救出された女生徒たち


 宇宙翔とともに、せつながNASAへ向かってから、二日が経過していた。
 ルナとアポロンの賢明な探索にも関わらず、依然として巨大戦艦の行方は知れなかった。ヨーロッパにいるであろう、他のセーラー戦士たちとも連絡が取れない。さすがのルナも、焦りの色を隠しきれなかった。
「本当に、このままじゃ埒が開かないな………」
 司令室からの帰り、衛のアパートに立ち寄ったうさぎは、ルナの様子を衛に伝えた。衛も他の仲間を捜すため、明日日本を離れることになっていた。それまでの間、できる限りのことをしようと、衛もインターネットの回線を駆使して、世界中から浮遊する戦艦の情報を集めていた。あれだけ巨大な人工物が空を飛んでいるのだから、人が気が付かないわけはないのに、残念ながら目撃情報は寄せられていなかった。マスメディアでも、この手の報道はされていない。煙のように消えてしまったとしか、考えられなかった。
「シルバー・ミレニアムの観測装置を使っても、全然分からないんだって………」
 直結しているシルバー・ミレニアムのメイン・コンピュータでも、解析は不能だった。うさぎはルナが項垂れて説明したことを、そのまま衛に告げた。
「かなり強力なシールドを張っているとしか考えられないな………。それも優秀だ。世界中のレーダーを完全に誤魔化してしまうほどのね」
 ノートパソコンの液晶の画面から、視線をうさぎに移すと、衛は言った。その表情には疲れが感じられた。目が疲れているのか、いつもより瞬きの回数が多いように感じられた。
「D・Jたちもがんばってくれているんだがな………」
 ようやく合流することのできたかつての盟友たちも、それぞれに得意分野で情報を集めてくれているのだが、今のところ無駄足でしかなかった。
 不意に電話のベルが鳴った。受話器の近くにいたうさぎが、三度目のコール後にそれを取った。
「まもちゃん。三条院さんから」
 うさぎが衛を呼ぶ。
「三条院から?」
 衛は立ち上がり、うさぎのもとに歩み寄ると、受話器を受け取った。電話を掛けてきたのは、三条院正人ことネフライトだった。
「どうした? どこにいる? 十番病院!? そうか、分かった。すぐに行く」
 三条院は衛に、手短に用件を伝えたようだった。衛はすぐに受話器を置くと、うきざに視線を戻した。
「T・A女学院から救出した学生たちを、覚えているか?」
「講堂であたしたちを襲ってきた学生たちね?」
「そうだ」
 うさぎに話し掛けながら、衛はノートパソコンの電源を落とす。うさぎも答えながら、体は部屋を出る支度をしていた。衛のその様子から、出掛けるであろうことが分かったからだ。だから、自分も身支度を始めたのだ。
 ふたりの行動は素早かった。三条院からの電話を受けてから、五分と経たないうちに既に靴に履き替えていた。
「十番病院に運ばれていたんだが、彼女たちの何人かが、意識を取り戻したらしい」
 言い終えたときには、衛は部屋に鍵を掛けていた。

 衛のアパートから十番病院までは、車で十分ほど掛かる。直線距離にしたら大した距離ではないのだが、車の場合は一度通りに出なければならないので、多少大回りになる。だが、歩いていくよりは早いので、衛はタクシーを拾うことにしたのだ。
 タクシーをすぐに拾って、十番病院に到着したふたりを迎えたのは、美園麗人だった。ゾイサイトの転生した姿である彼は、仕草や行動がひどく女性的ではあったが、彼の本来持ち合わせている気品さが、それをごく自然な姿として周りに見せていた。
「三条院が待合室にいます。話は彼から聞いてください」
 静かな物腰で柔らかく言うと、美園は病棟とは逆の方向に歩き出した。薄く化粧されている整った顔立ちは、彼がとても男性だとは思えない美しさがあった。まだ少年のようなあどけなさが残る顔立ちが、彼を一層女性的に見せていた。
「どこへ行く?」
 言うだけ言って立ち去ろうとする美園の背中を、衛は呼び止めた。
「T・A女学院へ………。大道寺が気になることがあると言って、先に向かっています。彼と合流します」
「ふたりでか?」
「火野レイも一緒だと言っていましたが………」
