ある日のまもちゃん〜まもちゃんの受難編〜
目が覚めた。
頭が妙にズキズキと痛む。
思考が定まらなかった。目の焦点もなかなか安定しない。
自分の左側で、何かが動いた。なんだろうと思い、首だけ巡らして左横を見た。
「おはよ、まもちゃん」
美奈子の顔があった。気怠そうな表情で、自分を見つめている。
「ああ、美奈か………」
衛は微笑んで、「おはよう」を言おうとした時、目の前の状態を理解した。
「美奈、ひとつ訊いていいか?」
取り敢えず平静を装って、衛は傍らの美奈子に問うた。ここで取り乱してはいけない。自分は仮にも「地場 衛」である。
「なぁに?」
美奈子は微笑んだ。彼女の吐息が、頬に掛かった。
心地よい。
などと一瞬考えてしまったが、すぐにその思考は消滅させた。
「どーして、俺のベッドで寝てるんだ?」
「どうしてって、何も覚えていないの?」
反対に美奈子が訊いてきた。布団の中で、体を僅かに動かす。肩が見えた。素肌だ。
ゴクリと生唾を飲み込んだ。
い、いろっぽい。
邪な考えが脳裏を過ぎるが、その思考も瞬殺した。「地場 衛」としてのプライドが、それを許さない。
「ええっ!? ホントにぃ!?」
美奈子が僅かに自分の方へ寄ってきた。胸が左腕に当たった。
瞬時に衛は右へ移動する。しかし、右側には壁があり、思ったほど美奈子から離れてはいない。
美奈子のあどけない視線が、自分を見つめていた。
「………悪いが、何も覚えてない」
悪いとは思ったが、そう答えるしかない。平静を装っているつもりなのだが、声が震えてしまっている。状況がまだ理解できない。何故、裸(たぶん)の美奈子が自分の傍らで寝ているのか。
「もう、な〜んにも覚えてないのねぇ。まもちゃん、夕べは物凄く、ごーいんだったのよぉ」
「え゛!?」
「強引だったのよぉ………ごういんだったのよぉ………ゴーインだったのよぉ………」
美奈子の言葉が、脳裏で木霊する。
そんな馬鹿な。衛は心の中で絶叫していた。相手は美奈子である。うさぎならまだしも、美奈子に強引に迫るなどとは考えられない。しかも、全く記憶にない。
いや、待てよ。うさになら、強引に迫る必要はないじゃないか。
などとも考えたが、慌ててその思考も振り払った。うさぎの父親の謙之の顔が、脳裏を掠めたからだ。
「あ、いえ、お義父さん。ご心配をお掛けするようなことはなにも!」
妄想の中の謙之に、衛は何故かひたすらに謝る。
ギィ。
ドアの開かれる音が聞こえた。
目を向けてみる。
うさぎが入り口に立っている。
衛は再び、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「う、うさ!? お、落ち着けよ。ゆっくりと、話し合おう!」
しどろもどろになりながら、衛は弁明する。うさぎがツカツカとベッドに歩み寄ってきた。
「ちょっと、美奈P!」
狼狽えている衛を無視し、うさぎは美奈子に視線を向けた。
「まもちゃん、起こしてきてって言ったのに、なんで添い寝してんのよ!」
「だぁってぇ、まもちゃん起きないしぃ。ベッドが気持ちよさげだったんだモン。怒んないで! うふっ!」
美奈子はうさぎに対してウインクをする。
「美奈P〜〜〜。アンタ、もしかしてまだ酔っぱらってんの!?」
「そ〜んなこと、あ〜りませんよぉ」
「ダメだわ、こりゃ………」
うさぎは嘆息すると、今度は衛に視線を向けた。
「まもちゃん!」
「は、はい!!」
衛は悪戯が見つかった子供のように、即座に返事をした。
「まもちゃんが悪いんだかんね! 美奈P、酒乱の気があるって言ったのに、どんどんお酒飲ませちゃうし!」
そう言われてみれば、だんだんと思い出してきた。夕べは、うさぎとちびうさと美奈子の四人で、鍋パーティーをしていたのだ。調理に使う二級酒を、美奈子が水と間違えて飲んでしまったのが事の始まりだったように記憶している。ほろ酔い気分となった美奈子が、衛が買っておいたブランデーをどっかから発掘して来ると、うさぎが止めるのも聞かずに、ふたりでロックで飲み始めたのだ。完全に酔っぱらった美奈子が「ワカメ酒でもすっかぁ!」と服を脱ぎ始めたところで、記憶が途切れている。
