ある日のせつなさん
せつなは苛立っていた。
チン! ジャラ、ジャラ、ジャラ………。
金属製の球体の硬質な音だけが、虚しく響いていた。有線放送で流れている流行歌も、彼女の耳には届いていなかった。
せつなにとっては、生まれて初めての体験だった。自分には一生縁のない場所だと思っていた。
JR田町駅近くに用事で出掛けていたせつなは、第一京浜の横断歩道で向かい側から渡ってきた元基とレイカに出会した。思えば、この偶然がせつなの不幸の始まりだった。
ふたりに誘われて、駅近くの喫茶店に入った。雑談をしている中、突然レイカがパチンコをやりたいと言い出した。彼女も最近になって、元基に連れられて行ったのが最初だったのだが、その初めてのプレイで大勝ちしてしまった。味を占めた彼女は、再び行く機会を虎視眈々と狙っていたのである。
先日給料が出たことで財布の中身に余裕があったことと、好奇心が手伝って、せつなも同行することになったのが運の尽きだった。
駅の近くにもパチンコ店はあるのだが、そこは相性が悪いと元基が言い出し、少しばかり駅から離れたパチンコ店に入った。「太陽の宮殿」と言う、何やら違う建物を連想してしまいそうな名前のパチンコ店だった。元基曰く、この店が一番相性がいいのだそうだ。
三人が選んだのは、最新機種の「CR セーラームーンX」と言う台だった。三等身の可愛らしいキャラが、若い女性にも好評だった。
自分たちがモデルとなった新台だったので、せつなもすんなりとプレイに入ることができた。取り敢えず三千円のパッキンカードを買って、三人は並んで座った。どうぞ座ってくださいとばかりに、ちょうど三席が空席だったのだ。
それぞれ六千円を投資したところで、真ん中に座っていたレイカが、早々と大当たりを出した。ラッキー7の大当たりは、もちろん確率変動である。
「ふたりとも、おっ先ぃ〜」
レイカは上機嫌である。
元基が熱くなった。三日前にレイカとふたりだけで来たときも、元基はひとりで大損したらしかった。店にはいる前は、
「今日はこの間の負けを取り返してやる!」
と、ひとり鼻息が荒かった。(得てしてこう言う時は、返り討ちに合うものである)
その元基の勢いに、せつなが吊られてしまった。瞬く間に、更に六千円を失った。だが、元基もせつなも大当たりが来ない。
せつなの座った台には、「爆裂台」と言う札が付いていた。初めてのせつなに楽しんで貰おうと、大当たりが出安いだろうと思われる台に、彼女を座らせたのである。しかし、今のところふたりの配慮は無意味だったと言わざるを得ない。隣のレイカが大当たりを引いてしまったのだから、せつなが密かに熱くなるのも無理はなかった。
セーラー戦士である彼女たちは全員、人一倍負けず嫌いだったのである。これだけは見事に共通した性格だった。
レイカは既に、七回目の大当たり中である。鼻歌などを歌って、余裕綽々である。
「そろそろ、せつなも当たってもいい頃よねぇ。何たって『爆裂台』なんだもの」
レイカはせつなの神経を逆撫でするようなことを言う。
「そ、そうよね」
笑ってみせるが、表情が引きつっていた。「爆裂台」だから大当たりが出安いと言うのは、大きな間違いである。確かに大当たりを連発することを「爆裂する」とも言うが、「爆裂」イコール「大当たり」ではないのである。別の意味で爆裂することだってある。
「上等だわ! トコトン付き合ってやろうじゃないの!」
せつなは何を血迷ったのか一万円のカードを買ってくると、気合いを入れ直して席に座った。
「あ〜ん。終わっちゃったぁ〜」
締めて九回の大当たりを出して、レイカの確率変動は終了した。次は百回までの時短モードである。
レイカの残念そうな声を敢えて無視して、せつなは自分の台に集中した。
画面をルナPが横切った。リーチ予告だ。しかも「7」のリーチ!
