ある日のまもちゃん


 風の強い日だった。
 陽射しが肌に心地よい。
 天気がいいと、気分まで爽快になってくる。
 放課後、衛はいつものように、ゲームセンター“クラウン”に向かっていた。
 最近は、放課後は、一度“クラウン”に集まるというのが、仲間内での決まりごとになってしまっていた。だれが言い出したわけでもない。自然とそうなってしまったのだ。
 衛としては、静かなところで読書でもしていたいのだが、そうもいかなくなってしまった。だが、別に嫌ではなかった。衛は、うさぎが楽しそうにしているのが好きだった。明るく笑っているのが好きだった。
 ゲームをしているときのうさぎは、実に生き生きとしていた。
「風が強いな………」
 一際強い風が吹いて、衛の髪を乱した。
 手櫛で髪を直していると、突然後ろから声をかけられた。
「衛さん」
 振り向いて見ると、女子高生がふたり立っていた。
「こんにちは」
 女子高生のひとりが微笑んだ。
 一瞬だれだか分からなかったが、すぐに思い出した。
 うさぎたちとよく行く、喫茶店パーラー“クラウン”でアルバイトをしている女の子だった。確か経営者の娘で、名前は宇奈月と言っていたと思う。
 すぐに分からなかったのは、普段見慣れていない、TA女学院の制服姿だったからだ。
「やぁ、今帰り?」
 衛はもう一度手櫛で髪を直しながら、宇奈月に訊いてみた。
「はい。今日はバイトがないから、彼女と買い物に行くんです。衛さんは、ゲーセンですか?」
 相変わらずハキハキとしていて、感じのいい娘だと、衛は思った。
「ああ」
「でも、衛さんとゲーセンて、なんかイメージわかないですよね」
 衛が答えると、煥発を入れずに、宇奈月はしゃべり出す。
 こういう子と一緒にいると、楽しいだろうなとも思う。
 うさぎも宇奈月と同じくらいに、よくしゃべる。例え自分が答えなくても、楽しそうに学校であったことなどを中心に、自分に話してくれる。
 そういうときのうさぎは、本当に表情をコロコロと変える。衛はそんなうさぎが大好きだった。
 五分間ぐらい立ち話をしてから、宇奈月は「じゃあ」と言って友達と去っていった。
 衛は少しの間、そのふたりの後ろ姿を見送った。何気なく見ていたつもりだったのだが、その視線が女の子たちのお尻を見ていたと気付き、そんな自分に苦笑した。TA女学院の制服は、スカートがけっこう短い。
 自分もやっぱり男だと思う。
 風が吹いた。
 ふたりのスカートが、風によって捲れた。
 一緒にいた友達より、少し短めの宇奈月のスカートが大きく捲れた。
 衛の位置からだけ、スカートの中がはっきりと見えた。
 宇奈月の下着は、薄いブルーだった。
 咄嗟に宇奈月の方を見てしまったのは、宇奈月の友達が、衛の好みのタイプではなかったからだ。
 衛も健康な男である。
 少し得した気分になった。
(今日はついてるな………)
 などと、ひとり思った。
 戦闘中はそんなことを考える余裕はないが、よくよく考えると、うさぎたちの戦士スタイルはかなり大胆である。こういう風の日は、大変だろうなと、余計な心配もしてみた。
(ブラジャーもお揃いの色かな………)
 余計な詮索もしてしまった。
(はっ。いかんいかん!)
 その思いを振り払うかのように、衛は頭を振った。こんなことを考えていたら、次の戦闘の時に余計なことを考えて、気が散ってしまうかもしれないと感じた。彼女たちの前では、クールなタキシード仮面でなくてはならないのだ。邪な考えを持っていてはいけない。
 “クラウン”までは、あと少しだった。
 ふと顔を上げると、三メートルほど前を亜美が歩いていた。
 彼女もこれから、“クラウン”に行くところなのだろう。
 思えば彼女ほど、ゲームセンターに不釣り合いな娘は、いないような気がした。特にゲームをするわけでもなく、衛と同じように従業員用の休憩室で、ずっと読書をしているのだ。 うさぎたちと出会わなければ、彼女には一生縁のないところだったろう。
 宇奈月の薄いブルーの下着が脳裏を掠めた。亜美はどんな色の下着を身につけているのだろう。そんな興味が沸いた。
(ばっ、馬鹿! 何てことを考えてるんだ俺は………)
 慌てて妄想を振り払った。
 衛は亜美に、声をかけようとした。
 また、強い風か吹いた。
 亜美のスカートが、大きく捲れた。
 亜美のスカートは学校標準の長さなので、さほど短くない。それでも衛の位置からは、はっきりと純白の下着が見えた。
 亜美がこちらに振り向きそうだったので、衛は慌ててすぐ近くの路地に隠れた。
 隠れてしまってから、なんでこんな真似をしたのだろうかと自問した。別にやましいことは、してしないつもりだった。全て偶然だったのである。
 だが、このあと亜美と顔を会わすのは、ちょっと気が引けた。どうしても、あの純白の下着を思い出してしまう。上もお揃いだろうか、などと余計な詮索をしてしまってから、慌ててその思考を中断させた。
「な、何を考えているんだ、俺は!?」
 半ば自嘲気味にひとりごちた。宇奈月の下着を見た直後に同じ詮索をしてしまったことを、先ほど反省したばかりなのに、再び同じ詮索をしてしまうなど、言語道断である。
 衛はこの件は、夜までには忘れたいと思った。
 路地を出た。
 “クラウン”は目と鼻の先にある。
 亜美の姿は、もうなかった。すでに、“クラウン”に入っているのだろう。
 衛は歩き出した。
 一歩足を踏み出したとき、なぜか捻ってしまった。捻ったままで地面に付いたので、バランスを崩してしまった。
 転んだ。
 豪快に、転んだ。
 まわりの通行人の視線が、自分に向けられていることが、気配で分かる。
 転んだ状態のまま、衛は固まっていた。
 恥ずかしかった。
 衛は地面とお友だちになったまま、こんな姿は仲間たちには見せられないなと、ひとり痛感していた。





あとがき


 衛だって男なんだ! かっこよくたって、コケることもあるんだ!
 と、考えて作ったのがこの話。衛ファンからは殺されそうな内容である。マンガにしたら、面白いかも・・・。
 男だったら、衛の気持ちがよーく分かると思うけど。