異空間の城
薄暗いひんやりとした部屋の一室で、ほたるは意識を取り戻した。ゆっくりと上体を起こしてみる。幸いにして、体のどこも痛まなかった。怪我をしている様子はない。
薄ぼんやりとした空間ではあるが、真っ暗ではなかった。
暗くない原因は、すぐに分かった。申し訳程度の明かりがあるのだ。部屋の周囲の壁だと思われるところに、均等に並べられた赤い炎が、ちらちらと揺れている。距離があるので断定はできないが、おそらく蝋燭の火だと思える。闇の中に並べられた蝋燭の火は、どことなく幻想的であった。
蝋燭の火の大きさから察するに、この部屋はかなり広いと想像できた。天井もかなり高いらしく、ほたるの位置からでは天井が確認できなかった。もちろん、薄暗いせいもあるだろう。ホールのようになっているのかもしれないが、蝋燭の火だけでは暗すぎて、部屋全体は見渡せなかった。
すぐ横に、シスター絵里子が倒れていた。首筋にそっと手を当ててみた。脈はある。呼吸もしているようだ。ほたるは安堵の溜息をついた。
次いで、緑川さやかの姿を捜した。見える範囲には、彼女の姿は発見できない。
ほたるは立ち上がり、周囲に目を凝らした。目が慣れてきたおかげで、先程よりは幾分様子が分かるようになった。
床は石でできていた。大理石のような立派な石などではなく、どちらかと言えばコンクリートに近い材質のようだ。やはり部屋はかなり広いらしく、暗闇に慣れてきたにも関わらず、目を凝らしてみても闇しか見えなかった。上には、四角いぽっかりと開いた口が、どこまでも続いていた。やはり、天井は確認できなかった。
音はない。全くの静寂。自分の呼吸の音だけが耳に響く。心臓の鼓動が僅かに早い。
ほたるは自分の体を改めて観察してみた。どこも痛まないし、怪我をしている様子もないのは、意識を取り戻した直後に確認している。T・A女学院の短いスカートから伸びた足が、やけに冷たく感じた。冷気を含んだこの部屋の空気のために、体が冷え切ってしまっているのだ。
傍らのシスター絵里子も、怪我はしていないようだった。自分と同じで体温が幾分低い他は、外傷は全く見あたらない。
「どこかしら、ここは………」
呟きながら、無意識のうちに、ネックレスにして首に掛けていた時空の鍵を取り出す。そして、苦笑した。
「いい勘してるわよ、姉さん………」
時空の鍵は、今朝行き掛けにせつなから渡されたのだ。宇宙開拓事情団の仕事がやっと一段落したらしく、今日から週末までの三日間休みを取っている。時空の鍵さえ持っていれば、必ずせつなが救出に来てくれる。敵につかまったのだのだろうと推測できるが、そんな安心感はあった。
「………でも、このまま姉さんが助けに来るのを待っているわけにはいかないわね。なによりも、緑川さんを捜さないと………」
一緒にさらわれた可能性は薄いが、それでも彼女の所在だけは確認しなければならない。さらわれていないなら、まだ学院内にいることになる。となると、他の学生が新たにさらわれる可能性がある。それに、もし同じやり方で、他の学生がさらわれたのだとしたら、この建物のどこかに捕らえられているとも考えられる。いるとしたら、彼女たちも助け出さなければならない。
「お目覚めかな? お嬢さん………」
低く、嗄れた声が響いた。男性の声だ。しかも、かなりの高齢者のように思えた。
ほたるは声の聞こえた方に、ゆっくりと顔を向けた。
頭からすっぽりとフードを被った背の低い人物が、ぎょろりとした目でこちらを見ていた。
そこは全くの異質の空間だった。
プルートは呼吸を整え、周囲を注意深く観察した。
風もなく、陽の光も射し込まない。漆黒の闇の世界だった。だが、それにも関わらず、まわりが全く見えないというわけではない。闇の中にあって、なぜか見えるのだ。認識できると言った方がいいかもしれなかった。目に見えていないにも関わらず、まわりに何があるのか、はっきりと分かるのだ。自分が小高い丘の上に立っているのも分かる。かなり遠くの位置に、森があるのさえ確認できた。見えるわけではない。分かるのだ。そこに何があるのかが。
ガーネット・オーブを掲げ、ポイントを特定しようと試みた。オーブが淡い光を放つ。
地球上なのか、そうでないのか、全く特定できなかった。こんなことは初めてである。今までは、少なくとも場所の特定はできたのだ。それができないということは、この空間はプルートの知らない未知の空間であると考えられる。
「………この空間は、分からない」
時空の鍵に導かれるまま転移してきたこの場所は、プルートの膨大な知識の中には記されていない場所だった。時空の鍵をほたるに渡しておかなければ、絶対に追ってくることはできなかっただろう。
プルートも以前のほたる、いや、セーラーサターンであったなら、それほど心配はしなかっただろう。以前の彼女なら、惑星ひとつ破壊してもなおかつパワーを持て余すほどの能力を持っていた。しかし、再度転生した彼女は、明らかに以前よりパワーダウンしていたのだ。ファラオ90と戦った時のような強大なパワーが、再度転生したサターンからは感じられない。