「ま、いいわ。朝ご飯作ったから、キッチンへ来て」
うさぎは肩を竦めると、部屋を出ていった。衛もその後を追う。美奈子はベッドで高いびきをかいている。
キッチンではうさぎが待っていた。
彼女が作った豪華朝食が、テーブルの上に並べられている。
「うさが作ったのか?」
「うん」
衛が尋ねると、うさぎは笑顔で肯いた。お酒を飲んでいないうさぎは、みんなより早く起きて朝食の支度をしてくれたようだった。
ハムエッグにスクランブルエッグ、オムレツに目玉焼きと言う卵づくしの料理に、ツナとコーンのサラダ、そしてドコで覚えたのかフレンチトーストが添えられている。そして、何故か大根のみそ汁。
「さぁ、召し上がれ!」
うさぎは衛を椅子に座らせると、自分はその衛の正面に腰を下ろした。
しかし、衛は食べるのを躊躇した。ハムエッグにフォークを突き刺した瞬間に、眉間が激しくスパークした。
正にニュータイプ(おいおい、キャラが違うって)の勘と言っていい。衛の本能が、うさぎの手料理を食べることを躊躇わせたのだ。
「うさ、ちょっと聞いていいか?」
「なぁに、まもちゃん」
うさぎはニコニコ顔である。衛が自分の料理を口にして、「おいしい」と言ってくれるのを待ち望んでいる目だ。
「あそこで激しく痙攣して、今にも死にそうなちびうさは、もしかしてこの料理を食べたんじゃないのか?」
衛はトイレの手前で力尽きているちびうさを、目で示した。テーブルには食べかけのオムレツが残されていた。このメニューであれば、ちびうさが真っ先に手を付けるはずの料理だった。
「あはははは! や、やぁねぇ、あの子ったら………。ちびうさぁ、早く戻ってきてご飯食べなさいよぉ」
うさぎはちびうさに声を掛けるが、返事はなかった。
「うさぎぃ。お味噌汁もらっていい?」
美奈子の声が聞こえた。どうやら目を覚ましたらしい。
下着姿の美奈子が、フラフラとした足取りで鍋の前に辿り着く。二日酔いの朝に飲む味噌汁が、格別においしいである。
衛は見取れてしまった。なんてったって若い女の子(「美人」と付けろと、美奈子に言われそうだが)の下着姿である。健康な男性であれば、視線が釘付けになってしまうのも無理はない。
「まもちゃん! 下着姿の美奈P見て、『おいしそう!』なんて、思ってないでしょうね?」
衛の視線に気付いた、うさぎの鋭いチェックが入った。
「ば、馬鹿なこと言うなよ、うさ」
「『流石は美の女神の化身。ええカラダしてまんな』だなんて、思ってないでしょうね?」
「思ってない、思ってない」
「『うさより胸が大きいし、ウエストも括れてんじゃん。ムフフ』なんて、考えてない?」
「や、やだなぁ“うさぎちゃん”。俺がそんなコト考えるわけないだろう?」
「ホントに?」
「考えすぎだってば!」
衛は乾いた笑いをあげた。うさぎはジト目で衛を見る。
美奈子はと言えば、まだ酔いが残っているか、衛の視線には気付かずに、お椀に味噌汁をなみなみと注いでいる。
ズズズッ。
はしたなくも、音を立てて味噌汁を啜った直後、美奈子の動きが停止してしまった。
「………うさ。もしてかして、美奈のやつ、気絶してないか?」
美奈子の一連の動きを見ていた衛は、複雑な表情でうさぎに目を向けた。
「そんなこと、あるわけないじゃない! 美奈Pぃ、冷めちゃう前に、一気に飲み干しちゃってね」
うさぎは相変わらず笑みを浮かべている。しかし、恐らく美奈子は間違いなく気を失っている。正に弁慶の立ち往生状態。立ったままで気を失っているのである。しかも、手にしたお椀を落とさないところは、見事としかいいようがない。
ちびうさと美奈子の尊い犠牲を無駄にしないためにも、自分はこの料理を食べてはいけないのではないかと考えが、衛の脳裏に浮かんだ。
「さ、まもちゃん」
うさぎが笑顔で催促した。
その時の衛には、どうしても悪魔の微笑みにしか見えなかった。
この後の衛の運命を知る者は、誰もいない………。
まもちゃんファンの方、すみません。m(_ _)m またやっちゃいました。まもちゃん、ギャグにしやすいんですよ。普段、まじめでかっこいいので、ギャップが面白いもんで・・・。
ふと思いついて2時間で書き上げました。