迷い込んだ乙女達


第二章 東京海上保安部の要請


 警視庁警視総監室に東京海上保安部から捜査協力要請があったのは、巡視艇が桜組の光武乗組員達を救出してから2時間後のことであった。
「はい、桜田です」
「こちら、東京海上保安部保安部長の雨宮です。先ほど、川崎人工島付近で不気味なロボットを発見し、乗組員が非常事態を伝えたため、全員救助しましたが、救助された全員が不可解な話をしているため、警視庁に捜査協力を求めるところです」
雨宮保安部長は、粛々と桜田総監に事実を伝えた。
「分かりました。警視庁の捜査員をそちらに派遣しましょう。確か晴海でしたよね??」
「その通りです。あと、霊力が云々とか、陸軍大臣をよべとかちんぷんかんぷんでして・・・」
「霊力云々、陸軍大臣云々て・・・。まぁ、防衛庁長官くらいだったら呼べるかも分かりませんが・・・。まぁ、私も行きますわ」
桜田総監は事態を確認するため自ら事情聴取に立ち会うことにした。
「ただ、雨宮保安部長、何名か女性捜査員を連れていっていいかしら??」
「こちらとしては逆に渡りに船ですよ。救助者全員女性ですからね」
「分かりました、先に数名捜査員を派遣し、その後に行きます」
「了解しました。待っております」
雨宮保安部長は忙しそうに電話を切った。その後、桜田総監は若木を呼んだ。
「ごめんね、忙しいところ。急なんだけど、晴海の東京海上保安部に行ってくれる?」
若木は桜田総監の答えにキョトンとした。
「一向に構いませんが・・・。捜査協力要請があったのですか?」
「ずばりそういうこと。私は素晴らしい協力者を連れて、晴海に行くわ。先に行っててくれる??」
「はあ・・・」
若木はしっくりこない様子で晴海に向かった。

 ここは港区麻布十番地区。言うまでもなく、セーラーチームのホームタウンだ。ゲームセンター“クラウン”に桜田総監がやってきた。
「愛野さん〜〜!!」
「さ、桜田総監!?」
突然現れた桜田総監に、美奈子はびっくりした様子だった。
「どうしたんです?急に」
「ちょっと、お友達を集めてくれるかしら??」
「・・・事件ですか??」
美奈子が桜田総監に聞く。
「ドンぴしゃよ」

「えぇ〜〜??事情聴取を手伝って欲しい〜〜??」
“クラウン”に集まった一人、うさぎがびっくりした声をあげた。
「桜田さん〜〜、生まれてこの方他人を尋問したことなんかないんですけど・・・」
うさぎが困った顔をしていた。
「どういった取り調べをするのですか??」
亜美が桜田総監に質問した。
「なんか、陸軍大臣を出せとか、霊力が云々とか・・・」
「霊力だったら私の分野ですけど・・・」
レイが淡々と話した。
「でも桜田さん。陸軍大臣、ということは旧陸軍省でしょうけど、第二次世界大戦で連合国に敗れた日本は、連合国の命令で陸軍、海軍両省を解散させられて、今は強いて言えば防衛庁がその組織に一番近いですよね??」
ほたるが桜田総監に質問した。
「防衛庁や当事者の海上保安庁、国土交通省がトップを出すかどうか、水面下でもめにもめてるのよ」
「縦割り行政の弊害ね・・・」
まことは桜田総監の一言にため息をついた。
「まぁ、とにかく行きましょう。東京海上保安部に」
みちるがとにかく行こうと、言った。

