ACT3 暗闘  (Part15)


 早い。
 さすがにスポーツ万能と評判なだけあって、足も早い。スタミナもある。
 わき腹を抑えながらも、つかさを追いかける兎和(とわ)は、つかさを見失わないように目で追うのも難しいくらい距離を離されようとしていた。現実問題として、つかさが人に紛れたり、横道に入ったりすれば、見失うであろう。
 しかし、この道は――。
 兎和はよく知っている。輝鈴の帰り道。このまま行けば、輝鈴の自宅ではないか。
 何故、つかさが知っている。
 そんなことを考えているうちに、案の定、兎和はつかさを見失ってしまった。けれど、輝鈴の帰り道を辿っているのならば。
 疲弊した足を止めて、兎和は肩で息をしながら、鞄からケータイを取り出す。こうなったら、先に輝鈴に連絡をとったほうがいい。
「もしもし」
「もしもし、うさぎ。どーしたの?」
 兎和の緊迫した声に対して、輝鈴の、安穏とした声が返って来た。
 安心のあまり、兎和は脱力してその場にしゃがみ込んでしまう。
「別に、どーしたってわけじゃないけど……火織ちゃん、傍にいるの?」
「ううん、知り合いの人が迎えに来て、途中で別れたわ。そうそう、ベンツで来たんだよ、その迎えの人」
「迎ええぇっベンツうっ」
 兎和は仰天の声をあげた。

「いい友達を持たれましたね」
 運転しながら、鍛冶谷が言った言葉を、火織はベンツの後部席で、皮肉として受け止めていた。
 鍛冶谷が差し出したブローチを、輝鈴は固辞した。何かをもらうため、火織と仲良くしているわけではないから誤解されたくないということであった。
「別に、先にひとりに手を出す必要はないでしょう?」
「先達て、インフェルノが奪ったエナジーが、かなり純度の高いものだったもので……ほかの質が下がるものと一緒にしたくはなかったものですから」
 結果的に、その消滅に手を貸してしまった男――インフェルノ。そのきっかけとなったのは、偶然居合わせた輝鈴からエナジーを奪ったことにあった。その件が、自分に課せられた役目にも影を落とすとは……。
 火織は憂いを帯びた表情で外を眺めやりながら、無機質な声を鍛冶谷に返した。
「本番には気をつけますから、安心してください」
「わかっています」
 鍛冶谷は猫撫で声を発して頷いた。
 火織が車窓から見上げる空で、分厚い雲が地上に影を少しずつ落としていた。

 その日、夏に入り、長く空にあった陽も沈んで、雨に紛れた闇夜に街が浸り、街灯やネオンが交錯しながら無数の雨粒を照らし出すなかで――。
 けたたましく非常ベルが鳴り響いたのは、とある資産家が逝去したのを機に、遺族が催したコレクションの展示会場となっていたビルの1フロア。
 すぐさま照明が灯る。ふたりの警備員が駆けつけると同時に、ひとりが状況把握、もうひとりがトランシーバーで連絡を入れる。
 既に警察は手配されていた、その指揮を執る地鎮(ちしずめ)という警部に、連絡が入る。
 外で待機していた彼は、連絡を受け取ると同時に、部下を介して、各所に配備していた警官に指示を下す。
 大型のライトの強烈な光が、ビル上方を照らし出す。
「やはり“目玉”の、古代エジプト起源とかいう紅玉(ルビー)が盗まれたようだ」
 怪盗セーラーマーキュリーの犯行の頻度は以前より高くなった感がある。地鎮は、その違和感が頭をもたげ、あえてセーラーマーキュリーという固有名詞を出さない。しかし、予測どおりとはいえルビーを盗み出した泥棒の存在は事実である。
 地鎮はトランシーバーを片手に、夜に入って髭が気になってきた顎をさすりながら、ビルを見上げる。無意識に、臭いを嗅ぐように鼻の音が荒ぶる。
 そのさなか、鼻息が停止したかと思うと、地鎮は、もう一方の手で、首から下げていた双眼鏡を構え、首を180度回転させた。
