ある日のせつなさん〜with D・J〜


 けたたましく空砲が鳴り響く音で、せつなはびくりとなって、文字通り飛び起きた。同時にまた、二発の空砲が轟く。
 十番小学校か中学校のどちらかで、何か行事でもあるのだろうか。気持ちよく眠っている朝の空砲は、とてもはた迷惑である。
 頭がズキズキと痛んだ。喉もカラカラだった。それが慌てて飛び起きたせいではないことに、せつなはすぐに思い至った。
「あ、そっか。ゆうべ、飲んだんだっけ………」
 昨夜は、D・J、清宮、美園の三人と、新宿に飲みに行ったのだ。JR新宿駅南口近くの居酒屋で午後七時頃から飲み始め、なんやかんやで話が盛り上がって、気付いた時には十時を回っていた。D・Jと清宮は、その時点でだいぶ酔っぱらっていたように思う。自分と美園は、サワーをチビチビと飲んでいたので、それ程酔ってはいなかったが、D・Jと清宮は、生ビールの大ジョッキから始まり、いったい何を何杯飲んだか分からないくらいのハイペースで、次々と飲んでいた。これ以上このふたりに飲ませると店内で暴れ出しそうだったので、美園の提案で四人は店を出ることにした。ここでお開きにすればよかったのだが、清宮が知り合いが経営しているショットバーに行こうと言い出したので、その場の勢いで行くことになってしまった。
 そのショットバーは歌舞伎町にあるとかで、南口からだと新宿駅をぐるりと半周して行かなければならないのだが、酔い覚ましにはちょうど良いなどと、上機嫌で向かうこととなった。
 途中、せつなと美園に絡んできたちんぴら風の男四人を、清宮とD・Jは酔った勢いでボコボコにした。ちなみに美園は、相変わらず女性のような服装をしてメイクまでしていたので、声を掛けてきたちんぴらは、彼を女性だと勘違いしていたらしい。酔っぱらって大声で歌を歌いながら歩いている清宮とD・Jに対し、せつなと美園は他人のフリをしながら少し離れて歩いていたので、女性ふたりがフラフラと歩いているように見えたのだろう。
 清宮の知り合いが経営しているというショットバーは、とても雰囲気が良く上品な店だった。清宮の知り合いだという経営者兼店長は、昨夜は休みだったのだが、馴染みの店員がいたらしく、注文してもいないツマミが次から次へと出てきた。中にはメニューにない豪勢な料理まで出てくる始末だ。
 カウンターに座った方が雰囲気が出るのだろうが、生憎とカウンターは全席が埋まっていたので、店の隅のテーブル席に付いた。
 普段はあまりカクテルなど飲む機会のないせつなだったが、薦められるままに三種類くらいのカクテルを飲んだ。四杯目のカクテルは、「あなたのイメージでお作りしました」と素敵なお兄様が映画さながらのシチュエーションで運んできてくれたが、清宮のひと睨みでスゴスゴとカウンターの方に引っ込んでいった。
「あなたのイメージでお作りしました」作戦は、女性客を口説くための常套手段である。「俺の連れにちょっかいを出すな」と、馴染みの店員を呼んで清宮が文句を言っていた………ところまでは覚えている。その後、お詫びと称した五杯目のカクテルが運ばれてきたような気がするし、六杯目を飲んだような気もするのだが、その辺りの記憶が曖昧だった。
「………ってことは、飲み過ぎたってことよね」
 せつなはひとりで納得し、大きな溜め息を付いた。呑気に溜め息を付いていられるのも、自分が寝ていたのが自分の部屋だと分かったからだ。しかも、ちゃんと自分のベッドで寝ている。間違って、ほたるのベッドに潜り込んだということもないようだ。記憶がなくなるまで飲んでいたようだが、どうやらちゃんと自分のアパートに帰ってきたようだった。自分の帰巣本能の素晴らしさに、思わず感心してしまう。
「感心感心。せつなちゃん偉い!」
 などと、自分で自分を誉めてあげたりする。
「うん………。せつなちゃん、偉い………」
 何かモゴモゴと、口の中でものを言っているような声が聞こえたかと思うと、横で何かがモゾモゾと蠢いた。
「ほたるぅ………。あんた寝ぼけて!」
 ほたるが寝ぼけて自分のベッドに入り込んで寝ているのだと思ったせつなは、顔を左下に向けた。
「………」
 激しく瞬きをして、目をゴシゴシと擦った。毛布にくるまって、何者かがそこで寝ているのだが、どう見てもほたるには見えない。念のため、ほたるのベッドを見てみたが、そこにほたるの姿はない。そしてもう一度、自分のベッドに視線を戻す。
「………」
 少しふわふわして癖のある髪。明るい色に着色している。ほたるの通うT・A女学院は、校則がとても厳しい。また、まじめを絵に描いたようなほたるが、髪を染めてパーマを当てるなどとは考えづらい。だが、この頭には見覚えがあった。数時間前まで、一緒にいた頭だ。
「でぃ、D・J………」
 毛布にくるまっているので後頭部しか見えないのだが、明らかにD・Jの後頭部だと思われる物体が、そこにあった。ほたるがD・Jの髪型と同じかつらを付け、自分のベッドで寝ているとは思えなかった。そんな手の込んだ悪戯をするとも思えない。と、言うことは、恐らくこれは本人の後頭部なのだろう。
「どういうことかしら………?」
 せつなは頬をピクピクさせる。嫌な予感がして、ここで初めて、せつなは自分の姿を瞳に映した。
「!!!」
 絶句した。下着しか身に着けていなかったからだ。取り敢えず、上下とも身に着けてはいる。よく考えなくても分かることだが、自分は下着姿でD・Jと同じベッドで寝ていたらしい。パジャマに着替える途中で力尽きてしまったのだと、せつなは無理矢理自分に言い聞かせる。下着を身に着けているということは、D・Jとはただ単に一緒のベッドで眠っただけで、何事もなかったのだと思う。いや、思いたい。思わなければならない。思ってしまいたい。思うのよ、せつな。
「こ、こいつか?」
 ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込むと、毛布にくるまっているD・Jがどんな姿で寝ているのかが気になった。恐る恐る、チラリと毛布を捲ってみる。肩口が見えた。素肌だった。
「がびぃ〜〜〜ん!!」
 現実から逃避しようと、せつなは普段ならプライドが許さないので、絶対に行わないようなおちゃらけたポーズをして、驚きを示した。
