「うさぎが見たら、やきもち妬かないか?」
 忍とツーショットでパーラー“クラウン”でパスタを食べている衛に、アルバイト中のまことは意地悪そうに声を掛けた。
「ここに来てることは知っているし、別にコソコソしてるわけじゃないから、大丈夫でしょ?」
 答えたのは忍の方だ。平然とした顔で、ガーリックの利いたペペロンチーノを食している。
「あたしは、元麻布(こっち)の地場クンのアパートでもいいって言ったんだけどね。入れてくれないのよ」
 こいつが、と言うように、衛を指差しながら忍は頬を膨らませた。
「で、そのうさぎは?」
「ルナと一緒に、育子ママの見舞いに行ってる。帰りにパーラー“クラウン”(ここ)に寄ることになってる」
 衛は面白くなさそうな顔で、ムスッと答えてきた。
 美奈子たちが売った一芝居に、まんまと騙された形となった衛は、少し怒っているらしいと亜美から聞いている。この様子だと、少しどころではない。
「美奈と清宮は?」
 衛はジロリとまことに目を向けてくる。ちょっと恐い。
「りょ、旅行の続き。ゾノと三人で戻っていったよ。今頃天城峠で、『天城越え』を熱唱してる頃じゃないかな」
 なるほど、三人が逃げるように旅行の続きに行ったのは、衛から逃亡を図るためだったのかと、まことはようやく納得した。
 衛とすれば、一芝居打つことを事前に知らせて欲しかったというところなのだろうが、美奈子たちとしても、まさか衛まで戻ってきているとは思わなかっただろう。もちろん、まことも知らされていない口だったから、あの場面では本当にうさぎが死んでしまったと思ったほどだ。
「敵を欺くには、まず味方からってよく言うじゃない。いいじゃないのよ。結果的にはうさぎは無事だったんだしさ。いつまでも拗ねてると、人間小さいって思われるよ」
 相変わらず忍はハッキリと言う。衛は口を尖らせると、窓の外に顔を向けてしまった。
「かえって怒らせるようなことを言わなくても……」
 まことは、やれやれといった風に溜息を付いた。店の入口に目を向けると、大道寺が入って来ようとする姿が見えた。まことは、慌てて両手で「×」のサインを出す。大道寺も「シナリオ」を知っていた口だ。今、店の中に入ってくるのは非常にマズイ。
 大道寺が硝子扉の向こうで怪訝そうな顔をしているので、まことは右手の親指を突き立てて衛に仕立てると、その後で両手で頭の上に鬼の角を作る。余程の馬鹿でないかぎり、そのゼスチャーで通じるはずだ。
 まことのゼスチャーの意味が分かった大道寺は、大きく三回ほど首を縦に振った。それだけなら良かったのだが、よせばいいのに首を伸ばして外から店の中の様子を探ろうとする。好奇心が旺盛というのも、時には困りものである。当然、窓の外を眺めていた衛と視線が合ってしまう。
 ギクリと体を硬直させた大道寺は、スタコラサッサとその場から逃げ出していった。

 昨日とは対照的に、育子は晴れ晴れとした表情をしていた。「どこも異常なし」との検査結果が出たかららしい。
「病院も現金なものよね。異常ないと結果が出た途端、ベッドを開けなくてはいけないから、夕方には退院してくださいだって」
 進悟の差し入れだという豆源の煎餅をボリボリと食べながら、育子はぶうぶうと文句を言っている。どうやら、いつものペースが戻ってきたらしい。
「そっかぁ。じゃ、わざわざ連れてくることはなかったかな」
 煎餅をお裾分けしてもらったうさぎは、カプリと噛み付きながら言った。
「連れてくる? だれかと一緒に来てるの?」
 見たところ、うさぎはひとりだ。誰かと連れ立って来たようには見えない。
「看護婦さんに見つかったら、怒られちゃうかもしれないけど……」
 うさぎはチロリと舌を出すと、十番高校のロゴの入ったスポーツバッグをベッドの上に置いた。ファスナーを開けると、中からひょっこりとネコの姿のルナが顔を出した。
「あはは……! ルナちゃんかぁ」
 育子は嬉しそうに、声を上げて笑った。育子に頭を撫でられたルナは、気持ちよさそうに目を細めた。
「実はね、あたし夢を見たの」
 育子は、ルナとうさぎの両方に顔を向けた。
「ルナちゃんが、人間の女の子になって、うさぎと楽しそうに遊んでいるの。あたしは、そんなふたりを暖かく見守っている夢」
 ルナは驚いたように顔を上げた。何で今まで気が付かなかったのだろう。育子は、ディアナに雰囲気がよく似ているということに。育子の膝の上で眠ると、妙に落ち着いた気分になれるのは、母親に抱かれているような気持ちになれるからだったのかもしれない。
 育子がディアナの生まれ変わりだとは思わない。しかし、ルナは、育子にディアナと共通している部分を発見できたことが、とても嬉しかった。
「これからも、うさぎのことをよろしくね、ルナちゃん」
 育子は愛おしそうにルナの頭を撫でる。
「はい、お母さん」
 ルナは下を向き、本当に小さい声で、そう答えた。










 幼い猫は訊きました
 四つの力ってなんですか?
 どうやったら、束ねることができますか?
 
 猫の神様は云いました
 あなたのその目で確かめなさい
 あなたなら、きっと分かるはずだから
 あなたは希望の架け橋なの
 猫の神様はそう云って、幼い猫を送り出してあげました