 東京海上保安部では、異常な取り調べが続いていた。
「だから、陸軍のトップや、海軍のトップや、官房書記官を出せと言っているんです!!」
「この国に陸軍や海軍が無いと言うことを何回言えば気が済むんだい?」
マリアの出せという事に、聴取を担当している保安官は頭を抱えた。
雨宮保安部長は、部下からの報告にさらに頭を痛めていた。
「横浜本部の矢野本部長は呼べないか??」
「やってみます」
部下は三管本部に連絡を入れた。
「保安部長、警視庁から若木巡査部長と桜田警視総監ら10名以上の捜査員が到着しました」
「通してあげなさい」
雨宮保安部長はやっと来たという感じで、桜田総監らを招き入れた。
「お久しぶりです、雨宮保安部長」
桜田総監は雨宮本部長と握手した。
「首を長くしてお待ちしておりました」
雨宮保安部長はげっそりとした表情で桜田総監に話した。
「警視庁警備局巡査部長の若木トシオです」
「よろしく・・・」
雨宮保安部長は若木に一礼した。
「この若い女性捜査員の方々は??」
「同じ、警備局の人間です。ただし、わたし直属ですが」
「ほう、それはありがたい。ではさっそく取り調べに移ってくれますか??しかし、話しているのは一人だけで、あとは全員意味もなく黙秘してますけどね・・・」
「では、私がその人を担当します」
手を挙げたのは亜美だった。実はこの女性捜査官達、セーラー戦士達が婦人警官の制服を借りて、桜田総監に付いてきたのだ。
「あなたは??」
「警視庁警備局の水野巡査といいます」
「では水野巡査。マリアタチバナという、日系ロシア人の方の聴取に協力して下さい」
「わかりました」
その後、うさぎとほたるはさくらを、みちるとせつなはカンナを、美奈子とまことは紅蘭、はるかと雨宮保安部長はすみれを、アイリスは人間の姿のダイアナと、大人の女性に変身した上で警官になりすましたちびうさが、マリアには亜美の他に桜田警視総監と若木が当たった。

「失礼します」
「どうぞ」
マリアの聴取が行われている部屋に、亜美達が入った。
「東京海上保安部の保安官土田と言います」
「聴取ご苦労様です」
亜美は土田保安官に一礼して、席に着いた。
「マリアタチバナさんですね?私は警視庁警備局巡査の水野亜美と言います」
「よろしく・・・」
マリアは亜美と目を合わせなかった。
「そちらの方は??」
「警視庁警備局巡査部長の若木トシオと言います」
「よろしく・・・」
「私は警視庁警視総監、桜田夏菜と言います。よろしく」
「東京警視庁のトップ・・・」
マリアは警視総監という言葉に愕然とした。
「あなたがトップを出せと言うから、でしゃばってきたのよ」
桜田総監はさらりと言った。
「桜田警視総監、私たちは今どこにいるんです?ここはどこなのです??」
マリアは信頼できる人がやっと来たという感じで、桜田総監に質問をぶつけた。
「ここは、東京の晴海よ?それがどうしたの??」
「晴海・・・。ではここは、帝都なのですね??」
「ん??ま、まぁそう言うことになるわね。」
雨宮保安部長の言っていたちんぷんかんぷんな供述とはこういうことかと、桜田総監は心の中でつぶやいた。
「私たちは、雨宮保安部長の報告で、霊力がどうの、陸軍がどうのと話していると聞きました。しかしながら、現在の日本には陸海軍ともありません。最もそれに近い陸海空の三つの自衛隊は存在しますが」
亜美はマリアに冷静に答えた。
「大日本帝国には歴とした軍隊はいるではないですか!」
マリアは亜美に反論をする。
「何となく読めてきました。おそらくあなた達は過去から、今まさにこの時代に飛ばされてきたのだと思います」
「飛ばされた??時空に飛ばされたと??」
マリアは驚いた表情で亜美に聞いた。
「水野さん、どういうことなの??」
桜田総監は亜美に質問した。
「多分何らかの偶発的現象で、彼女たちのいる世界に時空のゆがみが生じ、私たちの時代にタイムスリップしたのだと思います」
「なるほど、そうなれば今までの分からない供述も辻褄が合うわ」
桜田総監は亜美の推理に納得した。
「あなた達のいた時代の西暦を教えて下さい」
亜美はマリアに質問した。
「1927年です」
「昭和2年ですか・・・」
「いえ、太正16年です」
「え??」
亜美は呆然となった。大正は14年まで。16年などと言う数字はないのである。おまけにマリアの書いた“タイショウ”は、大の字が違っていた。
「マリアさん。どうやらあなた方は私たちと違う世界、つまり他の次元から飛ばされてきた可能性が極めて高いです。政治状況その他は、私たちの大正時代と変わりませんが、どうやら市民生活や霊力云々の事は全くことなるようです」
「今は、西暦何年なのです??」
マリアは亜美に聞いた。
「西暦2004年です。その間に日本はアメリカに戦争で敗れ、軍は解体され民主的憲法が公布施行され、戦争放棄という国となっています。したがって東京の事を首都と呼ぶ人はいても帝都と呼ぶ人は皆無です」
「そんなこと・・・」
マリアは亜美の一言に言葉を失い、しばらくショックで何も話せなくなってしまった。

