迷い込んだ乙女達


第三章 光武の復活


 紅蘭は三菱重工川崎製作所の工場の中にいた。無論目的は、光武の再建である。光武の設計図を頭の中に叩き込んでいる紅蘭は、現代の三菱重工や石川島播磨重工、川崎重工、東急車輌といわば特殊工業のそうそうたる技術者達が、紅蘭のために集まってきたのだ。
「紅蘭さん。動力は蒸気機関、おもなエネルギー源は霊力と・・・?」
川崎重工の技術者が紅蘭に訪ねた。
「そりゃそうや。霊力で動かさなかったら、光武の意味があらへん」
「そうですか。それにしても、分解調査してよかった。とりあえず、ボディーだけでも作ることができたんで、あとは中身だけですから」
石川島播磨重工の技術者が胸を張った。海水に浸かってしまった光武の部品は全て廃棄処分になったが、分解調査をしてボディーだけでもと、石川島の人たちが徹夜で5機全てを復元したのだ。
「にしても、この時代の工業は発達してますな〜。二日で復元するとは・・・」
紅蘭が感心した。
「さぁ、紅蘭さん。2日でやりましょう」
東急車輌の技術者が紅蘭に言った。
「あたりまえですやん。やりまひょ!!」

 紅蘭が三菱重工に缶詰になっている間、他の桜組の乙女達は、新高輪プリンスホテルですごしていた。
「紅蘭さんは、光武を作り直すことなんかできるんでしょうか??」
すみれが不安そうに言った。
「大丈夫ですよ。今日から不眠不休でしょうけど・・・」
さくらがすみれに心配ないと言わんばかりの口調で返した。
「まぁ、光武は紅蘭そのものだからな。大丈夫、目の下にクマを作って帰ってくるさ」
カンナも皮肉混じりに言った。
「この世界の工業は著しいものがあるわ。すごいものができるかも」
マリアが言った。
「じゃあ、アイリスのも扱いやすい光武になるのかな??」
「そりゃそうでしょ」
アイリスの言葉にさくらは苦笑した。その時ホテルのドアを誰かがノックした。
「失礼します」
入ってきたのは亜美だった。もちろん私服である。
「ああ、水野巡査。ご苦労様です」
さくらが亜美に一礼する。
「皆さん、東京見物をしませんか??私が案内します。ただし今日は、巡査と呼ばないで下さいね」
亜美は一同に説明した。
「よっしゃ行こうぜ。こんなところでゴロゴロしてても体がなまるだけだ!」
カンナは嬉しそうに言った。
「そうね。この世界の東京・・・、帝都もみてみたいしね」
マリアは素っ気なく言った。

「ここが品川駅です。昨年東海道新幹線の駅が完成して、かなりの人が行き交うターミナル駅となりました。みなさん、迷わずに付いてきて下さい!!」
亜美とまかせろと言わんばかりに飛んできた美奈子が、今回の東京見物の案内役。電車を使ってでの移動となるため、ホテルから一番近い品川駅から乗ることにしていた。
「で、どの汽車に乗るのですか??」
さくらは美奈子に聞いた。
「山手線だけど??」
切符売り場で美奈子はさっと答えた。
「あまり石炭の匂いがしませんわね」
すみれが亜美に聞いた。
「そりゃ〜、蒸気機関車は山手線では1930年代に廃止されて、全て電車になってますからね。当たり前と言えば当たり前ですが・・・」
「えっ!?蒸気機関車走ってないのか??」
カンナが驚いた表情をした。
「地方の私鉄や、JRの一部の路線で期間限定で走っていますが、定期列車としてはもう走っていません」
亜美がカンナに説明した。
「とにかく乗ってみよう。どんな列車か」
アイリスはうれしそうに語った。

 品川駅一番線ホームに、山手線内回り電車が滑り込んでくる。JR東日本が2003年から導入している最新型の電車だ。
「すげ〜。なんじゃこれ・・・」
カンナがびっくりした表情で滑り込んでくる電車を見つめた。ドアが開くとたくさんの乗降客が入れ替わる。全員電車に乗り込んだ。
「すごい静かな列車・・・。それに速い」
マリアが感心した。彼女たちが目指すのは東京駅である。山手線と併走して走る東海道線、京浜東北線の電車を見ながら、ことことと電車は走る。
「お姉さん、あれは??」
アイリスが指を指した方向には、東海道新幹線の車両が彼女たちの乗っている山手線の車両をちょうど追い抜いていた。
「あぁ、あれ?新幹線ていう、おなじ鉄道よ。最高時速は営業運転では280キロだったっけ?亜美ちゃん」
美奈子は亜美に補足を求めた。
「そうそう。営業運転は最高280キロ。最高時速は300キロ出せます」
「光武以上の速さだ・・・」
マリアは愕然とした。光武はせいぜい80キロが精一杯だ。
「あと、ここには空を飛ぶ機械もありましたよね??」
さくらが亜美に聞いた。
「あぁ、航空機ですね。戦闘機は巡航速度1000キロ。民間の航空機でも800キロです」
「次元が違いすぎますわ!」
すみれが半ば呆れていた。
「次は東京、東京です。中央線、横須賀線、総武快速線、京葉線、東海道山陽新幹線、東北、上越、山形、秋田、長野新幹線、東海道線、地下鉄丸の内線はお乗り換えです」
「あっ、東京駅ですね。みなさん降りますよ〜」
亜美が桜組の乙女達に促した。

