第二章 第二の殺人・亜美と美奈子西へ


 9月11日に犯人にまんまと殺人を実行されてしまった警視庁は、桜田総監以下非常に落胆の色を隠せなかった。
「やはり、あきる野にもっと人員を配置すべきだったでしょうか??」
秘書官は心配そうに桜田総監に声を掛けた。
「私のミスよ。しばらくは愛野さんや水野さんとの連絡を密にしなければだめね。これだけでは終わらないわ」
桜田総監も亜美と同じ心配をしていた。このままこの事件が終わるわけがないと確信していたからだ。だとしたら、再び亜美に何らかの形で犯人は接触してくるに違いないと考えていた故の判断であった。
「では、明智警視と剣持警部とよく話し合わなければいけませんな」
「そうね。今日のあきる野署での捜査会議に出席するわ。裏に車を回して」
「分かりました」
秘書官は桜田総監の求めに応じ、すぐに車を警視庁の通用口に用意した。
「後のことは副総監にお願いして。今日は本庁には戻れないと思うから」
「分かりました。お任せ下さい」
秘書官は敬礼をして、あきる野署に向かう桜田総監を見送った。

 午前11時過ぎ、桜田総監の乗った車があきる野警察署に到着した。正午から始まる捜査会議に向け、別室で部下やあきる野署の署長らと簡単な打ち合わせをした。午後12時1分、捜査会議はあきる野警察署の一番大きな会議室で開かれた。
「被害者は多摩市にある都立T高校に通う阿部公子さん16歳。阿部さんの身辺を洗いましたが、これと言った恨みを買っている様子や、トラブル等はみられませんでした」
矢橋警部は所轄のあきる野署の捜査員を代表して、被害者についての報告をおこなった。
「阿部さんの家からパソコンのたぐいは発見されず、学校でもコンピューター系の履修は申請していませんでした」
矢橋が続けた。
「被害者は過去にパソコンを操作した経験はありましたか?」
明智警視が矢橋に質問した。
「家族の話によると、部屋にあったワープロやタイプライターを使った経験はあるそうですが、パソコンは触ったことはないそうです」
明智警視の質問に矢橋が答えた。
「明智警視。先ほどよりパソコンにこだわっていますが?」
桜田総監が明智警視に話した。
「被害者の鞄の中から、インターネットで公開されている列車と飛行機の時刻表をプリントアウトした紙が見つかりましてね。それは被害者がプリントしたものなのか、犯人が何らかのメッセージとして残していったのか分からないものでしてね」
明智警視は淡々と桜田総監に答えた。
「被害者がコンピューターの授業を取っていなくても、友人が学校なり自宅なりでプリントしたのでは??」
桜田総監は矢橋に質問をぶつけた。
「阿部さんの友人や学校の機材を全て調べましたが、犯行現場に残されたものと、学校のプリンターのインクや、友人の家のプリンターのインクにいずれも引っ掛かりませんでした。いま、科捜研が懸命にプリンターの種類を特定中です」
矢橋は桜田総監にそう答えた。
「犯人が残していった可能性が高いと??」
「その通りです」
矢橋は桜田総監の一言に自信を持って答えた。
「私も矢橋警部の考えに賛成でしてね。第一、五日市から東京までの始発の時間帯の時刻表ならまだしも、逆の東京から五日市までの時刻表を持っていた時点で不審に思いました。確信したのは、被害者の部屋にJTBの時刻表がちゃんとに本棚にあった時点ですけどね」
明智警視は矢橋を擁護するように語った。
「ということは、かなり偏執狂的な奴の犯罪ね?」
桜田総監は明智警視に返した。
「えぇ。あとはプロファイリングの専門家に聞いてみないとあれですが、まぁ同じような結果でしょう」
明智警視は自信満々に言った。
「で明智警視、事件はこれだけじゃ終わらないと私は踏んでいるのだけどどう??」
「同感です。こういう着違いな犯罪者はこれだけで事件を終わらせるとは思えない。恐らく第二、第三の犯行があるでしょう」
「ということで明智警視。あなたも被害者宅の捜索で会ったでしょうけど、警備局の水野亜美巡査と密に連絡を取り合ってくれないかしら??」
「水野巡査というとあの優しそうな私服女性警官ですか??」
明智警視は不思議そうな顔をして桜田総監の顔を見た。
「えぇ。おそらく犯行予告を送るなら彼女だわ。そこらへんもどうやら執着心というか、趣味的なものなのかはともかくだけどね」
「なるほど。では彼女の連絡先を教えて下さいませんか??」
「分かりました」
桜田警視は亜美の携帯の番号をメモにして渡した。

