セーラーチームへの予告状
第二章 大きなギャンブル
有楽町のニッポン放送にキッドから銀水晶盗難予告が届いてから一週間。警視庁捜査一課、二課、公安部の合同捜査本部では、幻の銀水晶が本当にあるのかということが繰り返し議論されていた。
「桜田総監、本当に幻の銀水晶なんかあるんでしょうか??」
目暮警部は、桜田警視総監に質問した。
「さぁ、警察庁のお偉いさんにも同じ事を聞かれたけど、分からないわね・・・」
桜田総監はとぼけて見せた。直属の部下の若木からの報告で、幻の銀水晶の本当の力やそれを誰が持っているか知っている桜田総監にとって、極秘裏に若木をセーラーチームに接触させる以外、このことを他の捜査員に話してしまえば、キッドに漏れるし、それを悪用しようとする独裁国家が無いとも限らない。桜田総監にとって就任以来一番の事件にぶち当たってしまった。
「ともかく、ICPOなどには問い合わせて見たのですか??」
公安部の捜査員は捜査一課長に質問をぶつけた。
「ICPOにも聞いてみたが、世界のどこを探してもそんなものはない、と言う回答だった」
捜査一課長は残念そうに語った。
「アメリカのFBI、CIA、イギリスのMI−6なども調べたらしいが、お手上げのようだ」
捜査二課長も悔しさを滲ませた。
「とにかく、一刻も早く、キッドの身柄を確保し、本人に聞いてみるしかないわね」
桜田総監はそう言った。
「警視庁が動いてる??」
ゲームセンター“クラウン”で遊んでいた美奈子に、若木が会いに行き、いまの現状を報告した。
「当たり前だろ。一応予告状がマスコミに送られたわけだ。動かないわけないだろう」
若木は冷静に答えた。
「でも、うさぎちゃんが銀水晶を持っていることは、桜田総監と若木さんしかいないんでしょう??」
美奈子は若木に聞いた。
「確かに総監と私しか知らない話だ。しかしながら、警視庁や警察庁からこの話がキッドに漏れていたと言うことになると、他にも知っている人間がいると言うことだ」
若木はとんでもないことを言った。
「だけど、アメリカやイギリスやインターポールに情報を流すならともかく、なんでキッドに情報を流すわけ??」
美奈子は疑問をぶつけた。
「もし、キッドが警視庁、あるいは警察庁に変装をして入り込んでいたら、話は別だ。ただ、警察に潜り込んで調べていても、噂で聞いたくらいのレベルしか回っていないだろうな・・・」
若木はため息をつきながら説明した。
「ただ、心配なのは桜田総監が自ら捜査本部を召集したことだ。このことがもしキッドに伝わってしまったら、銀水晶の情報の信ぴょう性があると思って、また何か仕掛けてくるかもしれない」
若木は珍しく弱音を口にした。
「警察の中に変装されて潜り込まれていたら厄介ね・・・。調べることはできないの??」「まぁ、どこの警察の中にも監察部というところがあるから、何か変わった動きをしている警察官がいたら、すぐに分かるとは思うけど、キッドは変装の天才だからな。そう簡単にはいかないだろうよ」
「例えば、一旦短期に休暇を取って出てきた人の中に紛れ込んでいるとか・・・」
「それについても調べているが、一人暮らしの警察官も中にはいるからな。すべて調べるのは骨だろうよ」
若木があきらめたように言った。
「とにかく、銀水晶をどこのやつだかわからない奴に取られちゃったら、何に使われるか分からないからね。今後の捜査を期待するわ」
「分かった。総監に伝えておくよ」
若木は美奈子に元気づけられるようにクラウンをあとにした。
米花市、阿笠博士邸。言うまでもなく、新一・・・いやコナンの家の隣だ。
「で博士。幻の銀水晶の正体は分かったのかよ??」
「面目ない、なにもわからんかったよ・・・」
博士はお手上げのポーズをとった。
「灰原はどうだ??」
「理論的に言うと、銀と水晶の混合物質なんか聞いたこと無いわ・・・。ただ、あくまでこれはお話の世界だけど、その昔、月に住んでいた女王が、不思議な石の力を借りて、月の人民達を助けたって言う物語がヨーロッパで残っているらしいの。その石は、まるで水晶から銀色の光を放っているようだったと記されているわ」