恐らく、無理な転生を繰り返し、無謀とも思える急成長を遂げたために、パワーがそれに付いてこれないでいるのだ。本当なら、彼女の転生はまだ先の未来だったのだろう。それなのに現在に転生してしまったがために、パワーの蓄積が間に合わなかったのだ。彼女たちセーラー
戦士の総合能力の源── スター・シードの成長が、追いついていないようなのだ。だから、
せつなたち三人はほたるを育て、成長を見守ろうと考えたのである。おそらく今の彼女は、もう一段階のパワーアップをするために、眠りの時期に入っているのだろう。だから変身しても、思うように力が発揮できないでいるのだと思える。イズラエルとの戦いで、あれほどモロく倒されてしまったのは、そのためだと考えられた。だからこそ、せつなはほたるの身を案じ、彼女にだけ時空の鍵を渡したのだった。
プルートはガーネット・オーブを消失させると、今度は自らの目で周囲を伺った。邪悪な気配が充満している。
「………まさか、魔界………?」
そんなことがあるわけがないと思いながらも、その可能性は捨てきれないとも考えていた。
いつぞや東京湾天文台で戦ったフードを被った小男は、魔界の生物を召喚しようとしていた。あの男は、魔界の住人であるかもしれなかった。
「実験は失敗だ」
小男は確か、そう言っていたような気がする。あの男はおそらく、あんな下等な生物ではなく、もっと大物を召喚しようとしていたのかもしれない。もし、あの男が相手だとすると、少々やっかいなことになるかもしれないと、プルートは思った。
プルートは顔を上げ、前方に目をやった。漆黒の闇の中に、なにやら巨大な建造物のようなものが聳えているのが、朧げに確認できる。
プルートは丘を駆け下り、建造物へと近づいていった。
中世のヨーロッパによく見られた、石造りの城のようだった。全体がはっきりと確認できないため、その大きさまでは分からないが、かなり巨大な建造物であると推測できた。
城の周りには決まって、敵の侵入を防ぐための堀があるものだが、この城のような建造物の周囲には、そのようなものはなかった。木々が生い茂っているだけだった。その木々も、プルートの知識の中にはない種類の樹木であった。
とにかく入り口を探さなければならない。プルートは城の外壁づたいに、歩いて入り口を探すことにした。出発地点には、もちろん目印を付けた。入り口を見つけられぬまま、外壁のまわりをぐるぐるとまわってしまう可能性があるからだ。
十分程歩いただろうか、城の入り口はまだ見つからなかった。そろそろレイが、他のセーラー戦士たちと到着してもいい頃だろうが、今のところその気配はない。
この分では、仲間の到着を待って、手分けをして入り口を探した方がいいかもしれない。
プルートはそう判断し、仲間の到着を待つことにした。その時、時空の鍵に反応があった。
「ほたる!?」
ほたるが時空の鍵を通して、自分に助けを求めていた。ほたるの身に、危機が迫っている。
仲間の到着を待っている時間はなかった。
「みんなを待ってはいられないわね」
プルートは強行を決断した。
ほたるは声の聞こえた方に顔を向けた。いつの間にか、人が立っている。背が異様に低い。
ほたるも背の高い方ではないが、そこに立っている人物は、自分よりも、更に背が低い。ほたるの胸よりやや下ぐらいの高さしか、身長がないように感じた。頭からすっぽりとフードのようなものを被っているため、表情がよく見えない。目だけがふたつ、ギラギラと異様に輝いている。先程の声から推測すると、かなりの高齢者であると思えた。
「だれ………?」
ほたるは探るような視線を、フードの小男に向けた。
「儂か? 儂はおまえさんの旦那になる男じゃよ………」
とんでもないことをしゃあしゃあと言ってのけると、フードの小男はふえっ、ふえっ、ふえっと、魔法使いの老婆のような笑い声を発した。
「馬鹿なこと言わないで!」
ほたるからすれば、たまったものではない。こんな老人にプロポーズされても、嬉しくもなんともない。
「儂ゃ、本気じゃぞ」
さらりとフードの小男は答える。本人は、大真面目のようだ。
「………」
ほたるは言葉を失う。
「愛があれば、歳の差なんて関係ないじゃろう」
「冗談じゃないわよ!」
「そう、冗談じゃないぞ」
「う〜〜〜」
何を言っても飄々と答えるフードの小男に対し、ほたるはかなり分が悪い。何を言っても、反対にやり込められてしまう。
「緑川さんを、どこへやったの!?」
困ったあげく、ほたるは質問を変えた。
「知らんな、そんな名のおなごは………」
「わたしたちと一緒にいたでしょう? 彼女はあなたが操っていたんじゃないの!?」
「おお! あのおなごか………!」
フードの小男は、ポンと手を打った。
「そうよ! どこにいるの!?」
畳みかけるように、ほたるは訊いた。フードの小男に噛み付かんばかりの勢いだった。
小男はほたるを上目遣いに見上げたが、
「知らんな」
と、短く答えた。相変わらず、つかみ所がない。
「知らないわけないでしょう!?」
普段は物静かなほたるだったが、今度ばかりはさすがに怒鳴っていた。大股でフードを被った小男に詰め寄る。
フードの小男は、背中を少しばかり反らして、間近に詰め寄ってきたほたるの顔を見上げた。
「怒ると美容によくないぞ」
ブチッ!