 話が少し戻る。亜美は警察職員という地位を桜田総監が何かあるといけないからと、セーラーチームのために確保しておいてあった。美奈子は元々巡査長という身分を得ていたのでその心配はないが、亜美の場合は帝国華撃団事件の際に臨時に巡査という地位を与えられ、事件終結と同時に警視庁事務局部事務課付きの警察官ではなく警察職員としての地位にとどめた。あとでなにやらゴタゴタが起こると亜美に迷惑がかかるからと言うことらしいが、亜美は本当は巡査の方が良かったと内心思っていた。そんなときに降ってわいたような今回の事件で亜美は再び警備局付きの私服巡査として復帰。今回は正式に臨時ではなく正当な巡査として異例の人事異動となった。
「なんか、重い責務を背負ったって感じ・・・」
事件後最初に登校した際、うさぎやまことに警察手帳を見せ、ぺろっと舌を出した。
「亜美ちゃん、将来は警察官僚かな・・・?」
「うさぎちゃん、それはないと思う・・・。ただ、医者になるとしたら警察病院に行かされるだろうけどね」
亜美は屈託なく笑った。
「でも、今回の事件を解決したら階級上がるんじゃない??」
まことが亜美にそれとなく言った。
「かもしれない。そしたら美奈子ちゃんも上がるだろうけど」
「美奈子ちゃんは巡査長だから、仮に二階級上がると警部補だね」
「そうね」
そんな笑い話をしていると、亜美の携帯の着信音が鳴った。
「はい、水野です」
「警視庁の明智です。話は桜田総監から聞きました。何かありましたらすぐにこちらに連絡をもらえないでしょうか??」
「分かりました。犯人に動きがあり次第電話をします」
「亜美ちゃん、今の誰??」
うさぎが亜美に聞く。
「警視庁の明智刑事部長。なかなかの切れ者で、次期警視総監の噂もあるわ」
「そんな凄い人と電話できるなんて・・・」
まことが唖然としていた。

 亜美の下駄箱に再び茶封筒が投げ込まれたのは、事件のあった11日から4日後の15日であった。
「やっぱり来たわね」
美奈子が亜美の連絡で駆けつけ、亜美と一緒に茶封筒の中に入っていた手紙を一緒になってみていた。
「今度はどういうたぐいの手紙??」
うさぎものぞき込む。
〔どうです?本当に起きたでしょう??今度は遠くへ行ってもらいましょう。今度は伊東だ。静岡県伊東市だ。9月18日に何かが起きる。君たち低能共に私を止めることができるかな??君の健闘を祈る。敬具 あいうえお〕
「完全になめられてる・・・。調子に乗ってるわね!!」
美奈子が激怒した。
「人の命をこの犯人は何とも思っていないのね」
亜美が怒りに震えた。
「18日、あと三日・・・。間に合うかな・・・」
うさぎが心配をした。
「明日から、伊東ね、亜美ちゃん」
「ええ。こんな奴とっとと捕まえないとね!」
亜美の闘志がみなぎった。

「伊東市?18日に伊東市だね??分かったすぐに対処する」
明智警視に亜美から連絡が入り、すぐに静岡県警に連絡を入れた。
「あと三日ですか。準備はできるだろうが、まず伊東市の広い範囲に捜査員を配置するには・・・」
明智警視はいらない紙にメモを取りながら今後の作戦を練っていた。

「あきる野署と麻布署の刑事を派遣して欲しいのね?」
明智警視はすぐに桜田総監のところへ行き捜査員を借りて欲しいと頼んだ。
「えぇ。今回はどうやら連続殺人の色が非常に濃いです。誰が次の標的かは三日では不可能ですが、警官を増やして犯人に少しでも圧力を加えることは可能です」
「分かったわ。警察庁の中部管区警察局にも応援を要請するわ。すぐに対処できるから」
「分かりました。そうしていただくと幸いです」
明智警視は一礼して総監室を出ていった。
「秘書官を呼んで下さい」
桜田総監はすぐに内線電話で秘書官を呼んだ。
「はい。なんでしょうか??」
「すぐに警察庁に行くわ。水野さんの所にまた予告状が届いたのよ」
「次の指定場所やターゲットは?」
「場所は伊東市ということは書いてあったけど、標的は何も書いてなかったわ」
「分かりました。すぐに警察庁長官との折衝に入るわけですよね?警察庁に先に連絡して、緊急会議を行えるようセットしてもらいます」
「ありがとう。いつもすまないわね」
「いえいえ、人の命が掛かってますから」
秘書官は嫌な顔ひとつせず、警察庁への連絡を始めていた。