 ちらりとうさぎに目を配りながら、美園は衛に説明した。T・A女学院生であるレイが一緒ならば、学院内部の調査も(はかど)るだろうが、何故またT・A女学院を調査するのか、衛には合点がいかなかった。
「『確信』が持てないのだそうです。ですから、あたしたち三人で充分です。恐らく敵ももう完全に撤退しているでしょうから、戦闘にはならないでしょう。念のため、自衛隊の日暮さんにはその旨を説明しています。問題はないと思います」
 相変わらず素早い行動だった。三条院、美園、そして大道寺の三人の素早い行動には、頭が下がる思いだった。悔しいが、セーラーチームだけでは、ここまで機敏な行動はできなかっただろう。
「では………」
 軽く会釈をすると、美園は駐車場の方へ歩いていった。
 その背中を見送ったあと、衛とうさぎは十番病院へと入っていった。
 午後二時を回っているために、待合室には人は少なかった。患者の数も、それほど多くはない。午前中であれば、腰掛ける椅子さえもなかっただろう。だからこそ、三条院は午後のこの時間まで待っていたのだ。実際には午前中の早い時間に、事は進展していた。
 人気の少ない(とは言っても、午前中と比べてだが)待合室に、三条院と日暮隊長がふたりを待っていた。三条院は椅子に腰を下ろしていたが、日暮隊長は立ったままだった。自衛隊の制服を着ているところから、今は勤務中なのだろう。
「来たか………」
 ふたりの姿を見つけるなり、日暮隊長は待ちわびたぞとばかりに、大股で歩み寄ってきた。
「何人かの意識が戻ったと聞きましたが………」
 椅子に座ったままの三条院をちらりと見やりながら、衛は日暮隊長に言った。
「ああ。戻るには戻ったんだが………」
 日暮隊長は、困ったような表情を見せた。だからこそ、君を呼んだと言わんばかりに、視線を衛に向ける。
「何か気になることでも………?」
「ああ………」
 日暮隊長は、言い難そうに言葉を濁した。三条院が助け船を出した。
「意識が戻ったのは確かなんだが、自我を取り戻したと言うわけではないらしい」
「どういうことだ?」
 三条院の言葉の意味がよく飲み込めなかった衛は、彼に聞き返していた。意識が戻っているというのに、自我を取り戻していないとはどういうことか?
「俺も直接彼女たちに会ったわけではないから、何とも言えないが………」
 三条院は、説明しろという風に、日暮隊長に目配せをした。病院に収容されている女子学生たちに、一般人の面会は許されていなかった。もちろん、家族でも会うことは許されていない。部外者である三条院が、単独で面会できるはずはなかった。日暮隊長からある程度の話は聞いている三条院だったが、自分の目で見たわけではないので、彼も詳しいことは知らない様子だった。
「………付いてきてくれ」
 意を決したように、日暮隊長は言った。三人に、自分に付いてくるように指示する。
 先に立って歩き出した。
 待合室は混雑はしていないだけで、まだまだ一般の患者やその付添人でごった返していた。その中で事のあらましを説明するのは、常識で考えるのは難しい。彼らの会話は、人目を避けなければならない内容なのだ。
 エレベーターに乗った。最上階に向かう。このフロア全体に、救出された女子学生たちが集められていた。T・A女学院に限らず、これまでの幾多の戦闘の中で救出した学生たちも含まれている。
 “毛むくじゃら”にされていた学生たちは、病院には運ばれたが、意識は戻らなかった。もなかたちと出会うきっかけとなったゲームセンター“クラウン”の前での戦闘の際、結果的に助け出した学生たちも、回復することはなく、意識を失ったままだったのだ。
 最上階のフロアでは、夏恋と兵藤が待っていた。夏恋は医者という職業柄、日暮隊長を通じて、このフロアの出入りを許可されていた。本来なら、一般人は立入禁止のフロアである。十番病院に待機していた三条院も、今までこのフロアには来ることはできなかった。
 二十代半ばの自衛隊の隊員が、夏恋たちのすぐ後ろにいた。許可されているとはいえ、夏恋たちも自由に行動できる立場にいるわけではないようだった。
「奥の部屋が使えたはずだな?」
 日暮隊長は、その隊員に向かって訊いた。
「はっ! 510の病室が使用可能です」
 隊員は即座に答えた。実直そうな青年だった。