「ヒエ〜〜〜!!!!なんじゃこりゃ・・・・」
ここは東京駅丸ノ内口。再開発の進んでいる地域のため、高層ビルが立ち並び、カンナは仰天した。
「この世界は凄すぎる・・・」
さくらは呆然と立ちつくした。
「さあ、みなさん行きましょ」
美奈子がある大きなビルを指さした。
「あれは??」
すみれが聞いた。
「丸ビル。丸ノ内ビルディングですよ」
「ええ〜〜!?」
桜組一同はびっくりして目を白黒させていた。

 他のメンバーが東京見物をしている間、紅蘭は光武の再建作業の最終段階を迎えようとしていた。
「よっしゃ〜〜!!完璧や。これで光武復活や!!!」
「あとは、訓練だけか」
紅蘭の元気そうな声に対し、三菱重工他の技術者の人たちは、へとへとになっていた。実際に桜組のメンバーが乗って、ちゃんと起動すれば万事ことは済む。起動しないとまた、点検し直しという途方もないことにもなるが、技術者たちは自信をもっていた。
「しかし、蒸気機関なんて初めてですよ。ちゃんと動きますように・・・」
蒸気機関を担当した川崎重工の技術者は祈るようにつぶやいた。

 翌日、三菱重工川崎製作所に集まった桜組の乙女達は、復元された光武に乗り込み、最終チェックをしていた。みな、霊力を高め、光武に動くよう促した。そして・・・
「かしゃ・・・、がらがらがら・・・」
「いや〜、動いた!!成功だ!!!」
技術者達は大喜びした。5機全ての光武が復活したのだ。蒸気機関も正常に燃焼しており、技術者達を安堵させた。
「ほんまにありがとうございます!これで思う存分、敵と戦えます」
紅蘭が技術者達にねぎらいの言葉をかけた。
「これでやっと眠れます」
一人の技術者からは本音も漏れたが、皆それは流した。

「へ〜、光武復活したんですか〜」
美奈子が若木から報告を受けていた。
「いろいろな重工業の技術者達が三日三晩不眠不休でやったらしい。みんなボロボロだったよ・・・」
「あとは、せつなさんに頼んで、彼女たちを元の世界に戻すのが私たちの最後の任務ね」
美奈子は焼き芋を頬張りながら、若木に言った。
「そうだな。向こうの世界は今頃大騒ぎどころじゃなくなっているはずだからな。もし向こうで彼女たちが戦っている敵が現れたら、向こうの世界はかなりのダメージを受ける」
「全くだわ」
若木の意見に美奈子も賛同した。
「ところで、昨日は彼女たちを連れて、東京見物に行って来たんだろ?どうだったんだ?」「どうもこうも、みんなびっくりして目が点になってたわよ」
「そりゃそうだな。向こうの東京とこちらの東京では話が違う」
若木も美奈子も無理はないと言う顔になった。
「だって、山手線の電車にびっくりする時点で、彼女たちにとってはまるで遊園地に来た気分になったんじゃないの??」
「確かに。あっちの世界は蒸気機関車がまだ健在らしいから」
「電車なんてものは、向こうの世界では路面電車だけだって」
「言えてるな」
さくら達のいる世界では、電気を使ってモーターを回すという列車は、路面電車−つまり東京市電、平成の世で言うなら都電荒川線くらいなものらしい。十両もつながっている列車が電気で動く電車と聞けば、そりゃ彼女たちがびっくりするのも無理はない。
「あと、丸ビルで買い物したんだけど、いっぱい買っていったわ」
「ハンカチとか??」
「主に食べ物系・・・」
「向こうの世界に持って帰る気だろう・・・」
二人は苦笑した。
「しかしまあ、彼女たちが帰ることの出来る目処がついて良かったよ。これで、マスコミに嗅ぎつけられると、面倒なことになる」
実は、さくら達が来たことは、マスコミには警察も海上保安庁も伏せていた。もし、よその世界からやってきた人間だと言うことが分かれば、三流雑誌や週刊誌にとって格好の餌食となってしまいかねない。あること無いことを書かれるよりは、マスコミに伏せて置いた方が良いとの、警察庁と海上保安庁との申し合わせで決まっていた。
「まぁ、漏れたところで桜田総監や国土交通大臣が会見を開いて全面否定をすればいいだけの話だけどな」
若木はこんなことを美奈子に言った。
「そうね。否定してしまえば、マスコミもある程度までは調べるでしょうが、人の噂もなんとやらで、すぐに忘れ去られたしまう運命にあるニュースよね」
美奈子はそう言った。
「まぁ、何かあったら連絡するよ。お友達達によろしくな」
「わかった!!」
若木は美奈子にそう言うと、“クラウン”を後にした。

 ラジオのニュースで信じられない速報が入った。
「日本ラジオネットワークニュースです。この番組は日本ラジオネットワークに加盟している全てのラジオ局へ、東京都千代田区有楽町、ニッポン放送報道スタジオからニュースをお伝えします。東京消防庁に入った連絡によりますと、今日午後1時過ぎ、東京都港区西新橋で、得体の知れない生物と思われる物体が発見されました。この物体は通行人を次々と襲い、西新橋や新橋駅近くで70人以上が負傷し病院に運ばれていると言うことです。また、警視庁によりますと、新橋駅付近で通行人を次々と襲っている物体は、さらに千代田区の方向へ移動中とのことです。付近にお住まいの方は自宅に退避し、鍵を閉め、雨戸を閉めて、部屋の中でじっとしていて下さい。大変危険です」

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次回予告

ついに、21世紀の東京に降魔が現れた!川崎にいる光武は間に合うのか!?セーラー戦士達は降魔のどのように戦うのか!?乞うご期待!!