衛に素っ気なく聞いた。
「上田だ。長野県上田市だ」
「それよ。彼女は上田市に帰ることはあるのかしら?」
亜美は衛に聞いた。
「養生を兼ねて、明日から上田に帰るそうだ」
「まずいわね。いい衛さん。この事件はあいうえお順に都市が選ばれ、あいうえお順に名字が付く人が殺されていってるの。上野愛さんは母音に変えて読むと、『うえおあい』、これをひっくり返すと『あいうえお』、犯人は上野さんを犯人に仕立てて、自殺に見せかけて殺すっていう線よ」
亜美が衛に推理を披露した。
「でも、この事を彼女に伝えるのは、彼女の精神状態からいって酷だぞ。どうしたらいい??」
「うさぎちゃんに上野さんになっていただきましょう」
亜美が思いがけない提案をした。
「なるほど、変身能力を使って、上野に変装させるって事か」
「そういうこと。上野さんの明日の新幹線の予定は分かる??」
「東京駅を午前八時四十分に出る、あさま503号に乗る予定だ。無論、俺も一緒に乗るが」
「じゃあ私とうさぎちゃんは一つ前に出るあさま539号に乗るわ。美奈子ちゃんとまこちゃんが乗るから。上野さんには、衛さんの他にせつなさん、レイちゃん、ちびうさちゃん、ほたるちゃんに乗ってもらうわ」
「OK。上野には長野観光をしたいと、友達が付いてきたとでも言えば分からないしね」
「じゃあ、予定通り、事を進めましょう」
亜美はJR東日本の乗車券センターに電話を掛けた。

「犯人が上野さんを??どういうこと??」
桜田総監と明智警視立ち会いの元、亜美と美奈子の推理が始まった。
「まず、上野さんの恋人の御手洗章さんは、今回の事件に何らかの形で関わっていることは事実です。しかしながら、彼には動機がない。今回の事件は、アガサクリスティのABC殺人事件を真似た事件ですから、犯人には何らかの動機がなければいけません。もし、犯人が上野さんを真の目標にしているのならば、御手洗さんはこんな手の込んだことをせず、すぐに上野さんを抹殺するでしょう。しかし、御手洗さんは自分から姿を消したわけです。上野さんに何か無いように。しかし、犯人は御手洗さんに無言の圧力をかけたわけです。すなわち、今回の二人の被害者は、上野さんを殺害するためにそのカモフラージュのために殺された人たちです。上野愛さんの名前の母音にすると、うえおあい。ひっくり返せばあいうえお。もちろん、これはマスコミには公表されていませんが、二件目の事件が起こった段階で、御手洗さんは危機感を強めたはずです。なにせ、あきる野市と伊東市で殺された二人の名字、阿部と井口は頭文字があとい、次は上田市に療養を兼ねて帰省する上野さんが狙われると言うことは目に見えてますからね。どこに姿を隠しているかは分かりませんが、おそらく、明日上田市に犯人は現れるでしょう。もしかしたら移動中の新幹線の中かも知れない。それに今回は予告状なしでやってくるでしょう。上野さんを犯人に仕立てるために。上野さんを殺害したあと、鞄や服のポケットなどに文章を入れ、自分がやったとすれば、自殺だと誰でも思います。仮に彼女が真犯人ではないと分かったとしても、真犯人はすでに日本にはいないでしょう。ただ、今回の犯人は上野さんがひどいうつ状態であることを知らないでしょう。病院でもけがをして入院したと言うことになっていますからね」
「じゃあ、犯人はどうやって明日、上野さんが上田に帰ることを知ることが出来るの?」
桜田総監は亜美に聞いた。
「総監、簡単な推理です。病院に出入りしている業者の中に、犯人が変装して紛れ込んでいれば、うつという情報は厳密すぎるくらいですから漏れないでしょうが、退院して実家の上田に帰ると言うことくらいは、ナースなり、他の入院患者からさりげなく聞き出すことはできるでしょう。その後、JRの端末にでも侵入して、彼女の予約した新幹線なり特急電車なりの顧客名簿を盗み見れば、どの電車に乗るか位は分かりますからね」
明智警視は基本だと言わんばかりの推理力をみせた。
「明日は、上野さんは何時の新幹線なり特急に??」
「JR東日本の協力を得まして、あさま503号に上野さんは乗車します。しかし、上野さんの名前は、一つ前のあさま539号に変更させています。507号の名前は、私の親友の月野うさぎ名義で座席を指定してあります。503号には上野さんとは全く違う別人を乗せます。539号、503号共に、人員を配置してもらうよう、鉄道警察隊の方に応援を要請し、快く引き受けてくれました。埼玉、群馬、長野県警の捜査員も途中からどんどん539、503号の両方に乗車してくれます」
美奈子は桜田総監にそう答えた。
「手回しの早いこと・・・。まあ、いいわ。私と明智警視と剣持警部もあさま539号に乗るから、チケットの手配できる??」
「そう言うと思って、3席分確保してあります。あと、麻布署の谷橋警部補と、丸ノ内署の篠山警部も一緒です」
亜美がそう答えた。
「537号の方には??」
明智警視は美奈子に質問した。
「あきる野署の矢橋警部と、伊東署の佐々木刑事が同行します」
「それなら安心だ。よし、明日が勝負だな」
明智警視は息を吐きながらその場を立った。
「では水野巡査。明日東京駅でお会いしましょう」
「はい」
明智警視は総監室を出ていった。
「ところで、犯人の見当は付いてるんでしょ??」
桜田総監は亜美達に聞いた。
「えぇ。実は御手洗さんの部下である人事部の社員が有休を取って行方を眩ましております。もうお分かりですよね」
「なるほど。じゃあそいつを現行犯でとっつかまえて、どんどん証拠を上げさせるというわけね?」
「そういうことです」
亜美は桜田総監に言った。
「ところで、御手洗さんは???」
「多分、現れると思いますよ」
美奈子は自信たっぷりに言った。

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