「犯人が、向かいのビルに飛び移った。ヘリを発進させろ」
「了解」
 これまでの犯行パターンから、ビルを飛び移るくらいの移動手段を持っていることは伺えた。いつでも、ヘリをこちらに回せるように要請はしてあった。
 犯人らしき人影が屋上へ飛び移ったビルに、警官一隊を向かわせ、地鎮は愛車VW(フォルクスワーゲン)ルポのエンジンをかける。犯人がビル間を移動しても、地上からすぐ追いかけられるようにである。半開きのドアから身を乗り出して、双眼鏡で上方を監視する地鎮の顔を、赤色灯が照らしていた。
「うっ」
 注視していたビルの屋上で、瞬間的に光が閃いた。
 直視ではないにしろ、地鎮が思わず双眼鏡を目から離し、両目を(しばたた)かせているうちに、今度は爆発が起こった。
「な……にィ」
 こんな派手なことをやらかすのは、警察ではない。もしや――。
「セーラーVかっ」 

 爆風から逃れ、バク転しながら体勢を整えたのはセーラーVであった。
 彼女が睨み据える正面には、青いラインの入ったセーラーカラーと同色のスカートを身に纏ったセーラー戦士が立っている。だが――。
 そのコスチュームの戦士として、セーラーVが知っている人間ではない。
 髪を後ろにまとめ短く見せているが、本当は肩に届く程度の黒髪の持ち主がその正体。
「擬態しても、オーラの色までは変えられないぞ」
 セーラーVの足許に、これまで離れて状況を(つぶさ)に観察していたエンが駆けつけて、正面に立つ少女に強い調子で言う。
 そのセーラー戦士は笑った。抑えていた真紅のオーラを解き放つ解放感に酔いしれるように。オーラに包まれて、髪は青から漆黒へ、コスチュームの色は赤に染め変えられる。
「フフ……そんなことわかっているわ」
 火織であった。過日のソルジャーマースとしての姿ではなく、いわばセーラーマースと呼ぶべき姿で。
「私たちのスーツは、我々の魂魄が具現化したもの……その気になれば、自在に変化する。この姿も一興ね」
 セーラーVは両手を前に出すと、ゴールドクィーンビーズスピアを手中に錬成する。研ぎ澄まされた錐のような先端を、セーラーマースに向けると、セーラーVは細く息を吹き出す。
 相手は、こちらの怒りを力に変える。
 だが、薄笑いを浮かべ悠然と背筋を伸ばして無造作に立っているセーラーマースの余裕はそれだけではない気がする。
「いるぞ、セーラーV。伏兵が……」
 エンは緊張した面持ちで呟く。エナジーを捕捉している訳ではない。直観的な不安である。
 それを聞いて、セーラーマースがくるりと背を向けた。
「私は餌に過ぎないから……銀の光を血塗られた仮面で隠匿する人を釣り上げるための」
 静かに物々しく告げた。それが、ファンファーレ。
 雨のなかから、不意に圧倒的なエナジーが、頭上から降下して来るのを、セーラーVとエンは感知した。
 その正体を目で確かめる余裕もなく、慌てて跳び退く。
 隕石が落ちたような衝撃音と共に、粉砕されたコンクリートの粉塵が宙を舞い、相手は一向に確認できない。しかし、このエナジーは覚えがある。雨で、粉塵はすぐに落ち着く。
「アクアッ」
 セーラーVとエンは揃って唸るように、眼前に現れた敵の名前を、唇に乗せた。
 粉塵が晴れ、小型のクレーターのような痕跡の中心で、アクアが鉾を構えて立ち上がり、無感情な(まなこ)が機械的に“標的”を捉えた。
 アクアが俊足を飛ばし、セーラーVに襲いかかった。セーラーVとエンは左右に別れて跳び退くが、アクアは蹈鞴を踏みつつも、横のセーラーVに鉾を投げつける。
 そんな姿勢から攻撃を仕掛けられ、虚を突かれたセーラーVの鮮血が散った。
「美菜子おっ」
 エンが声を荒げて、セーラーVの元へ走り出す。しかし、彼女に追撃を試みるアクアのほうが早い。