「いんや! まだ諦めるのは早いわ、せつな!」
 せつなは大きく首を振る。きっとD・Jも、自分と同じで寝間着に着替える前に、力尽きてしまったのだ。(自分たちのアパートに、彼の寝間着など置いていないことに気付いていない) 幸いにも(?)こいつは、自分のベッドで自分と一緒に眠ったようだ。ほたるのベッドで、ほたると抱き合って(せつなの思考は、既に壊れています)眠っていなかったことが救いだ。もしもそんな状態でいるところを発見したら、問答無用で冥空封印(ダークドーム・クロウズ)で異次元に追放しているところだ。
「下着は着けてるわよね、こいつ」
 確認できるまでは安心できない。ブリーフだったら嫌だな、とか、ぽっちゃりしたお尻が見えたらどうしよう、とか思いつつ、せつなはD・Jがくるまっている毛布をスルスルと捲っていく。下着が見えた。どうやら着用しているらしい。
「ふ〜ん。スキャンティね」
 D・Jが穿()いていたパンツのタイプを確認してから、せつなは呟く。
「………」
 呟いてから、自分の言葉の重大さに気付くまでに、たっぷりと一分の時間を要した。
「スキャンティ!?」
 せつなはガバッと、D・Jがくるまっていた毛布を剥ぎ取る。D・Jが何やらモゴモゴと言っているが、そんなことは気にしていられないし余裕もない。
 D・Jが穿いているのは、どう控え目に見てもスキャンティにしか見えない。それも見覚えのあるスキャンティだ。
「ちょっとぉ! どういうことよぉ!? 気持ちよさげに寝てないで、とっとと起きなさいよ!!」
「な、なんだ、なんだ!?」
 ポカポカとせつなは頭を叩かれたD・Jは、そこでようやく目を覚まして飛び起きた。
「あれ? ここ、ドコ?」
「あたしんちよ!!」
「なんで、せつなちゃんの家にいるんだ………。げっ!?」
 D・Jはせつなを見て、目が点になる。
「ってか、なんて恰好してんの? せつなちゃん」
「それはあたしが訊きたいって!! つーか、その前に鼻血を拭け!!」
 枕元に置いてあるティッシュケースから乱暴に数枚抜き取ると、両方の鼻の穴からタラリと赤い液体を流しているD・Jに、これまた乱暴に投げ付けた。
「だ、だってランジェリーなせつなちゃんが、十センチの至近距離にいるのに、興奮するなって言う方が無理! って言うか、下の方がとっても苦しいんですけど………」
「そりゃそうでしょうよ! あたしのパンツ穿いてりゃ、今の興奮しきってる状態のあんたの下半身は、とってもキツイ状態でしょうよ!」
「え!? うわっ!! なんじゃあ、こりゃあ!」
 松田優作ばりに、D・Jは全身で驚きを表現した。そりゃあ、女物のパンツを穿いてりゃ、誰だって驚くでしょうよ。下半身が苦しい理由もよく分かる。
「こりはいったい!?」
「ええい! 見せなくっていい!! 不気味だ!!」
 D・Jの下半身がどういう状態であるのかは、ここでは敢えて説明しないことにする。皆様のご想像にお任せ致します。
「さぁ! 説明してもらいましょうか! 詳しく、懇切丁寧に、分かり易く、納得できるように!」
 せつなは頬をピクピクさせながら凄む。額には青筋が立っている。とは言うものの、D・Jも混乱している。
「何をどう説明すればいいの?」
「あんたは何で、あたしのパンツ穿いてんのよ!?」
「被っているよりはいいと思うけど………」
「そう言う問題じゃない!!」
「そんなこと仰いましてもねぇ、お奉行サマ。あっしには全く身に覚えが御座いやせん。あ、いえ、ごめんなさい! 真面目に答えます!!」
「ほたるのパンツだったら、あんたは命がなかったところよ」
「い、いや、いくらなんでもほたるのものじゃ、サイズが小さすぎるだろ………」
「なんでほたるのサイズ知ってんの?」
「見た感じ小さいし………」
 D・Jはよせばいいのに、手振りでほたるのお尻の形を示す。
「あんたは常日頃から、そう言う目でほたるのお尻を見ていたのね」
「あ、いや、そうじゃなくってさ! ほたるのお尻はキュートで可愛いってことを言っているだけでって………ああ! フォローになってないっっっ!!」
「どうせあたしの尻は、でかくて垂れてますよ!!」
「知らないよ! 見たことないもん!!」
「じゃあ、ほたるのは見たことあるわけ!?」
「ないですよ! あるわけないでしょ、そんなこと!! ただ想像を………って、違う違う! そんな目で見ないで!!」
 さすがのD・Jも、泣きそうな顔になっている。弁解すればするほど、どんどんドツボに填っていく。
「と、とにかく俺は、このパンツを脱ぎたい………」
「あんたはこんな状況で、そっちに走るか!?」
「な、な、な、何を考えてんだよ!! 俺はキツイから、早く自分のパンツに履き替えたいと思っただけで………。あれ? 俺のパンツどこ?」
「あたしが知るか!!」
「もしかして、せつなちゃんが穿いてる?」
「穿いてないわよ! って、どさくさに紛れて、マジマジと見るんぢゃねぇ!!」
「だって、こんなチャンス滅多にないし………」
「二度とないわよ!」
「いや、二度目もあってほしいなぁと………」
「………」
「こ、怖い顔しないでよ、せつなちゃん。だから、俺のパンツは?」
「それなら今は洗濯機の中」
「ああ、洗濯機の中ね。って、ほタる!?」
 部屋の入り口に突っ立って、自分たちの姿を冷めた視線で見つめているほたるの姿を見付けて、ふたりは心臓が口から飛び出さんばかりに驚いた。声が裏返ってしまった。
「い、いつからそこにいたの!?」
「D・Jが鼻血拭いてる辺りから」
 ほたるの表情は、氷のように冷たい。真顔のままニコリともしない。かなりコワイ。
「な、なんかとっても怒ってない? ほたるサン」
 悪戯がバレた子供が母親の顔を見るような目で、D・Jとせつなは揃ってほたるの顔を見た。ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ふたりがうるさくてうるさくて、お陰であたしは寝不足なの! あたしが横で寝てるってことを忘れないでよね!!」
 部屋の入り口で腕を組んで仁王立ちしているほたるは、ムスッとした表情で答えた。
「え!? それってつまり………」
 せつなとD・Jは、ふたり揃って息をのんだ。