ほたるは完全にキレた。必殺の平手打ちが炸裂する。
ヒュッ!
空振りした。目の前にいたはずの、小男の姿がない。
ほたるは勢い余ってバランスを崩し、その場にたたらを踏んだ。
「う〜む。こっちのお姉ちゃんは、儂の好みではないのう………。やつらにくれてやるか………」
「!! いつの間に!?」
ほたるは我が目を疑った。今の今まで、自分の目の前にいたフードの小男は、いつの間にやらシスター絵里子の傍らに移動している。膝を抱えて屈み込み、気を失ったままのシスターの顔と容姿を、マジマジと観察していた。
「お〜い! その辺におるんじゃろう? こっちのお姉ちゃんは、お前さんたちにくれてやるぞい!」
ホール全体に響きわたるように、フードの小男は声を張り上げた。と、同時に、待ってましたとばかりに、闇の中からわらわらと奇妙な生き物が出現する。身長が、四‐五十センチ程しかない。以前映画で見たことのある、「グレムリン」によく似た生物だった。
「使い魔じゃよ。儂の可愛い手下たちじゃ」
訊きもしないのに、小男は説明した。
使い魔たちは、一斉にシスターの駆け寄ってゆく。
「シスター!!」
ほたるが叫ぶのと同時だった。未だ気を失ったままのシスターに掴みかかろうとしていた数体の使い魔が、一陣の風によって切り裂かれる。
悲鳴をあげる間もなく、数体の使い魔は絶命し、死体がごろりと床に転がった。生き残った使い魔の集団は自分の身の危険を感じ、さあっと蜘蛛の子を散らすように散開すると、闇の中に紛れていった。
「何をするんじゃ、スプリガン!」
先程までとは打って変わって、小男の鋭い声が飛んだ。
「それはこっちの台詞だ。レプラカーン!!」
ぴしゃりとした声がホールに響きわたると、シスター絵里子の傍らに、男の姿が実体化した。
フードの小男───レプラカーンは、ぎょろりとした目を、実体化した男に向けた。
(あの男は………)
突然侵入してきたこの男に、ほたるは見覚えがあった。先日のT・A女学院でイズラエルと戦ったとき、彼の背後でセレスとふたりで控えていた男だ。
「儂が何かしたかのう………」
「惚ける気か!? じじい!!」
瞬時にレプラカーンの眼前まで移動してきたスプリガンは、小男の胸倉を掴み、ぐいと引き上げる。
「こらっ! 放さんか!」
レプラカーンは宙に浮いた足をバタつかせた。
「俺の獲物を横取りしておいて、よくもぬけぬけと………! 『学院』は俺のテリトリーだ。そして、あの作戦も俺が指示したこと」
「お前さんの部下が不甲斐ないだけじゃ。儂に獲物を捕られても気が付かんとは………」
「ほざけ!!」
ザシュッ!!
