大聖堂の乱戦


「うぉぉぉぉ!!」
 奇声を上げて、騎士団が一斉に突っ込んできた。
「ちっ! 仕方ない!」
 清宮はクンツァイトの姿にチェンジすると、迎撃を開始した。そのクンツァイトをセーラーヒメロスにメイク・アップした望が援護する。
「でかい技は使うな! 体術で勝負しろ!!」
 クンツァイトはマクスウェルとアンテロスに指示を出す。そう言っておかなければ、このふたりは派手な技を豪快にぶっ放してしまう。二日前にエッフェル塔付近で戦闘が行われた際、調子に乗ったアンテロスが超弩級の光線技を掃射してしまい、エッフェル塔を傷つけてしまったときは、さすがにヒヤッとしたものだ。地球人でない彼らは、人類の文化遺産の価値が分かっていない。
 せっかく敵を倒しても、市民から恨まれたのでは意味がない。つくづく、ウルトラマンは羨ましいと思う。あれだけ街を豪快に破壊しておきながら、市民から感謝されるのはウルトラマンぐらいだと思う。リアルタイムで番組を見ていないクンツァイトだったが、ふとそんなことが頭の中を過ぎった。
「ファイヤー・ボール!」
 注意している側から、マクスウェルは火炎の魔法を放った。鎧を着ている騎士たちには殆ど効果がなかったが、充分威嚇にはなった。
 突っ込んできた騎士たちの足が止まった。
「クレッセント・ビーム!!」
 光線技を得意としているアンテロスは、セーラーヴィーナスの得意技であるクレッセント・ビームを容易に放つことができる。足の止まった騎士たちを狙い撃ちにする。ピンポイントの攻撃をするには、クレッセント・ビームはもっとも効果的だった。
 ビームの直撃を受け、三人の騎士が戦闘不能になった。
 次の瞬間には、ヒメロスとクンツァイトが騎士団の懐深くに突入していた。
 ヒメロスが得意の格闘術で二人を薙ぎ倒すと、クンツァイトは一気に五人を戦闘不能にしていた。次いでプレアデスが、光線技で二人を倒す。
「ぬうっ!」
 ジェローは呻くしかなかった。数の上では絶対的に有利な状況でありながら、一瞬にして半数の騎士たちが倒されたのである。
「不甲斐ないやつらめ!」
 憤怒した。大剣を大きく振り上げると、力任せに振り下ろす。
 強烈な剣圧は凶器となって、クンツァイトたちと乱戦を繰り広げている騎士団に襲いかかった。
「なにっ!?」
 クンツァイトは咄嗟にジャンプをして、強烈な剣圧を躱した。突然のことで回避できなかった騎士が、三人ほど巻き添えを食って剣圧に押し潰されてしまった。
「仲間ごと攻撃するなんて!!」
 信じられないといった顔つきで、アンテロスはヒメロスの顔を見たが、ヒメロスは冷静だった。戦いにおいて、幹部が部下を見殺しにすることはしばしばあることだった。無能な幹部ほど、こう言った無謀な行動を取る。ジェローは指揮官としては失格だと思われた。
「どうやら君たちを、甘く見すぎていたようですね」
 ジェローは平然と言ってのけた。攻撃の巻き添えを食ってはたまらないと、生き残っていた騎士たちはジェローの背後に移動する。
「さあ、本気を出してきたらどうです? そうしなければ、わたしには勝てませんよ。もっとも、本気で戦ったら、この大聖堂が無事でいられるという保証はありませんが………」
 満足げな笑みを浮かべ、ジェローは大剣を中段に構えた。鋭い眼光は、クンツァイトを捕らえている。ジェローは、真っ先に倒さなければならない相手を心得ているようだった。指揮官としては二流以下だが、戦士としてはそこそこの実力を持っていると伺える。
 クンツァイトはじりじりと後退する。人類の文化遺産であるノートル・ダム大聖堂を傷つけるわけにはいかない。敵を外へ誘い出すつもりなのだ。
 クンツァイトの動きに合わせて、ヒメロスとアンテロスも動く。プレアデスは仕掛けるタイミングを計る。マクスウェルだけは、敵の後続を断つべく、騎士団が進入してきた宝物殿への通路の前に陣取っていた。
 今のところ、後続の騎士団が来る気配はない。マクスウェルはクンツァイトに目で合図を送った。
 ジェローが間合いを詰めた。足音も立てず、数メートルを滑るように移動する。
 プレアデスが仕掛けた。クラスター・シュートを放ち、斜め前方にジャンプすると、空中からクラスター・シュートをもう一撃放った。五人の騎士が直撃を受けて吹っ飛んだ。
 プレアデスは大聖堂内の翼廊と呼ばれる部分に、ふわりと着地する。
 ジェローはクンツァイトとの間合いを更に詰めた。
 クンツァイトは後方へ飛び退いた。背後には最後の審判の入り口がある。
 扉をぶち破り、外へ飛び出した。………はずだった。だが、そこは再び大聖堂の中だった。クロトワールの門の前に立っていた。最後の審判の入り口の前に追いつめられている、ヒメロスとアンテロスの姿が見える。
「何だと!?」
 さしものクンツァイトも、一瞬我を忘れて茫然と立ち尽くしてしまった。
(そういうことか!!)