 ふたりがうるさくってうるさくって。

 あたしが横で寝てるってことを忘れないで

 せつなとD・Jの頭の中では、ほたるのその言葉がエンドレスで繰り返されている。そのまま、蝋人形のように固まってしまった。
「あらら?」
 固まってしまったふたりを、ほたるは驚きの目で見つめる。ほたるとしては、泥酔して帰ってきたふたりが、部屋の中をドタバタと移動し、やれ吐きそうだの、やれ腹が減っただの、やれシャワーを浴びるだなどと、てんやわんやの大騒ぎをしたことに対して怒っていたのだが、ふたりは全く別の意味で捉えたようだ。
 ふたりとも一点を見つめたまま、電池が切れたロボットのように、固まって動かなくなってしまった。
「もしも〜し! なんか、とっても宇宙的に誤解してるようなんだけど?」
 ほたるは気付いて声を掛け直したが、ふたりは全く反応を示さない。完全に時間が止まってしまっている。
「ま、いっか。邪魔だから、しばらくほっとこ」
 ふたりがほたるから真相を聞いたのは、その日の夕方になってからだった。





あとがきっす

 またしても酔い潰れネタです(爆) 日向ももうネタ切れだな・・・などと思わないでください(実際、ネタ切れっぽい)
 酔っぱらいネタの場合、二十歳以上のキャラに限られちゃうんで、そろそろ打ち止めですね〜。