「よし。小野、悪いが人数分の飲み物を、運んできてくれ」
「は? 人数分とおっしゃいますと、その民間人の分もでありますか?」
 小野と呼ばれた隊員は、訝しそうに衛やうさぎたちに目を向けた。医師の資格を持つ夏恋たちとならまだしも、どう見ても学生にしか見えないうさぎが同席するというのは、彼が不思議がるのも当然のことと言えた。
「見た目で人を判断するな! 俺の大事なスタッフだ」
「はっ! 失礼致しました! すぐにお飲物をお持ち致します」
 小野隊員は敬礼すると、そそくさとエレベーターに乗り込んだ。一階の売店で、缶ジュースでも調達するつもりなのだろう。
「夏恋先生が来ているんなら、話が早そうだな」
 日暮隊長は、夏恋が病院に来ていることを知らなかったようだ。

「具体的に説明できるか?」
 用意されたホワイトボードの前で、小野隊員が調達してきた缶コーヒーを飲みながら、日暮隊長は夏恋を見た。
 残念なことに、小野はあまり気が利いているとは言えなかった。冷えた缶コーヒーを選んだのは夏だから当たり前のことなのだが、うさぎとしてはコーヒーよりジュースの方が嬉しかった。ひとりだけ完全に場違いの感のあるうさぎを特別視しないように、小野としては別の意味で気を回したつもりだったのだが、残念ながらその気配りは、うさぎには不必要なものだったようだ。
 病室501は、会議室に改造されていた。不要なベッドは運び出されていて、代わりに細長い折り畳み式の簡易テーブルが、幾つか持ち込まれていた。折り畳み式の椅子も運び込まれている。もともとは八人部屋くらいの広さの病室だったのだろう。ベッドが取り払われただけでもかなり広く感じられた。
「一言で説明するのは、難しいわね」
 椅子に腰掛けて、すらりと長い足を組みながら、何も書かれていないホワイトボードの前に突っ立っている日暮隊長に、夏恋はさらりと答えた。夏恋の口調には、何が棘があった。
「そんなに虐めるなよ」
 兵藤が小さく肩を竦める。夏恋はそんな兵藤をじろりと睨む。余計なことはしゃべるなと言う、彼女なりの意志表示だった。
 兵藤は今度は大きく肩を竦めて、缶コーヒーを口にした。
「自我の崩壊を起こしているらしいということは、今までの話を聞いていれば分かりますが、今後の彼女たちへの対処が問題なのですか?」
 衛は日暮隊長と、夏恋を順次見ながら、問い掛けてみた。
「隊長さんは、彼女たちを警察病院に移して隔離すると言ってきたわ」
 不機嫌そうに夏恋は言う。日暮隊長に冷たく接する理由は、どうやらそれが原因らしかった。
「俺の意見じゃない。上層部の指示だ」
「はん! だから役人は嫌いだよ!」
 夏恋はそっぽを向く。兵藤が宥めてはいるが、夏恋の機嫌は悪くなる一方だった。
「仲間同士で言い争うのはやめようよ。今は、この状況をなんとかしなきゃ」
 配られた缶コーヒーには手を付けていなかったうさぎが、ようやく重い口を開いた。
「お団子ちゃんの言う通りだぜ、夏恋。隊長さんに協力してやんなよ」
 兵藤が口を挟んだ。
「………ごめん。確かに、うさぎちゃんの言うことが正しいわね」
 最年少のうさぎでさえ冷静に状況を判断しようとしているのに、自分だけ感情論を先行させるわけにはいかない。夏恋が詫びたとき、ドアが軽くノックされた。夏恋は次の言葉が言えなくなり、ドアに目を向けるしかなかった。
「入れ」
 日暮隊長がぶっきらぼうに言う。
「会議中失礼致します。日暮一佐に、面会を求めている者が来ております」
 小野だった。日暮隊長の事を、『一佐』と呼んでいる。軍での彼の階級なのだろう。
「面会だと? 俺にか?」
「はい! 土萠創一と名乗っておりますが………」
「ほたるちゃんのお父さんよ」
 すぐさまうさぎが言った。
「遺伝子工学の権威です。我々の力になってくれるはずです」
 うさぎの言葉を、衛が受け付いだ。
「学者先生か………。よし、通せ」
「はっ!」
 小野は背筋を伸ばして敬礼すると、足早に退室していった。
 間もなく、土萌教授が現れた。ほたるは連れていない。ひとりで来たようだった。
「これだけのメンバーが揃っているとは、思ってもいなかった。事前に連絡を入れているわけではなかったから、門前払いを受けるかとも思っていたが、どうやらタイミングがよかったようだ」