 そのクンツァイトの一連の動きを見て全てを悟ったアルテミスは、サン・ドニ像を踏み台にして大きくジャンプした。ネコの姿から、人間の姿へとチェンジする。右手から衝撃波を飛ばして、北のバラ窓を破壊した。空中で身を翻すと、破壊した窓から外へ飛び出した。
「アルテミス!?」
 突然のアルテミスの行動だったが、クンツァイトは慌てなかった。頭上から降り注いでくるバラ窓の破片を避けながら前方にダッシュすると、右横の騎士団に向けてエネルギー弾を放った。
 エネルギー弾はふたりの騎士を飲み込むと、最後の審判の扉を破壊して外へ飛び出していった。そのエネルギー弾を追う形で、ヒメロスとアンテロスも外へ飛び出す。もちろん、そこは外ではない。再び大聖堂の中に戻ってきてしまっている。
 ふたりの女性戦士は、サン・テチエンヌ門の前に立っていた。前方から走ってきたクンツァイトが、ふたりに合流する。
「やっと『からくり』が分かったよ」
 いつの間にか、聖女アンヌの入り口の前に立っていたアルテミスが、不適な笑みを浮かべて目の前のジェローを見据えた。
「もうひとりいたのですか………」
 どうやらジェローは、ネコの姿をしていたアルテミスに気が付かなかったと見える。新手の出現に、僅かに歯軋りをした。
「ですが、『からくり』が分かったとしても、わたしの大聖堂からは逃げ出すことはできませんよ」
「悪いが逃げる気はない。貴様に聞きたいことがあるからな」
 アルテミスは凄んでみせた。だが、ジェローは慌てない。
「先程のお嬢さんといい、あなたといい、今日は奇妙な客人がわたしを尋ねてきますね。しかも、みなさん礼儀知らずだ」
 やれやれといった風に肩を竦めた。
「わたしから何を知りたいのです?」
「アジトの場所だ」
 アルテミスは簡潔に答えた。この状況で回りくどい言い方をしても仕方がない。騎士団も既にふたりしか残っていないというのに、全く動じる気配がない。戦力がまだ残っているというのは嘘ではないようだ。でなければ、これ程の余裕は持てないだろう。それか、よほど自分の腕に自信があるのかのどちらかだろう。
「そんな質問に、わたしが答えるとでも思っているのですか?」
「力ずくでも吐かせる」
「おやおや、物騒な御意見ですね………。面白い。できるものならば、やっていただきましょう」
 ジェローは滑るように間合いを詰めてくると、大剣で斬り付けてきた。アルテミスはするりとその攻撃を躱すと、落ちている剣を拾い上げて下段に構えた。
「おや、あなたも騎士ですか………」
 ジェローは意外そうな顔をした。とても騎士には見えなかったのだろう。意外そうな顔をしている。
「おしゃべりは、そのくらいにして!!」
 業を煮やしたプレアデスが、再び攻撃を仕掛けてきた。宙に身を翻すと、パワーを集中する。
「クラスター・キャノン!!」
 ソフトボール程度のエネルギー弾を自らの前方に複数出現させ、それを一塊として投射した。床が大音響とともに破壊される。
「相変わらず、手荒いな………」
 背後でアルテミスの声がする。いつの間にやら移動してきたのだ。
「だが、『からくり』の発生源はこっちだ!」
 アルテミスは急速に降下して、翼廊のふたつの像を一瞬のうちに破壊する。ふたつの像には、いずれも機械が仕込まれていた。
「なるほど、転移装置か」
 破壊された像を見つめながら、クンツァイトは言った。
「おそらく、本物のノートル・ダム大聖堂のふたつの像も、転移装置とすり替えられているだろう。ここへ入ってきたときの違和感は、強制転移をさせられたために感じたものだろうと思う」
 アルテミスの憶測は、的を得ていると感じられた。
「手の込んだことをする」
 クンツァイトは、ちらりとジェローに視線を向ける。ジェローの表情には焦りの色が伺えた。平静を装ってはいるが、先程までの余裕はなくなっているように見える。本物のノートル・ダム大聖堂ではないと分かれば、遠慮して戦う必要はない。
「下へ行きますか? それともマクスウェルのいる通路にしますか?」
 アンテロスを伴って、ヒメロスが近づいてくる。
「下へ行く」
 アルテミスの決断は早かった。のんびりと考えていてはこちらが不利になることを、アルテミスは分かっているのだ。