「連続殺人事件に発展しそうなのか?それは大変だ」
警察庁長官と刑事局長は桜田総監の話を聞いて顔色を変えた。
「そこで緊急に中部管区警察局の捜査員を借りたいのですが」
「中部管区だけじゃなく、東京からも捜査員を出す。無論あきる野署や麻布署からも捜査員を派遣することを許可する。静岡県警も威信を賭けて今回の事件を防ごうとするはずだ」
「ありがとうございます」
「しかし、いくら人をたくさん伊東市の隅から隅まで配置したとして、100%事件を防げる保証はないことくらい君も分かってるよね?」
刑事局長は桜田総監にそう質問した。
「確かに、あと三日では狙われている人物を割り出し、その人物を保護することは非常に難しいことです。しかし、そう易々と犯人に犯行を決行されてはこちらとしても面目が立ちません。警視庁としても犯人の検挙に全力を挙げますが、最悪の結果になることも十分に承知しています」
「これだけの文面しか書いていないので仮に誰か本当に殺されても、責任問題云々以前の問題で、誰も責めることができない」
「マスコミに公表するというのは?」
長官が桜田総監に言った。
「今は伏せておくべきでしょう。出したら、伊東市民がパニックになりかねません」
「分かった。伏せておこう」
長官も納得した。
「とにかく15日が勝負だな」
刑事局長の声がむなしく響いた。

 9月15日、静岡県伊東市全域は制服警官の人数もさることながら、あきる野、麻布両警察署の捜査員や、警察庁、警視庁、静岡県警の私服警官まで動員される異常な事態となっていた。ただし、この事はもちろん市民には極秘裏に進められていることもたしかであるが。
「伊東駅周辺異常ありません」
「了解」
伊東警察署に設けられた対策本部の無線には、伊東市全域から捜査員が15分くらいの間隔で警察無線で本部に報告をあげていた。
「今のところ動きなしか・・・」
桜田総監の替わりに若木が今回の伊東の事件を亜美や美奈子達と一緒に見守ることになった。
「本当に起こるのでしょうか?殺人事件は・・・」
あきる野署の矢橋警部は不安そうに若木に話しかけた。
「分かりません。何もないことを祈りたいですがね」
若木ももはや神頼みだ。
「水野巡査、麻布署の谷橋さんが着きました」
伊東署の刑事課の佐々木巡査部長が、若木と一緒にいた亜美に報告した。
「お久しぶりです、谷橋さん」
「また、君の所に予告状かい?犯人もよほど君のことを気に入ってるようだね・・・」
谷橋は苦笑しながら亜美にそう話した。
「全くです。いい迷惑ですよ」
「違いない」
谷橋は亜美の答えに心底同情した。
「そちらのきれいな子は?」
「警視庁警備局巡査長の愛野美奈子です」
美奈子は谷橋とは初対面のため自己紹介をした。
「麻布警察署生活安全課警部補の谷橋です。よろしく」
「こちらこそ」
一通り挨拶を終えると、亜美を呼んで小声で話し始めた。
「署長から聞いたのだけど、君やそのお友達は桜田警視総監の影の捜査員らしいじゃないか??」
「そんな噂が流れてるんですか?」
亜美はびっくりして谷橋の方を向いた。
「高校生なのにそんな芸当ができるなんて、君たちは一体何者なんだ?」
「それは、桜田さんから堅く口止めされてますので」
本当は口止めなどされていないのだが、一応そう言うふうにしておいた方が良いと亜美なりに判断していた。
「なるほど・・・。きれいな女性には秘密がある方がいいって言うけど、まさにそれかな」
「一応、事件に関わらないとお金も出ないことになっていまして、普段は籍を置いているだけの給料なしです」
「ほう。だから、秘密捜査官なのかな?」
「そういう噂が流れた原因かもしれないですね」
亜美は笑いながら谷橋にそう言った。
「じゃ、事件の起こらないよう一緒に祈っていよう」
「そうですね」
亜美は谷橋と別れ、会議室へと戻っていった。
「谷橋警部補と何を話してたんだい?」
若木が会議室に戻ってきた亜美に質問した。
「どうやら、私たちはいつの間にか秘密捜査官扱いになっているようで・・・」
「なるほど。でも君たちがセーラー戦士と言うことは、気づくまい」
若木は亜美に言った。
「ですね。そこまでの噂はたっていないと思いますが・・・」
亜美は苦笑しながら若木に話した。

 午後八時過ぎ、伊東署の対策本部の無線に最悪の展開となる一報が入った。
「本部へ。伊東漁港で若い女性が海面に浮いているのを漁師が発見。捜査員は至急急行せよ」
「やられたか・・・」
明智警視は渋い表情をして身支度を整えていた。
「全員伊東漁港へ向かいます。至急支度をして下さい」
明智警視は号令をかけた。