 仰向けに倒れたセーラーVの手中でスピアが黄金の粒子に分解した。
 その半瞬後、鎖――チェーンヒドラバインドを形作り、彼女を倒したアクアの鉾に巻きつく。セーラーVが倒れてから、その間、一秒。
 セーラーVは鉾をそのままアクアに投げ返し、彼の突進を阻んだ。続いて、エンの体当たりがアクアの延髄部に直撃した。チェーンヒドラバインドが鉾を絡め取った瞬間に跳躍したエンは、そのスピードを殺すことなく身体を丸め、宙で前方回転しながら、アクアに攻撃を敢行したのである。
 そのまま、アクアの肩を足がかりに跳躍をして、セーラーVの傍らに着地する。
「み、美菜子」
 地面に落ちた割れた仮面と、その上に落ちる赤い滴に、そして、セーラーVの顔を何度も見返して、エンは彼女を気遣う。
「……大丈夫……」
 セーラーVは額から流れる血を拭いながら、気丈にエンに微笑みかける。それでも、血は滴り流れる。
「それが、貴女の素顔、ね」
 いつのまにか背後に立っていたセーラーマースが、覗き込むようにして呟いた。
 セーラーVは立つ余裕も忘れ、身体をコンクリートの床に預けたまま、後ずさる。エンがそんな彼女を庇うように、ぬいぐるみの四肢で足場を踏みしめ両者の間で構える。
 超然とした真紅の烱眼で、セーラーマースは、セーラーV、そして、エンを見下ろす。
「私には、他の役目がある。ここで力を割く訳にはいかない。それに、当面の相手はあちらでしょう」
 セーラーマースは冷ややかな視線で示す。
 仁王立ちするアクアの鉾を中核に、雨が濁流となって渦を成していた。
 エンが舌を鳴らす。急所に的確に入っていれば、いかにアクアとはいえ、もうしばらく動きを封じることはできていたはずである。
「外していたか」
「この場を切り抜けられなかったら、せっかく素顔がわかったのに無駄になるわね……ご武運を祈っているわ」
 セーラーマースは皮肉めいた微笑みを残し、炎を立ち上らせると、それに紛れて姿を消した。
 それを尻目に、セーラーVはアクアの動向を窺いながら立ち上がる。
「マース……残念ながら、無駄にならないわ。あたしは、貴女の言うとおり、銀の光を血塗られた仮面で隠匿する女だから……こそ、死ぬわけにはいかないの」

「ふくくく……」
 ひとりの口から、男と女の声による不協和音で嘲笑が洩れた。
 その奇怪な笑い声の主は、セーラーVとアクアの闘う場所から数十メートル離れた高層ビルの窓の外枠に腰をかけていた。地上から百メートル以上離れたところで、眼下の喧騒を睥睨する。
 羽衣のようなマントで包まれた、その華奢な身体で雨を惜しみなく受け止めていた。
 髪を滴り、顔を伝う水が心地よく感じる。
(われ)から、この幸せを奪った娘が、よくぞ言ったものよ……死ぬわけにはいかぬ、とな」
 黄金の眼光に、一層の険が加わった。その中性的な美しさに、厳然たる怒りが。
 シルクの髪が風に靡く。
 それすら、フォレストの身の(うち)に降臨する――『月闇』の民の女王・ミネルヴァには快い幸福感であった。
 それが、()の者への憤怒を加速させる。故郷から慈雨も、微風(そよかぜ)も奪った者への。
 一方で、ミネルヴァの双眸は、闘いの場を取り巻く状況も、正確に捉えていた。
 警察の応援ヘリコプター一機と、もう一機は騒ぎを聞きつけた報道局のもの。こういった出自など、ミネルヴァは知らない。しかし、察しはつく。
「面白くなってきたのう……ヴィーナス」
 怨敵の名を口にして、屹と眼差しを向けた先は、再度、闘いの場――そこにはセーラーVがいた。

 濁流の渦から鞭のように水塊がセーラーVに連射される。かわしきれず、鎖でガードするも威力を殺しきれず、セーラーVは、アクアに吹き飛ばされる。だが、それを利用して、彼女は別の場所に移る。