「プレアデスが丁度いい穴を開けてくれた。そこから下へ降りる」
「了解! 先に降りて、下を確保します。アンテロス!」
 未だに噴煙を上げている穴に向かって、ヒメロスはアンテロスと共に降下していった。ふたりが降下を始めると同時に、アルテミスはクンツァイトとマクスウェルに合図を送る。
「俺たちも下に行こう!」
 空中に待機したままのプレアデスに、下から声を掛けると、彼女の返事も待たずに降下していった。下から見上げたまま返事を待つのは、少しばかり気が引けたからである。見上げられた本人は全く気にしていない様子で、素早くアルテミスの後を追った。
「しまった!」
 慌てたのはジェローである。このままでは基地内を荒らされてしまう。転移装置のからくりを発見され、しかも破壊されてしまったのだから、転移装置を使って幻惑することはもうできない。いささか、遊びすぎてしまったと反省したが、今となっては後の祭りである。
「大聖堂の勇猛たる騎士諸君に告げる。侵入者を直ちに排除せよ!」
 通信機に向かってそう叫ぶのが、精一杯であった。

「おやおや、ゾロゾロとお出ましだ」
 地下に降りたアルテミスたちを発見した騎士たちは、怒濤の如く攻撃を仕掛けてきた。
「あのジェローとかいう騎士に、アジトの場所を訊かないでいいのか?」
 ふたりを薙ぎ倒しながら、クンツァイトはアルテミスのもとに移動してくる。背中合わせになって、声を掛けてきた。
「あの騎士は、絶対にアジトの場所は教えないよ。例え、殺されてもね」
「………だろうな」
 会話をしている間も、ふたりは攻撃の手を休めない。五メートル程前方で、乱舞系の必殺技を繰り出しているヒメロスが見えた。格闘技を得意としている彼女の、本領発揮といったところだろう。狭い通路の中では、同士討ちになる可能性の高い光線技より、格闘術の方が戦いやすい。
「司令室があるはずだ。アジトの情報は、そこで得られるはずだ」
「同感だな」
 アルテミスの意見に、クンツァイトは頷く。その横で、プレアデスが光線技を乱射した。もちろん、味方に当たらないように、十二分に配慮してである。
「あんたたちは、あいつらのアジトを見つけ出して、何をする気なの?」
 襲い来る騎士たちを光線技で凪ぎ払いながら、プレアデスは怒鳴るように訊いてきた。
「仲間を助け出す。キミこそ、その『箱船』とやらを見つけて、何を企んでいる?」
 答えたのはアルテミスだ。騎士を立て続けにふたり切り捨てると、一瞬だけ手を休めてプレアデスに目を向けた。
「企んでいるというのは人聞きが悪いわ! あたしの話は長くなるから、ここを無事に脱出できたら教えてあげるわ」
 プレアデスは軽くウインクした。今まで成り行きで行動を共にしてはいるが、彼女とて味方であるという保証はない。気を許していい相手ではないが、ああも魅力的なウインクをされてしまうと、男はどうも分が悪い。
「おふたりとも、鼻の下が伸びてますよ」
 アンテロスの鋭い突っ込みに、苦笑いをするふたりだった。

 司令室に戻ってきたジェローは、モニタースクリーンを凝視していた。並み居る騎士を打ち倒しながら、通路を真っ直ぐこの司令室に向かってくる侵入者たちの姿が映し出されている。
 司令室はさほど広くない。正面に大型のモニタースクリーンが壁に填め込まれている他には、特別な機器は何もない。部屋にもジェローの他には、ふたりのオペレーターらしき女性が、シートに腰掛けているだけだ。
「こうも手強いとは………」
 ジェローは歯軋りをする。
「ジェラール様に、何とご報告すればよいのだ………」
 モニターテレビを見つめながら、ジェローは大きくかぶりを振った。敵の侵入を許しただけでも処罰ものなのに、これだけ基地を破壊されてしまうと、自分の失脚はほぼ確実である。失脚を免れる為にも、何としてでも侵入者たちを葬らねばならない。
「………久しぶりにフランス(こっち)に来てみたが………。随分と賑やかな催しをしているじゃないか」
 背後で声がした。ビクリとなって、ジェローは後ろを振り向いた。