せつなは興奮した。
画面が切り替わり、プリンセス・セレニティが登場した。通常のスーパー・リーチの場合はセーラームーンが登場し、プリンセス・ハレーションで次々と数字を攻撃するのだが、今回は違った。プリンセス・セレニティは初めての登場である。
せつは、右斜め上に張り付けてあるリーチアクション紹介のポスターに目を向ける。
プリンセス・セレニティ・リーチは、何と大当たり確率九十五パーセントのプレミア・リーチだったのである。
「古幡くん! せつな、セレニティ・リーチよ!!」
「ええーっ! せつなちゃんも大当たりぃ!?」
レイカと元基が、自分のことのように興奮する。せつなは無言で画面を凝視する。
数字がスロー回転し、「7」を行き過ぎ「8」で停止した。
「あ、うそっ」
レイカが絶句する。
「いや、大丈夫! もう一回転するばすだ」
元基が言った。
「お願い! 銀水晶!!」
プリンセス・セレニティの悲痛な声が響く。元基が言ったとおり、数字は再び回転する。しかも、超高速で。
ピタリ。
「6」で停止した。
「そ、そんな!!」
画面のセレニティが絶句する。三人も絶句する。
大当たりだと確信して、無制限の札を取り付けようとしていた店員は、外れたのを見てそそくさとその場を立ち去った。
(うさぎぃ。あんたって子はぁぁぁ!!)
せつなは心の中だけで怒りを爆発させる。別にうさぎ本人が悪いわけではないのだが、やはりモデルになっているだけに、本人に怒りの矛先が向いてしまう。
「な、何か、もの凄いオーラを感じるんだけど………」
せつなの周囲に張り巡らされている近寄りがたいオーラを、レイカが敏感に感じ取った。
すくっ。
せつなは無言で立ち上がる。
ビクぅっ。
レイカは思わず身を引いた。せつなは無表情でカードを購入しに行った。
「古幡くん。そろそろ止めた方がいいじゃない?」
流石のレイカも、今のせつなの様子を見てしまうとこれ以上はまずいと思ったのだろう。傍らの元基に視線を向けた。が、既に元基は蝋人形のようになって画面を見つめている。レイカの呼びかけにも反応を示さない。
「あ、ダメだ………。古幡くんも終わってる。蝋人形モードに突入しちゃったわ」
レイカは嘆息した。
せつなは完全に自分を見失っていた。金銭感覚も麻痺してしまっている。普段より、多めに財布にお金が入っていたことも災いした。
せつなの投資金額は、三万円に達していた。
ジャララン!
突如、ギターの音色が左横のレイカの台から聞こえてきた。次いで起こるレイカの喚起の声。
ザッ、ザザッ、ザッ、ザザッ。タララ、タン、タラッタ、ラララ〜ン。タララ、タン、タラッタ、ティラリ〜ン。
聞き慣れたミュージックとともに、数字が揃ったままゆっくりと回転する。百パーセント大当たりのタキシード仮面リーチだった。「7」で停止する。レイカは再び確率変動をスタートさせた。どうも世の中は、裕福な人物のところに、お金が集まるようにできているらしい。
「レイカさん、すまん!!」
突如席を立った元基が、積んであったレイカのドル箱をひとつ奪取して、景品交換所へダッシュする。お金が底を突いたため、換金しに行くのだろう。
「もう! 古幡くんはぁ!!」
レイカは口でこそ怒ってはいるが、表情は楽しそうだ。悪戯をしている我が子でも見るかのような視線で、走り去っていく元基の背中を目で追うだけだった。
せつなは財布を覗き込んだ。残りは三千円。カードは一枚買える。しかし、これを使ってしまうと、今月の小遣いが完全になくなってしまう。次の給料日までの長い一ヶ月が待っているのである。
だが、せつなは勝負に出た。この三千円が、もしかすると十倍になるかもしれない。
最後の三千円でカードを購入した。レイカは連チャン中である。元基はまだ換金所から戻ってこない。
画面の上方から、ダイアナが降ってきた。ルナPとは別パターンのリーチ予告だった。
「3」が並んだ。確率変動のリーチだ。画面が切り替わる。スーパーリーチだ。
セーラープルートが登場した。せつなの目がキラリと光る。この大ピンチの状態で自分が出てきたと言うことは、絶対に大当たりするはずだ。せつなは勝利を確信する。
「時間よ、止まれ!」
セーラープルートは時間停止の荒技を使う。高速回転していた数字がピタリと停止する。
「………! 裏切りものぉ!」
せつなは怒りの声を上げた。セーラープルートは一瞬早く、「2」で数字を停止させてしまったのだ。時間停止は禁断の技である。画面のセーラープルートは力尽きてしまう。
「上等だわ! このあたしに喧嘩を売ろうってのね!」
せつなはパチンコ台に向かって、ガンを飛ばしている。
直後にルナPが画面を横切った。「4」のリーチである。単発の数字だが、再抽選があるので、期待はできる。
セーラージュピターが登場した。彼女は次々と現れる数字を、力任せに破壊していく。「2」を破壊した。残りはひとつ! 「3」にストレートパンチを炸裂させる。破壊できない。外れる場合は、ここでジュピターが力尽きる。しかし、今度は違った。もう一撃炸裂させる。それでも破壊できない。
「まこ! ファイトよ!!」
思わずせつなは、画面のジュピターを応援する。そのせつなの声援が届いたのか、ジュピターは最後の力を振り絞って渾身の一撃を「3」に加えた。
「3」は見事に破壊された。「4」で停止。
「いっけぇ! 再抽選だぁ!」
いつの間にか戻ってきた元基が、背後から怒鳴る。画面にちびうさが登場した。
「ルナPぃ、変化!!」
ぼよよん!