灰原はどこで調べたのか、コナンに解説した。
「不思議な力を持った石・・・。仮にそれが実在して、キッドが狙うと言うことは、キッドは一体何に使うんだろうな」
コナンは不思議そうに言った。
「ただ、あくまでお話の世界だから、これだけで予告状を送りつけることは考えられないわね・・・。なんか、ちょっと自身の持てるところからの情報でも仕入れたんじゃないかしらね」
灰原はどこまでも冷静だ。
「ともかく、もうちょっと事態を見守らなきゃいけないってことか」
コナンはため息混じりに答えた。
「ねー、アルテミス。逆に派手に動いて相手をおびき出すっていうのは、現実的ではないかしら??」
美奈子は自室でアルテミスに聞いてみた。
「確かに、こちらが派手に動けば、相手は引っ掛かってくるかもしれないけど、かなり危険なギャンブルだぞ」
アルテミスは策の一つではあるが、危険すぎると美奈子に忠告した。
「じゃぁ、こんなのはどう??今日若木さんが言ってたんだけど、キッドは変装の名人なんだって。だから、もし銀水晶のことを警察内部で知ったとしたら、これを使う手はないんじゃない??」
アルテミスに策を提案した。
「どうするんだい?」
「簡単よ。亜美ちゃんに警視庁と警察庁のシステムに入り込んでもらって、偽の情報を流してもらうのよ。ただし、ストレートな表現じゃあんまりだから、すこし変化をつけてね!」
「凄いこと考えるな・・・。まぁ、明日亜美と相談してみよう」
アルテミスは賭に出ることにした。
警視庁警視総監室。そこに一本の電話が掛かってきたのは、桜田総監が出勤してきた5分後だった。
「はい、桜田です。あ、愛野さん!?」
「お久しぶりです、桜田警視総監」
電話の声の主は美奈子だった。
「なんなの?用件は??」
「これから、警視庁と警察庁のシステムに侵入して、餌をまきたいと思います」
「餌をまく?どういうこと??」
桜田総監は意味がよく分からなかった。
「要するに、銀水晶のことを知っているのは、警察関係者では桜田総監と若木さんだけです。ただ、うわさ話でヨーロッパに伝わる月の王国の伝記の石が実在するみたいだ、と言うことくらいのことは警察関係者には一部には伝わっていたはずです。そこで、警視庁と警察庁のシステムに侵入することで、相手の様子を伺ってみることにしました。ただ、単にストレートで言ってしまっては、相手に怪しまれる。そしたら、変化球で勝負をしてみたいと思います」
美奈子の説明に、桜田総監も納得した。
「わかったわ。好きなようにやってみて。責任は私が取るから」
「ありがとうございます!!」
そう言って、美奈子は電話を切った。
コナン達は高木刑事や佐藤刑事に会いに、警視庁捜査一課の入る部屋にいた。以前巻き込まれた事件の事情を聞くという形式的なものであった。コナン達にとって二度目の聴取である。
「それにしてもよ〜。あるかどうか分からないものを盗みに行きますなんて、キッドにしては無茶苦茶なことじゃね〜か??」
元太が佐藤刑事に聞いた。
「そうね〜。私たちもそれを不思議に思っているのよ。普通だったら確実にあるものを狙うって言うのが泥棒なのにね」
佐藤刑事も笑っていた。そのとき・・・。
「佐藤さん大変です!!」
高木刑事が青ざめた顔で、佐藤刑事に話しかけた。
「高木君どうしたの??」
「警視庁のコンピューターシステムに何者かが侵入しました!!」
「なんですって!?」
佐藤刑事は驚いた。そして、パソコンの画面を見て愕然とした。
「な、なんなのよこのメッセージ!」
佐藤刑事は絶叫した。
「僕にも見せて!!」
コナンは佐藤刑事に懇願した。佐藤刑事は無言でコナンをパソコンの画面の前に座らせた。『幻の銀水晶は、馬の乗った公爵の下にある』
そう、画面に記されていただけであった。
「どういうことなんでしょうか??幻の銀水晶は実在すると言うことなんでしょうか???」
「でしょうね・・・。恐らくこのことは、上の方で外に漏らすなと言ってくるはずよ。みんな、今日あったことは絶対に誰にも言っちゃだめよ」
佐藤刑事は元太、光彦、歩、コナン、哀の四人にかん口令を敷いた。
(馬の乗った公爵の下・・・?)