 501の病室に入ってくるなり、土萠教授は言った。

「………で、土萠さん。あなたがここへ来た理由を聞かせてもらいたい」
 軽い自己紹介を済ませたのち、日暮隊長が口を開いた。
「学生たちのことだ」
 土萠教授は答えた。
「先も言ったように、わたしはブラッディ・クルセイダースに囚われの身となっていた。だから、ある程度は組織の内部のことが分かる。モンスターに変えられていた彼女たちは、恐らく、ブレーニンという科学者の実験の副産物だ」
「実験だと!?」
 日暮隊長の眉が跳ね上がった。
「わたしを含め、囚われた科学者たちは、超人類の研究をさせられていた。ブレーニンはその中で、リーダー格の科学者だった。わたしを含めた多くの科学者たちは、身内や恋人といった親しい者を人質として捕らえられ、組織で研究させられている。しかし、彼ブレーニンともうひとり、イワノフという科学者だけは、自分の意志で組織に加入してきた。自分の好きな実験が、際限なく行えるからだ」
「それが、超人類の実験なんですか?」
 夏恋が質問した。土萠教授は肯く。
「ブレーニンの研究は、もともと現在の人類の能力を超える新しい人類の研究だった。イワノフの研究とは多少違う………」
 土萠教授は、ちらりとうさぎを見た。うさぎは土萠教授から、コロシアムで自分たちを襲ってきたバイオ・モンスターが、イワノフという狂った科学者から生み出されていたことを聞かされていた。イワノフの研究は、人間の遺伝子と動植物の遺伝子の完全なる融合だった。
「ブラッディ・クルセイダースの組織内で、かなりの数のシスターを見かけたと思う。彼女たちは、全てがブレーニンに強化された女性たちだ。全員が、マインド・コントロールを受けている」
「彼女たちは、自分の意志で戦っていたわけではないのね………」
 うさぎは視線を落とした。何人かのシスターは、戦いの犠牲になっている。うさぎが心を痛めるのも無理はなかった。マインド・コントロールを受け、自分の意志に反して戦わされていたのだとすれば、尚更だった。
「強化改造された彼女たちを、元の体に戻すことはできない」
 土萠教授は、労るような視線をうさぎに向けた。恐らく、ほたるもこの事実を聞かされているのだろう。うさぎと同じように心を痛めているに違いなかった。
「君たちが“毛むくじゃら”と呼んでいるモンスターは、強化に失敗した女性たちだ。組織では“ルガー・ルー”と呼ばれている」
「彼女たちは、失敗作ってわけか」
 日暮隊長が呟いた。
「で、具体的にどんな強化をされるんだ?」
「殆どは薬物による強化だ。強化ステロイドに近い成分の薬物を投与し筋力を向上させる。と、同時に遺伝子の操作も併用する」
「そこで変化された遺伝子が計算通りに作用しないと、“毛むくじゃら”のようなモンスターに変貌すると言う訳か………」
 今まで無言で聞いていた三条院が、久しぶりに口を開いた。その言葉に、土萠教授は反応する。
「彼の言う通りだ」
 三条院の考えを肯定した。
「ブラッディ・クルセイダースの十三人衆と名乗っている連中も、同じような強化を受けている。ひとつ違うのは、彼らはもともと優れた能力の持ち主だったということだ。特殊な能力が、薬物投与と遺伝子操作で、その部分だけが飛躍的に向上した。そのあとは、独自に強化策を練っていたようだ。彼らについては、それ以上のことはわたしも知らない。さて、話題を元に戻そうか」
 土萠教授は言葉を切った。小さく深呼吸する。
「さっきは強化された女性たちを元に戻す方法はないと言ったが、完全に不可能と言うわけではない。遺伝子操作が完全でない、いわゆる君たちが“毛むくじゃら”と呼んでいる状態なら、元に戻すことは可能だ。遺伝子を操作された彼女たちを元に戻すためには、その遺伝子を正常な状態に戻してやる必要がある。現在活動を停止しているのは、セーラームーンの銀水晶から発せられた浄化のパワーが、その遺伝子の活動を押さえているためだと考えられる」
「………て、ことは何ですか、土萠さん。その浄化のパワーの押さえが効かなくなったら、女の子たちはまた“毛むくじゃら”に変貌して暴れ出すっていうんですか?」
