ある日のなびきっち
ドドドドド………。
土煙と地響きを上げて、前方から何かが突進してきた。
連れだって下校していたうさぎ、まこと、そして途中から合流したレイ、もなか、操、ほたるの六人は、揃って前方を凝視した。
「おお〜〜〜!! いいところに!!」
「ありゃ? なびきっちだ」
「頼む!! 匿ってくれ!!」
前方から物凄い勢いで駆けてきたなびきは、素早くうさぎの後ろに回り込むと、身を小さくした。
「え? 匿( うって?」)
突然そんなことを言われたら、戸惑うのは当然のことである。
「お姉、あれ………」
隣りにいたもなかが前方を指し示した。見ると先程のなびきと同様に、物凄い土煙を上げて、何者かが急接近してきた。
「そ、そこの女子高生集団!!」
その接近してきた人物は、うさぎたちの姿を見付けると、急制動を掛けて緊急停止した。
メイド服を着ていた。鮮やかな青を基調としたロリ系のメイド服で、かなり可愛らしい。エプロンは定番のふりふりフリル付きの白である。二十代のようなのだが、前半なのか後半なのかよく分からない顔立ちをしていた。ショートカットされたサラサラ系の髪は、激走してきた為にかなり乱れていた。美人ではないが、男性にモテそうな顔立ちではある。眼鏡が陽の光を受けて、キラリと光った。
「はあはあ、ぜいぜい………」
うさぎたちの前で停止したそのメイドは、両手を膝に付いて大きく肩で息をする。
「あ、あの大丈夫ですか?」
ほたるが心配して声を掛ける。
「だ、大丈夫ですっっっ!!」
ずいっと身を乗り出して、メイドは答えた。あまりの迫力に、ほたるは後退りする。
「そ、それより、あなたたち、うちのお嬢様を見掛けませんでしたか?」
「お嬢様?」
「はい。なびきお嬢様です。間違いなくこちらに走って来られたはずなのですが………」
「なびきお嬢様ぁ!?」
六人が声を揃えた。
「お嬢様をご存じですの!?」
「いえ、同じ名前の人を知っているもので………」
うさぎはポリポリと後頭部を掻く。後ろに隠れているなびきが、更に身を小さくしたのが気配で分かった。
「そのお嬢様ってアンタ?」
「しぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
大胆にも訊いてきた操に対し、なびきは右手の人差し指を自分の唇に当てた。
どうやら、このメイドが捜している「お嬢様」とは、なびきのことらしい。あまりにも信じられないので、全員が額におっきな汗を浮かべる。
「おお〜〜〜〜〜!!」
メイドが突然、レイとほたるに詰め寄った。
「そ、その制服はT・A女学院っっっ!! 懐かしいですわっ! お嬢様も昨年まではその制服をお召しになっていたのです! それはそれはよくお似合いで」
胸の前で手を組むと、顔を三十度の角度で上げて、宙を見つめて恍惚とした表情になった。
「そう言えば、T・A女学院通ってたんだよね。本人は」
「だから、しぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「操はわざとやってるんだと思うが………」
「あたしもそう思う」
必死に隠れているなびきにわざとらしく声を掛ける操を見てまことが呟くと、うさぎも苦笑しながら肯く。
「うん、そう言うやつだもん」
もなかは腕を組んで、したり顔でしきりに肯いている。
「ん!? こ、この匂いはっっっ!?」
メイドが突然鼻をひくひくさせ始めた。
「匂い?」
「お嬢様の匂いがします!」
メイドは目をキラリンと輝かせると、鼻をくんくんとさせて周囲の匂いを嗅ぎ始めた。
「アンタ、香水付けてるの?」
「付けてないわよ!」
なびきは思わず声を出して答えてしまってから、慌てて口を押さえる。しかし、匂いを嗅ぐことに全神経を集中させているらしいメイドには、なびきの声は聞こえなかったようである。
なびきはホッと胸を撫で下ろす。
「あの人、ちょっと怖いんですけど………」
もなかである。口には出さないが、皆同じような印象を受けていた。
「だろ? あたしも苦手なんだ」
「ところで、何で逃げてるの?」
一応小声で、レイが訊いてきた。
「見合いさせられそうなんだよ。だから、逃げてきた」
うさぎの肩越しにメイドの様子を確認しながら、なびきは答える。そのメイドはと言うと、少しばかりうさぎたちから離れた位置の電柱の根本の匂いを、しきりに嗅いでいる。
「見合い!?」
「どこぞの金持ちのボンクラ息子なんだよ。そんなのあたしの趣味じゃない」
「いいじゃないお金持ちなら。将来楽できるよ」
羨ましそうにうさぎが言う。
「金なら、じいさまが唸るほど持ってるから必要ない」
「そう言えば、あんたの苗字って確か『銀河』だったわよね?」
「なんだレイ。改まって」
「三田の方にある大きなお屋敷の表札が、『銀河』だったような気が………」
「ああ、あたしんちだ」
「なんですってぇ!!」