コナンは一体どこなんだと頭を抱えてしまった。
「亜美ちゃーん。うまくいった??」
うさぎが心配そうに司令室のパソコンを見つめている。
「バッチリ!!警察のシステムにこう簡単に入れるなんて思わなかったわ」
亜美がなにか嬉しそうに語った。
「というよか、亜美ちゃんの頭が良すぎるだけなんじゃ・・・」
レイは呆然とパソコンの画面を見ていた。
「馬の乗った公爵の下とは、考えたね。さすがはセーラーチームきっての参謀長」
まことが感心する。
「これで、キッドが餌に引っ掛かってくれるといいわね」
美奈子は祈るように言った。
「にしても、美奈子ちゃん凄いこと考えたわね。警察内部にキッドがいるかもしれないなんて・・・」
はるかは美奈子を見つめた。
「だから、若木さんの受け売りだって・・・」
美奈子は嬉しそうにはるかを見つめた。
「ふふふ・・・、これで私も犯罪者・・・・」
亜美が不気味な言葉を発した。
「あの〜、亜美ちゃんが言うとリアルなんだけど・・・」
「冗談よ。うさぎちゃん」
みんな笑い転げた。
「アメリカのFBIを介してハッキングしたんだから、足跡は残らないわ」
亜美の余計な一言に一同は再び凍り付いた。
警視庁と警察庁の緊急の幹部会議が、内閣府で行われていた。
「この件については、警視庁本庁と警察庁の本庁舎内のシステムに侵入されただけで、各警察署のシステムには侵入された痕跡はなかったということです」
桜田総監が警察庁長官に事情を説明した。
「しかし、幻の銀水晶が実在している可能性が濃くなったとはな。一体どこのお人好しさんがこんな事を伝えたんだろうな」
警察庁長官は桜田総監に尋ねた。
「鋭意調査中です」
桜田総監はここでもとぼけた。本当は誰がこんな危なっかしいことをやったのか、桜田総監には分かっていたことだ。
とそこに、内閣危機管理室長が入ってきた。
「どういうことかね??警視庁と警察庁のシステムに易々と侵入されるとは。今回はこの位ですんでよかったが、ウイルスでも送られたらアウトだぞ」
室長は興奮した口調で桜田総監と警察庁長官に食ってかかった。
「申し訳ありません。しかし、この事で怪盗キッドのニッポン放送への予告状事件の解決が早まるかもしれません」
室長はこの一言で黙ってしまった。キッドは今や犯罪者なのにヒーロー扱いされていることに、政府の人間もよく思っている人など皆無だった。ましてや、室長は警察庁の出身である。
「分かった。政府としても捜査をバックアップする。首相や官房長官に進言しよう。警察がこれだけこけにされるのも気分が悪い」
室長もここは折れざるを得なかった。
「ありがとうございます。室長」
桜田総監と警察庁長官は室長に頭を下げた。
かん口令が敷かれているため、今日あったシステム侵入事件は報道されていない。あとでコナンが聞いたのは警察庁でも同様の侵入事件があったということだけだ。
「そうか〜。所有者の方から動いてきおったか。それは意外やったの〜。嵐が過ぎるのをてっきり待っているとばっかりおもっとんたんだが」
大阪にいる平次が「なんか、進展あったか?」という電話をコナンにかけてきたのだ。
「それも、よりによって警視庁と警察庁というシステム管理が厳しいところを糸もあっさり侵入してきたわけだ。その銀水晶の所有者も相当の切れ者だぞ」
コナンは大阪の平次にこういった。
「恐らく、その所有者はキッドの仲間、あるいはキッド本人が警察内部に潜り込んでいると思うて、ギャンブルにでたとちゃうか?」
「俺もそう思っていたとこだ。じゃなきゃ、あんなシステム管理の厳しいところにわざわざ入るわけがない」
「もしかしたらこの所有者は、警察関係者と繋がりがあるんやないか!?」
「なるほど、もっともな推理だ。つまり、一部の警察関係者は幻の銀水晶があることを知っていて、その所有者から相談を受け、極秘裏になにか指示を受けていたのかもしれねえってことか?」
コナンも驚くように平次に聞いた。
「よく考えてみい?こんな絶妙なタイミングでこんなメッセージを出せると思うか?つまり、所有者側に完全に味方をしている人間が警視庁、あるいは警察庁にいるっちゅうことや」
「なるほど、そう考えると、このメッセージも信ぴょう性が高いというわけか。助かったぜ服部。また何かあったら連絡するぜ」
「あぁ、またたのんまっせ」
そう言って、平次は電話を切った。
(待てよ・・・。馬に乗った公爵って、まさか・・・!?)
コナンは港区の地図を引っ張り出し、夢中で何かを探し出した。
「桜田総監、こんなメールが届きました」
桜田総監の元に秘書が駆けつけ、桜田総監にメールのプリントアウトを見せた。
「ついに、相手が釣られたわね」
桜田総監はほくそ笑んだ。
ゲームセンター“クラウン”の地下司令室の室内。美奈子の携帯が鳴り始める。
「もしもし、あ、若木さん?はい、分かりました!すぐに向かいます」
「美奈子ちゃんどうしたの??」
ほたるが聞いた。
「山が動いたのよ」
美奈子はそう言って、微笑した。
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