 日暮隊長は、緊張のために頬を引きつらせながら質問してきた。自分の質問の重大さが、分かっているのだ。
「その可能性は充分にあります」
 土萠教授は否定しなかった。
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
 うさぎが問い掛ける。
「彼女たちの遺伝子を、正常に戻してやるために、プロジェクト・チームを結成する必要がある。しかも、早急にだ」
「なんてこった………」
 日暮隊長は、大きくかぶりを振った。一同の視線が、日暮隊長に集まる。誰もが彼の次の言葉を待っていた。
「………土萠教授。チームの指揮は、あなたが執ってくれますね?」
 しばし考えを巡らせた後、日暮隊長はおもむろに視線を土萠創一に向けた。
「もちろんです。わたしと助手の香織君が中心になりましょう。信頼のおける友人にも声を掛けてみるつもりです」
「ありがとう。あなたのような人がいてくれて助かります」
 日暮隊長は、土萠教授に握手を求めた。
「恐らくこのために、わたしは再び命を与えられたのだと思います」
 土萠教授はうさぎを見つめたが、その意味は日暮隊長には分からなかった。額にクエスチョン・マークを浮かべながら周囲に視線を流したが、彼の疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。
「だが、難問がひとつありますね」
 衛は言った。真っ直ぐに日暮隊長の顔を見つめる。疑問符を浮かべたままの日暮隊長の顔が、途端に真顔になった。
「ああ………。頭の固い上層部を、どうやって説得するか、だな………。やつら、現場を知らんからなぁ。今の話をしたって、信じてはくれんぞ。下手をすると、精神異常で俺が病院送りになってしまう」
 日暮隊長は大きく肩を竦めた。
「そっち方面に関しちゃあ、俺たちはどうすることもできないぜ」
 兵藤は言う。分かっているさという風に、日暮隊長は頷いた。
「ああ。これは俺の仕事だよ」
 日暮隊長は、別の問題で頭を悩ませなくてはならなくなったようだ。

「T・A女学院が集中的に狙われたって言うのは、何か理由があるのかしら………」
 大道寺と美園を伴ってT・A女学院に再調査に来たレイは、度重なる戦闘で無惨な状態となっている敷地内をぼんやりと見ながら、独り言のように呟いた。
「純粋な乙女のエナジーも集めていたようだから、そう言った意味ではエナジーを集めやすい場所だったんだろう。十番高校の方だと共学だからさ」
 答えたのは大道寺だ。屈み込んで地面を調べながら、レイの独り言に答える。
「だけど、悔しいわ」
 レイは唇を噛んだ。T・A女学院の生徒は、未だ行方不明者が多い。あの陰険な弥勒院麗子も、恐らくは敵の手に墜ちてしまったのだろう。親しい友人も、何人か行方が分からない。
「あたしが分からないのは、誰が美童陽子をT・A女学院に送り込んだのかと言うことね」
 レイの気持ちはよく分かるが、慰めたとて女生徒達が帰ってくるわけではない。美園は話題を変えることで、レイの沈んだ気を少しでも和らげようと考えたのだ。
「その相手は、陽子さんにセーラー戦士としての能力があると、初めから知っていた。………セレスかしら?」
「もしくは、その後ろにいる別の者の意志ね」
 セレスの背後には別の何かがいると言うのが、美園の意見だった。その別の何かと言うのは、もちろんブラッディ・クルセイダースではない。
「ヴァルカンの手の者? それとも、ヴァルカン本人かしら」
「セーラーヴァルカンは、セーラーサンが覚醒すれば復活するって言うアレか。つまりは、セーラーサンを覚醒させれば、自ずとセーラーヴァルカンは復活する、か。単純な計算式だな」
 大道寺は立ち上がり、大袈裟に肩を竦めて見せた。
「もなかと陽子。どっちが本当のセーラーサンなのらしらね」
「あるいは、どっちも本物ってこともあり得るさ」
 美園の問いに大道寺は答える。その真意を確かめようと美園が目を向けた時には、大道寺は既にふたりに背を向けていた。
「どこに行くの?」
「ゴチャゴチャ考えていたって、なるようにしかならんさ。とにかく今は、俺たちができることをしようぜ」
 問い掛けてきたレイにそう答えると、大道寺は校舎の方に向かって歩いていってしまった。