煙に包まれて、数字が変化する。「5」に変化した。確率変動の大当たりである。
「うぉぉぉぉぉ!!」
元基が涙を流して絶叫した。せつなが大当たりを出したことが嬉しかったのか、それとも自分だけ仲間外れになってしまったのが悔しかったのか、それは本人でなければ分からない。
「ありがとう、スモール・レディ」
せつなの感慨も一塩である。満足げな表情で画面を見続けた。
が、次の瞬間不幸が起こった。滅多に起こらない現象が、目の前で起こった。せつなには何が起こったのか理解できない。Vゾーンに球が一個も入らなかったために、台がパンクしてしまったのだ。
「ふふふ………。馬鹿め!」
セーラーギャラクシアが登場し、愚かなプレーヤーを罵った。制作者の悪戯心だったのだろうが、この演出はせつなにとっては最悪である。
「ギャラクシアぁぁぁ!」
せつながついにキレた。拳を握り締めて、怒りの形相で立ち上がる。
「い、いけない! 古幡くん、せつなを取り押さえて!」
パチンコ台に殴り掛かろうとするせつなを、レイカが慌てて取り押さえる。
「せつなちゃん、落ち着いて!」
元基はせつなの背後から、彼女を抱き抱えるようにして抑え付けた。
むにゅっ。
どさくさ紛れに、元基はせつなの胸を触っていた。もちろん、故意にである。我を忘れているせつなは、その元基の破廉恥な行為には全く気が付かなかったが、横で見ていたレイカが気付いてしまった。
「ふ・る・は・た・く〜ん!!」
「は、はいっ!」
元基は硬直した。せつなから思わず手を放してしまう。解放されたせつなは、再びパチンコ台に攻撃を加えようとした。
「何やってるの、姉さん!!」
その声でせつなは我に返った。恐る恐る振り向いてみると、T・A女学院の制服を着たおかっぱ頭の少女が、こちらを睨んでいる。その傍らでは、元基がレイカの折檻を受けている。
「ほ、ほたるちゃん? 何でこんなところにいらっしゃるのかしら………?」
ヤケに丁寧な言葉遣いを、せつなは使っていた。せつなの表情からは血の気が引いている。
「ちょっと友達に付き合って、こっちの方に来たんだけど………。姉さんこそ、みょ〜なところにいらっしゃいますのね」
「あ、あたしもレイカさんたちに付き合ってきたんですのよ、おほほ………」
せつなは乾いた声で笑った。
「姉さん、ちょっといらっしゃい」
直後、せつなはほたるによって店の外に引きずり出されてしまった。
その後のせつなの運命を知る者は、誰もいない。
あとがき
せつなさんファンの方。ごめんなさい〜〜〜。悪気はないんですっ。本当に。このミスマッチなストーリー、どうしても書きたかったんですぅ。
パチンコなんて縁のなさそうなせらむんキャラにパチンコをやらせてみたら、さぞかし面白いだろうと考えて、三日で完成させたのがこの作品。ここに登場する「太陽の宮殿」は、「大陽球殿」と言う名の実在するパチンコ店です。田町駅周辺に来られる機会がありましたら、是非とも探してみてください。でも、「CR セーラームーンX」はありません。どっかで本当に作ってくれないかなぁ。
ちなみに、「大陽球殿」は見付けるだけにした方が吉!