鈍い音がした。スプリガンが、レプラカーンの体に手刀を浴びせたのだ。
今まで虚勢を張っていた小男の体が、ダラリと垂れ下がる。
「フン」
スプリガンは鼻で笑うと、動かなくなったレプラカーンの体を、ボロ屑のようにほおり投げた。フードの小男はドサリと床に落ちる。ピクリとも動かない。
「さてと、お前たちはもともと俺の獲物だ。俺が貰い受ける」
スプリガンは鋭い視線をほたるに向けた。有無を言わさぬ迫力があった。全身から漲る闘気は、イズラエルと同等かそれ以上に感じられた。
「勝手なことを言わないで!!」
ほたるは身構えると、スプリガンを睨み付ける。
「上玉だ………。くそじじいが欲しがるのも当然か………」
スプリガンは鋭い眼差しで、ほたるの体を上から下まで観察する。
「極上のものが味わえそうだ。献上するのは惜しいな………」
チロリと舌を出して、唇を舐めた。
ほたるは背筋に、ぞくりとしたものを感じた。視線を流して、シスター絵里子の倒れている位置を確認する。気を失ったままなのだが、シスターには悪いが、この状態ではその方がよかった。
「悪いけど、逃げさせてもらうわ………」
「できるものならばな………」
スプリガンはにたりと笑うと、次の瞬間にはシスター絵里子の傍らに移動していた。シスターに目を向け、僅かに鼻をひくつかせる。
「献上するのは、こっちにしよう………」
小さく呟いた。
「シスターから離れて!!」
膝を落とし、シスター絵里子に手を触れようとしていたスプリガンに、ほたるはピシャリと言い放つ。
スプリガンは一瞬だけほたるに目を向けたが、素知らぬ降りでシスターの首筋に手を触れさせた。
「サターン・クリスタル・パワー! メイク・アップ!!」
ほたるは声高らかに、変身の呪文を叫ぶ。今度は変身できた。気を失っている間に、ある程度のパワーは回復していたようだ。
「ぬ………!? これは驚いた。お前は我らの邪魔をする者だったのか………。益々このまま帰すわけにはいかなくなった」
スプリガンの口調は、楽しそうでもあった。
「えーい!!」
気合いを込めて、サターンは素早い動きでスプリガンに迫る。手にはサイレンス・グレイブが握られている。
シュッ!
サイレンス・グレイブを振り下ろし、スプリガンに斬りつけた。
「遅い!!」
スプリガンは軽々と躱すと、サイレンス・グレイブを持つサターンの右手首を掴み、一気に捻り上げた。
「あう!」
激痛に呻いて、サターンはサイレンス・グレイブを手から放してしまった。乾いた音を立てて、サイレンス・グレイブが石の床で跳ねる。
「モロいな………」
スプリガンは冷たい笑いを浮かべた。
だが、サターンも戦士である。スプリガンが一瞬だけ力を緩めた時を逃さない。
「デス・スプリクト・ボール!!」
掴まれていない左手をスプリガンに向け、至近距離から技を放つ。
バシューン!
光が迸り、サターンは弾かれるように床に転がった。
「なるほど………。甘く見ていると、タラントのように殺られる羽目になるというわけか………。ふむ。少しは遊ばせてもらえそうだ………」
直撃を受けたにも関わらず、スプリガンは平気な顔をしていた。だが、サターンの思わぬ反撃に驚き、彼女の手首を放してしまった自分に対し、スプリガンは苦笑する。
「………儂の城で、暴れるんじゃない………」
嗄れた声が響いたかと思うと、一瞬のうちにスプリガンは黒い球体に飲み込まれていた。
「レ、レプラカーン!?」
スプリガンは驚いたように、嗄れた声が聞こえた方向に顔を向けた。フードを頭から被った小男が、何事もなかったかのようにその場に佇んでいる。
「儂がそんな簡単に殺られるわけがなかろう? お前さんはうるさいからの、カテドラルに強制送還じゃ………」
「なに!?」
スプリガンは身構えたが、僅かに遅かった。彼の周りには、既に特殊なフィールドが発生している。
「転移ゲートだと!?」
スプリガンの体は、黒い球体に包み込まれた。
「達者でのう」
レプラカーンが言うのと同時に、黒い球体はすうっと消滅していった。球体が消滅するのと同時に、フードの小男は視線をサターンに向けた。
「おやおや、ちょっと目を離した隙に、随分と魅力的な格好になりおって………。おお、そうか! お前さんがセーラー戦士というお嬢ちゃんか。そう言えば、この間もそんな格好をしたもの凄い美人に会ったぞ………。やっぱり、あのねーちゃんも仲間か? だったら、会わせて欲しいものじゃのう………」
レプラカーンは、ひっひっひっと喉の奥の方で笑う。ギョロギョロとした目が、遠慮なくサターンを視姦する。