「亜美ちゃん、完全にやられたわね」
美奈子が悔しそうに亜美に言った。
「なんて事だろう。連続殺人事件とは・・・」
亜美も完全に訳が分からなくなっている。
「あと何人死ぬのだろう・・・」
亜美の一言に美奈子も頷いた。

 伊東漁港では海面に浮いていた遺体がすでに港の岸壁に上げられていた。
「被害者はこの近くに住む、井口小百合さん20歳。熱海の看護学校に通っているそうです。死因は鑑識さんの見立てでは毒殺ではないかということです」
「毒殺?水死ではなく?」
伊東署刑事課の佐々木は同僚の刑事にそう聞いた。
「えぇ。別の場所で一服盛られて、この場所に遺体を遺棄したようです」
「しかし、これだけの警戒態勢でよくやれたもんだな・・・」
「詳しくは司法解剖待ちですが」
同僚の刑事はそう言った。
「あなたたちは遺体を見ない方がいいでしょう。海水に長く浸かっていたためか、かなり遺体が傷んでいます」
「はぁ・・・」
亜美と美奈子は佐々木の配慮で遺体を見ることを止められた。かなり遺体の損傷が激しいようだ。
「お二人ともそれが懸命だよ。今日の夜食事がとれなくなる」
若木も佐々木の配慮に賛同した。
「分かりました。見ないようにします」
「あとで紙に詳しい状況を書いて渡すから。でも、写真も無理だろうけど」
佐々木はそう言って遺体と一緒に車に乗り、解剖が行われる病院へと向かった。
「よほど寒かっただろうに・・・」
「亜美ちゃん・・・」
亜美は車に向かって手を合わせ、美奈子も車に向かって敬礼をしていた。

「死因は、青酸系の毒物による中毒死。死後およそ二日です」
「二日?ということは14日には死んでいたと言うことか」
「はい。午後六時頃、港の近くで不審な車がいたのを近所の住民が目撃していますが、暗くてよく分からなかったと言うことです」
「港に人がいなくなってから、海に遺体を投げ捨てたか・・・」
「二時間少しで遺体が損傷していたのは?」
「どうやら、他の船のスクリューに巻き込まれたようです。事実、係留してあった漁船のプロペラから被害者の血液が付着していましたからね」
検死官の報告に佐々木が矢継ぎ早に質問していった。
「その他、被害者の遺体から、駅すぱあとの東京から伊東までの経路図や出発時刻、到着時刻が示された印刷物が発見されました」
「またか。やはりパソコンからのプリントアウトですか?」
「はい、あきる野警察署管内で発生した女子高生殺害事件の時と同じプリンターではないかと見て、警視庁の科捜研に送らせていただきました」
「紙はどこに?」
「被害者の着ていた衣服のポケットから押収されました」
「鞄の次はポケットか・・・。やれやれ・・・」
亜美は黙ってメモをしていた。美奈子は唖然としながら聞いていた。
「犯人も相当な執着心だな」
明智警視はため息を付いた。
「明智警視、これからどうします?」
佐々木が明智警視に聞いた。
「剣持君、君の意見を」
「はっ。とりあえず、近くの有料道路や国道の監視カメラの映像を片っ端から集めよう。また、被害者周辺の洗い出しや現場近くの聞き込みをしよう。以上!」
捜査員達は剣持警部の指示でそれぞれ動き出した。
「さすがは次期捜査一課長。さすがです」
明智警視は剣持にそう言った。
「何の何の、基本ですよ基本」
剣持が少し照れていた。

「予告日の前日に殺されていたら、こっちがいくら警戒線を張っていても無駄だったということか・・・」
若木が悔しそうに亜美と美奈子に言った。
「犯人は少しでも時間を稼げるようにそう言うふうにしたのでしょうね」
亜美は冷静に分析した。
「しかし今度は看護師さんの卵か・・・。被害者同士の接点が見えない」
「なんか、引っ掛かるんですよね」
美奈子は珍しく難しい顔をしていた。
「何がだい?」
「いや、被害者の名字と現場の地域の名前の頭文字が二つとも一緒なんですよ」
「あきる野市は阿部公子さん、伊東市は井口小百合さん・・・、偶然ではなさそうね」
亜美が美奈子の疑問に繋がりがあると踏んだ。
「まさか・・・・!いやありうる、ありえるわ!!」
「亜美君どうしたんだ??」
「これはオリジナルの殺人ではない。模倣です!!!」
「模倣!?」
亜美の推理に美奈子と若木が仰天した。


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