 入り口に男が立っていた。漆黒の鎧を装着した、がっしりとした体格の騎士である。腰ににぶら下げている巨大な剣が、一際不気味に見える。気配を全く感じさせなかった。声を掛けられるまで、背後にいることに気が付かなかった。
「ヴィ、ヴィクトール様………」
 騎士の名をやっと口に出しただけで、ジェローは絶句してしまった。そこにいる男は、ジェラールの最大の友で、彼の片腕の騎士である。十三人衆の一員ではないが、その力は十三人衆に匹敵するとまで言われ、ブラッディ・クルセイダース内でも別格の地位を持っている男だ。ジェラール配下のテンプル・ナイツの実質的なリーダーである。剣術だけなら、ジェラールを凌ぐと言われている男だった。
「あなた様が、何故ここに………」
「気が向いたから来てみた。………何てザマだ」
 鋭い眼光で、ジェローを睨み付ける。さしものジェローも震え上がった。
「も、申し訳ございません」
 声が震えてしまっている。まともにヴィクトールの顔を見ることができない。オペレーターたちも言葉を失っている。
 無表情でジェローの顔を見つめるようにしていたヴィクトールだったが、背後に気配を感じて、僅かに瞳を後方に向けた。
「お客人のようだ」
 低い声で一言言った。ジェローは慌てて顔を上げると、ヴィクトールの後方の入り口に目を向けた。ふたりの男が見える。アルテミスとクンツァイトだ。
「ジェロー……。自分の不始末は、自分で処理をしろ。言っておくが、この基地を死守する必要はもうない。フランス支部はいらなくなった」
「! そ、それは………」
「お前は失敗をしすぎた。フランスで予定数を確保できないばかりか、後ろの男たちのような組織の邪魔者を、未だに排除できないでいる。そればかりか、この基地を知られてしまうような失態を犯した。お前などには、もう用はない。これはジェラールの言葉でもある」
「う………」
 ジェローはがっくりと膝を付いた。自分の失態は、既にジェラールの知るところとなってしまっている。基地内のだれかが、逐一報告をしていたに違いないが、今となっては確かめようがない。
「さて………」
 項垂れるジェローを尻目に、ヴィクトールはくるりときびすを返した。入り口に立つ、アルテミスとクンツァイトの方に向き直った。
「挨拶が遅れてしまって失礼した。俺の名はヴィクトール。テンプルナイツを任されている者だ」
 自分の名を名乗るヴィクトールには、威厳があった。威風堂々とした態度からは、微塵の隙も感じられない。
「そんな大物が、この基地にいたとは知らなかった」
 クンツァイトは、わざと無防備の状態になって口を開いた。無防備の状態になってみせることで、相手にプレッシャーを与えるためだ。しかし、そんな駆け引きは、ヴィクトールには意味がなかった。
「先程来たばかりだ。お客人をもてなしたいが、生憎と俺は忙しい身なのでな。悪いが直に失礼させてもらう」
 ヴィクトールは戦う気など、毛頭ないようだった。戦意を全く感じない。
「この基地はいらないと言ったな」
 探るような視線で、クンツァイトが問う。相手に少しでも話させて、情報を得るためだ。今の彼らには情報が不足している。そのためには、相手にしゃべらせる必要があった。
「貴様たちの好きにするがいい。決着はロードスで付けよう。ジェラールもそれを望んでいる。………貴様の仲間もそこにいる」
「ロードス? エーゲ海のロードス島か!?」
 アルテミスが僅かに歩み出た。ヴィクトールは満足げな笑みを浮かべた。
「我らは騎士だ。女性を傷つけるようなことはしないが、それも限界がある」
「早く来いということか」
「だが、簡単に来れるとは思うなよ。充分に楽しんで貰えるように、色々と趣向を凝らしたイベントを多数用意している。貴様たちが無事に辿り着くことを祈っているよ」
 ヴィクトールは一方的にしゃべると、すうっとその姿を消した。
「テレポートした!?」
 アルテミスとクンツァイトの肩越しに、今の会話を見ていたヒメロスが声を上げた。
 まるでヴィクトールがテレポートするのが合図だったかのように、生き残りの騎士団が通路に集結し始めた。通路の左右に、もの凄い数の騎士が犇めいている。
「ククククク………」
 司令室の床に膝を落としたまま、微動だにしていなかったジェローが、突然狂ったように笑い出した。