「さてとお嬢ちゃん。思わぬ邪魔が入ったが、もう大丈夫じゃ。安心して、儂と祝言をあげられるぞ」
「ふざけないで!!」
サターンは風のように動いて、床に転がっているサイレンス・グレイブを拾い上げると、流れるような動きでそのまま振り上げた。
「サイレンス・グレイブ・サプラ………!!」
必殺の一撃を放とうとしたが、その時、床に倒れているシスター絵里子の姿を視界に捕らえた。ここで、こんな強力な技を使うわけにはいかない。シスターまで巻き込んでしまう。
サターンは寸でのところで、技を放つのを止めた。
「なんじゃ? なにかする気だったんじゃないのか?」
サターンが技を放つのを思い止まった理由に気づいているのか、レプラカーンは笑い混じりに訊いた。
「くっ………」
サターンは悔しげに呻くしかない。
「言うことを聞いてもらうぞ………」
レプラカーンはじりじりと歩み寄ってきた。
「やあっ!」
それならばと、サターンは気合いを込めて体当たりを仕掛けた。光線技を放てないのならば、体術で勝負するしかない。サターンは体術は苦手だったが、レプラカーンも得意そうには見えない。五分五分の戦いをできるかもしれないと判断したサターンは、体当たりを仕掛けたのだ。
しかし、レプラカーンは突進してきたサターンを左手一本で弾き飛ばした。とても老人とは思えぬ腕力だった。
サターンはもんどり打って床に倒れた。
「往生際が悪いと、余計な怪我をするぞ。なあに、じっとしていれば、すぐにすむわい。痛いのは最初のうちだけじゃ………」
レプラカーンは、ヒヒヒといやらしく笑った。
「催眠術をかけるという手もあるのじゃが、それでは楽しくないのじゃよ………」
「冗談じゃないわ!!」
サターンは再度突進する。
ガシッ!
レプラカーンはするりと動いてそれを躱すと、今度は右手でサターンの首を掴み上げた。細い、節榑立った指が、サターンの喉元に食い込む。
「すぐすむと言うとろうが………。これもお前さんのためなんじゃぞ。乙女のまま献上しようものなら、体中の血液を、一滴残らず搾り取られてしまうぞい」
そのままレプラカーンは、サターンを押し倒した。胸のサターン・クリスタルを鷲掴みした。パワーがレプラカーンに吸い取られる。
「な、なに!?」
サターンは困惑した。体が麻痺する。パワー・ダウンが感じられた。変身が解けてしまった。
「なるほど、やっぱりこのクリスタルがパワーの源か………」
レプラカーンはクククッと笑いを漏らした。と、
「ふお?」
何かを感じたレプラカーンは、間抜けな声とともに顔を上げた。同時にフードを被った小男は、後方に吹き飛ばされていた。
何が起こったのか理解できていないレプラカーンは、キョトンとしたまま、床に尻餅を付いている。
「ほたるには指一本触れさせないわ!!」
声が響いた。低く、張りのある声。
「姉さん!!」
ほたるはその声の主がだれなのか瞬時に判断し、喜びの声を上げていた。
「姉さんとな………?」
レプラカーンはゆっくりと起き上がると、そのフードの中の目を凝らした。
「ほう………。お前さんはあの時の………」
セーラープルートの姿を見つけたレプラカーンは、瞳を輝かせた。
「これは願ってもないことじゃ………」
「ほたるから離れて!!」
「お前さん、なんか勘違いしとらんか? ここは儂の城じゃぞ」
レプラカーンがニタリと笑うと、異変が起こった。ほたるとシスター絵里子の体が、床にめり込んだのだ。
「ほおら、立場逆転じゃ」
勝ち誇ったように、フードの小男は笑った。
「おとなしくしてもらおうかの、セーラー戦士のお嬢さん」
そう言って、鼻をひくつかせる。
「この間は気づかなんだが、お前さんも乙女じゃないか………。最近の娘っ子は進んでると聞いていたが、お前さんは奥手の方かえ?」
「な、何を言ってるの!?」
「姉さん、気を付けて!! こいつ、ヴァンパイアよ!!」
床に体が半分埋まりながらも、ほたるは必死に叫んだ。
「ヴァンパイア!?」
「違うわい。あんなバケモンと一緒にして欲しくないのう。儂ゃ、血は吸わんよ………。召還の儀式には使うがの………」
レプラカーンは余裕綽々である。それもそのはずだろう。人質をふたりも取っているのだ。
おかげでプルートは、何もアクションを起こせないでいる。
プルートは歯軋りをした。先の一撃でレプラカーンを仕留めなかった自分の甘さに、今更ながら後悔する。
「さてと、おとなしくしてもらうぞ」
レプラカーンが言うと、どこに潜んでいたのか、グレムリンたちがわらわらと出現し、プルートに掴みかかっていった。