声を上げたのは操だった。ずいっとなびきに詰め寄る。
「あそこの『銀河』って言ったら、総資産が日本の国家予算以上あるって言われている超お金持ちの屋敷―――いえ、御殿じゃない!」
「あ、聞いたことある。『銀河御殿』」
「物知りじゃないか、操、もなか」
「日本の国家予算て、何円?」
「訊く相手を間違えてるよ、うさぎ」
まことが苦笑する。そんなこと訊かれても知らないのだから、答えようがない。
「約八十兆円くらいです」
答えたのは、ほたるである。流石によく勉強をしている。レイが嘆くが、うさぎとまことは笑って誤魔化すのみである。
「公表してる資産は百兆円。でも、その三倍くらいは隠し持ってるらしいよ。じいさまがいつも自慢してるから」
「えっとぉ、ちょっと待ってよ。ってことは、コージーコーナーのエクレア何個買えるかな」
「お姉。あたしはコンビニで売ってる三個パックのやつがいい」
「なんて庶民的な人たちなの………」
操が頭を抱える。もっとも、天文学的数値になりそうなので、計算して突っ込んでやる気にもなれない。
「お嬢様のにほい( がしますぅぅぅっっっ!!」)
「びくぅっっっ!!」
メイドの存在をすっかり忘れていた。うさぎの目の前まで迫ってきて、鼻の穴を目一杯広げる。なびきはできるかぎり、体を小さく縮こませた。
「お嬢様ぁ! そこにいらっしゃいますねっ!!」
メイドはうさぎの肩に手を置くと、身を乗り出して背後を探る。素早くなびきは、メイドの背後に回り込む。
「こ、これはお嬢様の残り香っ! やはり、お嬢様はここにいらしたのですねっ! この匂いを辿れば、お嬢様を見付けられるはずっ! くんか、くんか………」
「物凄い執念ね………」
六人は苦笑するしかない。メイドは匂いを正確に辿り、自分の背後に振り返った。なびきはその視線―――いや、鼻を避け、素早くメイドの後ろに回る。しばらく、くるくるとその場で奇妙な追いかけっこが始まる。
「面白いから、ちょっと見てようか」
操は他人事である。だが、一向に変化がないのですぐに飽きてしまう。
トコトコと近寄ると、逃げ回るなびきの足をひょいと払った。
「な、なんて命知らずなっっっ」
うさぎ、レイ、まこと、ほたるの四人は流石にびびった。転生しているとは言え、相手はあのギャラクシアである。以前の彼女を知っているなら、とてもそんなことはできない。(操の場合は、知っていてもやりかねないが)
「ふごっ!」
足を払われたなびきは、ベチャリと地面に倒れた。
「お嬢様ぁぁぁぁぁ!!」
ついにメイドはなびきを発見した。地面に倒れているなびきを、強引に起こして抱き寄せる。
「ついに! ついにお嬢様の元に辿り着くことができましたぁ! この飛田狸( 真亀) ( 嬉しゅうございますぅぅぅ!!」)
頬をスリスリさせながら、そのメイドは号泣している。
「は、放せぇ! 飛田狸ぃ!! あたしは見合いなんてしたくない!!」
「いいえ、して頂きます! この飛田狸、十三の頃からお嬢様のお側に仕えさせて頂いてから、早十五年。お嬢様の晴れ姿を一目見るまでは、死んでも死に切れませんっっっ」
「んな、オーバーな………」
「さぁ、参りましょう」
尚も抵抗するなびきの襟元をガッシと掴んで、メイドはズルズルと引きずるようにしてその場から去ってゆく。
「が、がんばってねぇ。なびきっち」
六人はその様子を茫然と見送る。
「薄情者ぉ!! お前ら、今度会ったらスター・シード抜き取ってやるから、覚悟しとけよぉ!!」
呪いの言葉を残し、なびきの姿は見えなくなってしまった。
「そ、それはそれで困るよね?」
「確かに………」
うさぎの言葉に、まことは大きく肯く。なびきのことだ、本当にやりかねない。
「ほっときゃいいわよぉ。大丈夫よ、今の場合悪いのは操だけだし。いざとなれば、操ひとりが犠牲になってもらえば済むことじゃない」
それこそ他人事のように、レイが言った。言われている操は、何のことだかよく分かっていない。
「でも、恩を売っておくと、今度何かご馳走してくれるかも。お金持ちだし」
もなかの打算に、うさぎとまことは激しく同意する。
「早く行きましょう、見失ってしまいます!」
既にほたるは、メイドを尾行し始めていた。
「よし! 行くわよぉ! プロジェクト名は『なびきっちを奪還して、おやつをおごらせよう作戦』よ!」
うさぎは俄然張り切っている。
この後、メイド軍団とうさぎたちによる世にも壮絶な「なびき争奪戦」が繰り広げられるわけだが、それはまた別のお話である―――(笑)
あとがき
HP上で発表する久々の短編っす。最近、どうも短い話が書けなくて・・・(^^ゞ この話も随分前から構想を練ってたんですが、今日たまたま時間があったので、書いてみました。
ある日のシリーズなんですが、それにしちゃあ出演者多いっすねぇ。短編としては過去最高でしょうか(笑)
続きがあるような終わり方ですが、どうかなぁ続きいつ書けるかなぁ(爆)
2002.12.1