「アーッハハハハハ………!!」
 頭を抱えて、大声で笑っている。ふたりの女性オペーターが、気味悪そうにジェローに目を向けている。
 笑いながら後ずさったジェローは、背中が機器に当たると、急に真顔になって入り口のアルテミスたちを睨むようにして見た。
「第一の関門だ」
 そう言って、何かのスイッチを押した。見ていたオペレーターの表情が引き釣る。
「!」
 アルテミスとクンツァイトの表彰も強張った。オペレーターの表情を見れば、今ジェローが何をしたのか容易に想像は出来る。
「ちっ!」
 舌打ちすると、ふたりは通路に飛び出した。
「脱出するぞ!!」
 騎士団と乱戦を始めていたプレアデスとマクスウェルのふたりに、アルテミスは怒鳴った。「脱出!?」
「この基地は、もう長くは保たない!」
「!」
 プレアデスにも、それで意味は通じた。基地が破壊されることを恐れて、技の威力を押さえる必要はもうなくなった。
「クラスター・キャノンッ!!」
 彼女が技を放ったのと同時だった。轟音と共に、床が突き上げられるようなショックが連続して襲ってきた。天井が崩れ、壁に罅が入る。
 技を放った直後で隙のできていたプレアデスは、崩れてくる天井の動きに対応ができていない。
「! まずい!!」
 崩れてくる天井に下敷きになりかけたプレアデスを、アルテミスが体を張って救った。
「ぐわぁ!」
 アルテミスの左足が、巨大なコンクリートの下敷きになった。更にアルテミスの後方の床が、崩れて大穴が開く。
 クンツァイトやヒメロスたち四人は、その大穴の向こうだ。
「アルテミス様!!」
 大穴を飛び越えて、アルテミスを助けに来ようとしたヒメロスだったが、再び崩れだした天井の瓦礫に阻まれて、こちらに来ることができない。
「たぁ!」
 プレアデスが、アルテミスの左足に乗っている巨大なコンクリートを粉砕してくれた。
「立てる?」
 肩を貸して、アルテミスを立ち上がらせる。
「ああ、骨には異常はないようだ………」
 激痛に表情を歪めながらも、アルテミスは立ち上がった。彼の言うとおり、骨には異常はないように思われた。
「あのコンクリートの下になって、よく平気ね………」
 呆れたように言うプレアデスに対し、
「平気じゃない。物凄く痛いんだけど………」
 アルテミスは苦笑する。
 騎士団の生き残りのひとりが、特攻を仕掛けてくる。プレアデスがクラスター・シュートで撃退した。その瞬間、床が崩れた。浮遊感が体を襲った。
「しまった!」
 アルテミスとプレアデスのふたりは、崩れていく床に飲み込まれていく。

「アルテミス様ぁ!」
 ヒメロスが必死にアルテミスの名を呼ぶが、一向に返事がない。爆煙と粉塵で前方が全く見えない。
「………ふたりなら大丈夫だ。生きていれば、ロードス島に必ず来る。現地で合流すればいいさ」
 クンツァイトの言葉は、ひどく機械的に聞こえた。
「でも!」
「美奈子を救う方が先決だろ!?」
 クンツァイトは怒鳴った。クンツァイトとしても、アルテミスたちのことが気掛かりだったが、ふたりを気遣って全滅してしまったのでは意味がない。こうでも言わなければ、ヒメロスたちは絶対に脱出はしないだろう。自分たちの目的は、捕らわれた美奈子を救い出すことなのだ。
 再び激しい爆発が起こった。天井が次々と落下してくる。
 騎士たちも既に戦いどころではなくなってしまったらしい。慌てふためいて、右往左往している。
「うおぉぉぉ!!」
 クンツァイトはパワーを集中させると、真上に向かって強烈な衝撃波を飛ばした。上を破壊して最短距離で脱出する以外、全員が助かる方法はない。悠長に脱出路を探っている暇はない。
 漆黒の闇の空間に飛び出した。闇の中に、星が瞬いている。
 轟音を上げて崩壊していく、建造物が下に見える。既に原型を留めていないので、いったいどういう形の建造物だったのか、今となっては皆目見当も付かない。
 周囲は密林だった。西も東も分からない。ノートル・ダム大聖堂から転移されてきたこの場所は、いったいどこなのか彼らに分かるはずもない。
「まったく、とんでもないところに運ばれてたんだな………」
 口数の少ないマクスウェルが、ぽつりと愚痴をこぼした。