傷付いた階堂に縋るように、 物陰からさやかが飛び出してきた。
「階堂さん!」
 呻く階堂を抱き起こす。その必死の表情を見たレイは、彼女の階堂に対する想いが分かってしまった。
「さやかさん、階堂さんのことが好きなのね」
 そんなことを尋ねている場合ではないと思いながらも、レイは訊いてしまっていた。訊かずにはいられなかったからだ。
「あなたは?」
 睨むような視線を、さやかは向けてきた。ライバル視するような視線だった。
「火野レイです」
「火野………? あなたが、火野先生のお嬢様………」
 さやかは驚きとも怯えとも取れる表情で、レイを見つめた。
「………ええ、好きよ。初めはお父様が決められたことに対して、反発もしたわ。わたしは、お父様の出世のための道具にされるのは嫌だった。だけど、階堂さんと一緒にいるうちに、その気持ちは変わってしまった。階堂さんに惹かれてしまったの」
「そう………」
 訊いてしまった自分が、馬鹿だったと思った。そんなことを言われれば、苦しくなるのは自分の方だと分かっていたのに、なのに訊いてしまった。
「階堂さんは、とてもいい人よ」
 追い打ちを掛けるように、さやかは言ってきた。
 知っている。分かっているわ。そんなことは、あなたに言われなくても、あたしが一番よく分かっている。
 そう言ってやりたかった。しかし、それを言ってしまっては、全てが崩れてしまうのが分かっていた。自分だけならまだいい。だが、階堂の未来までもが崩れてしまう恐れがあった。だから、言うことはできなかった。
 レイはキッと唇を結んだまま、ふたりを見つめていた。
「う………」
 短い呻き声を漏らして、階堂は意識を取り戻した。
「さ、さやかさん!?」
 自分を抱き起こしているのがレイではなく、さやかであったことに、階堂は驚きを隠すことができなかった。
「立てる? 階堂さん」
「あ、ああ」
 レイの問い掛けに、階堂はこけしのように肯いた。
「彼女と一緒に、この場から逃げて」
「レイ。キミは逃げないのか?」
 階堂の言葉を聞いた時、さやかの肩がピクンと撥ねた。
「レイ」
 親しげに呼ぶ声。自分のことは、そんな風に親しげに呼んでくれたことはない。さやかは咄嗟にレイの方に目を向けた。レイは、その神秘的に輝く美しい瞳を、階堂に向けていた。
「あたしは逃げるわけにはいかないの。仲間のところにいかなくちゃ」
「仲間?」
 階堂はレイの言っている意味が分からなかった。だが、それは無理もないことである。
「お願いだから、安全なところまで逃げて」
 レイはそう言うと、右手を軽く振って見せた。掌から炎が吹き出し、それを握り潰した。
「!?」
 手品などではないことは、レイの表情を見ていれば分かる。階堂は、驚きの眼差しでレイの顔を見つめた。
「あなたとあたしは、住む世界が違うのよ」
 そう言うと、レイは階堂に背を向けた。
「マーズ………」
 躊躇した。体の震えが止まらなかった。
「プラネット・パワー・メイクアップ!!」
 涙が零れた。背後のふたりが、息を飲んだのが気配で分かった。
「さぁ、早く逃げて!」
 万感の思いを込めて、レイは叫んだ。振り返ることはできなかった。涙で濡れた顔を、階堂に見せたくなかったからだ。
 ふたりが立ち去る気配を背中で感じた。
 大粒の涙が、もう一度零れた。