 ヘリコプターの存在が厄介であった。メイクアップにより一見した容姿は変化しているとはいえ、基本的な顔立ちは変わっていない。仮面を割られた今、血でいくらかカモフラージュされていても、素顔を曝す危険を冒すのは避けたいところであった。
 アクアは鉾の先端を中心に渦巻を維持したまま、セーラーVを追う。
「こんなものか」
 セーラーVに濁流鞭と呼んで差し支えなかろう水塊を放って、アクアはぽつりとこぼす。
「お前の力が本物なら、我が身の裡は共鳴するはず」
 体勢を崩したセーラーVの眼前まで迫ると、アクアは容赦なく鉾を打ち下ろした。鎖から盾を錬成していたセーラーVであったが、何重もの濁流鞭の威力が加算された鉾の一撃に、地上にまで叩きつけられた。
 これを報道カメラが捉えていた。
 移動速度が追いつかず、遅れながらふたりを懸命に追っていたエンも、地上に墜落するセーラーVを目の当たりにして絶叫する。
「美菜子ーッ」
 絶叫と共に、エンの身体から彼も知らないうちに、淡い光の粒子が浮き上がり、身体を取り巻いていた。
 アクアは落胆した様子で。固めた拳を胸に当てながら地上に降下する。
「俺の記憶……お前でもないのか……」

 四方八方に裂けたアスファルトの地面に、セーラーVは倒れていた。付近は地割れで交通にパニックが生じていた。危険を感じ取り逃げようとする自動車も、結局タイヤをアスファルトの割れ目にとられ、思うように進まない。あきらめて自動車を降りて、歩行者同様に逃げる人も多い。
 すぐ近くまで愛車で乗りつけた地鎮が、その人の流れに逆行して、セーラーVに走り寄り、彼女を抱き起こす。血に染まった素顔は、まだ子供である。思わず声を荒げる。
「お、おい。しっかりしろ」
 虫の息でも、生きている。この高さから落ちてきて息があるだけでも、尋常ではない。それでも、とにかく安堵の溜息をついて、地鎮は視線を上げる。
 地鎮が無線でヘリコプターと連絡を取り、セーラーVを病院に搬送しようと試みた矢先、アクアが地上に着地した。
 地鎮は咄嗟に身構え、拳銃に手をかける。長年の勘が危険人物であると知らせている。
「警部っ」
 応援の警官たちが駆けつける。折悪く。部下の声が耳に届くなり地鎮はそう思った。犠牲が増えるだけだ。
「に、逃げ……」
 地鎮の腕の中で、セーラーVが懇願するような瞳を向ける。掠れた声の訴えは最後まで続かない。子供なのに血まみれになってまで大人の心配を、と地鎮は胸が詰まった。
 地鎮はセーラーVを横たえると、意を決したように立ち上がる。
「セーラーVを病院に搬送して、総員退避っ」
 あらん限りの大声を絞り出して指示を出すと、アクアめがけて突進した。
 指示とは逆の行動を起こした地鎮に、部下たちは戸惑いの声をあげたが、すぐに意味を察する。独りで足止めをするつもりなのである。
 アクアに跳びつこうとした地鎮であったが、アクアは造作なく後ろに回りこんで、その頭を鷲掴みにする。
「ち、地鎮警部うっ」 
 悲鳴に近い声が警察側から上がった。その声に、セーラーVは身を起こす。
(動いて……)
 ダメージに声すら出ない。更に、周囲の気圧が微妙に変化した感覚に襲われ、セーラーVは青ざめる。
 地鎮の頭を鷲掴みにするアクアの掌には闇水晶が挟まれていた。周囲もろとも地鎮のエナジーを吸収している。警官も、遠巻きに事態を見物していた野次馬も、逃げる人々も次々倒れていく。
「せめて、贄となれ」
とアクアが告げたときであった。
 地鎮の頭を掴まえていたアクアの左手が肘の部分から斬り落とされた。
 衰弱した地鎮と共に、崩れ落ちた自らの左腕を、他人事のようにアクアは見ていた。何が起こったかわからなかった。 
 アクアの腕の切り口を抑え、血という液体を断面で固定させる。仮の肉体は力を細部・末端まで伝えるため、血まで再現していた。しかし、痛みはない。アクアは凝然と相手を視界に捕捉する。
