ある日の一等君
浅沼一等は困っていた。
歩道橋の下で、カメラを持ったまま悩んでいた。
気が進まない仕事だったが、部費を稼ぐためには仕方がなかった。
自分の失敗である。自分で取り返さなくてはならない。
どこで無くしてしまったのかが分からないために、探しようがなかった。
大切な部費だった。それをどこかで無くしてしまった。
何とかしなければならない。
正直者の一等は、部費を無くしてしまったことを、仲間たちに打ち明けた。
仲間たちは激怒したが、同時に部費を稼ぐアイディアを提供してくれた。
それが“これ”である。
真面目な一等には、気の進まない仕事だった。どうも上手くいかない。肝心のところでビビッてしまう。
バレたらどうしよう………。そのことの方が、一等にとっては大問題だった。
女子高生の集団が降りてくる。
さきほど来た女子中学生は、知っている顔だったのでビビッてしまって、シャッターチャンスを逃してしまった。シャッターチャンスは逃してしまったが、しっかり見るべきものは見ていた。
今度は大丈夫。この女子高生の集団の中に、知り合いはいない。万が一見つかったとしても、逃げてしまえばいいことだった。逃げるルートは、何度も頭の中でシュミレーションしているので、万全だった。
心臓の鼓動が激しくなる。
女子高生の集団は、すぐ近くまで来ている。
チャーンス!
一等はカメラを構えた。
カメラの腕には自信があった。仲間の中でも、自分が一番だと自負している。失敗するはずはない。
写真を撮るからには、最高のアングルで撮る。カメラマン浅沼一等は、いつになく燃えていた。
UFOを狙っているときのような、なんともいえない緊張感が、一等の身体を支配していた。
いまだ!
一等はシャッターに指をかけた。
「何してるんだ? 浅沼ちゃん」
聞き慣れた声が耳元で聞こえた。
一等は硬直した。
恐る恐る、視線を声の聞こえた方に向ける。
「ま、まことさんっっっ!?」
一等は口から心臓が飛び出すのではないかというほど、びっくりした。
びっくりした拍子に、カメラを落としそうになって、慌てて持ち直した。
「浅沼ちゃん。みょ〜なとこで、カメラ持ってるね………。お前、まさか………」
全てを見透かしているようなまことの目に、浅沼は我を忘れて弁解をする。
「い、いえ。こ、これはですね。スカートの中を撮るためじゃなくて、別に、あの、その、なんていいますか。ゆ、UFOを撮るには、ここが最適の場所だったりするわけで………」
冷汗をどっぷりとかきながら、弁解をする浅沼だったが、まことは冷ややかな視線を向けていた。
「ま、浅沼ちゃんも男だかんね。女に興味を持つのは当然だけどさ………。パンチラの写真を集めるほどの、変態だとは思ってなかったよ………」
まことは、少しばかり意地悪く言った。もちろん、本心で言ったのではない。真面目を絵に描いたような浅沼が、自分からこんなことをするはずではないことは、まことも分かっていた。何か、理由があるのだろう。だけど、こんなことをしている浅沼は、どんな理由があるにせよ許せなかったので、ちょっと苛めてみたくなったのだ。
「へ、変態………………」
まことに変態と言われ、浅沼は愕然としている。よっぽどショックだったのだろう。
「だいたい、何でそんな写真がいるんだよ………。どっかのその筋の雑誌に、送るつもりだったのか?」
まことは腰に両手を軽く当て、咎めるような口調で訊いた。
「いや、あの、その………」
浅沼は、まだ狼狽えている。
何を訊いても駄目かもしれないと、まことは思った。そう、思ったから、突拍子もないことを提案してみたくなった。浅沼がど反応するか、見てみたくなった。とことん、意地悪してみたくなった。
「しょうがない。あたしのを撮るか?」
まことはそう言って、セーラー服のスカートの裾を、少しだけ捲ってみせた。
浅沼は仰天して、更に突拍子もないことを口走っていた。
「ぬ、ヌードですか!? だ、駄目ですよ、そんな………。で、でもまことさんがいいって言うなら………」
浅沼はカメラを構えた。今にも撮りそうな雰囲気と、妙な勢いがあった。
「ば、馬鹿! 違うよ!!」
慌てたのは、まことの方である。真っ赤になって、否定した。今の浅沼だったら、本当に撮りかねない。彼の思考回路は、既にショートしている。
「そ、そうですよね。あはははは………」
顔を真っ赤にして、浅沼は乾いた笑い声をあげた。つられてまことも、同じように笑った。
気まずくなった。
笑い声をあげた格好のままで、ふたりはしばらく固まっていた。
「妙なところでデートしてるのね………」
と、突然声をかけてきたのは、宇奈月だった。
ふたりは更に固まってしまった。
もちろん、そんなふたりを見ても、常にマイペースなのが宇奈月である。気にもしていない。
「あ、そうそう、浅沼君。きみ、この間、茶店に部費を忘れていったでしょ。次の日に、同じ部の人に返しといたからね。あとで、受け取ってね………。じゃ、ごゆっくり………」
宇奈月は一方的に言うと、去っていった。
沈黙の時間が流れた。
仲間たちに、まんまとはめられた────。
そう、浅沼が気付くには、少しばかり時間が必要だった。
あとがき
アニメしか知らない方にとっては、全くもって馴染みのない一等君ですが、原作ではけっこういい味出してます。
そう言えば、アニメにも一場面だけ、出てましたなぁ。