 さくらの聴取を担当しているうさぎとほたるは長期戦となっていた。うさぎでは無理なのでほたるが聴取を担当している。ちなみにほたるも大人の女性に変身してから、警官を装っている。
「真宮寺さくらさん。いえ、さくらさんとお呼びしましょう。これ以上、黙っていたところでなんのメリットもないと思うのですが??」
ほたるは賢明にさくらの心を開こうとする。しかしさくらはずっと目を閉じたまま、瞑想するかのようにピクリともほたるの問いに反応しない。
「月野君ちょっと・・・」
「はい・・・」
マリアの聴取に立ち会っていた若木がうさぎを呼んでマリアが洗いざらい話したことを伝えた。うさぎはそれをそっとほたるに耳打ちした。
「さくらさん。マリアさんが本当のことを話してくれました。どうやらあなた方は、あなた方が住んでいる世界から、私たちが住んでいる世界に何らかの出来事で飛ばされてしまったようです。さくらさん、私たちの世界では時空を飛ばされてきた人を罪に問うなどと言うことは想定もしていません。あなたたちがあなた達の世界でどのような任務に就いているのか、そしてどのような事があなた達の世界で起こっているのかお話ししてもらえませんか??」
ほたるは静かな口調で語った。
「冥王さんとおっしゃいましたね?あなたは降魔という怪物を知っていますか??」
「いえ、わかりません」
さくらが唐突に話し始めた。
「降魔という怪物は、昔帝都を滅ぼそうとしました。そしてその掃討作戦の際、父は帝都で死にました。私は父の意志を引き継ぎ、帝都を守ることを決心したんです」
さくらがほたるに淡々と話し始めた。
「私たち帝国華撃団の任務は、普段は舞台女優、そして降魔が現れたときは、光武に乗って降魔をせん滅させるというのが任務です」
さくらは硬い表情で話し続けた。
「今は、西暦何年ですか?」
さくらの問いにうさぎが答えた。
「西暦2004年。東京もあの時とは比べものにならないくらい変わったでしょう」
「月野さんでしたね?ありがとうございます・・・」
「さくらさん、お疲れさまでした・・・」
ほたるはさくらに同情するように、目に涙を溜めたさくらを見つめた。

 その後、花組の乙女達は次々と本当のことを話、桜田総監の判断で罪には問えないと判断、そのまま都内のホテルに5人を宿泊させることにした。
「ある意味、海上保安庁始まって以来のことで・・・」
雨宮保安部長は桜田総監に感謝した。
「というより、有史以来のことじゃない??」
桜田総監はげっそりとした表情で雨宮保安部長と話していた。
「ところで、あのロボットちゃん達はどうするの??」
「三菱重工で調査をした後、海水に浸かっていて激しく錆びてしまい、解体処分となったそうです」
「だろうね・・・。今頃はどこかしらね??」
「多分もう溶解して、跡形もなく三菱重工の敷地の中に、鉄板として埋められているでしょうね」
「鉄板ね・・・」
桜田総監は悲しそうにつぶやいた。

 とうの帝国華撃団本部では大騒ぎとなっていた。光武が乗員を乗せたままこつ然と姿を消したのだから当たり前と言えば当たり前であるが・・・。
「全機と連絡は取れないの??」
「応答ゼロです」
「絶望的です」
一人の職員は泣き始めてしまった。
「みんなどこへ消えてしまったの??」
東大寺副指令の顔に焦りが見え始めていた。
「副指令、マリアさんと交信が途絶えた瞬間、格納庫内で時空のゆがみが発生しています。」
「時空のゆがみ??」
東大寺はキョトンとした。
「ということは・・・・」
「未来か過去か、それとも全く別の世界か・・・、いずれにせよ桜組はどこか遠いところに飛ばされてしまった・・・。帝都は一体どうなるの??」
東大寺は執務室に戻り、辞表を書き始めた。

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