「美菜子……またお前を独りにさせたな……すまない」
 正面の敵を見据えたまま、彼は独白気味にパートナーへの謝罪の言葉を口にする。片手に死刃薇死刃薇(しにばな)が固定されている。
 セーラーVの瞠目した目に映る姿、どんなに微かにしか聞き取れなくなっても聞き間違うはずのない声は、エンディミオンのものであった。
 エンディミオンは促されているような気がした。己の身を包む淡い光の粒子に。インフェルノの姿が見えた。
(最期に、及ばずながら、エンディミオンの懊悩に……力添えを……)
 四散したものと思っていたインフェルノのエナジーは、砂のような粒子となって、遺志と共にエン――エンディミオンの身体に宿っていた。それが、エンディミオンとなるエナジーを彼に与えたのである。
 呼応する。
 アクアはエンディミオンの姿を見てそう感じた。身体中が脈打つ、抑えられない。
「はあああああああ」
 たまらず咆哮した。アクアにとって歓喜の表現。筋肉の躍動に従って、彼は跳躍する。
 一回で、エンディミオンの頭上に迫り、鉾を繰り出す。が、それを受け止めた死刃薇の荊が展開し、鉾を絡め取る。
「むうっ」
 アクアの口から、感嘆したような太い吐息が洩れた。唇の縁が上がる。不思議な高揚感が彼の口許に微笑を浮かばせる。獲物を見つけた狩人の満足そうな笑みを彷彿とさせる、底気味悪さ。
 エンディミオンが鉾を奪い取るより早く、アクアは宙から蹴りを打ち下ろす。
 狙いどおり、相手に鉾を奪わせる余裕を与えず、距離をとらせた。
 荊が再び集束し、剣状になるのを見て、アクアは対抗するように鉾に濁流を作り出す。
「くく……エンディミオン……貴殿は我が記憶を知るか……?」
 アクアの表情には喜悦の色が浮かび、好戦的な色合いが濃縮された眼光がエンディミオンを射抜く。
 矛盾する表情と問いに、エンディミオンは警戒しながらも答える。一縷の望みを託して。インフェルノのように記憶が戻れば、虚しい闘いはしなくてもいいはず、結末に変わりはないにしろ。
「あ、ああ。知っているとも……お前は俺の友だ」
 アクアの両眼が大きく見開かれた。
「そうか……道理で、貴殿との闘いは面白いはずだ……」
「ア、アクア……」
 言葉に込められた闘気に、エンディミオンは苦渋の表情で応戦体勢を本格的に整える。
 アクアは勢いを溜めるように身を低くした。
「女王は仰られた……記憶を知る者を討ち、記憶を奪え、と。私は主君の言葉に従う、例え、友であった者が相手でも」
 そう呟いた直後、濁流からの飛沫がショットガンのようにエンディミオンを襲った。
 エンディミオンがマントを広げると、時期遅れの桜が舞う。
 エンディミオンの放った「裂螺吹雪」が、弾丸飛沫を相殺し防御壁の役割を果たした。
 だが、その隙に、アクアはエンディミオンの間近まで迫っていた。裂螺吹雪に裂傷を受けようがおかまいなしに、左腕を繰り出す、肘より下がない左腕を。切断面から血飛沫が噴き出した。単に目くらましにとどまらず、固定されて刃物となる。視界を遮られたと同時に、血の刃がエンディミオンの五体を貫いた。エンディミオンは呻く。
「くうう、こ、これほどの能力(ちから)……や、やはり……」
 エンディミオンの異状を察知したセーラーVは、彼に届くはずのない位置に横たわる身体に構わず、歯を食いしばり余力を振り絞って手を差し伸べようとする。その矢先、彼女の手が踏みつけられる。
 彼女の表情に、苦悶、そして、戦慄の色が浮かぶ。手を踏みつける相手の、黄金の双眸と怨念のこもったエナジーが、血の記憶を改めて鮮明に掘り起こしていた。
(ミネルヴァ……)
 セーラーVは、眼前に降り立った因縁の相手の名を、心の中で呟いた。